塩風呂具

嫁はステージ4 の卵巣癌

バイクのない日々

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ステージ4 の卵巣癌5

職場のエアコンが効きすぎて風邪を引きそうな「黄色F改」です。

カブトムシの幼虫の土を朝から交換。

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で、10:00に家を出る。

腹腔鏡手術が終わり週末(5/20)に子供達とひぃばぁちゃんを連れて面会に行った。

子供達には母親のいない1週間。
誰にもなんにも言われない自由な1週間でもあったが、やはり必要なのは父親より母親だろう。

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子供達はベットによじ登り場所の取り合いをした後、飽きたのか廊下で走り出したので、病院にはいられないのでだいぶ早い昼ごはんを食べに行った。

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更には公園で遊んで時間を潰す。

夕方になって病院に戻ったが、いつものベットの取り合いして、ゴロゴロしてから病院を後にした。

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退院は翌日の5/21(月)
術後5日で退院なの?と。

内臓を切り取った訳じゃないのでそんなもんなんやと。

まだ痛がってるんやけどなぁ。。。

やっぱり子供達に会うと元気が出るみたい。
子供達は病院はつまらんと言うてたけど。

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ステージ4の卵巣癌4

待つ間に何してる?「黄色F改」です。


2018/5/16
この日が来た。

腹腔鏡手術の日。

手術は13:00からの予定。

家を出たのは9:00

んなもん、チョチョイと開けてフィニッシュなもんですわ!

な説明を受けたんだけど。。。

何度聞いてもすごく軽い説明を行きの車の中で思い返していた。

連れて行ったのは子供達、ひぃばぁちゃん。あとで合流する僕のねぇちゃん。
手術に立ち会うのは良くないとのジンクスで母達は来なかった。

10:30には病院に到着したが病室に嫁はおらず、処置室でパンパンに腫れた腹水を抜いていた。

その量3000cc

新生児の重さとほぼ同じ。

色は十六茶って感じ。

見る見るへっこむお腹。

最後の一滴まで絞り出そうとしてお腹を押す嫁。

お腹開けて空っぽにするやん。とか思って見たりしたが、少しでも多く早く体の外に出したかったのだろう。

局所麻酔で初めて体に1cmほどの傷を作ったと言っていた。

そんな最中にも子供達は嫁にくっつこうとするので、今は治療中なので離れさせた。


手術が始まるまでベットで待機。

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子供達には退屈で仕方ないようで、病院内を走り回るのでカミナリを落としたり、エサを与えて静かにさせたり。

そんなこんなで看護師さんが呼びに来た。

ベットに寝転んで行くのかと思いきや、徒歩でオペ室へ。

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子供達とお別れしてオペ室へ消えて行った。


手術が始まれば子供達は僕の姉が連れて帰ってくれて、晩御飯やお風呂まで入れてくれた。

約3時間。ただひたすら待つだけ。

お腹すいたなぁって思っていたら、終わってで出来た。

病室に運ばれていく嫁について行く。

そして直ぐに先生の説明があった。

原発は卵巣であろうと。

また、腹膜に沢山の腫瘍があるが、その他の臓器には転移していない。

卵巣にはナウシカの腐海みたいなのがボコボコとあった。

先生は「あの数値からしたら、もっと凄いことになってると思ったけど、この癌は手術で切除できるよ。ただ、抗がん剤を入れて小さくしてからね。」

なんでも、3.4回は抗がん剤を入れて小さくなれば手術を行うと。

3週間に1回のペースで抗がん剤を投与する。
これを1クールと言うらしい。

その他もろもろと説明を聞いて解散となった。

先生は汗だくで相当疲れてそうだった。

病室へ戻り嫁の側へ。

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暑い暑い、痛い痛いとうなされていた。

お腹に43度のお湯を1時間近くも入れ続けてたからのようだ。

暑い風呂に1時間入り続けたようなもんで、のぼせても仕方ないだろう。


痛いのは3日くらいは、ただ我慢して痛みに慣れるほかない。

苦しそうにする嫁に鎮痛剤を入れてもらい手を握り続けた。

暑いのはどうしようもない。

手を握るよりウチワであおいだ方が快適そうだったのであおぎ続けた。

嫁には長い、あっと言う間の1日が過ぎて行った。

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ステージ4の卵巣癌3

記憶があいまいな「黄色F改」です。

話は2と3が前後します。

2018/5/11(金)
彦根市立病院より紹介してもらった草津総合病院での話

5/7に癌が発覚して5日が経った。

その間もお腹は腫れ続け、まるで妊婦のようになる嫁。

このままどうなるのか。
治療はできるのか?

