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醤油は近所のんしか使わない「黄色F改」です。 うまいです。 実にうまいのです。 でも、あまりの高齢と後継者がいないのとで、今作ってる方が最後となります。 80歳くらいなのだろうか? お中元とかで醤油をもらっても使いません。 だっておいしくないんだもん。 やっぱ近所で作ってる醤油がサイコーなんです。 ちなみに生産数はものすごく少ないです。 いきなり行って買えるかどうかもわからんのです。 いつまでも作って欲しいのだが。。。 覚えているだろうか? 5月に豊岡市でダンスのイベントがあった事を。 その時の子が結婚したのです。 上のリンク内の写真5枚目の紫と青の服の2人です。 その式に出席すべく土曜の4日から舞鶴経由で豊岡入りしていたのです。 僕はビデオ隊の一人として三脚片手に動き回ります。 まずは朝の7時まえに会場の外観の撮影をし、チャペルの撮影立ち居地〜スタッフと勝手に打ち合わせ。 そして11時半くらいに 新婦がお父さんにエスコートされて入場されてきました。 時間をかけてポジションを取っていたはずなのに、専属のカメラマンの方に奪われてました。 でも負けません! なんか厳かなシーンでもビデオカメラをガンガン回し続けるのだが、なにぶん撮影しなれてないのでドコからどう撮ればキレイに写るのかさっぱり判りません。。。 なんか動き辛いですよこの空気。。。 進行の方からのうっとい視線を感じつつ、前へ前へと動くのだが、こういう場合ってあんまり動かないほうがいいのだろうかと躊躇してしまい、動作が遅れてしまう。 そして痛恨の撮影ボタンミス。。。 録画していると思ったら出来ていなかった。 退場シーンが撮れてなくてガッカリだ。。。 ちゅっか、そのときに気がついたのだが、ビデオカメラは僕だけのようだ。 荷が肩にずっしりとのしかかってくる重いがしつつ 披露宴。。。 目の前で握られていく、リクエストすればなんかしてくれる勢いだが、スシが苦手なのであまり興味がわかず。。。 ちなみに料理なのだが、近年めずらしくとても量と質の整った豪華なお料理だった。 なんせこの僕が食べきれないんです。 イロイロと出てきて、その途中の刺身が出てきたときに思ったんです。 「いかん!コレは量の多いパターンだ!」と。 だいたい刺身が多いとその後に続く料理が多い傾向が強いと感じている。 そして見事に的中。 どこのテーブルもアフリカの貧しい子供たちがみたらお叱りを受けるのではないか?と思わずにはいられない残しっぷりだった。 話は戻って 「あ〜ん」をしているシーンを撮影する僕。 ビデオだけではないデジカメも担当する。 自分の電子機器は一切持たず、 「撮ってください」と気軽にみなさん声をかけてくれるので、ついつい撮ってしまう訳でして。。。 僕を会場のスタッフかなにかと思っているのか、 「すいません、お茶をもらえますか?」と。。。 とりあえず注文を受けて本物のスタッフにオーダーを通したり。。。 朝の打ち合わせで妙に話のあった音響のお兄さんとちょっと談笑し、 「ウエルカムボードにもカメラ持って写ってますね」と言われた。 よく見ていらっしゃる。。。 ダンス系の僕の仕事は撮影がメイン。 そのかわり、レースのときは嫁にゃんがカメラマンになってくれる。 ちょうどいいギブとテイクなのだと思うのですが。。。 音響のお兄ちゃんが言っていた写真があった。 判りにくいが確かにカメラを持っている。。。 しかし何が悲しいって、二人の式を見ながら、僕たちの式の事を思い出していた。 もっとこうすれば良かったとかの反省ばかりが思い出されてしまう。 次の時はもっと・・・ いやいや。。。 彼らにもいつまでも幸せでいて欲しい。 もっとも、僕らの次にですけど!
