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 ロックバンド・RADWIMPSの『HINOMARU』という、戦前の社会的空気を彷彿とさせる「愛国的心情」に彩られた歌詞が話題になっている。
 一方で、6月23日の沖縄慰霊の日に、14才の相楽倫子さんが朗読した平和の詩『生きる』への共鳴と感動の輪が広がっている
 朗読を聴いたわたしは流れる涙をどうしようもなかった。
 わたしの涙は単なる感動からではない。
 わたしは小説を書いている。電子書籍としてKindleから10冊余り出版しているが、わたしが小説を通して描こうといているものと、相良倫子さんの詩とが重なり合ったからだ。また、文学を志す者として真摯に、そして厳粛に、言葉というものと向き合っていこうとしている、わたしの覚悟と矜持とが、相良倫子さんの詩の世界と共鳴し合い、魂を激しく揺さぶられたからだ。
 しかし、魂を激しく揺さぶられて噴き出した感情は熱情というものではない。
 不思議なことに、清らかに透き通った感情による涙だった。
 日常の生活の中で濁り切ったわたしの感情を浄化させてくれた涙だったのである。相良倫子さんの詩を形作っている言葉と、朗読する声と姿勢に、濁り切っていたわたしの感情を浄化させる力が秘められていたに違いない。
 相良倫子さんの平和の詩『生きる』と対極にあるのが、RADWIMPSの『HINOMARU』の歌詞である。
 相良倫子さんの平和の詩『生きる』と、RADWIMPSの『HINOMARU』の歌詞とを決定的に隔てるものは何か。「愛国心」という言葉に絡めて思うことを論じてみたい。
 
 わたしが目指す文学は、当然に言葉で形作られるものだが、だからといって始めに言葉があるのではない。わたしの中でふつふつとたぎっている魂の叫びをどうにかして形にし、他者にわたしの魂の叫びをぶつけて共鳴し合いたいという欲求が先ずあり、それを言葉によって行おうとするものだ。つまり、言葉は手段でしかない。手段ではあるが、魂の叫びを他者と共鳴し合うためのものであるのだから、言葉に魂の叫びが乗り移ったものでなければならなくなる。その過程で生きた言葉を紡ぎ出す苦闘が宿ることになる。
 どうしたら魂の叫びを言葉として紡ぎ出せるか。その行為は、言葉の海の中から、宝石として光り輝く言葉を探し出すことではない。宝石は自らで光を発し、勝手に自己主張を始めるものだ。そして、宝石という言葉の中にすべてを閉じ込めてしまうものだ。どんなに宝石を散りばめてみても虚しい行為でしかない。魂の叫びを形にすることと対極にある行為だからだ。
 詩とは宝石を綺羅星のように散りばめられたものだという錯覚があるが、そんなものは詩に値しない。詩とは、ありふれたガラクタのような言葉に新たな命を吹き込み、人が言葉を発せずにはいられなかった原初の姿へと、薄汚れてしまった言葉を蘇らせる表現行為だ、とわたしは思っている。
 どうやったら新しい命を注ぎ込み、言葉を再生できるのか。それは自分の中にふつふつと煮えたぎる魂の叫びをどうにかして他者と共有し、またどうにかして他者の魂を共鳴させたいという詩人としての本能である強い希求が、生き物となって言葉に乗り移るからだ。言葉に命を吹き込むという意味はそうしたものである。
 新しい命を注ぎ込まれた言葉と言葉には、魂の叫びという強い結びつきが生まれる。細切れの言葉ではなく、言葉の連なりによって深い森となった意味を紡ぎ出すことができるのだ。深い森となった意味の中に魂の叫びが呼吸しているのである。

 私は、生きている。
 マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
 心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
 草の匂いを鼻孔に感じ、
 遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
 私は、生きている。

 私の生きるこの島は、
 何と美しい島だろう。
 青く輝く海、
 岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
 山羊の囁き、
 小川のせせらぎ、
 畑に続く小道、
 萌え出づる山の緑、
 優しい三線の響き、
 照りつける太陽の光。

 私はなんと美しい島に、
 生まれ育ったのだろう。

 ありったけの私の感覚器で、感受性で、
 島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 私はこの瞬間を生きている。

