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 月曜、火曜と肉体労働の仕事が入り、昨日は借りている畑に行ったりしていたのでて、ブログを更新できなかった。
 今日は休みだ。菅野完『日本会議の研究』(扶桑社新書)に関するブログは、今回で終わりにしたい。
 が、どうも深入りをしてしまう予感がするのである。あちらこちらへと筆が逸れて収拾がつかなくなり、肝心の菅野完『日本会議の研究』から逸脱してしまう予感である。そうなると、膨大な長さになってしまうことだろう。それだけは避けたい。連載小説『三月十一日の心』を書きたいからだ(笑)。
 前回のブログを読み返してみて、うっかり高山樗牛について触れてしまったが、恩師である橋川文三の『昭和維新試論』(ちくま学芸文庫)を思い出したりしてしまった。橋川はこの中で高山樗牛を論じている。前回のブログで高山樗牛を、ばっさりと切り捨てるようにして日本主義と断じたことを少し恥じたりしている。後の祭りである。
 橋川は『昭和維新試論』で朝日平吾をも論じている。大正十年に安田善次郎を暗殺した朝日平吾は、昭和維新に流れる心情の源流に位置する。昭和維新を語る上で朝日は重要であり、昭和の右翼的心情(左翼的心情ともいえる)を理解する上では重要である。
 しかし、朝日の問題に足を突っ込んでしまうと、それこそ深みにはまってしまうことは間違いない。
 深みに嵌まらずにはどうすればいいか。菅野完『日本会議の研究』によって、わたしの心が激しく揺さぶられた核心部分に絞って書くことなのだろう。つまり、安東巌が、操り人形としてどうして安倍晋三を選んだか、ということを論じるべきなのだろう。
 が、論じるといっても、論理的に、そして分析的に解明しようというのではない。菅野完『日本会議の研究』がわたしの中に連れてきた、直感がすべてなのである。直観と書きたかったのだが、果たしてそれが安東巌の本質を鷲づかみにできているか自信がないから、直感としたのである。
 その直感は、安東巌が安倍晋三を選んだ意味と戦略性とに繋がるものだ。そして、安東巌の組織論の卓越性と権力掌握の陰湿的な方法論にも繋がっている。安東巌の恐ろしい限りの化物性を浮かび上がらせる直感なのである。
 安東巌について語る前に、予備知識を先ずは語っておきたい。

 前回は急進的な左翼学生運動について、マルクス主義という思想と論理と、組織論との関連に触れて終わってしまったが、右翼運動に組織論が存在するものなのか、わたしは疑問である。
 そもそもが右翼運動には体系的な思想というものがあるのだろうか。
 思想はあるのだろうが、体系的な思想はない。左翼思想にみられるマルクス主義という思想と理論のような明確な核と論理性がないから、右翼の思想はつかみ所がないといえるのだろう。よく言えば許容範囲が広いといえるし、悪く言うと曖昧模糊としていて支離滅裂ということになる。
 右翼の思想のいい加減さは、任侠系右翼(暴力団)と行動右翼と呼ばれている集団をみれば明らかだ。権力によって体制を維持するために雇われ、また意図的に育成された右翼である。大正時代に社会主義運動が勢いを増し、労働争議が頻繁になると、危機感を抱いた国家権力が対抗手段として担ぎ上げたのが、任侠右翼と行動右翼だったのである。したがって思想性は著しく乏しい。
 猪野健治は『日本の右翼』(ちくま文庫)で、「これらの団体は、国体護持、赤化防止、政治革新などを看板にかかげてはいたが、内的な思想性は希薄で、一部を除いてもっぱら暴力的直接行動に終始した。行動面では、争議介入、スト破り、労働運動や部落解放運動(水平社)、社会主義者に対する暴力的攻撃がほとんどだったのである。財閥や政界、軍部は、背後あるいは側面から彼らを支援し、対左翼の民間暴力装置として利用した」と断じている。
 この任侠右翼と行動右翼は戦後になって壊滅的な打撃を受けたが、GHQの共産党への弾圧政策と呼応する形で、共産党による赤色革命に恐怖した国家権力が「二十万人の反共抜刀隊」というおぞましい計画とともに復活を遂げている(猪野健治『日本の右翼』)
