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 ロックバンド・RADWIMPSの『HINOMARU』という、戦前の社会的空気を彷彿とさせる「愛国的心情」に彩られた歌詞が話題になっている。
 一方で、6月23日の沖縄慰霊の日に、14才の相楽倫子さんが朗読した平和の詩『生きる』への共鳴と感動の輪が広がっている
 朗読を聴いたわたしは流れる涙をどうしようもなかった。
 わたしの涙は単なる感動からではない。
 わたしは小説を書いている。電子書籍としてKindleから10冊余り出版しているが、わたしが小説を通して描こうといているものと、相良倫子さんの詩とが重なり合ったからだ。また、文学を志す者として真摯に、そして厳粛に、言葉というものと向き合っていこうとしている、わたしの覚悟と矜持とが、相良倫子さんの詩の世界と共鳴し合い、魂を激しく揺さぶられたからだ。
 しかし、魂を激しく揺さぶられて噴き出した感情は熱情というものではない。
 不思議なことに、清らかに透き通った感情による涙だった。
 日常の生活の中で濁り切ったわたしの感情を浄化させてくれた涙だったのである。相良倫子さんの詩を形作っている言葉と、朗読する声と姿勢に、濁り切っていたわたしの感情を浄化させる力が秘められていたに違いない。
 相良倫子さんの平和の詩『生きる』と対極にあるのが、RADWIMPSの『HINOMARU』の歌詞である。
 相良倫子さんの平和の詩『生きる』と、RADWIMPSの『HINOMARU』の歌詞とを決定的に隔てるものは何か。「愛国心」という言葉に絡めて思うことを論じてみたい。
 
 わたしが目指す文学は、当然に言葉で形作られるものだが、だからといって始めに言葉があるのではない。わたしの中でふつふつとたぎっている魂の叫びをどうにかして形にし、他者にわたしの魂の叫びをぶつけて共鳴し合いたいという欲求が先ずあり、それを言葉によって行おうとするものだ。つまり、言葉は手段でしかない。手段ではあるが、魂の叫びを他者と共鳴し合うためのものであるのだから、言葉に魂の叫びが乗り移ったものでなければならなくなる。その過程で生きた言葉を紡ぎ出す苦闘が宿ることになる。
 どうしたら魂の叫びを言葉として紡ぎ出せるか。その行為は、言葉の海の中から、宝石として光り輝く言葉を探し出すことではない。宝石は自らで光を発し、勝手に自己主張を始めるものだ。そして、宝石という言葉の中にすべてを閉じ込めてしまうものだ。どんなに宝石を散りばめてみても虚しい行為でしかない。魂の叫びを形にすることと対極にある行為だからだ。
 詩とは宝石を綺羅星のように散りばめられたものだという錯覚があるが、そんなものは詩に値しない。詩とは、ありふれたガラクタのような言葉に新たな命を吹き込み、人が言葉を発せずにはいられなかった原初の姿へと、薄汚れてしまった言葉を蘇らせる表現行為だ、とわたしは思っている。
 どうやったら新しい命を注ぎ込み、言葉を再生できるのか。それは自分の中にふつふつと煮えたぎる魂の叫びをどうにかして他者と共有し、またどうにかして他者の魂を共鳴させたいという詩人としての本能である強い希求が、生き物となって言葉に乗り移るからだ。言葉に命を吹き込むという意味はそうしたものである。
 新しい命を注ぎ込まれた言葉と言葉には、魂の叫びという強い結びつきが生まれる。細切れの言葉ではなく、言葉の連なりによって深い森となった意味を紡ぎ出すことができるのだ。深い森となった意味の中に魂の叫びが呼吸しているのである。

 私は、生きている。
 マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
 心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
 草の匂いを鼻孔に感じ、
 遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
 私は、生きている。

 私の生きるこの島は、
 何と美しい島だろう。
 青く輝く海、
 岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
 山羊の囁き、
 小川のせせらぎ、
 畑に続く小道、
 萌え出づる山の緑、
 優しい三線の響き、
 照りつける太陽の光。

 私はなんと美しい島に、
 生まれ育ったのだろう。

 ありったけの私の感覚器で、感受性で、
 島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 私はこの瞬間を生きている。

 この瞬間の素晴らしさが
 この瞬間の愛おしさが
 今という安らぎになり
 私の中に広がりゆく。

 たまらなく込み上げるこの気持ちを
 どう表現しよう。
 大切な今よ
 かけがえのない今よ
 私の生きる、この今よ。

 七十三年前、
 私の愛する島が、死の島と化したあの日。
 小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
 優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
 青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
 草の匂いは死臭で濁り、
 光り輝いていた海の水面は、
 戦艦で埋め尽くされた。
 火炎放射器から噴き出す炎、幼子の泣き声、
 燃えつくされた民家、火薬の匂い。
 着弾に揺れる大地。血に染まった海。
 魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
 阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 みんな、生きていたのだ。
 私と何も変わらない、
 懸命に生きる命だったのだ。
 彼らの人生を、それぞれの未来を、
 疑うことなく、思い描いていたんだ。
 家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
 仕事があった。生きがいがあった。
 日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
 それなのに。
 壊されて、奪われた。
 生きた時代が違う。ただ、それだけで。
 無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
 悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
 私は手を強く握り、誓う。
 奪われた命に思いを馳せて、
 心から、誓う。

 私が生きている限り、
 こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
 もう二度と過去を未来にしないこと。
 すべての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、 平和である世界を目指すこと。
 生きること、命を大切にできることを、
 誰からも侵されない世界を創ること。
 平和を創造する努力を、厭わないことを。

 あなたも、感じるだろう。
 この島の美しさを。
 あなたも、知っているだろう。
 この島の悲しみを。
 そして、あなたも、
 私と同じこの瞬間(とき)を
 一緒に生きているのだ。
 今を一緒に、生きているのだ。
 
 だから、きっとわかるはずなんだ。
 戦争の無意味さを。本当の平和を。
 頭じゃなくて、その心を。
 戦力という愚かな力を持つことで、
 得られる平和など、本当は無いことを。
 平和とは、あたり前に生きること。
 その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 私は、今を生きている。
 みんなと一緒に。
 そして、これからも生きていく。
 一日一日を大切に。
 平和を想って。平和を祈って。
 なぜなら、未来は、
 この瞬間の延長線上にあるからだ。
 つまり、未来は、今なんだ。

 大好きな、私の島。
 誇り高き、みんなの島。
 そして、この島に生きる、すべての命。
 私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 これからも、共に生きてゆこう。
 この青に囲まれた美しい故郷から。
 真の平和を発信しよう。
 一人一人が立ち上がって、
 みんなで未来を歩んでいこう。

 摩文仁の丘の風に吹かれ、
 私の命が鳴っている。
 過去と現在、未来の共鳴。
 鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
 命よ響け。生きていく未来に。
 私は今を、生きていく。

 相良倫子さんの詩『生きる』の全文である。
 不覚にも、書き写しながらまた涙があふれ出してきた。心が小刻みに震えている。あふれ出した涙が三線の音色となって、わたしの日常で汚れた心を穏やかに浄化していくのが分かる。
 嘘によって事実をねじ曲げ、過去を改竄して今という瞬間を欺いている、汚濁に塗れた日本の社会を浄化するために紡ぎ出された詩のような気がしてならない。
 過去と真摯に向き合うから、今というかけがえのない瞬間が愛おしくなるのであり、今という瞬間を精一杯に生きることができるのだ。今を生きている中に嘘と偽りとを持ち込めば、それは今を欺きながら生きていることになる。今を欺いて生きているのだから、その先にある未来は嘘と偽りでできたものでしかないはずだ。
 今という瞬間を生きるとは、過去を精一杯に生きた数多の命と向き合いながら生きることなのだろう。沖縄の今を生きるとは、地獄絵さながらの沖縄戦を生きさせられ、虫けらのように殺された数多の尊い命と向き合うことなのだ。だから、沖縄という美しい島で生きている自分の命がかけがえのないものになり、愛おしくなり、今を精一杯に生きようとする心になるのだろう。
 相良倫子さんにとって今を精一杯に生きるとは、沖縄戦を生きた人々の魂と結びついて生きることなのかもしれない。相良倫子さんは頭であれこれと考えて沖縄戦を生きた人々の魂と結びついているのではない。沖縄という青に囲まれた美しい島に今も尚息づいている、沖縄戦で散っていった魂を心で感じ取ることで結びついているのだ。だから、誰よりも沖縄という島の美しさが心に響くのだろう。
 相良倫子さんの美しい島、沖縄への愛は人間だけに注がれているのではない。生きとし生けるものへの愛なのだ。人間中心主義ではない。そこが凄い。
 人間の目で見るから、戦争をイデオロギーや利害関係でみる誤謬を犯すが、虫と蛙の視点でみれば、戦争は絶対悪でしかない。ましてや、生きとし生けるものの豊穣な生の揺り籠である、かけがえのない美しい沖縄を戦争のための基地建設などで汚してはならないのだ。
 相良倫子さんの詩からは、沖縄という美しい島の時間の歩みが手に取るように見えてくる。そして、潮騒に絡みついた三線の音色と、風の中に紛れ込んだ色鮮やかな花々の匂いと海の匂いと、空の青と海の青に抱かれて、輝きを増す木々の緑の色とが、わたしの五感をゆするのだ。相良倫子さんの五感を通して、沖縄という美しい島を感じるのである。どうして相良倫子さんが沖縄の島を愛するのか、わたしは頭では無く、心と五感で納得するのだ。心と五感が共鳴し合ったからであり、相良倫子さんの魂の叫びに、わたしの心が激しく揺すぶられたからだろう。

 手前味噌になるが、相良倫子さんの詩に謳われた「今を生きる」という意味を、『風よ、安曇野に吹け』という小説で描いている。忌まわしい過去から逃れることなく、過去と真正面から向き合うことでしか、今を精一杯に生きることはできない、と描いている。そして、主人公に「未来なんかいらない。ありもしない未来なんかで、今を汚したくないんだ。菜穂子、俺は今を精一杯に生きたいんだ。菜穂子と一緒に今を精一杯に生きて、そして菜穂子と一緒にこの安曇野で死んでいくんだ」と言わせている。
 
 安倍晋三の生き様を思い起こしてほしい。
 ありのままの過去と真正面から向き合うことはしない。自分の都合が良い妄想で過去の事実をねじ曲げ、過去の事実から逃避しているのだ。それだけでも今を精一杯に生きられはしないが、安倍晋三は今を嘘で塗り固め、嘘を事実として平然と生きているのである。どうして安倍晋三は嘘をつくのか。嘘によってきらびやかな虚像としての自分をでっち上げ、嘘で自分を正当化し、分裂症的な支離滅裂な自分の行為を嘘でつなぎ合わせ、自分が犯した国家的犯罪を嘘で糊塗するためだ。今を侮辱した生き方であり、偽りの生でしかない。
 こんな男が描く日本の未来を信じろというのが無理である。破滅しかない。分かりきったことなのに、あろうことかマスメディアは口を閉ざしているばかりか、あろうことか安倍晋三をヨイショしているのだから、日本という社会で今を精一杯に生きようとする姿勢が破壊されていることは否定できないはずだ。

