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 昨日の秋葉原での出来事は歴史的な出来事として記憶に刻まれることだろう。
 国会議事堂を10万人を越える民衆で取り囲み、安保法案反対と安倍晋三に退陣を迫った8・30のデモよりも、わたしは衝撃的な出来事であり、安倍晋三と安倍政治に与えた衝撃は計り知れないものと直観している。
 2014年の総選挙の最終日に、安倍晋三は選挙戦での締めくくりを秋葉原に選んだ。我が儘放題に育てられ、嘘と詭弁と言い訳を人格へと積み重ねてきた幼児性分裂症の安倍晋三の政治的本質を、2014年の秋葉原の演説が見事なまでに浮き彫りにしている。
 これについては、過去にブログに書いているので改めて論じることはしない。興味のある方は読んでいただきたい。
 安倍晋三は森友学園疑獄と加計学園疑獄で瀕死の状態である。
 前回のブログに書いたが、日本の数少ない良心ともいえる、前川喜平氏の覚悟の決起によって、安倍晋三は逃げ道のない窮地にまで追い込まれているといえる。前川氏の決起は、文科省の官僚たちの勇気ある内部告発を誘発するまでになっている。
 そればかりではない。加計学園疑獄によって、安倍晋三とその仲間の国家を私物化している事実が、多方面から明らかになってきている。
 安倍晋三を中心とした安倍政治のおぞましい限りの本質が、炙り出されてきたのだ。だから、どんなにNHKを筆頭とするマスメディアが安倍政権に有利になるように情報操作をし、安倍政権の意向のままに情報を垂れ流しても、安倍内閣に対する支持率の急降下を防げなくなってきているのだ。
 安倍晋三は前代未聞の方法で、共謀罪を強行採決すると、加計学園疑獄から一刻も早く逃げようと、延長することを頑なに避けて国会を早々に閉じている。そして、閉会審査と、憲法に謳われているはずの野党の臨時国会召集の要求を拒否し続けているのである。
 朴槿恵大統領を辞任に追い込んだばかりか、監獄にまで押し込んだ韓国であったなら安倍晋三はどうなっていただろうか。
 韓国に限ったことではない。民主主義がそれなりに根付いた国家であったなら、安倍晋三の政治生命は疾うに絶たれていたはずだ。
 民主主義が根付いているかどうかの判断は、国民一人一人の基本的人権の尊重という民主主義の核ともいうべきものへの自覚と拘りは当然であるが、制度としての立憲主義と三権分立が明確に確立し、社会の木鐸たるジャーナリズムによる権力の監視が正常に機能しているかが重要な要素になるのだろう。

 NHKは昨日の秋葉原での安倍晋三の演説をニュースで流したが、安倍晋三に都合がよくなるようにお得意の芸術的とも言える継ぎ接ぎ編集だけではなく、安倍晋三の演説をかき消す圧倒的な「安倍晋三、辞めろ」の民衆の声を「抹殺」したのである。
 ニュースとは本来は事実を報道すべきものである。事実を歪める恣意的な編集などジャーナリズムであったなら許されるはずはない。NHKは安倍晋三の国会での支離滅裂な答弁と、我が儘放題に育てられた幼児に等しい、国会での傍若無人で醜悪な言動を、いいとこ取りで切り貼りした編集して報道し、ゆがめた事実を国民に垂れ流している。
 ネットで国会中継を観ている者が、NHKがニュースで流す安倍晋三が国会で答弁する映像を観れば、NHKが如何に作為的に編集し、事実をゆがめているか分かるはずだ。NHKがそれを知らぬはずはない。が、NHKはNHKからしか情報を得ることが出来ない、またはしない人々を狙い撃ちしているのである。
 公共放送のはずが、ゆがめられた事実を、意図的に国民に拡散しているのである。それもゆがめているのは公共放送を名乗るNHK本人なのである。何のためか。安倍晋三と安倍政治を守るためであり、安倍晋三と安倍政治の意向のままに、戦前回帰へと国民を導くためである。
 NHKはこの世には存在しない架空の安倍晋三という男の国会答弁の光景を作り上げ、またこの世には存在しない国民受けする安倍晋三という政治家を作り上げているのである。実態としての安倍晋三は、精神的な錯乱状態の幼児性分裂症を絵に描いたような男なのにだ。その男が強大な権力を握り、狂信的ともいえる戦前の日本ファシズム国家体制への憧憬そのままに、日本という国のあり方を破壊し、日本人の生活を根底から破壊しようとしているのだ。そして、国家までを私物化してしまっているのである。その証が森友学園疑獄であり、加計学園疑獄なのである。
 が、NHKはそれを意図的に国民に隠して、情報操作をしている。実際の安倍晋三の国会答弁と、NHKが編集してニュースで流す国会答弁を比較すれば、NHKは、わたしが指摘することを否定できないはずだ。そして、NHKの看板的存在である政治部の岩田明子記者の歯が浮くような安倍晋三ヨイショの解説をみれば、如何にNHKが事実をゆがめて報道しているか否定できないはずだ。