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軟禁生活
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カメラを買おうか迷っている「黄色F改」です。 いつものデジカメがご臨終ですねん。 この春からピントが合わなくなって10枚に1枚まともなのが撮れるかどうかみたいになっててさ。 んでもって、いっちょ買いますかってな具合でして。。。 一眼レフな巨大なのにするか、防水なバカちょんカメラにするべきかと。。。 嫁にゃんのカメラも同時期に買って同じ現象がおこっているのです。 買うなら2台。 プラス一眼かな??? めざせ年末までに購入か??? 「母は来ました。今日も来た」 で有名なフレーズですね。 引揚桟橋です。 戦中に満州へ従軍しその後ソ連軍に捕まってシベリアへ抑留され、数年後に開放されてココ舞鶴港に帰還する際にこの引揚桟橋に船が着いた場所なのです。 説明が若干変なのだが、なんとなくそんな感じである。 今ではこの桟橋は当時のモノではなく復元されたものです。 釣りに興じる地元の方がいるのみで、他には誰もいなかった。 ココに来るのはこの日で2回目。 一度目はあのカブで来たのだが、ネタの渦の中に埋もれてしまった。 ココの引揚桟橋では引揚船が入港するたびに今日こそはと迎えに来る父兄のあとが絶たなかったらしい。 どのような思いでこの桟橋に駆けつけたのか。 当時の思いをいつものごとく勝手に想像し目頭が熱くなる思いがした。 生死のわからぬ我が子がもしかしたら次の船に乗ってるかもしれないと思うと、そら迎えにも行きますよね。 1秒でも早く無事に戻って来てくれた顔を見たいと思うのは誰しも同じだと思うのです。 ってな事を自分勝手に想像するだけで号泣ですね。 まぁ、前置きはさて置いてですね、砲台跡ですよ。 真の目的地です。 実は2006年の8月にココを目指していたのですが、あまりの草ボ〜ボ〜に諦めて撤収しちゃったのです。 今回が初です。 やっぱいいですね。 ここは日露戦争あたりの時代に建造された砲台跡です。 あの友ヶ島とほぼ同じ時代のものと思われる。 まぁ、詳しくは知らんのです。 弾薬庫の中にズンズン入って、振り向くと嫁にゃんとシュウは入り口付近で待機していた。 奥まで入ってナンボのところなのに。。。 「ココでお亡くなりになった方とか居てないよね?」と聞かれ、 「いてない!」と断言したが、詳しくは知らない。 何らかの事故で亡くなられた方が居るかもしれない。 弾薬庫の上は指揮台?になっていた。 もしくは見張り台だろうか? シュウも指揮を執っているようだ。 これからの日本の未来をシュウが担い導く運命にあるのだから、今からでも早くはない。 いやむしろ遅いくらいだ。 さぁ、シュウよ。 迷える日本国民を救い導くのです。 それが出来るのはソナタだけじゃ! あぁ、もっと写真を撮ろうとしたのに嫁にゃんに回収されてしまった。 朝ごはんなんだそうな。 ちなみにこの指揮台の向こうは崖です。 みなさん、ココに来て普通の小さい子を一人で立たせるのは危険なのでやめましょうね。 シュウみたいな神の領域に近い存在なら可能です。(自己責任で) シュウの朝ごはんの残骸を持ちつつ、奥の弾薬庫へ向かう。 もちろん中は何もないが、周りの草が切られ崩れた土砂もキレイに掃除されていた。 なにかドラマの撮影でもしていたかのように、キレイに整備されている。 ココの砲台までの道もきれいに草刈が施され、車で来れるくらいだった。 カブですら突撃不可能だったのに。。。 しかし、1時間以上ここに居たが誰とも会うことはなかった。 一人で来ていたら寂しくて泣いちゃうかもしれなかった。 時間ももうすぐお昼。 ガッツリ移動して、途中で海のモンをたらふく食って 折角なので海に出てみた。 ココは「琴引き浜」と言って、歩くとキュキュと砂が鳴くのです。 この日は雨上がりの為に音がすることは無かったが、久し振りにキレイな砂と海を見たかもしれない。 シュウもオムツをグッズグズにしながら大はしゃぎだ。 吸水しすぎてパンパンにオムツが腫れあがって、服の中にも砂が入り込んだ。 