 希代の嘘つきであり人でなしである安倍晋三が生きる醜悪な今を、RADWIMPSの『HINOMARU』が歌にしている。

 風にたなびくあの旗に
 古よりはためく旗に
 意味もなく懐かしくなり
 こみ上げるこの気持ちはなに
 胸に手をあて見上げれば
 高鳴る血潮 誇り高く
 この身体に流れゆくは
 気高きこの御国の御霊
 さぁいざゆかん
 日出づる国の 御名の下に
 どれだけ強き風吹けど
 遥か高き波がくれど
 僕らの燃ゆる御霊は
 挫けなどしない
 胸に優しき母の声
 背中に強き父の教え
 受け継がれし歴史を手に
 恐れるものがあるだろうか
 ひと時とて忘れやしない
 帰るべきあなたのことを
 たとえこの身が滅ぶとて
 幾々千代に さぁ咲き誇れ
 さぁいざゆかん

 この歌詞をみれば言葉が先にあったことが分かるはずだ。
 御国という言葉が核であり、この言葉を飾り立てる言葉を選び出して連ねただけなのである。
 どうして御国に心が引き寄せられていくのか、歌詞を読んでもさっぱり分からない。第一からして御国とはどんなものなのか。この醜悪な歌詞を創った本人からして分からないのではないだろうか。
 相良倫子さんの詩と対極にあるというのは、自分の中に熱くたぎる魂の叫びをどうにかして言葉として紡ぎ出し、他者と共有し、また共鳴し合い、他者の魂を揺さぶりたいという希求がないのである。
 御国という言葉で、他者と結びついているにすぎない。御国とははっきりとした意味があるようで、実は曖昧模糊とした言葉である。
 どういう姿をした御国を言っているのか。
 内閣総理大臣である安倍晋三が日常的に国会で嘘をつき、公文書を改竄させ、データを捏造して悪法を強行採決しようとし、アベノミクスを正当化するために統計データの取り方まで変え、あろうことか日銀に株の買い支えを指示し、年金までつぎ込んで見かけの株高を演出しているというのに、この御国をどうしたら誇れるのか。
 この歌詞を書いた本人はどういう御国を夢想しているのか皆目わからないのだ。その訳が分からない御国を絶賛し、御国のためには自分の命さえ省みないなどと詠える神経と思考回路を疑いたくなる。
 この辺りで批判は終わりにしようと思ったが、この際だから、御国などと平気で言葉にする国家至上主義者の誤謬を批判したい。
 国家などという概念は、日本においては明治維新に誕生したものにすぎない。古事記の神代期期が原初などと思っているとしたら余程のバカである。
 
 わたしは正真正銘の保守主義の思想である「里山主義」を提唱しているが、愛国心を口にする者を信用しないことにしている。本来の意味での保守主義の心情と、「愛国」とは、真逆の心情だと思っているからだ。
 わたしは新しい保守主義である「里山主義」を掲げているが、JCPサポーターでもある。頭の中の思考回路が、右と左の二分法で出来上がっている者からみると、保守主義と国家主義とを混同し、保守主義は右で、日本共産党は左だから矛盾していると思うだろうが、まったく矛盾してはいない。
 わたしから言わせてもらうと、未だに右と左の二分法の思考回路だから、「愛国心」などというカビが生えた言葉に心が奪われてしまうのだ。

 これまでにブログで何度となく書いてきたが、「愛国心」などという醜悪で奇妙な心情が生まれた歴史は浅い。愛国心なるものを大上段に振りかざす愛国至上主義者たちは、愛国心は太古の昔からあった、崇高で原初的な心情のように錯覚しているが、それは誤りであり、日本に言葉の厳密な意味での「愛国心」が産声を上げたのは、幕末の動乱期の渦中においてである。
 愛国心至上主義者たちは、尊皇攘夷運動を愛国心と結びつける誤謬を冒しているが、日本における言葉の厳密な意味での愛国心の誕生は、尊皇攘夷運動を利用する形で、討幕運動へと結びつけ、その先に、西欧近代国家の建国を視野に入れるまでに成長していった、政治的リアリズムのダイナミックな形成過程を抜きには語れないものなのである。明治維新が「革命」といわれる所以だ。
 幕末維新史と、その動乱期を生きた勤王の志士と呼ばれる者たちの生き様と思想の違いを理解する上では、西欧近代主義へと自覚的に上り詰めていく過程で、政治的リアリズムを血肉化し西欧近代主義の体現者へと脱皮できた者と、そうではなく旧態依然の思想的な心情から脱することができなかった者、という視点が不可欠なのである。
 言葉を換えていうと、言葉の厳密な意味での愛国心(=ナショナリズム)とは、尊皇攘夷運動を「自覚的に否定」し、乗り越えていった先に、尊皇攘夷運動を倒幕の原動力へと転化させて「政治的に利用」していく、政治的リアリズムの醸成なしには生まれようがなかったのである。心情的な攘夷に留まっていたり、熱狂的な尊皇の心情に染まっているだけの段階では、西欧近代国家としての日本という国家へと向かう愛国心(=ナショナリズム)へと昇華できたとは言えないということになる。
 考えてみれば頷けるはずだ。支配階級であった武士にとっての「国」とは「藩」のことであった。そして、藩と藩主への滅私奉公と忠義を幼少の頃から意識に植え付けられていたのである。武士にとって藩を超えるには、革命的な意識改革が必要だった所以だ。

 酒が回ってきた。
 明日はまた肉体労働が待っている。残念だが続きは後日にしたい。
 せっかく相良倫子さんの平和の詩で、わたしの濁った感情が浄化されたのに、RADWIMPSの『HINOMARU』などという醜悪な歌詞を読まされたから、また感情が濁ってしまったではないか。相良倫子さんの爪の垢でも煎じて飲め!
 
※Kindle版電子書籍は、スマホとPCでも無料アプリで読めます。 

この記事に

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 5月11日に、手術後一ヶ月の検査に行ってきた。
 経過は良好だった。、細胞検査で癌が見つかったと知らされた。したがって病名は、前立腺肥大症から前立腺癌となった。
 不思議なことに、癌の宣告を受けても精神的な動揺はまったくなかった。
 余命半年です、と宣告されたならば少しはうろたえたのだろうが、担当医の口振りでは直ぐにどうなるというものではなさそうなので、平常心でいられたのだろう。
 それに強がりではないが、64年を生きてきたからだろうか、わたしにはそれほどの生への執着はない。死に至るときの肉体的な苦痛が回避されるならば、正直なところ、半年後に息を引き取っったとしても、仕方ないと死を受け入れられる気さえする。
 しかし、それでもできれば、あと5年は生きたい(笑)。
 生への執着からではない。書き直しを決め、まだ構想中の小説『三月十一日の心』をどうしても書き上げたいという思いが強いからだ。また、完結していない小説『はるかなる物語』と『里山帰行』(『バリの花』の続編『日本の花』)を書き上げてしまいたいという思いもある。そして、もう少し愛妻と生きて、一緒に旅がしたいという願いがあるからだ。
 妻がリンパ腫であることが分かったのは3年前だ。
 入院して抗がん剤の治療をし、体内の癌細胞はすべてきれいに取り除いたので、現在の妻は元気である。半年に一度、筑波大学病院に通院して検査を受けているが、異常はみつかっていない。そうして、わたしの前立腺癌の宣告である。これで夫婦そろって癌となったことになる。

 5月12日に妻と茨城県の笠間市にある低山に登山に行ってきた。
 手術後に低山登山に行くのはこれで三度目になる。茨城県の桜川市、そして栃木県の茂木市と益子市の山である。草刈りの重労働に耐えられる肉体を取り戻そうとリハビリを兼ねた登山だったのだが、低山といっても侮ることはできない。
 12日には、吾国山と難台山の分岐点になる道祖神峠に車を置いて、難台山山頂へと向かい、そこから愛宕山をめざしたのであるが、当然に車を置いた道祖神峠に引き返さなければならない。結構な距離であった。総標高差も大きく、正直バテた(笑)。
 癌を宣告された翌日の登山で、精神的なショックを引きずっているから疲れを感じるのだろう、と妻は言うのだが、それはない。
 ショックがあったとしたら、途中で出逢った一行の一人から、わたしと妻が、あろうことか親子にみられたことくらいだ。娘さんと登山とは羨ましい、と言われたときはドキッとした。妻とは9歳違いだが、それにしても親子はないだろう(笑)。

 わたしは二十代から登山を始め、結婚する前に止めている。妻は登山の経験はない。それがどうした心境の変化なのだろうか、去年、突然に登山をしたいと言い出したのだ。リンパ腫の宣告が妻を山へと向かわせたのだろうか。妻に訊いてはいない。
 それから伊豆山稜の登山を皮切りに、奥日光の半月山と斜山、赤城山へと登り、そして念願の三千メートル峰の仙丈ヶ岳にも登っている。北沢峠にテントを張り、そこを起点にして仙丈ヶ岳に登ったのだが、わたしも仙丈ヶ岳に登るのは初めてだった。
 わたしは南アルプスを南部から北部までほとんど縦走している。仙丈ヶ岳だけを残していたのだが、これには理由がある。仙丈ヶ岳は女性的な山であり、三千メートル峰にしては容易に登れることから、いつか恋人と二人で登ることに決めていたのだが、わたしが仕事人間に変わり山から遠ざかっていたり、妻には登山の趣味はなく、結婚すると直ぐに娘を出産してしまったりで、仙丈ヶ岳に登る機会がなかったからだ。還暦を過ぎてから、恋人と仙丈ヶ岳に登ることになるとは思いもしなかった。それだけに、感慨深い山行だった。
 秋には、八ヶ岳の行者小屋のテント場をベースにして赤岳と阿弥陀岳にも登っている。そして、11月初旬に北八ヶ岳の蓼科山と横岳に登ったのだが、夕方から雨が雪に変わり、テントを張った双子池が雪景色に変わったのには驚かされた。もちろん冬山の装備はしていったが、まさか雪になるとは思いもしなかった。が、誰もいない雪化粧をした双子池を、妻と二人だけで心ゆくまで味わい尽くせたのは貴重な思い出にはなった。
 今年は、愛妻と二人で北岳をやるつもりだ。県営北岳山荘のテント場にテントを張り、そこをベースにして、北岳と間ノ岳と農鳥岳に登頂する計画だ。わたしは北岳には五回登っている。
 妻にどうしても県営北岳山荘のテント場から眺める天の川をみせたいのだ。それと、夕焼けに染まった雲海から顔を覗かせた富士山をみながら、一緒にビールを飲みむのが夢だったのである。
 因みに県営北岳山荘のテント場からみた天の川の光景を、Kindle版電子書籍として出版している小説『矢車そう恋歌』に書いている。
 癌を宣告された身だから、二人で共に生きていられる時間と空間と、そして季節の移ろいがこれまで以上にかけがえのないものに思え、また愛おしくなってきたのを感じている。大仰に言えば、末期の心の目でみるから、風景の中にそれまで見えなかったものを感じられるのだろう。その末期の心の目でしか見えないものを、小説『三月十一日の心』で描き出すつもりだ。

