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嘉義縣にある蒜頭の台糖へ行ってきました。
「蒜頭糖廠」日本統治時代の1906年に建設されました。
ここは日本時代の建物が残っています。
一番人気があるのがサトウキビ列車、観光列車として活用されています。毎日午前10時と15時に出発する2便が運行されます。
こちらが発着場所。
サトウキビの運搬に使用していた鉄道を観光列車に転用し、週末は台湾人で賑わう。 日本統治時代に建てられた木造駅舎も保存されている。
日本の田舎の駅を連想しますね。
戦時中に使用されていた「空襲の際の避難図」。
懐かしい雰囲気の待合室です。
現在は誰も住んでいないがそのまま保存されている宿舎。
終戦から70年..。。。時間が止まったような感じ。
まだ日本が残っているのですね。
緑でさわやかな風が気持ちいい。
懐かしいのアイスキャンディー、アイスクリームも頂きました。
夏に台湾の南部は暑かったですね。
アイスを食べると、涼しくなりました。
気持ちいいね〜
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日本時代の建物鉄道
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永康街のすぐ近くに、青田街があります。
この辺りの地区には日本統治時代たくさんの日本人が住んでいました。戦後日本家屋がたくさん残りました。
昔の高級住宅地の雰囲気を残したいい感じの所です。
「青田七六」ここには以前、台湾大学の地質学の教授、馬廷英さんが住んでいたので、彼を記念して入口の脇にたくさんの台湾の岩石の標本があります。
池もあります。
外のテラス席は 現代的な感じます。
この縁側!いいわぁ〜
この木の廊下を保護するため、家の中に入るには綿のくつ下をはかねばならない。
洋室、広くはないですがムードがある。
和室、静かな雰囲気感じますね。
トンカツ定食をいただきました。
美味しかったです。
この辺は緑が多いです。
とてものんびりできましたよ。
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日治時期の建物(1916年)大正5年に日治時代に建てられた台北酒場。 現在台北市重要な歴史文化古跡です。 昔、ここは「樺山町」と呼びました。 日本首任台湾総督「樺山資紀」の名前で取りました。 その頃に日本の「芳釀社」は清酒を醸造する。日治時期に台湾で第一大酒蔵でした。 ここで「青葉新樂園」の台湾料理もあります。1931年建築の工場に入っています。この歴史を感じさせる建物で台湾料理と新しいスタイルです。
C-PARKのコーヒーも素晴らしく、焙煎したての豆を使っています。ワッフルは美味しかったよ。
夜にも台北の星空を楽しむことも出来るんですよ。 のんびりしてゆっくりして、気持ちがいいですね。
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花蓮へ向かう途中、羅東で途中下車した。
森林鉄道といっても全長37キロの大半は平坦地で入山許可証がないと終点まで行けなかった。
羅東林業文化園区の竹林駅です。日本時代からの雰囲気を感じさせます。 台湾人おじいさんが私達をご案内しました。
おじいさんは日本語がべらべらですね。 竹林駅の入り口の外に、日本時代の建物があってきれいに並んでいて日本時代の寮です。 静かな感じなあ! 竹林駅の中に、緑の木がたくさんあったよ、だから「竹林駅」というの?
土曜日だった、たくさん遊客がいますが、夏休みですから、
父母、祖父母は子供を連れて遊びました。
旧竹林站の東側にある大きな池はかつての貯木場の跡。 写真を撮る時は、親切な台湾人女性を会いました。日本語の単語が私達とお話して、写真を撮ってあげました、面白かった。 ここで見物するゆっくりして、皆さんは鉄道が大好きそうですね。 羅東の市内に、こんな場所があって、驚きましたね。
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集集は、バナナが名産です。バナナ畑がいっぱいあります。 |