 しかし、任侠右翼と行動右翼をみて右翼には思想がないというのは片手落ちだろう。
 猪野健治は『日本の右翼』で右翼の主張を二十項目に整理している。そして「過去に活動した右翼団体、現在活動中の右翼・民族派団体は、以上の項目の中の三項以上のかかわる主張を持っている」としている。猪野の右翼の規定は簡単明瞭である。「左翼に対抗する在野勢力の前衛的部分」だというのである。
 猪野の定義は面白い。左翼がいないと右翼は成り立たないというように読めないこともないからだ(笑)。この定義をそのまま受け入れがたいのだが、安東巌の思想と立ち位置を考えるときに、猪野の右翼の定義は示唆的である。この件については後述する。
 猪野は定義の中で在野勢力といっているがその理由は、「日本の右翼は、未だかつて一度たりとも政権の座についたことがないからである」と断りを入れている。戦前の超国家主義体制(=日本ファシズム)は何だったのか、紛れもない極右体制ではないか、という反論はここではしない(笑)。
 猪野の論理は、右翼の勢力が国家権力を奪取して、つまりファシズム革命によって
国家権力を手中に収め、右翼勢力が自力でファシズム国家体制を構築し、直接的に政治を遂行したのではなく、国家権力が極右思想を利用する形で、自らを、丸山真男のいうずるずるべったりとした現実追認によってなし崩し的にファシズム国家体制へと変質させていった、といいたいのだろう。
 しかし、岸信介のような北一輝の思想に影響を受けた官僚が、「事実上、満州国経営の実権を握っていた」(原彬久『岸信介』岩波新書)のであり、その経験をひっさげて、国家権力の中枢にまで入り込んだのだから、猪野の定義を鵜呑みにすることは差し控えたい(笑)。
 
 マルクス主義は体系的な思想であるばかりでなく、その思想を実践していく過程の革命論と、実践の目的である国家論とが結びついたものだ。したがって組織論が不可欠となる。
 これに対して右翼の思想は、猪野が二十項目を挙げて、その中の三項目以上が該当すると右翼団体になると指摘したことからみても、体系性はなく、団体によって主義主張がバラバラなことが分かるだろう。そうであれば、二十項目に論理的な関連性も脈絡性もないことになる。
 したがって、マルクス主義のような革命論も国家論もないし、明確な組織論もないのは頷けるというものである。
 右翼というと、わたしは真っ先に頭山満を思い浮かべるが、頭山満は常識では計り知れない人物である。破天荒というか、スケールが大きいというか、豪放磊落というか、とにかく、一つや二つの言葉では言い表せない途方もない人物なのである。頭山満以外にも右翼には個性的な人物が多い。したがって、右翼運動における組織化はそうした人物に負うところが大きくなってくる。頭山満を慕って寄り集まるという様相をみせることになる。そうした人物の個性に頼った団体が乱立し、大同団結したかと思えば、個性の違いが起因して、直ぐにまた分裂していくのだ。
 右翼の革命論と組織論の希薄性は、極論すれば、神である天皇の威光を遮っている奸臣の私利私欲が国の方向を危めているので、奸臣を暗殺すれば、遮る雲がなくなりあまねく天皇の威光が降り注ぎ国は安泰になるというような、純真なロマン主義に現れているのではないだろうか。2・26事件の青年将校の心情にはこうしたロマン主義があったはずだ。井上日召の「一殺多生」の思想もそうした傾向があるのではないだろう。自分の身を捨てて、天皇の威光を遮っている奸臣と刺し違えれば、すべてが解決するという驚くべき革命論なのである。美学としての革命論であり、ロマン主義そのものなのであろう。三島由紀夫の美学もこの系譜になるのではないだろうか。

 上述したような右翼の思想と一線を画すのは、北一輝の国家社会主義である。
 国家主義と社会主義とが合体したものだから、当然に社会主義の革命論と国家論が色濃く影を落とすことになる。
 単純には断定できないのだろうが、左翼の革命論と北一輝を代表とする右翼の革命論には決定的な違いがあるのではないだろうか。
 左翼の革命論には民衆の蜂起という視点があるが、北一輝の革命論にはそうした視点はなく、軍部を利用したクーデターといった側面が強い。