 わたしにはKindle版電子書籍として発表している小説が十数冊あるが、仮にわたしが死んだら、これらの小説がどうなってしまうのか、俄に気がかりになった(笑)。わたしがいなくなれば、妻がこれらの小説を管理することはない。そうなれば忘れ去られ、いつの日にかKindle版電子書籍としても抹消されてしまう運命なのだろうが、それは忍びない。
 厚かましい妄想というか願いを、敢えて恥を押していうと、どこかの出版社が引き取ってもらえたらこれ以上の歓びはない。もちろん無償譲渡だ。
 信じるかどうかはどうでもいいが、小説『風よ、安曇野に吹け』は、某小説賞で下読みの段階から話題になり「ぶっ飛び」と命名されたものだ。訳あって新人賞授賞作家としてデビューは叶わなかったが、それなりの小説だという自負はある。映像美を追及した映画になり得る、風景と二重写しになった心理描写と物語性は充分に持たしているつもりだ。
 また小説『僕の夏よ、さようなら』も曰く付きの小説なのだが、これについては詳細は割愛する。
 死を自覚すると、わたしがこの世を去った後に残される、わたしの分身である可愛い小説たちのことが案じられて仕方がなくなるから不思議だ(笑)。

 
 話はころっと変わる。
 我が師である橋川文三譲りのロマンティック・イロニーの羽で、これまでの話とまったく脈絡がない、政治の世界へとぶっ飛んでいくことにする(笑)。
 柳瀬氏の国会での参考人招致は、見るに堪えないほどの醜悪な三文芝居だった。
 この三文芝居の脚本を書いているのが誰なのか、わたしは作家のつもりなので大いに興味がある。この三文芝居の脚本は救いようがないレベルだ。
 しかし、問題の核心は三文芝居の脚本にあるのではない。三文芝居の脚本に心を奪われて、その救いようがないレベルと矛盾を批判していても、問題の核心はみえてはこないだろう。
 何が問題の核心なのか。
 論理的な綻びを隠そうともせず、誰がみても物語としては破綻している、救いようがないレベルの脚本が、現実として日本の政治を動かしている「異常性」が、「異常のまま黙認」されている「社会の異常な空気」こそが問題の核心なのである。
 わたしたちが生きているのは、あってはならない異常な空気が支配する社会なのだ。それまで住んでいた世界とは違う「異常な世界」を、わたしたちは現実として生きさせられているという認識を、先ずは出発点としなくては問題の解決には繋がらないだろう。今ならばこの異常な世界から引き返せるが、安倍晋三が総裁選挙で三選されれば、日本はその時点で終わりである。

 わたしのツイートは拡散されることはない(笑)。
 どうして「社会の異常な空気」と「異常な世界」を問題にしないのか、わたしは不思議でならない。わたしのツイートは「社会の異常な空気」と「異常な世界」を射程に入れたものだ。
 それまで住んでいた「正常な世界」と「異常な世界」を繋げるトンネルの役目をしているのが、「社会の異常な空気」なのである。「社会の異常な空気」が濃くなる毎に、「異常な世界」へと近づいて行くことになる。
 こうした視点に立てば、現実として目にしている自民党と公明党を、それまで住んでいた「正常な世界」に存在したかつての自民党と公明党として捉える過ちはしない。まったく異質な政党であり、「異常な世界」を住み家とする「異常な政党」なのである。看板だけを元のまま掲げた詐欺政党だといえる。かつての自民党と公明党は「異常な世界」を住み家とする勢力に乗っ取られて、この世にはかつての自民党と公明党は存在していないのである。
 このおぞましい現実を受け入れなければ、事の本質は見えては来ないし、政治的な戦略を誤ることになるだろう。
 自民党と公明党に自浄作用など求めても無駄なのだ。何故ならば、かつての自民党と公明党ではないからだ。そうでなければ、疾うに安倍晋三は自民党内の権力闘争によって血祭りに上げられていただろう。今頃は安倍晋三と昭恵夫妻は、籠池夫妻に代わって、鉄格子の中にいたはずだ。それがあろうことが、安倍晋三が秋の総裁選で三選される空気が作られているのだから、異常を通り越して狂気である。
 財務省による決裁文書の改竄と厚労省のデータ捏造、そして防衛省の日報隠蔽だけでも、正常の世界の出来事ならば、内閣は即座に三度吹っ飛んでいなくてはならない。それが正常な世界における議会制民主主義というものだろう。
 その上に、安倍晋三と閣僚と官僚は、当たり前のように国会で虚偽答弁をし、それを明るみにする証拠書類が出てきても、茫然自失する脚本による三文芝居で言い逃れし、国家的な犯罪を頬被りを決め込むのだ。最早、国権の最高機関である立法府を土足で踏みにじるものであり、議会制民主主義の破壊であり、国のあり方の破壊である。
 が、安倍晋三と官邸と、そして自民党と公明党にとっては、それが必然的な行為なのである。「正常な世界」を「異常な世界」へと変えるためには、「正常な世界」の破壊こそ必要だからだ。

 どうして野党は、「異常な世界」を住み家とする、偽りの看板を掲げた詐欺政党である、自民党と公明党のおぞましい真の貌を国民に告知しないのだろうか。「異常な世界」に恋い焦がれ、日本をその「異常な世界」へと変えるべく、これまでの「正常な世界」であった日本のあり方を日夜破壊し続けている、カルト的な極右勢力に乗っ取られた、看板だけの自民党であり、公明党だと国民に告知しないのが解せないのである。国民はまだかつての自民党と公明党だと信じて疑っていない。手遅れになる前に、広く告知するのが賢明のはずなのである。
 2014年の暮れの総選挙の折りに、不破哲三が夜の帳が下りかけた京都の空に向かって、自民党は極右勢力に乗っ取られたネオナチ政党だと演説しているのである。今にして思えば、歴史的演説であり、達観であった。
 安倍晋三は、「正常な世界」を徹底的に破壊し、「異常な世界」へ橋渡しするにはなくてはならない存在であり、その意味で、安倍晋三という男は「異常な世界」の象徴的な存在といえる。何故なら、嘘と詭弁が人格になり、異常な自己溺愛の権現であり、人としての情がなく、幼児性的分裂症的であり、論理性と羞恥心と倫理観が欠如しているからだ。安倍晋三は思想的にではなく、人格的に、生まれながらのファシストの資質を持っている。昨日の国会で答弁したことと、真逆のことを今日の国会で言っても、精神的な均衡を保てるのは通常の人間には不可能である。言葉の持つ意味への拘りがなく、言葉は単なる自分を飾るための道具であり、他人を欺すための道具でしかなく、論理的な矛盾などお構いなく、羞恥心と倫理観が欠如している安倍晋三だから、精神的な均衡を保てているのだ。ヒトラーは自覚的な訓練によって思想としてファシストに自己改造をしたが、安倍晋三は生まれながらにファシストだから、天下無双なのであり、「異常な世界」を日本に実現するには、またとない逸材なのである(笑)。だから神輿に担がれているのであり、神輿に担ぐカルト的極右勢力が安倍晋三をトコトン死守しようとしているのだろう。
 安倍晋三にとっては精神的な均衡を保てているのだが、通常の人からみたら、その精神的な均衡は異常人格か、精神錯乱にしかみえない。
 しかし、安倍晋三の中では精神的な均衡を保てていても、安倍晋三は論理的な思考回路が薄弱であり、言葉の意味への拘りがなく、生来の嘘と詭弁が人格にまでなってしまっているから、国会でその場の思いつきで思わず口を滑らして出てしまった言葉のツケが、後から目白押しになるのは必定だ。それを糊塗しようとすれば、国会答弁は嘘と詭弁のオンパレードになる。
 ここまでならまだ可愛い。が、安倍晋三には異常な自己惑溺があり、こうした男が権力を握れば、国家と自分の境界がなくなり国家の私物化など朝飯前だ。そして、あろうことか平気で公文書の改竄とデータ捏造と隠蔽にまで手を染めるのだから、安倍晋三の倫理観は破壊されている。そればかりか、自分が指示してやらせたのは誰がみても明らかなのに、我関せずと涼しい顔で、官僚に責任を押しつけてもみ消そうとするのだから、人でなしと形容するしかない。
 
 通常の人からみたら異常人格か、精神錯乱かしかみえない、こうした安倍晋三の言動は、日本の舵取りをする内閣総理大臣のものであるだけに、社会に与える影響は無視できないだろう。安倍晋三の異常人格と精神錯乱が社会に反映し、「異常な世界」へと橋渡しをする「社会の異常な空気」を醸成しているといえないだろうか。
 安倍晋三の破壊された人格の本当の恐ろしさは、「社会の異常な空気」の作為的な醸成の仕方にも及んでいる。異常な自己惑溺と人でなしなのだから、自分に刃向かう者に対しては容赦しない。冷酷であり、徹底しており、執拗であり、そして陰湿である。マスメディアを使った前川氏の人格を貶めるキャンペーンは好例だろう。安倍晋三は周辺に公安警察の出身者を侍らせていることからみても、公安が掴んでいる個人情報の重要性を認識しているはずだ。人間は誰でも叩けば埃が出てくる。知られたくない過去の過ちがあったり、人に言えない性癖があったり、不倫関係に陥っている女がいたり、男がいたりするものなのだが、そうした嫌な情報は脅しに使える。言うことをきけば不問に付すが、逆らえばマスメディアに情報を流して社会的に抹殺を企てるのが常套手段だ。敵は当然であるが、味方も同様である。自民党と公明党が乗っ取られた手口は、こうしたえげつない手法だったのではないだろうか。それこそ公安お得意の尾行は日常茶飯事だろうし、罠まで仕掛けたりもするのではないだろうか。
 それまで政権批判をしていた政治評論家が、ある日突然に安倍晋三様バンザイに変身したりするのをみたりすると、わたしは公安の餌食になったなと思ったりするのだ(笑)。一方で、自ら進んで安倍晋三様バンザイを宣言し、安倍晋三の太鼓持ちになることで薄汚い金を掴み生きていこうという魂胆の自称ジャーナリストと政治評論家と作家やと役者、そして自称知識人と芸人に利用価値があるとみなされれば、強姦罪で逮捕される寸前までいっても、安倍晋三と官邸が裏から手を回し、犯罪がもみ消されるのだ。

 わたしが何度となくツイートしたように、大阪地検特捜部は佐川を立件しないことにしたようだ。そんなことは、佐川が証人喚問を受けた時点で決まっていたことだ。地検特捜部がしてきたことは、安倍晋三の国家的犯罪を追及する国会を妨害してきたことだ。本丸である安倍晋三の国家的犯罪をうやむやにし、安倍晋三を逃すという至上命令を受けた忠犬でしかない。
 これまでの経緯をみれば一目瞭然なのに、どうして地検特捜部に幻想を抱くのか、わたしには皆目理解できない。
 地検特捜部は日本の社会と議会制民主主義にとっては害悪でしかない。存在してはならない組織なのだ。徹底的に批判し、叩くべき悪である。

 最後にマスメディアに言いたい。
 ジャーナリストの目でみれば、誰がみても嘘つきと分かり、誰がみても議会制民主主義の破壊者であり、誰がみても戦後日本の社会と国のあり方の破壊者であり、国家的犯罪者だと分かる安倍晋三を、どうして徹底的に叩かないのか。
 一見するとリベラルを装っているテレビの政治評論家が、政治を決めるのは最終的には国民であり、内閣支持率だと、ごもっともなことを宣っているが、よくも政治評論家など名乗っていられると憤りを禁じ得ない。羞恥心がないのだろうか。
 世論形成はどのように行われるのか。それが問題ないのだ。
 テレビのワイドショーで連日、安倍晋三と官邸の息がかかったコメンテーターが、安倍晋三ヨイショをしていて、正常な世論など作りだ去るはずはない。公共放送の名を騙るNHKからしてがそうなのだ。安倍晋三様命の岩田明子がのさばっているNHKの政治部は、日本の社会を異常なカルトの世界へと変える先導役を担っているといえる。
 内閣支持率が政治を決めるのではない。
 日常的にテレビが異常な報道をし、歪められた情報を垂れ流していれば、異常な世論が形成されるのは当たり前だ。その異常な世論に、政権の正当性の根拠を求めるとすれば、その時点でジャーナリズムの死亡宣告であり、政治評論家の無能宣告である。
 恥を知れ!

