滅亡せし第一次ブログ

放置&引っ越し。基本的に中学時代に書いた記事が残っております。若き日の残照、消すには惜しいゆえ骸を晒す。

妄想の日本史

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日本史関係の妄想です。
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謙信があの世に行ってすぐ
氏康「謙信殿、よう参られた」
謙信「貴公が氏康殿か。お初にお目にかかる」
氏康「案外、早く参られましたな。」
謙信「お酒を飲みすぎましたかな。それとも仏罰か・・・」
氏康「(案の定宗教臭い・・・)。それにしても、かつて何度も争ったワシらがここで会えるとはのぅ」
謙信「さようですな。氏康殿には散々てこずりましたわ。小田原城を攻めたときに氏康殿の首が取れなかったことが悔やまれますな」
氏康「いやはや、私も謙信公が侵攻してきた時はねションベンを垂れてしまいましたわ(笑)」
謙信「お戯れを。幼少期の氏康殿ならいざ知らず(笑)。」
氏康「(何故それを知っている・・・)いや〜はずかしい。」
謙信「それにしても、堅固な城でござった。しかも、引篭るだけでなく、こちらを逆に兵糧攻めにしてくるとは、今思い出しても恐ろしい敵でござった。」
氏康「謙信殿も恐ろしい敵でござった。謙信殿の侵攻後、村々を復興させるのは、豪族どもを北条方に呼び寄せるより大変でござった(皮肉)」
謙信「我が軍は随分荒らしましたからな。申し訳ない。」
氏康「本当に憎き敵じゃった。まあ、我が北条も侵略戦の時はあまりかわらぬが」
謙信「小田原を攻めた後も、氏康殿と信玄坊主の連携には手を焼きましたよ」
氏康「恐れ入る。」
謙信「ほんに、あのときに小田原城を落としておきたかった」
氏康「ワシが生きている間はともかく、氏政の代に北条が謙信殿に滅ぼされなかったことは奇跡としかいいようありませぬ。氏政は不肖の倅にて・・・」
謙信「不肖の倅とはとんでもない!あ奴にも散々てこずりましたよ。氏政めを憎き奸人と思いながら、氏康殿はよい息子をもたれたと感心しておりました」
氏康「ありがたいお言葉でござる。まあ、亜やつはあ奴なりに頑張っておりますしな。ところで謙信殿、貴殿の後を継ぐのはどなたでござろう?我が愚息・三郎か、喜平次殿か?」
謙信「わかりませぬ。おそらく、壮絶な家督争いが起こるであろう。」
氏康「ところで、謙信殿はどちらに家を譲ろうと考えていましたのかな?」
謙信「はっきりとは決めておりませぬ。貴公の倅、三郎は、見目麗しく、品行方正で礼儀があり、人徳を備えた人物でござる。対して景勝は、固い信念を持ち、気骨の溢れる武士でござる。この2人が手を携えて上杉家を盛り立ててくれるのが私の理想だったのだが、そうもいかぬようで・・・」
氏康「まあ、しばらく様子を見てみましょうぞ。」

本能寺の変後
氏康「かの信長がこのような形で死ぬとは・・・」
謙信「実に以外ですな。そのおかげで景勝は滅亡を免れた」
氏康「三郎を屠っても、かなり苦しい状況でござったが生き残るとは、景勝殿は謙信殿が申す通りの男でござるな」
謙信「運も人一倍強いようじゃ(笑)。氏政殿も、信長が死んで動き出したようでござるな」
氏康「さよう。再び勢力を挽回しようと躍起になっておる。」
謙信「氏政殿なら、北条を再び関東の雄として押し上げるであろう。心配せずとも大丈夫でござるよ」
氏康「しかしあ奴、信州にまで手を伸ばすとは・・・」
謙信「景勝も、わし以来の領土、北信濃を確保しようと躍起になっておりますな。」
氏康「我が北条は、徳川にてこずずっておるようじゃ・・・。」
謙信「景勝も徳川にてこずっておりますな。それにしても、徳川家康と言う男、凄い男になりあがったようじゃ」

