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ほとほと、ことこと。
「さみしか、さみしか」
「まこと、さみしか。まわれないいえもふえてしもうた」
「おととせはたいへんじゃった。うにはわるいことをした」
「よかよか。あれは、どうもできぬ」
ほとほと、ことこと。
「わしが、つぎまわるのはじゅうにとせあとじゃなあ」
「つぎは、みじゃ」
「どうころぶかのお」
「みは、ふしのしょうちょうじゃ」
「みにまかせることしか、できんのお」
ほとほと、ことこと。
「これでしまいじゃ」
「ほんならたつ。かえろかの」
「ほうじゃの。あとはわかとしにまかせるのみじゃ」
年神 − その年を司る神。一年の初めに訪れ、一年の終わりに去っていく。
民俗学においては、その折、名残惜しさに、戸を「ほとほと、ことこと」と叩いていくとされる。
去年今年 貫く棒の 如きもの − 高浜虚子
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あかがね志怪録
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AS「山に棲むモノの話 〜第一の男は語る〜」
これは、まだ私が子供の頃の話で御座います。
そうですねえ。「あれ」を見たのは、長雨の最中でした。本当に酷い長雨で、気温も、例年の夏より低かったでしょうか。涼しい、というより、既に寒い、といったところでした。歳の離れた弟は、長雨にやられて床に伏しておりました。そういった者は他にも居たようで、毎日毎日、神様の居られる社に参る者も居たのですが、皮肉なことに、そういった者から、流行り病にかかって行くのでした。
私らにできることといえば、屋根や家が腐らないように、雨の中で補強をすることだけでした。祈祷を行おう、という声もありますが、こう雨が酷いと、護摩も焚けません。唯一の救いといえば、長雨と言っても、始終雨が強い、というわけではないので、河の氾濫が起こらない、ということだけでしょうか。
さて。私が「それ」を見たのは、雨の酷い日の朝でした。それはもう酷い雨で、まるで桶を引っ繰り返したようなもの。母親は、いつものように流行り病の弟を看病しながら、朝餉を作っており、父は猟銃の手入れをしながら、火の見張りをしておりました。
ふと、私が厠に立ったときのことです。何が気になったのか、私はちらり、と外を見ました。
外は一面の水田です。ところどころに、ぽつりぽつりと家が建っております。その向こうには、緑豊かな山がありますが、その手前には、その山よりもずっと大きな岩山がありました。緑色の山は「人山」と呼ばれ、私の父や、父の仲間が狩りに行く場所であり、岩山は「神山」と呼ばれている、神様の山でした。「神山」は禁足地であり、選ばれた人間しか入ることは出来ませんでした。
その日も、雨の帳の向こう側に、その「神山」が見えていました。私は「神山」がふいに気になり、雨の向こうの光景に、じっと目を凝らしました。じいっと、「神山」を見詰めていると、その「神山」に、うっすら人の影が見えました。
それは巨大な。あまりに巨大な、老人でした。
うっすらと岩山に浮かび上がった老人は、にっこり微笑むと、そのまま消えていきました。一瞬のことに、唖然としていた私ですが、父親に呼ばれてハッと我に返りました。そして、父親にそのことを話すと、父は「ああ、長雨ももう終わりだな……」としみじみ呟きました。
これは私が、まだ十にも満たない子供の頃の話です。
※ 上記の話は、2chの「山怖」スレの「ヒヨリさん」を基にした話です。
Arrange Story 「山に棲むモノの話 〜第一の男は語る〜」 了
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一 「見えない鬼に殺された男の話」
陰気臭い雨が、降りしきっていた。
町を行き交う姿は少ない。あったとしても、笠を目深に被っていて、顔などわからない。
その中に、一つ。いやに目立つが――それほど印象には残らない影があった。体付きは、枯れ枝を髣髴とさせるようなものであり、しかし動きには若さがあった。白い、直垂と狩衣の中間のような服の腹には、太陽とも太極図ともつかない模様が描かれている。そして、笠の合間からは灰色の髪が見えていた。
白い装いながら、彼の名は「銅丸」と言った。あかがね色のところなど、その双眸以外何処にもない。
彼は背中に、大き目の荷物を背負っていた。薬売りの使う柳行李に近いが、それを包んでいるものが違う。ごく普通の風呂敷とは違い、黒地に大きく「呪」という禍々しい文字が白く染め抜かれていた。堅気の者とも、しかしやくざ者とも違う。なんとも言いがたい、奇妙な雰囲気を纏っていた。
銅丸の生業は、主に呪いを食い物とする職業だ。だが、呪術師ではない。同じまじものを操る者の中でも、「呪禁師」と呼ばれる存在である。