余命は?

そんな事を考えながら草津総合病院で受付を済ませ、検査をしてから問診を一緒に受けた。

腹膜に腫瘍があり、そこそこのサイズで無数に散らばっている事がわかった。
これを腹膜播種(ふくまくはしゅ)と言うらしい。
ネットで腹水、癌で検索したらで出来てたが、カシコな僕は(はしゅ)が読めなかった。
原発の癌からの転移なのだそう。

転移と言う言葉に血の気が引く。。。

血液検査でCA125の数値が異常に高い事から、原発は卵巣が濃厚であると。
正常なら0-35くらい。
検査結果は22000を超えていた。
約630倍。
この数字が高いとダメなのはわかるが、平均点より上なのか下なのか。。。

先生も二度見して、2万?と声に出してしまった。
彦根市立病院とは検査方法が違うから。と言っていたが。。。

どうやら平均点よりかなり上のようだ。

そして、進行具合を聞いた。

ちょっと間を置いて言いにくそうに「ステージ3から4」だと先生は教えてくれた。

オブラートに包んだ「3」は気休め以外の何物でもないのだか、その時は意味が分からなかった。

ステージ4=末期=死

それが、一歩手前でギリセーフやん!

ステージ4ならもっと高い値が出るんだろう。

そんな風にしか思わなかった。

そして今後の治療についての説明があった。

お腹に数カ所穴を開けて中を見るための腹腔鏡手術を行う。
これは癌が最初に出来た場所を特定する為に組織を採取して検査するのと、実際の中身はドヤさとチェックする為。
さらには腹腔内温熱化学療法(HIPEC)を行うと。

癌細胞は熱に弱いらしく、温めた生理食塩水に抗がん剤を混ぜてお腹の中に入れて洗うそうな。

なんか効きそうなヤツな感じがする!