 わたしは単なる革命論の違いによるものではなく、純粋社会主義と国家社会主義との本質的な違いに起因したものなのではないかと思う。
 純粋社会主義は軍隊を、民衆を弾圧し権力を維持するために国家権力が所有する暴力装置とみている。その暴力装置を逆手にとって革命を成就したとして、依然として暴力装置であることには変わりはない。軍隊という組織にはそもそもが民主主義とは無縁である。上意下達であり、上官の命令は絶対である。つまり独裁的で全体主義的な色彩の濃い組織形態なのである。国家社会主義とは国家主権を絶対化することであり、いわば国家独裁であり、全体主義なのであり、そのためには軍隊は不可欠なのである。

 一方の左翼の革命論であるが、民衆蜂起による暴力的なものだとすれば、国家権力の暴力装置である軍隊と闘わなくてはならなくなるので、どうしてもこちら側にも軍隊的な組織が必要となってくるのではないだろうか。仮に革命が成就したとして、その軍隊的な組織はどうなるのだろうか。革命が成就した直後は権力基盤は脆弱である。当然のようにその組織は温存されるのではないだろうか。そうなると、その組織を牛耳るものが、革命によって生まれた新しい政権を牛耳ることにならないだろうか。つまり、独裁政治の始まりであり、全体主義国家の誕生へと繋がるのではないだろうか。
 わたしが何を言いたいのかというと、純粋に国民主権と民主主義が息づく国家を作ろうとすれば、暴力革命を選択した時点で誤りだということである。
 ロシア革命にしろ、中国革命にしろ、そしてキューバ革命にしても、結局は軍隊が権力基盤を支える暴力装置として重要な位置づけになっている。だから程度の差はあり、独裁者の性格の違いによって印象が変わってくるが、独裁的で全体主義的な国家になってしまうのだろう。
 結論からいうと、左翼の軍隊組織をもつ民衆蜂起という視点の革命論と、北一輝を代表とする国家社会主義という極右思想の軍事クーデター的な様相をみせる革命論とは、結果としてみれば独裁的で全体主義的な国家を生み出すという点では変わりはないのではないかと思っている。蛇足になるが、この点からみれば、日本共産党が暴力革命を否定したのは必然性があり、わたしは日本共産党のひたむきさの表出として最大限の賛辞を贈りたい。
 四分五裂してセクト化した左翼学生運動は、セクト化すればするほど過激になり、また性急になり、その上で暴力革命にしがみついているとすれば、自らの組織を軍隊化するのは頷けよう。だから組織が独裁化し全体主義化し、果ては組織内でのリンチまでが起こったりするのではないだろうか。こうした組織が存続できるためには純粋な意味での思想と論理では不可能だろう。信仰としての思想であり論理でないとあり得ないと、わたしは思う。セクト化がカルト化へと変質していく必然性を、わたしはみている。

 中国革命に身を投じ、誰が敵で、誰が味方が分からない裏切りと権謀術数と、身の毛がよだつマキャベリズムとニヒリズムの地獄を掻い潜ってきた北一輝であれば、2・26事件の青年将校のロマンティシズムと生きている世界が決定的に違っていたはずだ。その北一輝がロマンティシズムに足をすくわれたのは、歴史の皮肉としかいえないだろう。
 少し脇道に逸れるが、明治期の日本のいわゆる右翼といわゆる左翼の歴史をみると、面白いことに玄洋社に源流があることが分かる。最初は寄り合い所帯だったのである。
 松本健一は『思想としての右翼』(論創社)で、源流における右翼思想と左翼思想は、どちらも反国家権力で一致していたと言っている。右翼は西欧近代化へと大きく舵を切った明治政府に「民族」の視点で、左翼は「階級」の視点で対峙し抵抗したといっているのである。その意味で、右翼と左翼を双生児だというのだ。そして、右翼の堕落は体制に組み込まれたときに始まり、それを打破しようとして新しい右翼運動(新右翼)が生まれ、また再び体制に組み込まれていくという繰り返しだと指摘している。