 先週から草刈りの肉体労働が本格的になり、夜の8時になるとバタンキューという体たらく。このブログも12日に書き出したのだが、先延ばしになっていたのだ。昨日の日曜には妻のリクエストで筑波山に登り、土曜日には貸し農園で畑仕事……。
 ということで、まだ語り尽くしていないのだが、強引に終わりにする。推敲もしない。そして寝る(笑)。
 安倍晋三という名前を聞くだけでイライラが募る。わたしが癌になったのも、絶対に安倍晋三の存在の仕業だ、と固く信じている。
 安倍晋三を牢獄へ!

※Kindle版電子書籍は、スマホとPCでも無料アプリで読めます。

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 今日から肉体労働が始まった。
 今年は一月ほど季節が先走っているので草の生長が早い。草刈りの仕事にとっては喜ばしいことなのかもしれないが、農家にとっては頭がいたいことだろう。三月初めまで真冬を思わせる気温が続いたと思ったら、春を通り越して一気に夏である。春という季節があっという間に過ぎ去ったということになる。春野菜にとっては重大事だ。生育期間があまりにも短く、過酷な夏の暑さに晒されるからだ。
 キヌサヤエンドウは1日に早々に引っこ抜いた。暑さに弱いからだが、弱って黄色っぽくなった状態のキヌサヤエンドウを食べても美味しくない。やはり旬に限る。
 去年に失敗しているので、春が極端に短いことを想定して冬場に寒冷紗を利用して、ある程度大きくしていた。4月10日には収穫ができたが、それでも収穫期間は20日である。毎日食べきれないほどの収穫量だった。味噌汁にしたり、卵とじにしたり、天ぷらにしたりと嫌と言うほど食べたので未練はないが、それにしても収穫期間が短すぎる。
 因みに、わたしの畑以外では、まだキヌサヤエンドウをそのままにしてあるが、暑さにやられて弱々しいし、何度となく強風にあおられているので、収穫できたとしても美味くはないだろう(笑)。
 キヌサヤエンドウはほんの一例だ。春キャベツも30度近くの暑さにやられて葉がぐったりとなる始末だ。仕方なくカラスムギを刈ってきて敷いたのだが、地面が直射日光に当たって焼けるような温度になるのを防ぐ効果はあったようだ。また保湿性もあり、適度の通気性も確保できる。マルチ(畑の地面を覆い、その表面に穴を開けて野菜の苗を植える黒いビニールシートの名称)が万能のように考えられているが、春が短く一足飛びに夏になる昨今では、マルチの中は蒸し風呂状態であり、春野菜にとっては逆効果のような気がする。カラスムギは雑草であり、基本的にタダである(笑)。ホームセンターでは稲わらが売られているが、一束450円也と驚くべき金額だ。稲わらよりも麦わらの方が通気性がよく、腐り難く、日光の反射率もいいのではないか、とわたしは思っている。中が空洞だから、昔はストローに麦わらを使っていた。

 麦わらというと、わたしは麦わら帽子を直ぐに連想してしまう。そしてその麦わら帽子は、わたしが青春の日に憧れた、詩情の世界で生きている少女の姿を連れてくる。
 もう時効だから告白するが、高校時代のわたしは、堀辰雄や立原道造の詩情的世界に浸っていた。大学に入って、橋川文三ゼミの仲間が、ドストエフスキーだのゴーゴリーだの高橋和巳だの、小難しい思想だのばかり語っているのに、堀辰雄と立原道造の詩情的世界の話などできるはずがない。当然のこと、わたしが堀辰雄と立原道造の詩情的世界を彷徨った過去があるなどと、口にできる雰囲気ではない。さげすみというよりは、哀れみを含んだ目で見られることになる。だから橋川文三ゼミの仲間には、これっぽっちも話してはいない(笑)。
 これまた正直に告白すると、わたしはドストエフスキーよりも、ツルゲーネフの小説を愛していた。中でも二葉亭四迷が訳した、『あいびき』と『めぐりあひ』が好きだった。
 堀辰雄の短編小説に『麦藁帽子』がある。
 冒頭の数行を未だに覚えている。

「私は十五だった。そしてお前は十三だった。
 私はお前の兄たちと、苜蓿(ウマゴヤシ=シロツメクサ=クローバー)の白い花の密生した原っぱで、ベエスボウルの練習をしていた。お前はその小さな弟と一しょに、遠くの方で、私たちの練習を見ていた。その白い花を摘んでは、それで花環(はなわ)をつくりながら、飛球が上がる」

 思い出そうにも、ここまでしか覚えていない。
 新潮文庫の短編集の一つであることは確かだが、その文庫本が本棚に現存しているかどうかは怪しい。知られたくない過去として処分してしまった可能性が高いからだ(笑)。が、何故か無性にこの先が知りたくなった。
 ということで、これから捜索してくることにする。
 文庫本は前後に二重に並べ、更にその上に二段重ねにしているので、捜索が容易ではない。後始末を思うと、尚のこと二の足を踏んでしまう。散らかしたままにしておけば、妻の雷に直撃されることは間違いないからだ。
 それでも、先が知りたいから不思議だ。何がわたしを堀辰雄の『麦藁帽子』へと引き寄せるのか……。その何かを突き止めるためにも、この先を知る必要がある。

 捜索から帰ってきた(笑)。
 本棚の奥に色褪せた思い出がしみ込んだ『麦藁帽子』があった。
 『萌ゆる頬・聖家族』(新潮文庫)の中に収められていた。わたしが知りたくなった先を、長くなるが引用しよう。

私は一所懸命に走る。球がグロオブに触る。足が滑る。私の体がもんどり打って、原っぱから、田圃の中へ墜落する。私はどぶ鼠になる。
 私は近所の農家の井戸端に連れられていく。私はそこで素っ裸になる。お前の名が呼ばれる。お前は両手で大事そうに花環をささげながら、駆けつけてくる。素っ裸になることは、何と物の見方を一変させるのだ! いままで小娘だとばかり思っていたお前が、突然、一人前の娘となって私の眼の前にあらわれる。素っ裸の私は、急にまごまごして、やっと私のグロオブで私の性(セックス)をかくしている。
 其処に、羞かしそうな私とお前を、二人だけ残して、みんなはまたボウルの練習をしに行ってしまう。そして、私のためにお前が泥だらけになったズボンを洗濯している間、私はてれかくしに、わざと道化けて、お前のために持ってやっている花環を、私の帽子の代わりに、かぶって見せたりする。そして、まるで古代の彫刻のように、そこに不動の姿勢で、私は突っ立っている。顔を真っ赤にして……」

 堀辰雄の小説『麦藁帽子』は、ここで終わりではない。
 が、わたしが堀辰雄の小説『麦藁帽子』に執着した理由は、上に引用した文章で分かった。
 その理由を披瀝する前に、小説『三月十一日の心』について述べておきたい。
 改めて書き直すことにした連載小説『三月十一日の心』が動き出す気配がない。わたしの中で未だに煮詰まっていないからだ。
 思想性に重きを置いたことで、物語性を軽んじていたことに気づかされて書き直すことにしたのだが、わたしの小説は、思想性を色濃くして物語性を薄れさせると、登場人物を人間として掘り下げることが疎かになり、思想を表現するための単なる傀儡になってしまう傾向が強くなってしまうようだ。それでは生きている人間を描いたことにはならない。それでも、これまでの小説よりもより思想性を色濃く打ち出すつもりなので、方法論的にどうすればいいか、まだ固まっていないのだ。
 わたしのすべての小説は思想性を抱きかかえてはいる。そして小説の中で、登場人物を通してあるべき生き方を模索してもいる。その上で、物語性を持たせているのだが、当然に小説によって物語性に強弱は出てくる。
 わたしの小説の中で物語性が強いのは安曇野三部作(わたしの思い込み的な命名)だ。『風よ、安曇野に吹け』『安曇野、めぐり愛(後に、「僕の夏よ、さようなら」に改題』『矢車そう恋歌』だが、どれもプロットを作った上で書いている。
 他の小説は、書き出しと結末を決めただけで、プロットなしで書いている。だから即興性と詩情性は増すのだが、思想が一人歩きする傾向も否定できない。
 いずれにせよ、小説『三月十一日の心』はこれまでの集大成のつもりなので、物語性と思想性を濃厚に併せ持つ小説にしたい野心がある。

 では、堀辰雄の小説『麦藁帽子』に執着した理由に触れたい。理由は、わたしの小説『安曇野、めぐり愛』が、堀辰雄の小説『麦藁帽子』の影響を受けていることに初めて思いが巡ったからだ。麦わらが麦わら帽子のイメージを連れてきて、更に堀辰雄の小説『麦藁帽子』の冒頭の文章を呼び寄せ、改めて『麦藁帽子』を読んで、はっきりと気づかされたのだ。
 この『安曇野、めぐり愛』という小説は『僕の夏よ、さようなら』に改題しているのだが、題名は立原道造の詩からとっている。そして、小説の所々に立原道造の詩をちりばめてある。つまり、わたしが青春の日に憧れた、詩情の世界を生きる少女に結びついた小説ということになるのだろう。
 この小説は構成に凝っている。中学生の少女と少年の幼い恋の終わりに、再会を誓って指切りをした、約束の地であり、裏切りの地でもある、思い出の安曇野の草原へと帰っていくことで、あるべき生き方への原点回帰を象徴させ、40代の男と30代の女が、自らの人生を過去へと遡及していく中で、原点ともいうべき生き方から逸脱していった人生の遍歴を描いた小説なのだが、大人の恋物語と青春の恋物語、そして少年と少女の恋物語を重ね合わせた構造にしており、各恋物語の文体までも変えている。
 少年と少女の恋物語は児童文学を意識し、ほとんど堀辰雄の小説『麦藁帽子』の世界であることが、今日分かった次第だ。が、堀辰雄の小説『麦藁帽子』の詩情性をはるかに超えていると断言してもいい(笑)。
 十年後に再会を誓ってひとさし指を針で刺し、血判を押すのだが、その指を互いに咥えて血をなめ合うシーンは涙なしに読めないだろう(笑)。物語性は、わたしの小説の中で一番なのではないだろうか。そして三つの物語に謎を交差させ、一つの謎が解けたときに、新たな謎が現れるという仕掛けをしている。その意味ではミステリ性も高い。
 この小説『僕の夏よ、さようなら』を超える物語性と構成を小説『三月十一日の心』で創造するつもりだ。もちろんその物語性に、濃厚な思想性を盛り込むつもりなのである。だから、一向に動き出さないのである。
 思想性については、わたしが提唱する新しい保守主義である里山主義を、この小説世界で具体的に展開する構想なのだが、更に、ハンナ・アレントの『人間の条件』を継承しながら、どうにかしてこの小説世界の中でハンナ・アレントの『人間の条件』を乗り越えて、里山主義という思想をより高みへと押し上げたいという正気とは思えない野望がある(笑)。