温泉で湯治するヤツはまんざらでもないのだろう。
秋田の玉川温泉が近かったらなぁ。。。

あと腹腔ポートをお腹に設置する。
これはカテーテルみたいなヤツで、濃い抗がん剤をお腹に直に入れる装置らしい。

これもなんか効きそう。

それでも効果が薄い場合は、全身に抗がん剤を入れると説明があった。


抗がん剤の副作用について調べていたが、どこか他人事であまり気にしていなかった。

だって、ギリセーフのステージは3なんでしょ?くらいにしか思ってなかった。

病院は家から車で1時間の所にあり、そこそこ遠い。

帰り道に嫁と随分遅いランチを食べた。
子供が産まれてから2人でランチなんて初めてじゃなかろうか。

次は約1週間後に腹腔鏡手術。

母親のいない夜を子供達はちゃんと過ごせるのか?
その事を嫁は心配していた。

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ステージ4の卵巣癌2

曇り空な「黄色F改」です。


2018/5/11
草津総合病院に行き、翌週の5/16に腹腔鏡手術を行うことになった。

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お腹の張りが目立つようになった嫁。

この1週間で嫁の体重は1日あたり500gづつ増え続けた。

お腹がみるみる出て来て、まるで臨月の妊婦のよう。

あまりにも急激に膨らむお腹が恐怖になり、気丈な嫁も泣き出してしまった。

今まで我慢してたが、僕も一緒に泣いた。

僕には何もしてあげる事がない。

役に立たない。


嫁の中では長い1週間があっと言う間に過ぎて行く。

嫁の実家に病気の事を報告し墓参りをした。

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天国からお義父さんが守ってくれるはずだ。

この日より、嫁のばぁちゃん(ひいばあちゃん)を我が家に長期出張してもらい、身の回りの世話をお願いした。

来週には温熱化学療法をしてポート入れて、しばらく抗がん剤を入れたら治るから。

そう自分に言い聞かせた。

ただ本人はもっと辛いだろう。

1日が貴重で大切なのだが、今は恐怖でしかないだろう。

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ステージ4の卵巣癌

落ち着いて話しが出来るようになってきた「黄色F改」です。


2018/5/7 彦根駅まで嫁に送ってもらい関空へ向かった。

彦根駅へ向かう車内で、嫁の胃の不調が治らず病院へ行くと言っていた。

嫁は今年で37歳。その歳にもなると前の日に食べた物がなかなか消化できないよね。

あれほど食べれた焼肉があまり進まず、晩御飯は何がいい?と聞かれたら、魚を熱望するようになってきてる。

今から行くアメリカでジャンクな食べ物で胃もたれと戦いつつ、やめられないあの味と葛藤するのだが。。。

とか言いながら、関空のサクララウンジでカレーを腹いっぱい食わねばならない。
おっさんはこれが楽しみなのよ。

出国審査を通過してモノレールに乗る。

その時、嫁から電話がかかってきた。

忘れ物でもしたかな?なんて思いつつ電話を取った。

内容は胃の不調の件だった。

駅まで送ったあと、近所の掛かりつけの内科に行ったそう。

症状を伝えて診察してもらったら、腹が張ってるのでエコーを撮ったらしい。

エコーで見る限り何かが映っているそうで、総合病院へ検査に今すぐGOだと言われてCTを撮り結果を聴いて、今はその病院から電話していると。

電話の向こうの声は震えて息も荒いように感じた。

お腹に水が溜まり胃を圧迫している。
それにより食欲不振が起こっていると。

それは腹水と言うらしい。

では、その腹水が溜まる原因は、腹膜に腫瘍があるからだと。

その腫瘍とは「癌」であると。


そんな報告を関空のモノレールからテケテケ歩いて搭乗ゲートにある椅子に座って聞いた。

後半の説明はあんま覚えてないけど。

あと2時間ほどでフライトなので、マッハで関係各者に連絡を入れフライトを中止する事に。

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いっしょに渡米するワカゾーにも事の次第を説明し見送ってもらった。

JALのカウンターにフライトの取りやめをお願いしにいくと、その理由を教えて欲しいと聞かれ、家族が病気と答えるともう少し詳しくと言われ、妻に癌が見つかり、、、
こんなトコまで言わせるのか?と思ったが、世の中には色んな人がいるからなんだろうと。。。

カウンターの中はさぁ大変。

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内容が重いだけに対応が急変して至れり尽くせり。

まぁ、落ち着いて椅子に座れだなんだと。

そして出国中止のハンコをもらい、スーツケースを待つ。

数百あるスーツケースから僕の1個を見つけ出すのに30分くらい。

関わってくれたスタッフの方々はみんな理由を知ってたみたいで、気を使ってくれる。
個人的な内容なんだけどなぁって思いつつ、ありがたい対応に感謝しかなかった。

関空から京都までJRの「はるか」に乗り京都から米原まで新幹線で20分。

全行程2時間ほど。

その間に、癌、腹水で検索しまくる。

調べれば調べるほど希望の光が見えなくなってくる。

癌→腹水→緩和ケアになり、穏やかな日々を過ごせるようにするためには?みたいな内容になる。

清い終わり方ばかり。

そして、検索結果などに漢方薬の広告が目立つように。
さらには、どこぞのクリニックの広告も。
体にいいのか僕にはわからない。
だけど酷くないか?癌患者からむしり取る気マンマンの広告の数々。

怪しすぎるよ。

闘病記などを読むと、数年で終わりの告知にたどり着く。

電車の窓の外を流れるように変わる景色を見ながらこれからの事を考える。

入院、抗がん剤、副作用、子どもたち、お義母さん

そして、余命。

僕は年中ネガティブなので、悪い事しか考えない。

最悪を想定しておけば、ほんの少しの良いことが凄く良い事のように感じるから。


色んな事を考えながら、米原駅についた。


嫁と子どもたちが迎えに来てくれてる。

今朝見送ってくれた時とあまり変わらないけど、お腹の中には癌細胞が今も分裂して増殖している。

でも僕にはどうする事も出来ない。

駅からの帰りにスーパーに寄った。

なんとも思わなかったスーパーでの買い物が今は貴重な時間のように感じた。

買い物を済ませ家についた。

いつものように晩御飯を家族みんなで食べる。

そして風呂に入り、布団の中へ。

無邪気にはしゃぐ子ども達の姿と嫁を思うと、その日は眠る事が出来なかった。

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