 わたしは松本健一の熱心な読者ではなく、ほとんど読んでいない。恩師の橋川文三と親交があったようなので二三冊読んだに過ぎない。都合がいい記憶喪失者である安部昭恵と違って、その内容も完全に忘れている。だから批判はできないのだが、松本がいう「民族」は後出しジャンケンだと指摘したい。
 明治期に「民族」という概念は一般的ではないはずだ。歴史的社会的性格を有する民族という概念は新しい。木村時夫は『日本ナショナリズム試論』(早稲田大学出版部)で「民族が国民に代る唯一の構成要素であるとする自覚や主張が行われるのは、ヨーロッパでも、十九世紀以降に属する」と述べている。つまり、民族という概念は西欧近代主義の産物なのである。西欧近代主義の国民国家観があって初めて、それに対抗しうる民族という概念がうみだされたのだ。わたしがいっているのは、自然発生的な意味での民族という言葉ではない。
 尊皇攘夷運動にあったのは、民族という意識よりも、国家という意識が濃厚だったはずである。だから西欧を模した近代国家を促成に作ったのである。明治維新革命から自由民権運動までの過程を振り返るときに、政権内部でも政策的な対立があり、不平士族の蜂起が各地で頻発するが、松本のいうようにそこに「民族」意識が介在しているとは思えないのである。
 松本の歴史観は、左に「階級」を視点にした左翼がいて、右に「民族」を視点にした右翼がいて、真ん中に大資本が牛耳っている国家権力があって、あるときは左翼を利用し、あるときは右翼を利用して、姿を自由自在に変えてきたと捉えているのではないだろうか。
 松本は右翼が国家権力に取り込まれたときに堕落が始まるといっているが、わたしは右翼とはそもそもが国家主義であるから、国家権力と癒着する必然性があると思っている。民族意識がナショナリズムの亜種でしかないとすれば、民族意識が国家主義と不可分のものでしかないだろう。
 わたしは松本とは違って、資本主義と社会主義とは二卵性双生児であり、西欧近代主義という楕円の中の異なる二つの中心点をもつ円として捉えている。左側に社会主義の円があり、右側に資本主義の円がある。右翼とは資本主義の円の更に右側に位置するのだが、右翼の最も右寄りの勢力(極右・民族派)と、社会主義の円の最も左寄りの勢力(急進的過激派)が酷似する意味と理由を、親はどちらも西欧近代主義であり、資本主義を先鋭化した性格と社会主義を先鋭化した性格は双子だから似てくると考えている。
 松本理論の誤謬は、民族という概念を西欧近代主義に対抗するものとしている点だ。民族という概念は、西欧近代主義の産物なのであるから、本質的にいえば、民族によって西欧近代主義は乗り越えられないのである。恐らく松本は、ナショナリズムを西欧近代主義の産物、つまり西欧近代主義の国家観とともに生まれ落ちたということを認めずに、ナショナリズムを本源的なものとしてみているのだろう。
 日本において民族というものがクローズアップされるのは、玄洋社のはるか後だと思う。そしてこの民族という視点が、右翼思想と運動に、新たな方向性を見出したのだろう。つまり、反国家権力の視点と視座である。しかし、もう一度いうと、民族という概念によって西欧近代主義を否定することが、そもそもが論理矛盾であり、戦前の民族による西欧近代の乗り越えでしかない「近代の超克」と同じ過ちを犯すことになる。
 安東巌は「生長の家政治運動」を生きていたのだから民族の視点と視座があるが、いわゆる民族派ほどの思想性はなく、したがって反国家権力という意識は希薄であり、「近代の超克」という視点と視座はほとんどないと思う。民族という概念を思想として突き詰めようという拘りと姿勢がないのである。その上で民族という概念を使うのだから論理矛盾が甚だしいのだろう。例えば、櫻井よしこにおける民族を考えてみれば分かるはずだ。「近代の超克」という視点は皆無である。アメリカのネオコンとほとんど同じであり、だから新自由主義と何ら衝突することなく自分の人格の中で同居できているのである。
 安東巌に思想としての民族への執着と「近代の超克」という視点と視座があれば、日本会議の性格も変わっていたのではないだろうか。もっと厳格な思想になり、逆にいうとだから、あれもこれもの宗教団体や右翼団体が糞味噌一緒で結集できているのだろう。