 この瞬間の素晴らしさが
 この瞬間の愛おしさが
 今という安らぎになり
 私の中に広がりゆく。

 たまらなく込み上げるこの気持ちを
 どう表現しよう。
 大切な今よ
 かけがえのない今よ
 私の生きる、この今よ。

 七十三年前、
 私の愛する島が、死の島と化したあの日。
 小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
 優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
 青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
 草の匂いは死臭で濁り、
 光り輝いていた海の水面は、
 戦艦で埋め尽くされた。
 火炎放射器から噴き出す炎、幼子の泣き声、
 燃えつくされた民家、火薬の匂い。
 着弾に揺れる大地。血に染まった海。
 魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
 阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 みんな、生きていたのだ。
 私と何も変わらない、
 懸命に生きる命だったのだ。
 彼らの人生を、それぞれの未来を、
 疑うことなく、思い描いていたんだ。
 家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
 仕事があった。生きがいがあった。
 日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
 それなのに。
 壊されて、奪われた。
 生きた時代が違う。ただ、それだけで。
 無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
 悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
 私は手を強く握り、誓う。
 奪われた命に思いを馳せて、
 心から、誓う。

 私が生きている限り、
 こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
 もう二度と過去を未来にしないこと。
 すべての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、 平和である世界を目指すこと。
 生きること、命を大切にできることを、
 誰からも侵されない世界を創ること。
 平和を創造する努力を、厭わないことを。

 あなたも、感じるだろう。
 この島の美しさを。
 あなたも、知っているだろう。
 この島の悲しみを。
 そして、あなたも、
 私と同じこの瞬間(とき)を
 一緒に生きているのだ。
 今を一緒に、生きているのだ。
 
 だから、きっとわかるはずなんだ。
 戦争の無意味さを。本当の平和を。
 頭じゃなくて、その心を。
 戦力という愚かな力を持つことで、
 得られる平和など、本当は無いことを。
 平和とは、あたり前に生きること。
 その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 私は、今を生きている。
 みんなと一緒に。
 そして、これからも生きていく。
 一日一日を大切に。
 平和を想って。平和を祈って。
 なぜなら、未来は、
 この瞬間の延長線上にあるからだ。
 つまり、未来は、今なんだ。

 大好きな、私の島。
 誇り高き、みんなの島。
 そして、この島に生きる、すべての命。
 私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 これからも、共に生きてゆこう。
 この青に囲まれた美しい故郷から。
 真の平和を発信しよう。
 一人一人が立ち上がって、
 みんなで未来を歩んでいこう。

 摩文仁の丘の風に吹かれ、
 私の命が鳴っている。
 過去と現在、未来の共鳴。
 鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
 命よ響け。生きていく未来に。
 私は今を、生きていく。

 相良倫子さんの詩『生きる』の全文である。
 不覚にも、書き写しながらまた涙があふれ出してきた。心が小刻みに震えている。あふれ出した涙が三線の音色となって、わたしの日常で汚れた心を穏やかに浄化していくのが分かる。
 嘘によって事実をねじ曲げ、過去を改竄して今という瞬間を欺いている、汚濁に塗れた日本の社会を浄化するために紡ぎ出された詩のような気がしてならない。
 過去と真摯に向き合うから、今というかけがえのない瞬間が愛おしくなるのであり、今という瞬間を精一杯に生きることができるのだ。今を生きている中に嘘と偽りとを持ち込めば、それは今を欺きながら生きていることになる。今を欺いて生きているのだから、その先にある未来は嘘と偽りでできたものでしかないはずだ。
 今という瞬間を生きるとは、過去を精一杯に生きた数多の命と向き合いながら生きることなのだろう。沖縄の今を生きるとは、地獄絵さながらの沖縄戦を生きさせられ、虫けらのように殺された数多の尊い命と向き合うことなのだ。だから、沖縄という美しい島で生きている自分の命がかけがえのないものになり、愛おしくなり、今を精一杯に生きようとする心になるのだろう。
 相良倫子さんにとって今を精一杯に生きるとは、沖縄戦を生きた人々の魂と結びついて生きることなのかもしれない。相良倫子さんは頭であれこれと考えて沖縄戦を生きた人々の魂と結びついているのではない。沖縄という青に囲まれた美しい島に今も尚息づいている、沖縄戦で散っていった魂を心で感じ取ることで結びついているのだ。だから、誰よりも沖縄という島の美しさが心に響くのだろう。
 相良倫子さんの美しい島、沖縄への愛は人間だけに注がれているのではない。生きとし生けるものへの愛なのだ。人間中心主義ではない。そこが凄い。
 人間の目で見るから、戦争をイデオロギーや利害関係でみる誤謬を犯すが、虫と蛙の視点でみれば、戦争は絶対悪でしかない。ましてや、生きとし生けるものの豊穣な生の揺り籠である、かけがえのない美しい沖縄を戦争のための基地建設などで汚してはならないのだ。
 相良倫子さんの詩からは、沖縄という美しい島の時間の歩みが手に取るように見えてくる。そして、潮騒に絡みついた三線の音色と、風の中に紛れ込んだ色鮮やかな花々の匂いと海の匂いと、空の青と海の青に抱かれて、輝きを増す木々の緑の色とが、わたしの五感をゆするのだ。相良倫子さんの五感を通して、沖縄という美しい島を感じるのである。どうして相良倫子さんが沖縄の島を愛するのか、わたしは頭では無く、心と五感で納得するのだ。心と五感が共鳴し合ったからであり、相良倫子さんの魂の叫びに、わたしの心が激しく揺すぶられたからだろう。