 このNHKが、「安倍晋三、辞めろ」の国民の声を抹殺して報道したことを正当化しているというから驚きである。「安倍晋三、辞めろ」は選挙妨害であり、単なるヤジだからという理由らしい。ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。
 それでよくぞ公共放送を名乗れたものだと憤りを覚える。NHKは戦前に何をしたのか。国民を公共放送の名で何処へと導いていったのか。NHKが過去に犯した歴史的大罪を積極的に忘れようと努めているとしか言えないだろう。
 安倍晋三は何をしてきたか。
 国会を嘘と詭弁と言い訳の場に変えたばかりか、自らの精神的錯乱で国会を破壊し、国会での審議が成立し得ない事態を惹起させたのだ。議会制民主主義の破壊である。それだけではない。最高裁判事の任命権と官僚の人事権を掌握し、自分の意のままに操れる体制を敷くことに成功したのだ。小選挙区制度を利用し、自民党は安倍晋三の言いなりであり、独裁体制に近いといえる。つまり、行政権・立法権・司法権をほぼ掌中に収めたといってもいい危機的な状況なのである。三権分立の形骸化である。
 こうした事実をNHKは国民に向けて情報として発信したのだろうか。安倍政権の意向にそってひた隠しにしてきたのではないか。議会制民主主義が破壊され、三権分立が破壊され、憲法が踏みにじられている事態は、日本にとってゆゆしきことであり、日本の未来を閉ざすものである。公共放送を名乗るのなら、先ずは日本国憲法を遵守する旗を掲げていなければならないはずだ。憲法があっての公共放送のはずだからだ。国家権力が憲法を踏みにじろうとすれば、真っ先にNHKが国民に向けて警鐘を鳴らし、国家権力を批判すべきだろう。それが国家権力の下僕にまで成り果てているのがNHKの偽らざる現在の姿だろう。
 
