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ボーマンの体当たりが痛いしにたい
ソルサクに手を出してしまったので、魔法使いについての話。
・さまざまな側面から見た「魔法使い」について
とりあえず、今やっているソウルサクリファイスとファンタジーライフ、どっちにも「魔法使い」が出てくる。
ソルサクの魔法使いは、我々の想像する「魔法使い」とはちょっと違い、「ご都合主義な魔法を使わない」魔法使いという設定で、事実生贄だの供物だの物騒な言葉が乱発される。
FLの魔法使いはごく一般的な、RPGの魔法使いだから、あまり深く考えなくてもよし。
だがこのゲームの魔法使いは、ソルサク同様ちょっと違う。何が違うのかというと、「魔法使いに弟子入りし、魔法の心得を学ぶシーン」がある。
いろはといっても、かなり短いものだが、師匠から面白い話が聞ける。
クローネ「魔法使いはね、この世のふしぎとともだちになるライフ(職業)なんだ。 これまでいろんなゲームで、「魔法使い」という職業が取り扱われてきたが、ここまで簡潔に「魔法使い」を表現したゲームはほかにないと思う。
ファンタジー系RPGには大体、魔法使いが出てくる。
ソルサクもそうだが、ドラクエFFなどの有名どころにも、必ず魔法使いが出てくる。が、魔法使いの心得について語られることはない。
ソルサクの場合、ロード画面で魔法使いについてのことが流れたり、文献で魔法使いについて読むことが出来るが、それは「魔法使いの役目と成り立ち」に留まっている。
FLの珍しいところは、その端折られがちな部分を、短いながらもきちんと描き、魔法使いの真理を織り込んだところだ、と私は思う。
形や事情は違えど、「この世のふしぎとともだちになる」というのは魔法使いの真理だと思う。
かなり噛み砕いて表現されているが、突き詰めれば「不思議なことを認める」ということだろう。
不思議なこと(端的に言えば幽霊等)に対して、「科学的にありえない」とかいう魔法使いがいたら、怖いというか世界観が台無しになると思う。
このあたりに関しては、ソルサクでも語られている。
常識が支配するこの世の中で、彼らの力を活かせるのは血塗られた場所のみだ 魔法使いの素質は、「特定の少数民族の末裔」にのみ宿る。
それが、作中語られる(というか、チュートリアル進めたら出てくる)文献に登場するセルト人の末裔で、「常識が支配する世の中」というのが、現在覇権を握っているロムルス人だ。
どうも混血化が進んでいるらしいが、それでも魔法使いを親を持つものは魔法使いになる。
事実、主人公の父親も魔法使いであることが語られる(というかロード画面に出てくる)
では、魔法使いの素質とは?
おそらく「魔法を信じる」ことだろう。
まず魔法を信じないと、魔法は使えない。
クローネも語っているように、まず「不思議を理解する」ところから魔法使いがはじまるように思う。
(そういう意味じゃ三十すぎたら云々も、案外正しいのかもしれない)
・魔法の手順について
ソルサクといえば、供物に生贄という、何処となく物騒な言葉のオンパレードだが、よく考えてみればかなり原始的というか、アニミズム的な魔法の使い方だと思う。
イナフキンは、「ご都合主義にしたくないから」ということでこうしたらしいけど……
だが、ここから「昔の魔法使いはこうしてたのかもしれない」と考えることも出来る。
故事に、諸葛孔明が饅頭を作った話がある。
川の氾濫を止めるために、人間の首を川にささげていたところを彼が見て、「そういう物騒なことはやめなさい。代わりに人間の頭を模したものをささげましょう」ということになり、饅頭を作った、という話だ。
可能性として、ゲームにおける魔法の手順が簡略化した、ということは考えられなくもない。
一個目で力尽きたとかそういうことは言ってはいけない
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いろんなものの話
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きのうの「Blood Brothers」をプレイしていて思ったこと。
日本の純正アンデッドといえば、
・幽霊
狩野探幽でおなじみ、ヒュ〜ドロドロ〜で足がないあの方たち。
意外にも浮世絵だと頭に三角の布(額烏帽子または卍布)をつけていなかったりする。
おどろおどろしい姿で有名だが、美人としか言いようがない浮世絵もある。
(面倒なので船幽霊系もこっちに統合します)
・しゃれこうべ
骨系妖怪。いわゆるスケルトン的なあれ。
といっても、井戸からピョーンと出てくる狂骨や、牡丹灯篭の骨女のような妖怪までさまざま。
歌い骸骨もこれに含まれる。
がしゃどくろは創作妖怪のため、かなり微妙なところだが、骨で亡霊の集合体。
……ここであることにお気づきになるでしょうが。
日本には死体がそのまま動き出すような妖怪がいない!!
中国のキョンシー、ブードゥーのゾンビみたいなのがいないんですよね。
しかも「幽霊」も、「妖怪」に当てはめていいか微妙なところですし。
仮説1 葬儀の文化が原因?