江戸幕府開幕
謙信「時も流れましたな・・・」
氏康「さよう。氏政もこっちに参り、我が北条の関東統治も幕を下ろしたし・・・」
謙信「氏政殿も、無念でござったな。関東でかつてないほど勢力を広げたというのに、猿関白に滅ぼされるとは・・・」
氏康「本当に氏政が滅んでしまうとは思いませなんだ。厳しく当たったが、なかなかの倅だったのに・・・。」
謙信「時の流れは恐ろしい・・・。景勝も越後を離れ、家康に立ち向かって敗れた・・・」
氏康「そして、家康が将軍に・・・。私が生きているときはまだ地味な大名であった徳川が天下様となるとはのう・・・。」
謙信「そして乱世にひしめき合った大国、上杉、北条、武田、今川、三好、島津、大友、龍造寺、毛利、尼子、大内、伊達・・・なども全て滅び去る、あるいは勢力を大きく減らし、乱世が終わる・・・。」
氏康「人間の栄耀もはかない・・。しかし、そして戦乱が幕を閉じ、平和が生まれる。」
謙信「こうして侵略戦争が無くても民衆が安んじて暮らせる世が作られる・・・。」
氏康「さよう。」
謙信「徳川も、随分北条殿の治世を参考になされたようじゃ。そうして北條殿が目指した真の治世が成し遂げられるやも知れませぬな」
氏康「こうした形でも、我が北条が目指したものが成されるとなればよいがのう」

あの世に行ってすぐ
吉継「佐吉、おぬしもきたか」
三成「無念だよ刑部。腹の調子が良かったら再起が図れたかもしれないのに」
吉継「徳川殿の天下はどうなるのじゃろうかの?」
三成「狡猾な内府のことだ。しばらくは<秀頼公に従いマース♪>って姿勢をとって、やがては自らが天下の権を握るのだろう(怒)」
吉継「まあ、徳川殿がどのように統治するかは見ものだな」

1603年、家康が将軍になったとき
三成「あいつ、将軍になりやがったな」
吉継「だな。しかし、徳川殿の力は侮れぬな。上杉、島津、佐竹も屈服いたしたし。」
三成「太閤殿下に尽くさんとする気骨ある大名はおらぬのか(怒)」
吉継「まあ、俺たちは太閤殿下の恩で大名にまでなりあがったが、もともと大名だった殿方には恩もクソもないだろう」
三成「そんなものか」
吉継「そうだ。んでも、徳川殿はなかなかやる。関ヶ原以降、武力を使わずに大名どもを屈服させたのだからな。戦争が起こらぬ分、民百姓にとってはありがたかろう」
三成「殿下が目指した平和は、その簒奪者によってなしとげられるのか・・・」
吉継「織田公のあとの殿下も同じだ。」
三成「徳川は殿下よりも長い平和を築き上げるかも知れぬな」
吉継「だな。」

豊臣家滅亡時
三成「TT」
吉継「栄枯盛衰だなTT」
三成「我らが豊臣家は滅んでしもうた・・・。しかし、村々の武力対決は殿下の時代よりもはるかに減った。結果的に、徳川は殿下以上の政権と治世を敷いたわけか・・・。」
吉継「その礎を築こうとしたのも殿下だがな」
三成「やはり、俗に言われる<織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川」>の通りだな。」
吉継「まあ、こうして平和が日本国に訪れているのだ。よいことではないか。わしらも武士として存分に戦った。悔いはなかろうが、佐吉」
三成「うむ。しかし、平和になったといっても、徳川軍の略奪のしようは何だ!罪なき民を!!!」
吉継「戦争はそんなもんだ。そのことに限っては、織田公も、殿下も、徳川も、上杉武田北条長宗我部島津大友も、いにしえの足利新田北畠、源平氏ともに同じだ。
三成「戦争と救民の概念の違いは難しいのう・・・」
吉継「だな。まあそんな難しいことを考えず、徳川の治世に期待しようではないか。」
三成「いかなる磐石な政権でもやがては内部が腐敗し、治世は乱れる。そのときこそ逆賊徳川は滅ぶのだ」
吉継「結局、こだわってるな・・・。」
三成「そこにこだわらなくては、わしらが戦った意味がないではないか(笑)

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