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久々の米国についてカテゴリの更新です。
俳優のジョージ・クルーニーが監督、出演している“Good Night,and Good Luck.”観てきました。
(ヤフーでの作品紹介ページ→http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=323374)
1950年代の米国に吹き荒れたマッカーシー上院議員による“赤狩り(レットパージ)”に対し、報道番組を通じて、敢然と立ち向かったジャーナリスト、エド・マローを描いた作品です。画像はそのエド・マローを演じた俳優のデヴィッド・ストラザーンです。
“赤狩り”とは、法に基づく裁判も受けないまま、共産主義者のレッテルを貼られた政府関係者や一般国民を国政調査権の名の下に“非米活動委員会”に召還、対象者は社会的に抹殺されました(職場を奪われたり、自殺するものもいたといいます。)。マスコミも政府を批判すると何をされるかわからなかったため口をつぐみ、言論の自由が実質的に奪われた暗い時代でした。
これに対し、CBSのキャスター、エド・マローを中心とした番組スタッフがマッカーシー議員に対する反論番組を放映。米国内に大きな反響を呼び、“赤狩り”に反対する世論を高め、マッカーシー議員は失脚します。ジャーナリストはたとえ“赤狩り”に多数の人間が賛成している状況でも、少数派の意見を公平に保障し、マッカーシーのような扇動政治家の発言を一方的に報道してはならない、エド・マローは
そのジャーナリストとしての良心に基づき、勇気を持って行動したのです。
私はジャーナリストではありません。が、組織に属して仕事をしている人間として、組織が自分の良心や信念に反する行動をした場合、一人の“あやぞう”という人間に立ち戻って組織の誤った行動を正せるか、ということ考えさせられました。自分の信念に基づいて行動できる精神的な強さはもちろん、仕事の面で実力をつけ、責任ある地位につく(出世する)こと、もし上司と対立した場合、いつでもケツをまくって“こんな会社辞めてやる!”という覚悟も必要かな。その覚悟が一番自信ない。。。
エド・マローはマッカーシー報道によりジャーナリストとして栄光を得ました。しかし、報道番組ではなく娯楽番組を優先、利潤を追求するCBSの経営陣と対立し、CBSを去ってしまいます。その後57歳の若さで失意のまま亡くなってしまいます。
私はお笑いやバラエティー番組が大好きな人間ですので、エド・マローが見たら一番嫌われそうなタイプですね(笑)。それに商業主義は良くないといっても、その商業主義が全くない究極の報道番組が北朝鮮のピョンヤン放送ですから、それに比べたらまだマシです。民主主義を支える報道や表現の自由は、良識ある国民こそが恩恵を受けるべき権利です。私はバラエティー番組で楽しみつつ、社会や政治・経済情勢について一定の見識をもつ良識ある国民を目指します(笑)。このブログのは自分なりに“お笑い・くだらな系”と“まじめ系”のバランスをとって書いているつもりなんですけどいかがでしょう?
エド・マローも放送界を痛烈に批判しながらも、どこかで人間の理想を求める姿勢とか、正義感とか良識を信じていたのではないでしょうか。この映画の題名である“Good Night, and Good Luck”は彼の番組の最後に締めとしていつも言っていた言葉です。“Good Luck”という言葉にマローの視聴者に対する信頼とか愛情を感じてしまうのは深読みしすぎかな。いい言葉ですね。明日の幸運を祈る、理想を追い続けるマローの心意気を感じます。
ではみなさん、明日もいい日になりますようにGood Night,and Good Luck!(って、もう日付変わっちまいましたね。)
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