呪禁とは即ち、「呪を以って禁ずる」ということであり、やることは呪詛返しから病避け、さらには災害などの大きな「厄」を祓うことまで多岐にわたる。それ故に、古くは陰陽寮ではなく、典薬寮に属していたといわれている。
しかし、このご時勢、呪禁一筋で食い扶持が稼げるわけではない。貴族が栄華を誇っていた時代ならばまだしも、庶民や武士の時代である今現在、よほど腕のいいものでも、呪禁師一本では暮らしていけない。
銅丸も同様に、呪殺まがいのことをやったことがある。元々、「呪を以って禁ずる」ことが基本である呪禁師にとって、人の生命活動を、「呪を以って禁ずる」ことは容易いことではないものの、決して無理な話ではなかった。
だが、本来は「封じ」を行うのが呪禁師。呪殺よりも、憑き物落しを行うことの方が多かった。
ひたひた、と雨の町を歩く。曇天の空から、銀色の糸が零れ落ちる。雨を風雅だ、と思う雅人は多いが、銅丸はあまりそう思わない。荷物は濡れるわ、作った符は生乾きになるわ、呪禁師にとっては不都合な天気だ。笠以外にも「傘」という便利なものもあるが、そう言うものがあっても、外に出るものは少ない。銅丸もまた、遠出をして帰る途中に、雨に降られただけであり、いつもなら、こんな天気の日には絶対に外へ出ない。
陰気な雨の中、帰路をただ歩く。ほかに、することなどありはしない。あるとしたら、次の仕事はいつ入るだろうか、給金が出るまでどう過ごそうか、いっそのこと辻占でもやろうか――そんなことを考えるぐらいであった。
ふと彼は、何の気なしに前を見た。何処までも、陰鬱な町が、彼の目に映っている。晴れの日なら賑わう通りも、雨の日は静かだった。このぐらい静かなのもいいな、と思っていた最中、前方に、ゆらりと揺れる人影を見た。
人影自体は珍しくない。寂れた町でもないし、雨の日だって、忙しく動き回っているものも居る。士族か飛脚か。だが、士族ならば笠がある。傘を持っているものも居るかもしれない。飛脚ならば、こんなふらふらした、今にも倒れそうな走り方などしないはずである。
――まさか、幽霊じゃあないだろうな。
幽鬼のように歩いていた影が――走り始めた。影が近付くにつれ、それが文字通り、幽霊のような男だということに銅丸は気付いた。頭から爪先まで、濡れそぼった着流しに、しゃれこうべの浮き出た、精気のない顔。
「あ、ああ、あああ……」
男は言葉として成立してない声を上げながら、ずるずると銅丸に縋りつく。
「な、なんなんだ、あんた。俺になんか用なのか」
銅丸が身をよじりながら問う。突然、わけのわからない、それこそ妖怪か幽霊のような男にしがみ付かれては、誰だって動揺するだろう。だが、男はいっそう銅丸の、白い上着を強く握る。
「お、……おにが、鬼が」
「鬼?」
搾り出すような声を聞いて、銅丸は男の来た方向を見た。目を凝らすが――何も居ない。他の家や、木や、井戸の物陰にも、鬼はおろか幽霊すら居ない。だが、男には何かが見えているようで、銅丸の服を掴んで離さなかった。本当に、鬼におびえているように――
「鬼なんて何処にもいないじゃないか」
「いるんだ! そこに、鬼が居るんだ! 俺を食おうとしてるんだ!!」
凄まじい恐慌状態に、銅丸はたじろいだ。
「おれが……俺が、鬼を居ないといったから……」
呻くように、男が何かを呟いた。
「――なんだって?」
銅丸が男の肩を掴んだ。
「おい、お前が何をしたって言うんだ。おい!」
彼は男の肩を思い切り揺さぶった。だが、男は呆けたように動かない。先ほどまで、あんなに叫んで、おびえていたというのに。
「お、おにが、鬼が、鬼が鬼が、鬼が鬼が鬼がぁあ――――――!!」
不意に、男が耳を劈くような、凄まじい悲鳴を上げた。そして、銅丸を突き飛ばすと、奇声を上げながら走り始めた。
「お、おい待て!」
逃げる男の背中を、銅丸が追う。しかし、錯乱したゆえの身体能力の高さか、決して追いつくことは無かった。
その数日後、町から遠く離れた畑の中で、ひとりの男の死体が発見された。
男は以前より、鬼の存在を否定していた蘭学者であった。
その蘭学者の死体は、まるで死後数十年は経ったかのような状態であり、数日前まで、普通に生きていたものの死体とは思えなかった、という。
※
――其の男、「私は鬼に追われておる」と言う。
今思うに、男は本当に鬼に追われていたのだろう。
幻の中の鬼に追われ、錯乱してしまった。
鬼という存在を否定してしまったが故に、「鬼という名前をなくした存在」に追いかけられて、殺されたのだ。
此れは、私の推測に過ぎない。
しかし、何故彼の男は、死後何十年も経ったかのような状態であったのだろうか。
其処までは、私には分からない。
だが、人知の及ばない何かが働いている、ということだけは言えよう。
―― 忌宮 緑青斎 記
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