 手前味噌になるが、相良倫子さんの詩に謳われた「今を生きる」という意味を、『風よ、安曇野に吹け』という小説で描いている。忌まわしい過去から逃れることなく、過去と真正面から向き合うことでしか、今を精一杯に生きることはできない、と描いている。そして、主人公に「未来なんかいらない。ありもしない未来なんかで、今を汚したくないんだ。菜穂子、俺は今を精一杯に生きたいんだ。菜穂子と一緒に今を精一杯に生きて、そして菜穂子と一緒にこの安曇野で死んでいくんだ」と言わせている。
 
 安倍晋三の生き様を思い起こしてほしい。
 ありのままの過去と真正面から向き合うことはしない。自分の都合が良い妄想で過去の事実をねじ曲げ、過去の事実から逃避しているのだ。それだけでも今を精一杯に生きられはしないが、安倍晋三は今を嘘で塗り固め、嘘を事実として平然と生きているのである。どうして安倍晋三は嘘をつくのか。嘘によってきらびやかな虚像としての自分をでっち上げ、嘘で自分を正当化し、分裂症的な支離滅裂な自分の行為を嘘でつなぎ合わせ、自分が犯した国家的犯罪を嘘で糊塗するためだ。今を侮辱した生き方であり、偽りの生でしかない。
 こんな男が描く日本の未来を信じろというのが無理である。破滅しかない。分かりきったことなのに、あろうことかマスメディアは口を閉ざしているばかりか、あろうことか安倍晋三をヨイショしているのだから、日本という社会で今を精一杯に生きようとする姿勢が破壊されていることは否定できないはずだ。

 希代の嘘つきであり人でなしである安倍晋三が生きる醜悪な今を、RADWIMPSの『HINOMARU』が歌にしている。

 風にたなびくあの旗に
 古よりはためく旗に
 意味もなく懐かしくなり
 こみ上げるこの気持ちはなに
 胸に手をあて見上げれば
 高鳴る血潮 誇り高く
 この身体に流れゆくは
 気高きこの御国の御霊
 さぁいざゆかん
 日出づる国の 御名の下に
 どれだけ強き風吹けど
 遥か高き波がくれど
 僕らの燃ゆる御霊は
 挫けなどしない
 胸に優しき母の声
 背中に強き父の教え
 受け継がれし歴史を手に
 恐れるものがあるだろうか
 ひと時とて忘れやしない
 帰るべきあなたのことを
 たとえこの身が滅ぶとて
 幾々千代に さぁ咲き誇れ
 さぁいざゆかん