真っ先に思いついた理由が、「葬儀をするときの作法」です。
・死人に悪いものが入らないよう、妖怪が嫌う金気の守り刀を置く
近頃歌舞伎役者の方々がお亡くなりになりましたが、そこでも「歌舞伎演目の脇差を守り刀に〜」という話が出ていました。
ここで言う、「金気を嫌うあやかし」は火車(猫の妖怪)が刃の光を嫌うので置いています。
また、刀や刃はかなりオーソドックスで力の強い「守り」です。
・誰かが寝ずの番をしたり、線香の日を絶やさない
これも魔除けの一種なのでしょう。
火や香も、刃同様魔除けですし、人がいることで入ってこれなくなります。
要するに、「悪いもの」が入ってこれないよう厳戒態勢を敷いてます。
仮説2 すぐ腐るから?
日本に吸血鬼もキョンシーもゾンビもいない理由……それは大体すぐ腐って骨になっちゃうから。
すごーく単純ですが、これほど説得力のある説がほかにないんですな。
事実、骸骨の話は多いですが、死人が動き出した話はないですし。
湿度高いですからすぐ腐ります。
くさったしたいなんて数週間もすればガイコツ兵士です。
オマケ 日本に吸血鬼伝承がない理由は「血」に対する独特の感覚から?
欧米全般では、「血は神聖なもの」ですが、日本においては「血は穢れたもの」です。
まあ、「汚い」という意味ではなく、「気が枯れたもの」という意味なのですが。
血のことを「赤不浄」というのは結構マイナーなのかもしれませんが。
ですが今でも女人禁制の山等は残っているはずです。女性は定期的に「血を流す」から。
「死人」が「血を吸う」というダブルケガレパンチ。なんてこった。
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追放天使って何で男ばかり+髪型も髪色も目の色もみんな同じ+裸なの!?
サトー「なげェよ!!」
気になってるんだから仕方ない。
で、考えてみた。
もしかして追放されてるのって特定の職業だけなんじゃ……?
一番簡単に出てくるのは天使軍あたりかな。
それなら、男ばっかりなのも髪型が同じなのも服が似通ってるのもわかる。
髪と目の色に関しては、「そういう天使が一番軍隊に向いていて、他の特徴の天使は少ない」と考えれば説明がつくかもしれない。
しかしあの露出度はw
もしかしたら、魔力が中にこもるのを避けているのかも知れないし。
しかし、足元は素足にサンダルがデフォで、上半身裸じゃないと落ち着かない(上半身が裸じゃないときは中華服みたいな太腿出る奴に、腰布つけないと生きていけない)ってどうよwww
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なんつーか、この頃は「要素を詰め込んだだけ」のラノベが増えている気がしまして。
全部が全部、ってわけじゃないけど、この頃のラノベって量産型増えてる気がするんだよね。
そういう私は「昔のラノベ」を読んだことがあるか、といわれれば微妙。
でも、夢枕やら菊池の伝奇小説や、中国のライトノベルとも言われる武侠小説も読んだ。
特に菊池は、今はラノベレーベルの「八頭大」シリーズの原本みたいなのを読んだことがある。
家にそう言うのがいっぱい置いてあったんだよ。
超初期の頃の「吸血鬼ハンターD」も読んだことあるし。
なんでそんなのが家にあるかは聞かんでちょうだいw
で、最近は近頃のラノベも読み始めた。
ブレイドラインは大御所の作品だし、広義で言えば最近読んだ悪鬼装甲村正もそうだろう。
ブレイドラインは王道ファンタジーで、悪鬼装甲〜は鬱作品だけど、どっちもするする読める。
というか、私は読むときに「何も考えずに読む」ので、妙なことを考えさせられる小説は好きじゃない。
いや、「考えさせられる」こと自体はいい。「この文法はどーかなー」と思うのが嫌なんだよ。
それに、表現がまどろっこしいのも苦手だし。
京極堂はまどろっこしいほうだけど、あれは凄い面白いから大丈夫。
でも気が抜けると読むのを忘れるw
まあ、どんな小説が流行ろうと私にゃ関係ない。
私が書きたいのはラノベの中でも、自分の青春時代に読んだ、それこそ「八頭大」とかみたいな、小・中学生のガキンチョ(特に男の子)が読むようなファンタジーが書きたいんだよ。
女の子向けは書けないんだよw 根本的に苦手なんだ。
だから「また俺か……これだから無能なやつらは……」とかいうクールな天才(笑)よりは「よーっし! どんなやつでもかかってこーい!!」な熱血バカの方が扱いやすい。
私ぶっちゃけそう言う自称クール天才が嫌いですので、もしも目の前に出てきたらジャーマンスープレックスの一発や二発決めてしまいそうである。
……しかし文章も挿絵もひでえラノベってあるんだなー。
主人公が某紅茶にそっくりな小説読んだことあるけど。
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希望も、愛も、夢も。
全てはいつか潰えるものだ。 そして彼らは無に帰り、空の輪廻へ還り往く。 人に、それをとめることなどできはしない。 すべては摂理。すべては空へと還る。 ならば、どうするか?
新しく、作ればいい。 希望がないなら希望を。 愛がないなら愛を。 夢がないなら夢を。 決して、不可能ではない。
人は、言葉に出したことは全て創造できるように成っている。 人間とは、そういう生き物なのだ。 「人間は想像できることなら必ず実現できる」。
ジュール・ヴェルヌの名言を思いながら、
昔NHKで聞いた「言葉で言ったことなら全て実現できる」という言葉を思い出しながら書いた一文。
ヴェルヌの言ったとおり、月へいったぞ人間は。
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