手に砂が付いた日にゃすぐに口の中に入れるので注意が必要だった。 その代わりに海の水を口に入れて物凄い顔をしていた。 オトナでも塩っからいのに。。。 移動中にいた牛。 デカイです。 ボクは大きな生物が苦手です。 特にプチ潔癖なボクに牛舎は苦痛そのものでして。。。 いや、関係者の方からすれば失礼極まりない話なのだが、目の前に排泄物がてんこ盛りになってるのです。 それを惜しげもなく踏みつけておられたり、座り込んでいらっしゃる。。。 もしも彼らが何らかの衝撃で「モ〜」と言いつつ僕のソバを駆け抜けて行ったら。。。 ベチョって付いちゃうじゃないですか! 気絶ですね。 でもシュウの学習の為に父は頑張りました。 しかし、これ以上は近寄ることが出来ませんでした。。。 ボクの限界です。 子牛ですらムリです。 年を取るごとにその距離が遠ざかるのです。 もしもシュウが何らかの理由で牛の隙間に入り込んでしまったとしたら。。。 残念なお知らせをしなければならない状況に追い込まれるかも知れません。。。 排泄物まみれのシュウ。。。 想像したくねぇ。。。
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結成時には隊員を募集していたけど、今では登録不可な「塩っぱレンジャー」の一応代表の「黄色F改」です。 たまに問い合わせがあるので、ココでガッツリと宣言いたします。 「塩っぱレンジャー」(以下、塩っぱ)は新メンバーの募集を受け付けておりません。 Eメールやお葉書での登録投書などを送って戴きましても受理することはいたしません。 また、DMや電話での勧誘または斡旋なども致しておりません。 なので、名乗りを上げていただいた方々には申し訳ないのですが、 塩っぱなんて入らないほうがいいですよ。 マジやべ〜から! さて、家の外観がかなり出来上がってきましたよ。 でも、ココ最近から読んだ人にはさっぱりわからんので、 棟上の様子。 各部のパーツが所狭しと置いてあって、手伝いに行ったのか邪魔しにいったのか。。。 そんな感じの棟上だった。 参考までに。 翌日。 骨組みがほぼ完成。 しかしココからが長かった。。。 屋根を葺く作業が始まろうとしていたのが7月頭。 この調子でいくと年末完成はムリなのではなかろうかと思い始めてきた。 ちゅっか、元から年末にはムリだろうと思っていたのだ。 今もムリだと思ってるけど。 7月末。 壁がなんとなくできてきた。 いまどきでは珍しい「土壁」です。 ご近所でも相当な話題となっています。 この家よりも後から立て始めた家がもうすぐ完成するそうだ。 我が家はこの時点ではまだまだ。。。 杉板の壁が知らぬ間に貼られていた。 残りの部分には白い漆くいを塗る。 本来ならクロ壁に白の漆くいが似合うのだろうケド、なんかそんな家ばっかりなので、いっそ普通の民家にしたほうがいいんじゃね? ってな具合でこの壁の色になった。 柱はクロっぽく写ってるけど、赤黒いのですよ。 昔の我が家の材も使ってるので、その色に合せてみたのですが、もっと光沢を出せばよかったと今更後悔です。 他にも変更したいところが山盛りです。 が、今更デス。。。 さて、コンセントはどこに配置すればいいのかな??? で、エアコンは??? ブレーカーの場所??? よくわかんねぇ。。。。
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たくさんの励ましや激励を頂きましてありがとうございました。 メールやコメント文を点滴や輸血中の嫁にゃんに聞かせ元気つける事ができました。 しかしながら僕の配慮の無い発言と行動により、たくさんの方にご心配とご迷惑をかけた事は否めないと反省しております。 今では自力で車椅子に乗って近くなら移動できるまでに回復しましたが、まだまだ油断はできない状況です。 コメントを下さった方、メールを下さった方、電話を下さった方、直接来られた方、このブログの通りすがりの方、いつの間にやら9万を踏んでいった方 皆さんにこの場を借りて あざ〜っす! どもども、パパになった「黄色F改」です! 僕だけ滋賀に帰ってきました。 日曜の朝から牛乳出しっぱで、窓も開いてました。 