 この歌詞をみれば言葉が先にあったことが分かるはずだ。
 御国という言葉が核であり、この言葉を飾り立てる言葉を選び出して連ねただけなのである。
 どうして御国に心が引き寄せられていくのか、歌詞を読んでもさっぱり分からない。第一からして御国とはどんなものなのか。この醜悪な歌詞を創った本人からして分からないのではないだろうか。
 相良倫子さんの詩と対極にあるというのは、自分の中に熱くたぎる魂の叫びをどうにかして言葉として紡ぎ出し、他者と共有し、また共鳴し合い、他者の魂を揺さぶりたいという希求がないのである。
 御国という言葉で、他者と結びついているにすぎない。御国とははっきりとした意味があるようで、実は曖昧模糊とした言葉である。
 どういう姿をした御国を言っているのか。
 内閣総理大臣である安倍晋三が日常的に国会で嘘をつき、公文書を改竄させ、データを捏造して悪法を強行採決しようとし、アベノミクスを正当化するために統計データの取り方まで変え、あろうことか日銀に株の買い支えを指示し、年金までつぎ込んで見かけの株高を演出しているというのに、この御国をどうしたら誇れるのか。
 この歌詞を書いた本人はどういう御国を夢想しているのか皆目わからないのだ。その訳が分からない御国を絶賛し、御国のためには自分の命さえ省みないなどと詠える神経と思考回路を疑いたくなる。
 この辺りで批判は終わりにしようと思ったが、この際だから、御国などと平気で言葉にする国家至上主義者の誤謬を批判したい。
 国家などという概念は、日本においては明治維新に誕生したものにすぎない。古事記の神代期期が原初などと思っているとしたら余程のバカである。
 
 わたしは正真正銘の保守主義の思想である「里山主義」を提唱しているが、愛国心を口にする者を信用しないことにしている。本来の意味での保守主義の心情と、「愛国」とは、真逆の心情だと思っているからだ。
 わたしは新しい保守主義である「里山主義」を掲げているが、JCPサポーターでもある。頭の中の思考回路が、右と左の二分法で出来上がっている者からみると、保守主義と国家主義とを混同し、保守主義は右で、日本共産党は左だから矛盾していると思うだろうが、まったく矛盾してはいない。
 わたしから言わせてもらうと、未だに右と左の二分法の思考回路だから、「愛国心」などというカビが生えた言葉に心が奪われてしまうのだ。

 これまでにブログで何度となく書いてきたが、「愛国心」などという醜悪で奇妙な心情が生まれた歴史は浅い。愛国心なるものを大上段に振りかざす愛国至上主義者たちは、愛国心は太古の昔からあった、崇高で原初的な心情のように錯覚しているが、それは誤りであり、日本に言葉の厳密な意味での「愛国心」が産声を上げたのは、幕末の動乱期の渦中においてである。
 愛国心至上主義者たちは、尊皇攘夷運動を愛国心と結びつける誤謬を冒しているが、日本における言葉の厳密な意味での愛国心の誕生は、尊皇攘夷運動を利用する形で、討幕運動へと結びつけ、その先に、西欧近代国家の建国を視野に入れるまでに成長していった、政治的リアリズムのダイナミックな形成過程を抜きには語れないものなのである。明治維新が「革命」といわれる所以だ。
 幕末維新史と、その動乱期を生きた勤王の志士と呼ばれる者たちの生き様と思想の違いを理解する上では、西欧近代主義へと自覚的に上り詰めていく過程で、政治的リアリズムを血肉化し西欧近代主義の体現者へと脱皮できた者と、そうではなく旧態依然の思想的な心情から脱することができなかった者、という視点が不可欠なのである。
 言葉を換えていうと、言葉の厳密な意味での愛国心(=ナショナリズム)とは、尊皇攘夷運動を「自覚的に否定」し、乗り越えていった先に、尊皇攘夷運動を倒幕の原動力へと転化させて「政治的に利用」していく、政治的リアリズムの醸成なしには生まれようがなかったのである。心情的な攘夷に留まっていたり、熱狂的な尊皇の心情に染まっているだけの段階では、西欧近代国家としての日本という国家へと向かう愛国心(=ナショナリズム)へと昇華できたとは言えないということになる。
 考えてみれば頷けるはずだ。支配階級であった武士にとっての「国」とは「藩」のことであった。そして、藩と藩主への滅私奉公と忠義を幼少の頃から意識に植え付けられていたのである。武士にとって藩を超えるには、革命的な意識改革が必要だった所以だ。

 酒が回ってきた。
 明日はまた肉体労働が待っている。残念だが続きは後日にしたい。
 せっかく相良倫子さんの平和の詩で、わたしの濁った感情が浄化されたのに、RADWIMPSの『HINOMARU』などという醜悪な歌詞を読まされたから、また感情が濁ってしまったではないか。相良倫子さんの爪の垢でも煎じて飲め!
 
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