 ハンナ・アレントの『人間の条件』における資本主義批判と西欧近代主義批判は、本質的なものであり、核心を突いている。
 里山主義という思想として、拙いながらも、わたしは資本主義と西欧近代主義を批判してきたが、『人間の条件』によってより高みへと押し上げられたのは確かだ。
 わたしはマルクスの限界を乗り越えたつもりなのだが、ハンナ・アレントの『人間の条件』によって、マルクスの限界がより鮮明になり、資本主義批判と西欧近代主義批判は何処へと向かい、どうすれば克服できるのか、それがおぼろげに見えてきたように思える。
 ハンナ・アレントは言葉の厳密な意味での保守主義の体現者である。わたしもまた言葉の厳密な意味での保守主義の体現者のつもりだ。
 資本主義を心情的に肯定するとしたら、その心情は保守主義ではあり得ない。これは断言してもいい。これに気づけないとしたら、余程の思想的な感性が鈍いとしかいえないだろう。
 ハンナ・アレントの指摘を待つまでもなく、資本主義とは目的のない破壊を永遠に繰り返さないと成り立たないことは自明だ。現存するものへの愛着と保存は、資本主義にとっては命取りなのである。だから、資本主義と保守主義とが共存できるはずはない。破壊こそ資本主義の命の源泉なのだ。
 ハンナ・アレントの凄さは、人の知への欲求が、宇宙からの視点であるアルキメデスの点から、地球へと向かい、地球上には存在しないものを知への欲求の過程で作り出しているという指摘だろう。そして、人の感覚と理性を疑った先で、人が作り出した実験器具によって実現できたものだけに真実としての確かさを与え、それを知としているのだが、問題は、実験の目的は飽くなき知への欲求であって、生活を改善する利便性や快適性や効率性の追求が目的ではなく、それは派生的な結果に過ぎず、飽くまでも知への欲求が目的なのだ。つまり、永遠に目的のない実験は続くのであり、実験によって生み出された派生的物が、どのように人類と地球と社会に影響を及ぼそうが知ったこっちゃないのだ。これが現代の科学というものの姿であり、進歩と呼ばれているものの本質なのである。
 宇宙の視点での実験であるので、地球上にはあってはならないものまでが生み出される。それが金になると分かれば、資本主義は放っては置かない。地球を破滅させることなど、資本主義にはどうでもいいことなのだ。そして、資本主義の本能は破壊へと向かう。
 西欧近代主義が、西欧的自我の内面へと沈潜していった最果てに辿り着いた終着駅となるのだろう。自然という外の世界が見えないのだ。何処までも西欧的自我の内面へと沈潜していって、あろうことか、地球のはるか彼方の宇宙の視点から、自らの母であるはずの地球を相対化して、弄ぶのだから行き着く果ては破滅しかない。

 安倍晋三は自らを保守主義者と名乗っているが、思考回路が破壊された安倍晋三だから致し方ないとは思うが、りっぱな思考回路の持ち主も安倍晋三と同様に保守主義を曲解している。というか、保守主義という言葉自体が破壊され無意味になっている。
 資本主義を肯定する保守主義などあり得ない。資本主義は永続的な破壊なくして成り立たないからだ。
 曲解はどうして行われるか。
 人の「思想」のようなもので、保守主義を見極めてしまうからではないか。
 安倍晋三は戦前の日本ファシズムへの狂信的な憧憬があり、一神教的国家神道と教育勅語と靖国神社への盲信があるが、それをもってして安倍晋三を保守主義に括るのは誤りである。
 一神教的国家神道と教育勅語と靖国神社が、明治維新政府による統治装置としての虚構であり、明治維新以前の日本の精神的な伝統と文化との間には断層があるという歴史的事実は、今は問題としない。
 わたしが言いたいのは、一神教的国家神道と教育勅語と靖国神社とは、人の頭が生み出したものであり、それを日本の伝統と文化と言ってみたところで、安倍晋三の頭の中の妄想としてのそれらと、櫻井よしこの頭の中の妄想としてのそれらは、同じものだとは言えないだろう。何故ならば、安倍晋三も櫻井よしこも、事実としての歴史を真摯に学んではおらず、自分の心情が作り出した憧憬としての妄想でしかないからだ。もっと突き放していうと歪んだ自己愛の変形でしかない。
 わたしは言葉の厳密な意味での保守主義だから、日本の四季を愛し、日本の原風景を愛し、日本の自然を愛している。そして、日本の風土に根ざした伝統と文化と暮らしを愛している。それらは妄想ではない。つまり、頭の中で作り出したものではない。形としてそこにあるのである。
 安倍晋三と櫻井よしこには、これらに対する心情的な愛着は微塵もない。だから、愛国と国益と国防の名で、平気でこれらを破壊できるのである。
 資本主義の本能は破壊だといった。安倍晋三と櫻井よしこは、資本主義の破壊本能を愛国と国益と国防という名で正当化しているだけなのだ。
 保守主義を人の「思想=妄想」で括るのは大きな過ちなのだ。国民民主党なる新党が出来たようだが、中道保守などと言っているが、言葉の厳密な意味でいえば、そんな立ち位置は何処にもないだろう。そもそもが資本主義バンザイと叫んでいるのに、保守主義と共存できるはずはない。構造改革バンザイ、規制改革バンザイと叫んで、わたしは保守主義です、と平然と言えるとしたら、思考回路が破壊されているか、安倍晋三と同じ詐欺師でしかないだろう(笑)。言葉の厳密な意味での保守主義は、愛国と国益と国防などという胡散臭い言葉は糞食らえなのである。

 資本主義社会とは、ほんとうに恐ろしい社会だ。
 大嘘つきで詐欺師で、私利私欲のためなら財務省の決裁文書まで改竄し、厚労省のデータ捏造までを行い、命取りになる防衛省の日報は隠蔽し、精神疾患まで疑いたくなる安倍晋三が、未だに内閣総理大臣でいられるからだ。
 自民党と公明党は極右勢力に乗っ取られたという事実を認めることから始めないと、痛い目に遭うだろう。極右勢力は狂信的な集団であり、手段を選ばない。ナチスの権謀術数を模倣しているのだ。
 ファシズムとは分裂症を社会に蔓延する。そして、自らも分裂症である。一所に立ち止まることが、命取りになることを知り抜いているからだ。
 選挙で国民受けするアドバルーンを上げて選挙をお祭り騒ぎで包み、コロッと国民を欺して圧勝すると、実現不可能なアドバルーンのことなど無かったことにし、次なるアドバルーンをぶち上げて国民の心をそちらに誘導していくのだ。意図的に忘却を作り出すのである。
 資本主義社会は忘却なくして成り立たない。
 テレビのCMを見れば一目瞭然だろう。Aというコマーシャルが流れたと思えば、次の瞬間に、Aを否定するBとういうコマーシャルが流れ、Bというコマーシャルに心が引き寄せられたかと思うと、あっという間にCというコマーシャルでBが忘却させられるのである。
 これが当たり前に思考回路に組み込まれれば、正しく分裂症的な思考回路と心情回路の完成である。ONとOFFのスイッチで瞬時に切り替わるデジタル式の思考回路と心情回路だといえる。
 森友と加計疑獄で青息吐息の安倍晋三と官邸と、安倍晋三を神輿に担ぐ極右勢力は、国民に植え付けられている分裂症的な思考回路と心情回路を利用して、忘却を演出しているといえる。
 安倍晋三の命取りとなる森友と加計疑獄のニュースと、TOKIOの涙会見と、大リーグの大谷選手の活躍をデジタル式に切り替えることで、ニュースの重大性が平均化されて、忘却を呼び寄せることになる。
 怒りと憤りも持続するのは容易いことではない。社会が分裂症を抱えたデジタル式の思考回路と心情回路に飼い慣らされているからだ。
 ファシズム勢力は両刀遣いである。
 一方では分裂症的な思考と心情の回路を、マスメディアを操って積極的に作り出し、一方では仮想敵を作り上げて偏狭的で差別的なナショナリズムを一貫して、そして継続的に、煽りに煽るのだ。
 こうした社会においては、野党共闘と市民連合にとっては長期戦は不利である。鉄は熱いうちに打つしかない。短期間にいかに鉄を赤々と熱し、ここぞと思った瞬間を逃さずに、渾身の力を振り絞って金槌を打ち下ろすしかないのである。鉄を赤々と熱するには戦略が重要となる。

 キヌサヤエンドウから、あちらに飛び、こちらに飛びと、それこそ分裂症的なブログであるが、格好をつけると、ドイツロマン派のロマンチック・イロニー的な飛び方、または本居宣長の「もののあはれ」的な飛び方、はたまた俳諧連歌的なぶっ飛び方と厚かましい形容をしてしまうが、分裂症的なぶっ飛び方は政治的機会主義と隣り合わせだということは肝に銘じてなければならない(笑)。テレビCMは正に政治的機会主義であり、ニュース構成も政治的機会主義である。

 最後に宣伝だけは忘れない(笑)。
 小説『僕の夏よ、さようなら』はKindle電子書籍として出版しております。わたしの書いた小説がどんなものか、知りたい方は是非とも読んで下さい。『風よ、安曇野に吹け』と合わせて読むことを、厚かましくお勧めします。

※写真はキヌサヤエンドウを引っこ抜く直前のものです。

※Kindle版電子書籍は、スマホとPCでも無料アプリで読めます。

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 確かに歴史は動いた。
 日本の新しい民主主義が産声を上げた記念日として、2018年4月14日が歴史に刻まれるだろう、とわたしは高らかに宣言したい。
 日本の新しい民主主義の誕生を告げた場所が、国会議事堂正門前だったというのは、象徴的なことだ。これ以上に相応しい場所はないといえる。
 憲法41条には「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関」だと定められている。その上で、国会議員は主権者である国民によって選挙で委託された、国民の代表者である。したがって、国会とは国民のものであり、国民の民意が的確に反映されたものでなければならず、民意そのものであるべきだ。
 議会制民主主義においては、民意が政治にどのような形で反映されるかが重要な問題となる。
 議会制民主主義が正常に機能するかどうかは、民意を政治の側が積極的に吸い上げ、また主体的に政治へと反映させいく姿勢とシステムが出来上がっているかに負うところが大きいのだろう。そして、民意の形成とあり方も問われなければならないはずだ。
 日本の民主主義は選挙がすべてであるような錯覚がまかり通っている。選挙至上主義とでもいうべきものだ。だから驚くべきことに、国家的犯罪までが選挙を潜り抜ければご破算になってしまうという発想が許される政治的土壌を生み出してしまっているのだろう。安倍晋三は解散総選挙を視野に入れているというが、最早、正気の沙汰ではない。間違いなく狂気の世界での発想だ。この狂気を先ずは問題とせずに、当たり前のように議論されるマスメディアもまた狂気の世界を生きているといえないだろうか。
 選挙至上主義だから、政党政治に偏重するのだろうし、政党の枠組みを前提とした政治的発想と政治的活動しか成り立たなくなっているのではないだろうか。
 そしてその弊害によって、戦後の日本の政治は永田町の閉鎖的な世界に幽閉されたまま、永田町の世界の論理に毒され切った数合わせと権力闘争でしかない醜悪な三文芝居こそが政治だ、と信じさせられてきたのではないだろうか。主権者である国民不在であり、民意の無視といえる。
 この選挙至上主義という悪しき政治的土壌の不備を補完するものが、マスメディアが行う各種の世論調査なのだろう。
 しかし、この世論調査であるが、これもまた大いに問題があるように思う。
 サンプルの抽出方法とか、誘導尋問的な設問の仕方とかの世論調査自体の問題もあるのだろうが、そうした問題以前に、「世論形成はどうようになされているのか」というより本質的な問題を、わたしは重視したい。