涼しかったので異臭騒ぎにはなってませんでしたが、開けたばっかの牛乳がもったいなくて冷蔵庫にしまってみたのですが。。。 明日の朝には冷えて飲めるようになっているでしょう! さ、どこからここ数日の出来事を話せばいいのか解らんが、とりあえず書庫に「修和生態観察日記」なるカテゴリを追加してみた。 まるで、あの出来損ないの中国人「キン」のような書庫だが、わが子は神の子なので扱いは真逆であることは確かなのだ! あ、そうだ! 名前は「修和」(しゅうわ)にしました。 なんで?とか聞かないで。 僕の今は無き父上の「和」をもらうまでは決まっていたのだが、その先が中々決まらなかったのですよ。 で、苗字とのバランスと字画で「修」になったのです。 本当に字画とかいいのか???と聞かれるとぶっちゃけた話が「わかりまへん」なのである。 だってさ、本によって違うんだもん。 んでさ、ココは石切神社ですわ。 その昔の記憶が正しければ、なんでかしらんが占いやらの店が乱立していたような気がしてならんかったのです。 この日はちなみに21日。 そう、産まれた次の日。 面会時間まで時間があったので行ってきたのです。 で、姓名判断らしき店が乱立するエリアの手前は ごっちゃごちゃしてます。 この先にあるのですが、なんせ数件が軒を連ねているので、どこに入っていいかわかりません。 なので、一番リーズナブルな所で話を聞いたら、候補の中でええかんじのってのは教えてくれんかったのです。 おいおい!ソコを聞きたいのになぜ??? とばかりに聞いてみたら、 「そんな大切なこと占いで決めたらアカンわ!」ですって。 決めませんよ。。。 ちゅっか、そんなこと言うなよ!自信を持てって! 結局なんの参考にもならずでして。。。 うさん臭い第三の大仏を拝んでみたり。。。 もう、三番目って言ってる時点でうさん臭すぎる。。。 でもこちらは本物! 元陸軍の複葉機のプロペラが説明文も読めないほどに汚れたガラスケースの中に保管されていた。 そういやあったなぁ。。。 ってな記憶具合でして。。。 結局、なにも決まらず、なにも買い食いせず石切神社を後にしたのです。 そういや、石切神社って「できものの神」がいる神社じゃなかったっけ??? 詳しくは知らん。 興味がある人は調べてみてね。
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お昼休みにイライラしている「黄色F改」です。 パートのオバハンがうっといのよね。 直接的に被害はないのだが、弁当を食う態度が悪いのです。 ヒジを着いたまま食べるし、口に入ったまま喋るし、言葉使いも悪い。 育ちの悪さが出まくったオバハンが僕の前に座ってるんです。 まぁ僕が席を変えればいいだけなんだけど、いつものポジションを今更変えたく ないし。。。 オバハンどっか行け! って言えないなぁ。。。 いま忙しいし。。。 ヒマになったら言う事にしようかな。 出雲大社から境港までグダグタと寄り道したり、途中で寄ったスーパーで普通に 刺身用のイカが丸ごと売られているのに感動しつつ、境港に20時についた。 あたりは真っ暗。 そして、前に来たのは5年前。 境港の駅前もキレイになっている。 もう工事はおわったみたい。 なんの工事してたのかはわからんけどね。 ほんで境港には「水木しげるロード」と呼ばれる、ゲゲゲの鬼太郎のキャラが並 ぶ通りがあるのです。 5年まえにはこんなに無かったのに、ものすごい数に増えてました。 有名どころから、誰かわからんのまで。 全部で何体あるのかわかりません。 あ、ちなみに、水木しげる氏は戦時中にニューギニア?ラバウル??だっけ???で敵の爆弾で左腕をなくし、マラリアなどにも感染した際に「ぬりかべ」に現地で遭遇したそうな。 小学生のときに読んだ記憶が。。。 興味のある方は読んでみてね。図書館とかに行けばあると思うから。 案内盤もあるけど、名前とキャラが合わなくて。。。 いまいちわからん。。。 街灯は目玉のおやじ。。。 よくみると、胴体はキューピーにも見えたり。。。 スケルトンだったり。。。 お互い鬼太郎に詳しくないから、盛り上がれず。。。 なんでもありの境港を後にした。 |