 国会での審議が成り立たないほど国会が破壊され、司法も権力に寄り添って機能せず、官僚も官邸の意のままに操られ、最後の望みである国家権力の番人であるはずのジャーナリズムは安倍政権の忠犬にまで堕落している現状にあって、国民の声は何処で反映されるのだろうか。
 安倍晋三は戦前の治安維持法である共謀罪を阿漕な手段で成立させている。国民の言論の自由を奪う悪法だ。
 秋葉原で「安倍晋三、辞めろ」と国民が叫んだのは、国民に残された当然の権利であり、ここまで国民を追い込んだ、安倍晋三と安倍政治の責任であり、当然の報いなのである。
 どうして幼児性分裂症の詐欺師でしかない安倍晋三だけに、秋葉原で嘘と詭弁と言い訳を言わせる権利を与え、国民が発言する機会が与えられないのか。国民の声が反映されるはずの国会は安倍晋三によって破壊され、司法も機能せず、ジャーナリズムも安倍晋三に飼い慣らされている現状にあって、国民の声を内閣総理大臣である安倍晋三に突きつけられるのは、こうした機会しかないのだ。
 独裁者気取りの安倍晋三に生の国民の声と怒りがやっと届いたのだ。
「安倍晋三、辞めろ」と叫んだ多くの国民の行為を否定する政治家と評論家とジャーナリストよ、恥を知れ!
 お前たちが不甲斐なく、国民の生の声と怒りを形にして安倍晋三に突きつけてこないから、止むに止まれず「安倍晋三、辞めろ」という憤怒の声として結実したのだ。
 だからといって、「安倍晋三、辞めろ」と叫んだ国民は誰もが非暴力を貫いている。暴力に訴えたのは日の丸を手にした安倍晋三の親衛隊と支持者である。

 安倍晋三の恐怖に震えた顔をみるべきだ。
 誰が本当の主権者なのか、我が儘放題に育てられた暴君と化した幼児そのままの男が身にしみて分かったはずだ。
 主権者は国民である。独裁者気取りの安倍晋三ではない。
「安倍晋三、辞めろ」は、独裁者気取りの安倍晋三が、日本をまた再びの地獄絵でしかない戦前回帰へと雪崩れていこうとするのを、必死で止めようとする日本の良心の叫びなのだ!
 この叫びは、前川喜平氏の良心の叫びに呼応するものである!

 NHKよ、他人事ではないと肝に銘じよ!
「安倍晋三、辞めろ」の先に、「NHK、辞めろ」がある。
 ジャーナリズムも他人事ではないだろう。
 いつまでも安倍晋三の太鼓持ちを続ければ、国民の良心は容赦なくジャーナリズムへと向かうはずだ。
 ジャーナリズムは歴史的分岐点の今こそ、前川喜平氏の良心に呼応して決起すべきだ!
 7・1秋葉原を、日本の良心の喚起の日として記憶に刻みつけよう!
 そして、安倍晋三の政治生命を絶つために国民が決起した記念日にしよう!
 日本に良心を蘇らせよう!
 安倍晋三と安倍政治に終わりを告げよう!
 

※余談だが、わたしは丸山真男の弟子である橋川文三から教えを受けている。猪瀬直樹は橋川文三の弟子である。したがって、わたしは猪瀬直樹の後輩に当たる。
 先輩である猪瀬直樹だが、橋川文三の名を汚す大馬鹿野郎だと怒りを覚えていたが、Twitterで「安倍晋三、辞めろ」と叫ばせたのは共産党の仕業だというようなことを言っている。安倍晋三の窮地にあって安倍晋三を擁護すれば、それだけ有り難みが増すというものだ。猪瀬直樹は致命傷を負った安倍晋三が不死身だと思っているようだ。
 そこまでして政治評論家として飯を食っていきたいのか。石原慎太郎の太鼓持ちになったときに終わったと思っていたが、浅ましい限りである。
 肉体労働者のわたしの方が、ずっと志が高い。悔しかったら、肉体労働者として雄々しく生きていけ、惚け茄子が!
 今日は日曜日だったが、雨で休みが多くなり草刈りの肉体労働があった。それでも13時で上りとなり、シャワーを浴びて500ミリリットルの缶ビールを二本空けてブログを書いている次第だ。
 昨日は秋葉原に行っていない。が、ネットで参加し、一緒になって「安倍晋三、辞めろ」と叫んでいた(笑)。
 8・30には国会議事堂前の渦中にいたが、それに勝るとも劣らない高揚感であり、歴史が確かに動いているという思いで胸が熱くなり、思わず落涙してしまった……。秋葉原に結集した方々にお礼をいいたい。ありがとうございました。
 闘いはこれからですね。安倍晋三と安倍政治にさよならを言いましょう!

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