 マスメディアが主導する形で、永田町の世界で繰り広げられてきた醜悪な三文芝居の中に「政治」を封じ込め、世論形成が行われていたことは否定できないのではないか。紛れもなくこれまでの日本における政治的な世論は、マスメディアによって意図的に矮小化され、そして作られてきたのである。
 だから国民の関心は、永田町の脚本と演出による三文芝居の舞台へと釘付けにされ、主権者のはずが観客気分で、永田町の三文芝居に拍手喝采していたのではないだろうか。これでは政治が暮らしと結びついたものとして国民に意識されるはずがなく、また正常な国民世論の形成がなされるとは思えない。
 日本の民主主義は未成熟だといわれているが、その本質的な理由は、国民が自らの意思で主体的に政治に参加し、自らの理性と感性で政治を身近なものとし、そして政治を暮らしそのものとして捉えることができずに、永田町で繰り広げられる三文芝居が「政治」だと思い込まされてきたことによる、とわたしは考えている。
 だからいつまでたっても「政治」は他人事であり、永田町の世界で繰り広げられている面白おかしい三文芝居でしかなく、居酒屋で酒の肴にして談ずるものとして「政治」が貶められてきたのだろう。小泉進次郎のような中身がスッカラカンの張りぼてが、人気をはくしている理由もここにある。一人の政治家としてではなく、永田町で繰り広げられる三文芝居の舞台で飛び跳ねる役者としてなら見栄えがあり、話題性があるからだ。
 ついでだからいうと、経団連と連合は、永田町の世界の論理によって作られた三文芝居と深く関わっている。脚本と演出にまで関わっているのだ。だから連合の紐付き政党である民進党は、いつまで経っても、政治的三文芝居にしがみつかざるを得ないのだろう。
 こうした視点でみると、これからの日本の民主主義のあり方を展望したときに、4・14国会議事堂前デモの持つ意味と可能性とが、否が応でも、浮かび上がってくるのである。
  
 残念ながら、わたしは歴史が動いた瞬間に立ち会っていない。
 9日に入院し、10日に肥大した前立腺の切除手術を行い、歴史が動いた14日に退院したからだ。強い抗生物質を朝に二錠ほど飲んでいた。副作用で意識が澱み、首と手が時折震える状態だったので、妻に制止されて、国会前に行くことを断念したのである。
 尿にも血が混じっており、排尿時には痛みが伴った。正直、行っていたら倒れていたかもしれない(笑)。正式には「経尿道的前立腺手術」という。肥大した前立腺が尿道を塞ぎ尿が出にくくなっていたのだが、深酒をしたりすると、完全に尿が出なくなり、夜中に緊急外来に駆けつけたりしていたのだが、その苦しさといったら形容のしようがない。
 手術によって物理的に除去しない限り投薬では完治しないと判断したわたしは、前立腺肥大と前立腺癌の除去手術に実績のある病院を物色していたのだが、車で一時間半ほどの土浦市にその病院を見つけた次第だ。
 因みにどんな手術かというと、尿道にゴムの管を押し込み、その管から内視鏡を挿入して、内視鏡の映像を観ながら先端に着いたハサミのようなものを駆使して、肥大した前立腺をトウモロコシの粒くらいの大きさに切り刻んでいくのである。そして、最後に切り取った患部を焼くようだ(推測)。
 水で満たされた瓶に沈んでいた前立腺の肉片をみせてもらったが、結構の数であった。10グラム以上だと説明された。癌であるかどうかは、5月11日に病院で診察を受けたときに知らされるとのことである。

 病院へはハンナ・アレントの『人間の条件』(志水速雄訳・ちくま学芸文庫)を持っていったのだが、頭脳が錆び付いて盆暗な上に、抗生物質の大量投与で頭がもうろう状態とあっては、それでなくとも脆弱な読解力が機能不全になっているのは論じるまでもない。早々に読むのを断念したのである(笑)。
 そこで仕方なく、ベッドに横になって暇つぶしに、昼間からテレビを観ていたのである。が、昼間にやっているワイドショーというものが、これほどおぞましくも醜悪なものであったとは知らなかった。しかし、そのおぞましくも醜悪な内容が、明らかに世論形成を意図したものであったのには驚いた。だから大問題なのである。
 永田町の三文芝居の世界に「政治」を封じ込めて、国民の政治に対する意識をその三文芝居に縛り付け、トップダウン的な情報操作によって、メディア主導で世論を誘導しようとする意図があからさまなのである。
 このワイドショーに見られる悪質な世論形成という現実を踏まえて、以下に、4・14の国会議事堂前デモの持つ意味と可能性とを論じ、合わせて、これからの日本の民主主義のあり方を展望してみたい。

 昼間のワイドショーが対象とする「政治」は、永田町の世界の論理が作り上げた三文芝居でしかない。視聴者であり主権者である国民は観客の位置に置かれることになる。できの悪い推理小説紛いの三文芝居であり、演じている役者がお粗末ときているから、内容と展開が分かりづらく、あーでもない、こーでもないと解説が必要となるという寸法だ。したがって、コメンテーターは、永田町の世界に詳しい政治評論家とかジャーナリストとか弁護士とか、官邸の息がかかった工作員紛いの政治評論家とかジャーナリストとか弁護士とかが勢揃いするわけである。
 コメンテーターはこうした「知識人」ばかりではない。三文芝居の解説にうってつけの芸人だったり、俳優だったり、作家だったりするのだ。
 眼の前で繰り広げられている三文芝居は、これから先はどうなるか。三文芝居はどんな脚本と演出によって動いているのか。演じている役者はどんな意図で、何を思って演じているのか等々……、あーでもない、こーでもないと、面白おかしく解説するのである。
 こんな番組を観ていたら、「政治」とは自分とは無関係な舞台で繰り広げられる三文芝居であり、観客として観るべき対象だという先入観を植え付けられるはずだ(意識への刷り込み)。そうなるといつまでたっても、政治は国民一人一人の暮らしと結びついたものであり、だからこそ主体的に政治に関わっていき、自分たちの暮らしをよりよくする方向で政治に積極的に働きかけ、また政治を身近なものとして作り上げていく、という発想は永遠に生まれることはないと思った次第だ。
 ワイドショーによって、「政治」への怒りは生まれることは否定しない。が、その怒りさえも三文芝居の世界に巧妙に封じ込められてしまうのである。だから、怒りは三文芝居への幻滅になり、「政治」不審へと繋がっていくのだろう。
 当然に番組によって、政府寄りか、それとも政府に批判的かの強弱はあるが、本質的にみれば、三文芝居の世界に国民の意識を封じ込めてしまうのだから、結果的には体制擁護であり、国家権力への本質的な批判の芽を摘むことになるのではないか。そして政治不審の温床となるのではないか。そうわたしには思える。

 わたしが言っているのは極論なのだろうか。
 冷静に考えてみてほしい。
 財務省による決裁文書の改竄と厚労省によるデータ捏造、そして防衛省による日報の隠蔽は、政治的な三文芝居の文脈で語られていいものだろうか。
 民主主義の根幹を破壊する国家的犯罪であり、国権の最高機関である立法府である国会を、行政府によって有名無実化する大罪である。主権在民と民主主義を謳っている憲法の明白な破壊であり、国家のあり方そのものを破壊する行為とさえいえる。大袈裟ではなく、安倍晋三を神輿に担ぐ極右勢力による紛うことなき国家転覆罪であり、クーデターだといえないだろうか。
 日本という国と国民が崖っぷちに立たされている危機的な政治的状況を前にして、三文芝居へと政治を貶めて面白おかしく語っていられる神経を疑う。
 日本という国のあり方と社会のあり方が、根底から破壊されようとしているのだ。現に、国会は嘘と詭弁と言い訳で塗りつぶされて、真っ当な審議ができなくなっている。国家は私物化され、行政は改竄と捏造でやりたい放題であり、大阪地検特捜部を観れば分かるように、安倍晋三と官邸が冒した国家的犯罪を隠蔽し、追及を阻む防波堤にまで成り下がっているのである。この危機的状況を、このまま放置していたら日本に未来はなく、日本という国家の破滅である。
 驚くべきことに、ワイドショーにはこうした視点はない。
 だから旧態依然とした永田町の世界の三文芝居の文脈でしか見られないのであり、日本の政治的状況が断崖絶壁に立たされているという危機感が皆無なのである。
 わたしは何度となくブログで警鐘を鳴らしてきたが、安倍晋三を神輿に担ぐ勢力は戦前の超国家主義体制(日本ファシズム)への回帰を画策しており、安倍晋三は「革命」という言葉まで使っているのだ。安倍晋三のいう「革命」とは戦後民主主義と平和憲法の破壊であり、戦後の国のあり方をひっくり返すことを意味している。ファシズム革命といってもいいのかもしれない。
 ファシズム革命を成就する手前で、幼児性分裂症であり、異常な自己愛と自己顕示欲の権化であり、嘘と詭弁が人格となった安倍晋三が、墓穴を掘って明るみに出たのが、一連の事件の発端なのだろう。
 2014年の暮れの京都で、共産党の不破哲三が歴史的な演説をしている。
 自民党は看板だけは自民党であるが、極右勢力に乗っ取られたネオナチ政党だと、本質をズバリと指摘したのだ。その歴史的な演説を、マスメディアはあまりにも軽んじているのであり、あまりにも政治的感性が鈍いとしかいいようがない。
 不破哲三の演説の重みを改めて噛みしめるべきだろう。
 日本の政治的状況は、従来の永田町の世界の三文芝居の文脈で、政治を捉えたり発想したりすることが許されないステージに移行したのであり、永田町の世界の三文芝居を脱し、新たな政治的潮流を作り出さない限り日本に未来はない、と不破哲三は夕闇に覆われ始めた古都の空に向かって高らかに宣言したのだ。
 不破哲三の演説の先に、志位和夫委員長の国民政府構想があり、党利党略を捨てて野党共闘を最優先させ、大義としての野党共闘の旗を頑なに掲げ続けてきたのが、これまでの日本共産党の歩みなのだろう。戦前の日本ファシズムの再来を絶対に阻止するという覚悟なのである。
 この時点で、日本共産党は永田町の世界の論理と、永田町の世界の三文芝居から無縁な存在になったといえる。が、元々が日本共産党は永田町の論理と政治的三文芝居の舞台には立っていなかったとはいえる。
 遅ればせながら、立憲民主党も永田町の世界の三文芝居の舞台から飛び降りたようだ。が、京都府知事選などを見る限り、未だに三文芝居の舞台で主役を演じることに未練を残しているものがいるようだ(笑)。