 こうした安東巌の思想性を見抜いて、菅野は日本会議に思想性はないといっているのではないかと思う。
 安東巌に思想的な一貫した拘りがないことが、安倍晋三という思想的に支離滅裂な男を神輿として担げる大きな理由なのかもしれない。
 安東巌の本質的な恐ろしさは、思想になど殉教する意志はまったくなく、そんなものをせせら笑いながら、闘争に勝利することこそが生き甲斐であり、自分が生きている証だということにあるのではないだろうか。安東巌における『我が闘争』なのである。
 しかし、松本健一は北一輝に拘り続けたはずだが、わたしは松本が書いたものを読み漁っていないので何ともいえないが、北一輝を捉えていたのは民族などではなく国家であったはずである。
 

 さて、随分と回り道をしたが、菅野完が『日本会議の研究』で闇の中から、白日の下へと引っ張り出してきた安東巌についての直感を披瀝したい。
 この直感を連れてきたのは『日本会議の研究』なのだが、果たしてこの直感は直観なのか、それとも妄想の域を出ないものなのか、それを判断するのは読者であろう(笑)。
 菅野は闇に姿を隠している黒幕を求めた先に、学生時代の安東巌を熟知している証言者に辿り着く。その証言者は「よく訓練されたセクトですよ。まるっきりセクト。笑っちゃうでしょ。でもね、彼らは真剣なの。あの頃のまま、学生運動をやり続けているの」と驚くべきことを語っている。この言葉に辿り着いた菅野の嗅覚と眼力とには脱帽するしかない。そして、この言葉に菅野が、安東巌と、安東巌の世界を生きる椛島有三と伊藤哲夫が操る日本会議の本質を見つけ出さないはずはない。
 菅野は次のように締め括って『日本会議の研究』を終わっている。

「彼らは、未だに学生運動を続けている。70年安保の時代の空気をまとったまま、運動を続けている。そしてその出発点が、長崎大学正門前で、苦心して刷ったガリ版刷りのビラを踏みにじられ、左翼に殴り飛ばされたときに安東巌と椛島有三が誓った『左翼打倒』の誓いにあることを、我々は直視すべきだろう。
 そしてその誓いは、今、安倍政権を支え、『改憲』という彼らの悲願に結実しようとしている。彼らは悲願達成に向け、50年近い年月を経て培ってきた運動ノウハウの総力を挙げ、『左翼打倒』の誓いを成就する最後の戦いに挑んでくるだろう」

 安東巌と椛島有三が対峙すべき、70年代安保を生きる急進的左翼は存在しない。が、安東巌と椛島有三には存在しないはずの姿がはっきりと見えるのだろう。それは怨念と憤怒の対象であり、ある意味では自分がこの世に生きている証であり、生き甲斐なのかもしれない。存在しない敵は、自分の心の中に存在しているといえる。
 猪野の「左翼に対抗する在野勢力の前衛的部分」という右翼の定義を思い起こしてほしい。安東巌は正しく左翼という敵がいないとならないのだ。そしてその敵とは抽象的なものではなく、長崎大学正門前でガリ版刷りのビラを踏みにじり、殴り飛ばされた屈辱と苦痛なのであろう。
 この世に存在しない敵との闘争に勝利するにはどうするか。自分たちの主義主張を実現する以外にはないのではないだろうか。その主義主張とは、安東と椛島とが没入していた「生長の家政治運動」でしかない。
 面白いもので、組織とは敵に姿を似せるものだ。急進的で過激で暴力的な左翼組織がセクト化し、やがてカルト化するように、安東の率いる組織もカルト化したに違いない。核にあるのは間違いなくカルトだろう。カルト化した独裁的で全体主義的な急進的な左翼セクトとの決定的な違いは、思想と理論への絶対的な信仰ではなく、教主的な存在となった安東への畏敬の念と絶対的な帰依の心なのだろう。
 安東の組織論と戦略は卓越している。
 自らの姿を隠すことに徹している。カルトとしての組織そのものを拡大することに拘ってはいない。オウム真理教の麻原彰晃とは真逆である。麻原は教祖として自分を位置づけ、独裁的な教団を作り上げて急激な拡大を画策している。驚くべきは軍事組織まで作り上げていたことだが、いつしか国家権力をも掌中に収めようという妄想的な野心があったのだろう。結果は国家権力によって捻り潰されたわけである。
