滅亡せし第一次ブログ

放置&引っ越し。基本的に中学時代に書いた記事が残っております。若き日の残照、消すには惜しいゆえ骸を晒す。

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軍事指揮官としては武田勝頼
戦国大名としての戦略面では北条氏政
民政家としては北条氏政
外交は上杉景勝
が三将の内で最も優れていると思う。
総合的に見ると、
独立した戦国大名としては北条氏政
大名としては上杉景勝
武将としては武田勝頼
が最も優れているといってよいだろう。

もって生まれた資質としては勝頼がもっとも有能で、景勝・氏政は平凡だったと思われる(それぞれ偉大な父(養父)を持ち、大名として働く過程で進歩していった)。
その3将の意識の違いを見てみよう。

氏政は氏康にその暗愚さを嘆かれる逸話が多い。
もちろん、その逸話はろくに信用できるものではない。
だがその逸話が生まれる背景には、実際に氏康は氏政に不満を感じていて、氏政をたしなめることがしばしばあったのではないか?
そう考えると、氏政は氏康に対して劣等感を抱いていたと考えられなくもない。
「(3人の中で)独立した戦国大名として最も優れているのは氏政」と私は述べたが、厳密には、「氏政が最も優れていた」というより、「(景勝勝頼時代に両氏に比べて)(氏政時代の)北条氏が独立した戦国大名として最も優れていた」といった意味合いである。
氏政は、個人としての能力に自信がなく、そのため、氏政自身の評価よりも「北条氏」が発展するための努力をしたのではないだろうか?
といってもパっとしないだろうが、要するに、氏政は自分よりも北条氏そのものを絶対視した、即ち「北条氏至上主義」だったのではないかということだ。
もともと北条氏は早雲以来理念が徹底しており、個人の個性もその理念だけにつぎ込んでおり、氏政もそれを踏襲したのではないか?

勝頼は信玄生存時から武勇功名抜群だった。
若い頃から比類なき軍才、勇猛さを発揮した勝頼は、武将としてかなり有能であったことには間違いない。
実際に、信玄からも評価されていたのである。
信玄に褒められることで勝頼はさらに自信をつけ、「信玄より偉くなって見せるぞ!」といった若者らしい溌溂さがあったと考えられる。
よく「勝頼は自信過剰だった」といわれたりするが、それは全くの嘘っぱちでもなさそうである。
実際に自信を持つだけの戦歴も能力もあるのだ。
氏政は「北条氏至上主義」だといったが、勝頼は「俺様至上主義」だといってもよい。
だからといって勝頼が傲慢だったわけではないが、それでも信濃育ち、重臣となじみが薄いなどの「勝頼本人以前の問題」の絡みもあり、さらに強大な信長が相手だったため、無残な結果に終わる。
もちろん勝頼自身にも財政、民政などの「政治家」としての分野の問題もあったのだが(それが非常に大きかった)、どっちにしろ長篠の戦いでの敗戦後はどれだけ頑張っても信長には敵わなかったのである(信長と和睦をするしか道はなかった)。

景勝といえば「寡黙で威厳がある」というイメージが真っ先に浮かぶ。
そういった人柄から、家臣に畏怖され、同時に人望もあった優れた君主であったといってよい。
それでも景勝自身がもともと取り立てて有能であったわけでもない。
景勝は実父の変死後、謙信に引き取られ養子となった。
景勝が謙信の下で戦場に立ったという話はなく(私が知らないだけかもしれないが)、謙信の武勇伝を老臣から聞かされて育ったのだろう。
基本的に武勇伝は誇張されるもので、しかも謙信自身戦国屈指の名将である。
さらに謙信はよく春日山城で毘沙門堂に籠り、護摩をたきながら読経をする。
聞かされる武勇伝による「4次元(空想的)の謙信」と、毘沙門堂に引き籠もる「3次元(リアル)の謙信」。
どっちをとっても、景勝は謙信に実物以上の偉大さ、恐ろしさを感じたと考えられる。
そのため、景勝は「俺は謙信には敵わない」と思い、その反面「俺も謙信みたいになりたい」と考えたのだろう。
実際に後年景勝は、謙信のかつての法名「宗心」を晩年に名乗り、米沢城の守りの要に謙信を祀っていて、明らかに謙信を意識している。
これらのことから、景勝は謙信を絶対視した「謙信至上主義」だったのではないか。
謙信にも負けぬ威厳を持とうとして、さらに「謙信あっての上杉家」といった意識で家中を統一した。
それでも景勝は、謙信を心の拠り所としながら、景勝独自の政治を行った。
そのため、景勝はの人格は「謙信の精神+景勝個人」で構成されたといってよい。



北条氏政=北条氏至上主義
(北条氏のもともとの意識+氏政の劣等感+氏康への畏怖)
武田勝頼=俺覚至上主義
(有能さ+信玄を超えようとする意識)
上杉景勝=謙信至上主義
(謙信への畏怖+謙信への尊敬)
三人の跡継ぎの意識の違いは、彼らの生涯、結末と無関係であったとはいえまい。


追記
北条氏政の「北条氏至上主義」について
http://blogs.yahoo.co.jp/ayumasa319/12232035.html
上杉景勝の「謙信至上主義」について
http://blogs.yahoo.co.jp/ayumasa319/12542643.html

閉じる コメント(6)

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武田勝頼、、ねえー
彼は武勇抜群だがわれ先にすすみすぎて山県昌景。武田信廉といった補佐がいながら勝頼を止められず信玄に叱咤されたらしいよ。

2010/4/4(日) 午後 2:01 [ - ]

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あそこまで猪突猛進して死なれたら信玄の跡継ぎはいなくなりますからねww

2010/4/5(月) 午前 9:01 [ 左衛門督 ]

勝頼 の生い立ちを見直して欲しいね

2019/7/8(月) 午後 2:29 [ psa***** ]

勝頼は 皆が思ってる以上に
とても優しく強い武将だ

2019/7/8(月) 午後 2:30 [ psa***** ]

言っておくけど、勝頼は
重臣たちの暴走を止められなかった

それ故の突撃が起きた

勝頼はムシロ 城を落とすか撤退のどちらかを考えていた

2019/7/8(月) 午後 2:32 [ psa***** ]

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こんにちは。
ヤフージャパン北条早雲
ヤフージャパン北条氏綱
ヤフージャパン北条氏康
ヤフージャパン北条氏政
ヤフージャパン北条氏直

2019/8/2(金) 午後 0:58 [ ヤフージャパン北条氏直 ]


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