 そもそもが、永田町の世界の三文芝居とは、自民党の派閥政治があるから成り立つのである。その自民党が看板だけで、内実は極右勢力に乗っ取られて一枚岩になった時点で、永田町の世界の三文芝居は成り立ちようがないのである。
 観客などそっちのけで、あったはずの脚本を蹴飛ばし、演出を無視して、舞台の上でやりたい放題を始めた極右政党の自民党を相手に、三文芝居など成り立つはずはないからだ。それにも関わらず、新たな三文芝居のシナリオを書いて自民党を巻き込んだ政界再編などを画策するのは、何処をみているのかといいたい。極右勢力を援護する利敵行為であり、愚の骨頂である。時代は変わったのだ。
 安倍チルドレンと呼ばれる議員たちがいる。この安倍チルドレンと呼ばれる議員たちこそ、極右政党に乗っ取られた自民党のおぞましい素顔である。カルト集団といっても過言ではないだろう。ネトウヨと呼ばれる者たちが生きる世界を生きているのだ。ほとんど狂気の世界である。
 永田町の世界の三文芝居が成り立つ土壌が残っていたなら、第二次安倍政権はこれまでに10回以上、内閣総辞職をしていただろう。大臣の問題発言と不祥事は後を絶たず、安倍晋三の命綱であるアベノミクスは早々に破綻しているのだ。
 安倍晋三を神輿に担ぐ勢力は自民党を乗っ取ったばかりか、内閣人事局によって官僚たちを自由自在に操り、官邸の忠犬にまで成り果てた大阪地検特捜部に象徴されるように、司法までもが軍門にくだったのだ。そして、マスメディアにまで圧力が及び、緩やかな言論統制状態にまでなっていたから、安倍政権は延命してきたのではないのか。そして日本の社会が、安倍晋三の吐くどす黒い息で覆いつくされようとしていたのではないのか。

 テレビのワイドショーを批判してきたが、永田町の世界の三文芝居を蹴飛ばして、日本という国のあり方を根底から破壊しようとしている、安倍晋三を神輿に担ぐ勢力の危険性に焦点を当て、ジャーナリズムの矜持の旗を高らかに掲げて、覚悟の決起をした新聞社があった。朝日新聞である。
 朝日新聞の歴史的スクープがなかったら、と思うとゾッとする。安倍晋三を神輿に担ぐ勢力が妄想するおぞましい恐怖政治に彩られた、ファシズム国家へと雪崩れ落ちて行ったのではないだろうか。
 安倍晋三と安倍晋三を神輿に担ぐ勢力が生きているのは狂気の世界である。追い詰められれば、何をするか分かったものではない。だから油断することなく、猶予を与えずに、この日本から葬り去らなくてはならないのである。敵を侮ってはならない。

 最後に、4・14国会議事堂前デモについて論じたい。
 新しい姿をした日本の民主主義が、国会議事堂前に生まれ落ちた、とわたしは確信している。
 選挙至上主義と、マスメディア主導による世論形成を反映した世論調査が日本の民主主義の基礎であった、とわたしは論じた。だからこそ政党政治に偏重した政党のエゴによる永田町の世界で繰り広げられる三文芝居にまで政治が貶められていたのだ、とも論じた。
 わたしのいう新しい姿をした民主主義とは何か。
 これまでの日本の民主主義とは本質的に異なる要素を持つものである。主体的で躍動的な直接民主主義の可能性を秘めていると直観しているのだ。
 何が本質的に違い、どこに可能性があるのか。
 その答えはデモのあり方の違いの中に秘められている。
 4・14の国会議事堂前のデモは、動員型のデモではなく、市民が自らの意思で主体的に結集した参加型のデモだという点は重要である。
 広く国民が抱くデモのイメージは、学生運動と労働運動と結びついたものなのではないだろうか。極端な形では、鉄パイプと火焔瓶を手に、重装備した機動隊と衝突する暴力的なイメージがあり、労働運動にしてもセクト化した学生運動ほど暴力的ではないにしろ、警察との衝突するイメージは払拭されてはいなかったはずだ。
 わたしが学生の頃は、デモに参加するには覚悟が必要だったのは事実だ。パクられることを前提に参加するからだ。だから自分の身分を証明するものはすべて所持せずに、顧問弁護士の連絡先が書かれた紙が手渡され、パクられたときは弁護士がくるまで完全黙秘を貫くように教えられるのである(笑)。
 断っておくが、わたしは特定のセクトに属していた活動家ではない。が、例えば狭山差別裁判の反対デモとかに参加するとなると、機動隊との衝突が前提となるという次第なのだ。こちらが衝突を前提にしているのだから、機動隊もまた衝突を前提にすることになるわけである。
 デモのイメージは暴力性だけではない。マルクス主義と結びついた小難しい思想としてのイメージもあるだろう。そして、最後に党派性のイメージである。
 こうしたデモの持つイメージは、単なるイメージだけには留まらない。これまでのデモはどうしても、主催者の党派性と思想性で型にはめられ、硬直化したデモの姿になってしまっていたのは確かである。暴力的になるかどうかは、デモ主催者の信奉する思想と戦略に負うことになるのだろう。
 たとえわたしが主体的にそうしたデモに参加したとしても、結果としては動員型のデモだといえるのではないだろうか。わたしの個性は許されず、主催者の意図したデモの型にはめ込まれて、わたしの個性は色を失い、デモ主催者の組織的な示威としての単なる頭数にまで貶められてしまうからだ。
 わたしがいう動員型のデモの意味が分かっていただけただろうか。
 
 わたしの好きな歌がある。加藤登紀子の『美しい五月のパリ』だ。https://www.youtube.com/watch?v=XtVMQMXivUU
 1968年に民主化を求めて起ち上がったフランスの学生たちによって歌われたものだが、この民主化運動は労働者をも巻き込んで大規模なゼネストにまで発展し、五月革命と呼ばれている。当然に、この五月革命は日本の全共闘運動に影響を与えている。だから加藤登紀子が訳詞して歌ったのであり、学生時代のわたしが口ずさむようになったのだ。

 赤い血を流し 泥にまみれながら
 この五月のパリに 人は生きてゆく
 Ah! le joli mois de mai a Paris!

 風よ吹いておくれ もっと激しく吹け           
 青空の彼方へ 我等を連れゆけ
 Ah! le joli mois de mai a Paris!

 年老いた過去は いま醜く脅え
 自由の叫びの中で 何かが始まる
 Ah! le joli mois de mai a Paris!

 ほこりをかぶった 古い銃を取り
 パリの街は今 再び生まれる
 Ah! le joli mois de mai a Paris!

 歌え自由の歌を届け 空の彼方へ
 この五月のパリに 人は生きてゆく
 Ah! le joli mois de mai a Paris! 

 わたしは今年の5月で64歳になる。加藤登紀子の『美しい五月のパリ』という歌は、過ぎ去りし青春への郷愁のようなものなのだろう。自由と結びついた革命という幻想としてのロマンティシズムに彩られたノスタルジーなのである。
 正直に告白すれば、わたしの中のあるべきデモのイメージは、幻想としてのロマンティシズムと切り離しては生き得なかったといえる。
 若さ故の衒いと、青臭い使命感と、もっと自己批判的にいえば、英雄気取りの俗物根性がなかったとはいえないだろう。もちろん純粋な意味での自由への憧れはあったし、拙いながらも理想への思いはあったのは確かだ。
 わたしの世代と、わたしより上の世代は、まだこの郷愁を乗り越えられていないのではないだろうか。
 だから、未だに郷愁として心の中で暖め続けているのだし、デモへのイメージがこの郷愁と結びついて錆び付いてしまっているのだ。思い出はいつも美しいものだ。が、現実としての思い出は決して美しくはない。
 わたしたちの世代は、五月革命の幻想を未だに乗り越えられずにいるばかりか、郷愁として美化しているから、またしてもデモに歌を持ち込もうという発想になるのではないだろうか。
 これは明らかなロマンティシズムである。
 歌の持つ力を否定はしない。が、デモを一つの歌でイメージ付けて固定化するとしたら、その時点でデモの活力と躍動感はそがれるだろう。個性と独創性と多様性とを奪ってしまうからだ。
 
 首相官邸前のデモについて、わたしはブログに書いている。そして参加型のデモだと指摘し、合わせて新しいデモの姿であり、その可能性についても触れている。
 が、官邸前デモのスタイルは突如として生まれたのではない。国会議事堂前を12万の群衆で埋め尽くした、2015・8・30の歴史的デモにまで遡る。2015・8・30の歴史的デモは、SEALDsの存在なしには語れないだろう。
 国会議事堂前で産声を上げたSEALDsは、わたしの中の郷愁としてのデモのイメージとかけ離れたものだった。だから最初は抵抗があった。が、SEALDsの可能性を直観として感じ取ったのは事実である。
 そして日本にデモが根付かないのは、わたしの中にある郷愁としてのデモのイメージを引きずっているからではないのか、と気づかされたのである。はっきりと自覚して、元SEALDsのデモの可能性と意味を理解するまでになったのは、今年の3月の首相官邸前でのデモに何度か参加してからだ。
 フランスの五月革命と重なり合った郷愁でしかないロマンティシズムとしてデモのイメージとあり方を、根本的に乗り越えないと、国民を広く巻き込んだデモは永久に日本に根付くことはないだろう。
 元SEALDsのデモは抗議行動の側面だけではなく、直接民主主義の可能性をも秘めているのである。
 わたしは元SEALDsのデモを参加型のデモと呼んでいる。
 主体的に参加し、また主催者である元SEALDsがこれまでのデモのように型にはめて固定化しようとせずに、参加者の自由な意思に任せ、デモに個性と独創性を持ち込んで、自分たちで主体的にデモを作っていくことを促しているのだ。だから、デモに躍動感が生まれ、独創性が生まれ、多様性が生まれるのである。
 上の写真をみてほしい。
 この写真はTwitterから拝借したものだが、4・14の国会議事堂前のデモの渦中にあって撮った動画の一部である。本人が次のようにツイートしている。

  決壊後のちょっと後方。ここは音楽エリアか🎵あちこちで勝手な抗議活動が行われていてとても良い雰囲気です🙌🏻🐾

 興味がある方は是非、この動画をみることをお勧めする。
 こうした光景があちらこちらで繰り広げられていたのだ。驚くべき光景である。これまでのデモにこうした光景があっただろうか。参加型のデモであり、デモに自由と個性と創造性を持ち込むことが可能になり、だからデモが自由な表現の場になったのだろう。手にしたり、高く掲げたりするプラカードも千差万別であり、個性的で独創的なものが多い。
 わたしは官邸前のデモの可能性を論じたブログで、演劇のエリアだったり、ジャズ演奏のエリアだったり、ダンスのエリアだったり、子供連れのエリアだったり、家族連れのエリアだったりがあってもいいのではないか、と書いている。もちろんそれが目的ではない。政治を語り、政治的主張としての表現であり、参加した人たちと小難しい思想としての政治ではなく、暮らしと結びついた当たり前としての政治を語り合い、意思疎通を行うツールとしてである。