 安東は違う。中核としてのカルトの組織を拡大することを避けて、闇の中に紛れ込ませる戦略をとっているのだ。そして麻原のように自分を教祖にはしない。巧妙なことに、谷口雅春という生長の家の信者にとっては神話的な存在の影をまとうのである。先を急ぎたいので引用はしないが、菅野はこうした点を、証言者から聞き出しているのだ。
 自分が教祖にならずに谷口雅春の影をまとうとしても、それを納得させるための風格と神秘性が必要となるだろう。安東にそうした資質が元からあったことも事実なのだろうが、証言者は修練で巧みな話術と神秘性を身につけたといっているから、安東の恐ろしさは計り知れない。
 谷口雅春の影をまとえば、安東への侮蔑と批判はそのまま谷口雅春へのものとなってしまう。自分を隠す効果を知り尽くしているのだ。だから、中核としてのカルト組織をも隠す戦術に出たのだろう。
 さて、この上でどうすれば「生長の家政治運動」を実現できるのか。
 安東は長崎大学での左翼との闘争で、民衆観を憤怒をもって身体に叩き込んでいる。当然のこと、菅野の嗅覚と眼力はこれをも見逃さない。
 一般学生の日和見性と、敵にもなれば味方にも豹変するいい加減さと、非倫理性とを憤怒をもって知ったのだ。いわば民衆とは憎むべき敵以下の存在なのでる。
 こうした安東に民衆頼りで「生長の家政治運動」の実現を画策するはずはない。
 ではどうするか。
 北一輝だったら軍事クーデターを画策するのかもしれないが、三島事件は、三島由紀夫がいくら扇動しても聴衆である自衛隊員は嘲笑に等しい反応しか示さなかったことを教えてくれている。
 安東の恐ろしさと、政治的リアリズムの冷徹さは、国家権力の中枢に潜り込むことを選択したのである。
 安東の恐ろしさはこれだけではない。冷酷な政治的マキャベリストだということである。生長の家の政治運動の過程で、頭角を現した、後に一水会の創設に関わった鈴木邦男を追い落とすためにとった手段を、菅野はやはり証言者から聞き出している。自分は一切、表に現れず、裏からの工作でマンマと鈴木邦男を葬り去っているのだ。それもハニートラップを仕掛けるほどえげつないものなのである。嘘と詐欺、誹謗中傷、デマの拡散等々、手段を選ばないのだ。安東が「希代のオルガナイザー」「天才的組織人」と称されていることを菅野は書いているが、それと政治的マキャベリズムがセットになっているのである。

 国家権力の中枢に潜り込むのにもいくつかの選択肢はある。岸信介のような方法があるだろう。が、闇に姿を隠すことを戦術としている安東はさすがである。
 政治家を操ることにしたのだ。その政治家が安倍晋三なのである。
 どうして安倍晋三に白羽の矢を立てたのか。菅野が的を射た理由を指摘している。
 当選回数が少なく、大臣経験者でもない若い安倍晋三を幹事長に抜擢したのは小泉純一郎総理だが、自民党内の反対を押し切ってこの人事を断行できたのは、「公認権をはじめとする党内の人事権を執行部が独占する、小選挙区制特有の仕組みがあればこそだ」ったと、菅野は書いている。そして安倍晋三を「小選挙区の申し子」と言っている。
 その上で、小泉のあとを引き継ぐ形で、「派閥の領袖としてさえ権力基盤を構築しえないまま、安倍は総理総裁になったのだ。それまでの総理総裁と比べ、安倍の党内権力基盤は驚くほどに脆弱だ。日本会議や『生長の家原理主義者ネットワーク』をはじめとする『一群の人々』が安倍の周りに群がり、影響力を行使できるのも、この権力基盤の脆弱さに由来するのではないか。安倍は他の総理総裁よりつけこみやすく、右翼団体の常套手段である『上部工作』が効きやすいのだ」と続けている。
 鋭い切り込み方であり、本質を突いていると思う。ただ異論があるのは、「右翼団体の常套手段である『上部工作』が効きやすい」という箇所である。わたしは右翼団体の常套手段を、安東ははるかに超えていると思っている。だから「上部工作」ではあり得ないのである。明らかに安倍晋三を操り人形にしてしまっているのではないだろうか。
 安東が安倍晋三に白羽の矢を立てた理由を、わたしはもう二つ指摘したい。一つは安倍晋三が岸信介の信者だということだ。岸信介は戦前の日本ファシズムと深く関わっている。だからA級戦犯にされたのであるが、岸信介を熱烈に信仰している安倍が祖父が深く関わった日本ファシズムに親近感を抱くのは当然である。
 もう一つは安倍の資質である。
 操り人形はどういう資質が最強か、安東が権謀術数家であり、政治的マキャベリストであれば知らぬはずはない。安東が左翼に最終的に勝利するためにはどのような国家であるべきか。言葉を換えれば、「生長の家政治運動」を具現化するためにはどういう政治体制が理想か、ということになるのだろう。軍事独裁国家しかないだろう。
 独裁者は安倍晋三である。が、それを闇に紛れて操るのは安東が率いるカルト集団なのである。
 安東の思い描く独裁者とはどのような人物だろうか。ヒトラー的な人物になるのではないだろうか。が、ヒトラーは操り人形としてはあまりにも危険である。ヒトラー自身が、真性のファシストであり、独裁者だからだ。ヒトラーは操られているようにみせかけて、逆に操ってしまうほどの非情な政治的マキャベリストであり、冷徹な政治的リアリストだからだ。そして何よりも底なしのニヒリストである。安東をも飲み込んでしまいかねないのである。
 それに比べ、安倍晋三は申し分のない資質を備えている。
 安倍のファシスト的資質とヒトラーとの決定的違いについてはブログに書いている。詳しくはhttp://blogs.yahoo.co.jp/azuminonoyume/33037626.htmlを参照していただきたい。
 簡単に説明すると、ヒトラーの嘘とペテンと支離滅裂と論理的破綻と脈絡性の破壊は政治戦術的なもので、自らが生き方と真摯に向き合い、七転八倒して辿り着いたニヒリズムの結果としてのファシズムなのであるが、安倍は嘘とペテンと言い訳を幼少から性格として身につけてきたといえる。そして、嘘とペテンと言い訳が性格そのものであるから、言葉と言葉に論理的一貫性はなく、また脈絡性もなく、単なるその場しのぎの言い訳の手段か、自分を飾るための手段でしかないのだ。その上に、安倍はちやほやされて育ったから我が儘で、権力志向が強く、おだてられることが大好きな性格なのである。父親である安倍晋太郎が情がないというのだから、間違いはないはずだが、こうした安倍に人間的な情がないとすれば、ファシストとして操るには、これほど最強の人形はないだろう。
 国会答弁では平気で嘘をつき、人を貶めることにも良心の呵責は感じないし、部下に責任を転嫁して切り捨てるのなど朝飯前なのである。
 わたしが安東ならば、安倍晋三を見出したときに天恵であり、天啓だと思っただろう(笑)。

 安東の戦術が卓越なのは、安倍晋三の操り方だ。自分で直接に操ることはしない。
 安倍晋三のプロモーターとして伊藤哲夫を配しているのだ。そして、安倍晋三を援護するために椛島有三が率いる日本会議を配している。更に、任侠右翼と行動右翼を巧みに操り、在特会やチャンネル桜のような行動右翼を育成し、果てはネット工作員まで産み出しているのだから、恐ろしい限りであり、微に入り細を穿っているとしかいえない。こうした点も、菅野は余すところなく指摘している。
 更に安東の戦術の卓越性を指摘すると、フロント組織の活用である。姿を隠す戦術そのものといっていいだろう。フロント組織にあれやこれやのことを要求し、あれやかおれやの目的をもたせないこともしたたかである。だからフロント組織であることが見えなくなっているのだ。これも菅野は見落としていないのだから脱帽である。
 70年代の「生長の家政治運動」を生きている中核であるカルト組織の中枢にいる安東と椛島と伊藤らにとっては、日本会議までがフロント組織でしかないのだろう。だから、菅野は思想性はないといっているのだ。
 日本会議と「生長の家政治運動」の思想についても書きたいことがあるが、割愛したい。

 公認権をはじめとする党内の人事権を執行部が独占する小選挙区制を利用して、安倍は自民党の独裁化を果たしている。そして、内閣人事局の設置によって官僚の人事を掌握し、官僚を意のままに操れる状況を産み出すことに成功している。