 まったく新しいデモの姿が4・14の国会議事堂前で開花したのである。
 広く国民を巻き込んだデモの可能性であり、もっと先を見据えれば、直接民主主義の可能性と萌芽だといえないだろうか。
 4・14の国会議事堂前のデモに思想性はないだろうか。
 2015・8・30の国会議事堂前を12万の群衆で埋め尽くした歴史的デモは、これまでの自民党政権の見解を無視して、詭弁的な解釈によって集団的自衛権を可能とし、アメリカの戦争に引きずられる形で世界規模で戦争をする道を開くことになる、安保法案の阻止を掲げるものだけに、思想性からみれば明確に絞られている。
 これに対して、4・14の国会議事堂前のデモには思想性が希薄なようにみえる。
 が、そうした見方は早計である。4・14の国会議事堂前のデモにこそ、より重要な思想が息づいているのである。
 本源的な思想といっていい。
 民主主義と平和を守り、嘘と詭弁のない真っ当な政治と、人としての当たり前の倫理が息づき、人間として生きることができる暮らしの基盤を取り戻そうという「祈りにも似た思想」である。この思想の対極にあるのが、安倍晋三と安倍政治に宿るおぞましい思想なのだ。
 4・14の国会議事堂前のデモに息づく思想に、右も左もないはずだ。主義主張を超え、党派性を超えているのである。より根源的な思想だからだ。生きていく上で立っている大地のような思想なのである。
 安倍晋三と安倍政治の打倒を叫ぶのは、この大地の思想を否定し、破壊しようとする勢力との闘いを意味しているのだろう。
 この根源的な地点に立っているのだから、永田町の世界の三文芝居などお呼びではないのだ。
 わたしはまったく新しい政治的な潮流だと思う。そして、この政治的な潮流が日本の未来を切り開いていく主役になると思ってもいる。
 マスメディア主導による世論形成とは切れた、主体的で、個性的で、独創的な世論を生み出す力を秘めているのではないだろうか。参加型のデモが証明している。デモの呼びかけがSNSを中心にしたものであるのも象徴的だろう。トップダウン的な世論形成から、SNSなどを使った横の繋がりによる世論形成になるのだろうか。わたしのような者が、臆面も無く、こうしてブログで考えを主張できる時代なのだ。永田町の世界の三文芝居に国民を縛り付けて、コメンテーターが垂れ流す情報による世論形成の時代は終わったといえないだろうか。

 永田町の三文芝居と無縁の日本共産党と立憲民主党が、自覚して、この潮流と寄り添って行こうとしていることも確かだ。
 永田町の世界の三文芝居と綺麗さっぱりとおさらば出来ずに、政界再編という醜悪な見果てぬ夢を追いかけている野党勢力には、この新しい政治的潮流の勢いと可能性が見えてはいないのではないだろうか。
 この潮流が何処へと向かって流れていき、日本共産党と立憲民主党がこの潮流とどう関わり合いながら日本の政治を作っていくのか、それはわたしには分からない(笑)。
 当然に、この潮流が何処かで枝分かれしていくのだろう。
 が、根源的な意味で、立っている大地は変わることは無く同じだということは重要である。
 朝日新聞が自覚的に立った地点は、わたしは新しい政治的潮流が生まれ出た大地だと思っている。これからジャーナリズムはどうあるべきなのか、それも問われているのかもしれない。
 どうであれ、今は安倍晋三と安倍政治をこの世から一刻も早く葬り去ることが重要である。そのためならば、どうにか生き残っている、かつての自民党の残党を戦略的に利用するのも有効である(笑)。それが政治的リアリズムというものだ。安倍晋三と安倍政治の息の根を止めなければ、日本は破滅だということを肝に銘ずるべきだ。

 最後に、国会議事堂前の道路の解放の必要性と重要性を訴えて終わりにしたい。
 国会は主権者である国民のものであり、選挙によって国民から委託された、国民の代表者である国会議員が活動する国権の最高機関である。
 国民が政治をより身近に感じ、政治とは自らが主体的に作っていくものだという意識を醸成する上でも、これからの日本の民主主義を展望したときに、参加型のデモは重要となってくるのではないだろうか。
 4・14の国会議事堂前デモには参加できなかったが、Twitterにアップされている動画を観ていると、途中から北公園と南公園の間の道路は、警察が鉄柵で封鎖し車の通行が出来なくなっていた。それならば、安全の上でも道路を解放するのが当たり前のはずだが、道路を占拠されるのを頑なに防御しているのだ。
 何のための警備なのか。明らかに道路を占拠されて、群衆に埋め尽くされている光景を作られるのを妨害しているのである。その光景を誰よりも恐れている安倍晋三と官邸の命令なのだろう(笑)。
 野党共闘は、土日に国会議事堂前で抗議行動があるときは、道路を解放する道を探っていただけないものだろうか。
 道路が解放されても大した影響はないはずだ。それよりも、国民が主体的に政治に参加でき、政治を身近に感じ、自らの手で作り上げているという実感を味わえる場を提供することの意味は重要だと思う。
 官邸前のデモにしろ、国会議事堂前のデモにしろ、まったくの非暴力である。過剰警備をする意味がないはずだ。
 これからは、写真のような光景や、実際のデモの動画を広く国民に見せて、デモに対する悪いイメージを払拭し、明るく、愉しく、自由で、創造的な、民主主義の核としてのデモのイメージを拡散していくことが重要になってくるのだろう。

 まだ血尿が続いている。排尿するときと終わるときに痛みを感じる。座ると前立腺を刺激するので、立っているか寝ている(笑)。体調も優れず、頭は元々なのだろうが澱みきっている。いつの間にか新緑の季節だ。それも初夏の色に近い。畑はどうなっているのだろうか……。

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 畑をやっていると、異常気象を肌で感じることができる。
 十一月と十二月は異常な低温が続き、種から育てた白菜は生長できずに、年が明けて二月の後半になり、急激に気温が上がってくると玉にならずに菜の花が咲き出す始末である。キャベツも大きな玉になることはなかったが、野菜の高値が続いていたので、小さいままで随時収穫して、スープなどにして食べたが、まだ冷蔵庫に残っている(笑)。
 野菜というのは種まきの時期があり、苗の植え付けの時期がある。気温と日照によるのだが、以外とデリケートなのだ。
 写真は一メートルほどに成長したキヌサヤエンドウであるが、暑さにめっぽう弱い。通常は五月から六月が収穫期なのだろうが、最近は見ての通り、四月になってしまっている。まだ、花が咲き出したばかりだから収穫はしていないが、五月になって真夏日にでもなれば、その時点で終わりになってしまうのだ。
 暑さに弱いから、だったら寒さに強いのかというと、寒さにも弱い。寒冷紗で霜対策をしたりして育てたのだが、暑くなる前にある程度まで成長させておかないと、成長する前に急激に上がった気温で駄目になるという事態が待っている。去年それで失敗していたので、今年はその轍は踏まずにすんだが、キヌサヤエンドウはほんの一例に過ぎない。
 野菜を育てて食べるまでには相当の苦労があるのである(笑)。
 しかし、スーパーマーケットで売られている野菜の価格をみると、溜息が出てくる。あまりにも安いからだ。あの苦労は何だったのかと、呆然としてしまう。農家の思いも、わたしと同じなのだろう。
 年末から春先にかけて、異常低温で野菜の高値が続いたが、安い野菜が当たり前にスーパーマーケットで買えるという常識は、早晩崩れると思っている。異常気象が状態化するからだ。
 生鮮野菜は海外からの輸入だけでは無理がある。生鮮野菜だけでなくとも、海外も日本と同じように異常気象に見舞われているのだ。輸入すればいいという脳天気な考えが支配している日本の将来の食糧事情は暗澹としたものなのである。食料自給率は目を覆いたくなるほどだ。

 わたしが市から借りている畑は六メートル×六メートルの正方形の二面だが、野菜はほとんどこの面積で間に合ってしまう。娘が嫁ぎ妻と二人なので、食べきれないほどの収穫ができるのである。タマネギとジャガイモ、そしてサツマイモの収穫時には、静岡の三島市にいる姉や、千葉県にいる妻の母親へも送っている。
 ミニトマトは冷凍し一年中食べているし、獲れすぎるとほうれん草や春菊も茹でて冷凍保存している。ニンニクも冷凍保存すると一年中不自由しない。
 家庭菜園はブームのようだが、長続きする人は珍種に入る。
 和辻哲郎が『風土』で書いているが、日本という風土は雑草との飽くなき闘争を宿命付けられている。少しでも気を抜くと、畑は腰の丈ほどある雑草に覆われ、野菜は見る影もなくなる。
 市営の貸し農園なので農薬は禁止されているが、一般的な農家では除草剤が散布されている。そして除草剤に耐性の作物が育てられているのだ。
 わたしは半年ほど大規模農法をしている農家でアルバイトをした経験があるが、野菜は自然がくれた恵みではなく、人間が自然を破壊することで無理矢理に生み出される「化学的食物」だと知ったのである。
 ネギなどは凄まじいものがある(笑)。農薬と除草剤と化学肥料の産物としかいえない。
 アメリカの大規模農法が日本では絶賛されているが、ネギ栽培よりももっと凄まじいのである。長年酷使された畑には塩が噴き出し、砂漠化している現状があるが、日本人はほとんど知らされていない。だから食糧自給率が危機的状況にあってもへっちゃらなのである。
 安倍晋三と官邸と自民党が、日本人を地獄へと突き落とそうとしているのに、平気の平左で支持している人たちが街に溢れかえっているのと同じである。

 まだ、ハンナ・アレント『人間の条件』(志水速雄訳・ちくま学芸文庫)を読んでいる。わたしの頭の中で咀嚼し、完全に自分の血となり肉となっていないからだ。首相官邸前のデモに行ったり、国会議事堂前のデモに行ったり、国会中継を見たりして、疎かになっていたのである(笑)。
 これほど何度も読み返している書物は未だかつてない。ハンナ・アレント『人間の条件』に出逢えた歓びを噛みしめている。絶対に読破し、自分のものとし、乗り越えていくつもりだ。
 したがって、小説『三月十一日の心』の構想も出来上がっていない。哀しい現実である。それにここにきて夏日を記録するまでに気温が上昇し、草の成長も驚くべき勢いであるから、草刈りの肉体労働が早まる恐れがある。そうなると小説の執筆がどうなるか、焦りを覚えている。
 どうしても今年中には書き上げたいので自分を叱咤するしかない。五月で六十四になるので、いつあの世に連れていかれるとも分からない。それだけに焦りは尋常ではないのである。
 かといってその前に、安倍晋三を永久に葬り去らなければ、日本に未来はないのだから、そちらを優先しなければならないのだろう。

 四月九日に入院し、十日に前立腺の手術をすることに決まった。一週間ほどの入院とのことだが、そうなると4・14国会議事堂正門前の歴史的デモに行けないことになる。4・6首相官邸前のデモには参加するが、手術の経過がよく早めに退院できれば、4・14国会議事堂正門前に行って、歴史が動く瞬間に是非とも立ち会いたい。
 癌ではない公算が大きいとのことだが、癌であったとしても手術するには影響はない状態とのことだ。
 この病院は前立腺の手術には実績があり、開腹手術ではなく、尿道から内視鏡を潜らせていって、肥大して尿道を圧迫している前立腺を抉っていくと説明があった。トンネル工事のようなものですよ、と言って若い男の医者が笑った声が耳の奥にこびりついている。

 4・6首相官邸前の抗議行動へ!

 貴方と私の合い言葉
 官邸前で逢いましょう♫

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