 こればかりではない、任命権の行使によって司法もほぼ掌握するというゆゆしき事態にまでなっている。マスコミも例外ではない。公共放送のNHKは経営委員の任命権によって政府の広報機関であり、国民の洗脳機関にまで貶められているのである。民放も例外ではない。飴と鞭で懐柔し、言論の自由度は世界72位という体たらくである。
 圧倒的多数の議席数に胡座をかき、国会は嘘と詐欺と言い訳と恫喝によって占拠され、質疑はアリバイにまで形骸化し、当たり前のように強行採決を断行するのだ。今や、やりたい放題といっていいだろう。
 戦前の治安維持法である共謀罪と、ナチスの全権委任法である緊急事態条項を成立させれば、安東の思い描いたシナリオ通りになったのだろうが、安東に油断があったのだろうか。
 安東が油断して手綱を緩めた間隙を縫って、思慮が乏しく私利私欲だけが並外れた安倍晋三の思い上がりがあり、操縦不能に陥っていたのかもしれない。そしてそれに輪をかけて、脳天気で無邪気で無責任な安倍昭恵の無作為で奔放な政治的暴走があったからなのだろうか。
 森友学園疑獄が発覚したのは、そんな事情があったのだろうと推察している。森友学園疑獄はすべてを余すことなく暴露することになったのは、故ないことではないのである。
 しかし、森友学園疑獄の意味と問題性と、そしてその本質的な危険性がみえるようになったのは、菅野完『日本会議の研究』があったからである。だから、わたしは恐怖と危機感に震え、こんなブログを書いているのだ。
 国民にとっては、正に天恵としかいえないだろう。
 安倍晋三は森友学園疑獄で深手を負い、生死の境を彷徨っているといえる。
 見落としてはならないのは、深手を負っているのは安倍晋三だけではない。日本会議を含めた闇の中に姿を隠している勢力も同様である。
 安倍晋三だけではなく、安倍晋三を操る背後の勢力に深手を負わせられたのは、これも菅野の『日本会議の研究』があったからこそである。

 この状況で何をなすべきか。
 市民連合と野党連合は暢気としかいいようがない。
 森友学園疑獄で安倍晋三の首を取れなければどうなるか。言わずもがなである。
 共謀罪を絶対阻止し、次の総選挙で野党共闘で自民党と公明党を過半数割れに追い込んで……、などと本気で思っている人々は幸福である。そしてお目出度すぎる。
 そんな時間的猶予はないのである。森友学園疑獄で安倍晋三に逃げられれば、共謀罪の成立など屁でもないだろう。生死を彷徨った森友学園疑獄で生き延びられたのだから、それこそ怖い物なしだからだ。独裁色を強め、マスコミへの報復を決行し、徹底的な言論弾圧に走り、ナチスの全権委任法である緊急事態条項へと爆走するだろう。
 もう後がないのである。最後のチャンスなのだ!
 こうした状況判断ができずに、テーマの異なる単発的なデモを行っている主催者は何を考えているのだろうか。危機感が足りないとしかいえないだろう。
 平日の18時半に、どうやれば全国規模の動員をかけられるのか。元よりその気がないのだろう。
 韓国と同じようなデモを行い、国会議事堂正門前を群衆で埋め尽くさない限り安倍晋三は倒せないのである! 
 すべては安倍晋三を倒すことから始まるといえる。わたしがTwitterで叫んでも、残念ながら賛同してくださる人は少ない。
 日本の未来を左右する岐路に立っているのである。国民だけではない。ジャーナリズムにとっても岐路であるだろう。ジャーナリズムの存在意義が問われているからだ。ここで誤れば、戦前の大政翼賛報道という坂道を転がり落ちていくだけだ。
 もう一度言いたい。この歴史的分岐点という危機的な瀬戸際だから、菅野完『日本会議の研究』(扶桑社新書)は必読書である。そして、危機感を共有すべきだ!
 韓国の民衆に続け!
 日本国民が起つときは今をおいてない!

※『里山主義文学』という名のブログに、連載小説『三月十一日の心』を転載しました。読んでいただければ幸いです。

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