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  第二章 初恋
 
     3

 曲がりくねりながら、道は峠へと伸びていた。
 杉と檜の林を抜けると、日の光に身体(からだ)を透き通らせたブナの新緑がステンドグラスになって、道に淡いきみどりのまだら模様を描き出していた。
 勾配がきつくなった。
 ひんやりとした風が駆け下っていった。
 峠は直ぐそこ、とささやく風の声を聞いた気がした。
 風の声が逸る気持ちを後押しした。文子の歩調が早くなった。気がつくと子供のように駆け出していた。
 大きな山桜の傍らに、見落としてしまいそうな標識を見つけて立ち止まった。そこが峠だった。
 白茶けた木の板に希望峠という文字が書かれてあった。文字はほとんど消えかかっていた。
 消えかけた文字が、今の文子の心の風景を物語ってくれていた。
 逢生(あおい)の里は、愛しい男にたどり着く唯一の希望だった。が、十七年が経っている。逢生の里に男がいるとは思えなかった。男が話してくれたお婆さんとお爺さんは今も生きていて、逢生の里で暮らしているのだろうか。それも心もとなかった。が、だからといって希望に変わりはなかった。一年前の安曇野の山里で、山桜によって男への愛を暴かれなかったら、この峠に立ってはいなかった。生涯、男への愛に気づかないままでいたのだろう。文子が心底から男を愛していたことに気づけずに、そして男の文子への愛を求めずに生きたとしたら、今の文子にとっては抜け殻のような生と性を生きることに等しかった。男への愛が今の文子にとって、生きる本質のようなものにまでなっていたからだ。
 帽子を取って、結わえていた髪を解いた。
 頭を左右に振った。
 肩まで垂れた髪に風がからまりついてきた。
 山桜の花びらが虚空を舞っている。
 ひらひらと地面近くまで舞い落ちてきた花びらが、麓から駆け上ってきた上昇気流にしがみついた。身を翻して、ふたたび高みへと舞い上がっていった。文子は自分の心をみせつけられているような気がした。
 舞い落ちてくる花びらと、舞い上がっていく花びらとが、からまり合い、もつれ合い、乱れ合って、春とは思えないような澄み切った青い空のキャンバスに、文子の渦巻く心の混沌を描き出していた。
 文子が手にしていたコンパスに目をやった。盆地への入り口である峠の位置は、盆地のちょうど真南に当たることを針が指し示していた。
 峠から南東へと伸びる稜線を縫っていく登山道を辿っていけば、逢生山(あおいやま)の山頂へと至るのだろう。が、山頂はみえなかった。逢生山から更に北へと連なる山並みの一部が望めるだけだった。
 反対側の南西へと目をやると、雨蒔山(あままきやま)へと続くなだらかな稜線がみえたが、こちらも雨蒔山の山頂をとらえることはできなかった。雨蒔山から北へと連なっている山並みが遠望できた。
 盆地は逢生山と雨蒔山とによって縁取(ふちど)られた馬蹄の形をしていた。が、正確な形をした馬蹄とはいえなかった。盆地の北側は開(ひら)けてはいるが、逢生山から北へと伸びる山並みから派生している小高い山が半分を閉ざしていたからだ。希望峠はU字型をした馬蹄の底になる。
 逢生の里で待っているのは落胆なのだろうか。絶望かもしれなかった。だから、逢生の里を訪れるのは正直、怖かった。それでいて、逢生の里は文子の未来を切り拓いていく希望でもあった。落胆と絶望とが黒い口を開けて待ち構えているのか、それとも未来へと羽ばたいていく希望という翼が待っていてくれるのか、その手がかりが落ちてはいないかと、眼下に広がる小さな盆地の風景を、文子はゆっくりと目でなぞっていった。
 水源は逢生山と雨蒔山なのだろう、南東と南西から盆地へと流れ下る二本の沢が、樹林の中を見え隠れしながら蛇のように這っていた。二本の沢は盆地の中央部辺りで合流し川幅を広げて、一端は真っ直ぐに北へと向かった後で、前方の小高い山に行く手を阻まれて左へと向きを変え、北西の方向へと流れていた。日の光を反射させている川の流れに寄り添うようにして、緩やかな弧を描いて道路が伸びていた。
 集落は道路を挟んで点在するものとばかり思っていたが、道路と川の両側は水田だった。川の流れを阻んでいる東側にある小高い山の麓に集落があった。集落へは本道から分かれた道を行くのだろう。
 逢生の里と呼ばれているはこの小さな盆地に違いなかった。この里に車でくるとしたら、川沿いを走る道路に北側から入るしか方法はなさそうだった。
 十七年前に男の子は峠道を辿って逢生山の頂上付近にある山桜まできたのだろうか。里から逢生山へとのぼる登山道は他にもあるはずだった。逢生山を源流とする沢に沿って行くのが最短のルートのように思えた。なぜか男の子は沢のルートを辿ったような気がしてならなかった。
 風に絡みつかれた髪が、昨夜の指の感触をよみがえらせた。
 十七年前の記憶を何もかもすべて呼び戻そうと、文子は十七年前と同じように裸になっていた。降り積もった山桜の花で肩から下は隠れていた。目で見える肩から上の世界と、目では見えない山桜の花に埋もれた世界が、文子にとってはまったくの別の世界だった。
 山桜の花に埋もれた世界は見えないだけに、その世界で何が起こっているのか、何が起ころうとするのか、それを知るには視覚以外の感覚を思いっきり自由にさせてやり、解放してやるしかなかった。見えない世界だから、感覚に制約はなかった。そして、自由になった感覚を通して想像することでしか山桜の花に埋もれた世界を知ることはできなかった。いや、知るのではなかった。感じ取る世界だった。自由になって解放された文子の感覚は、山桜の花をも自分の感覚に変えてしまっていた。だから、山桜の花が伝えてくる微妙な振動が何を意味しているのか感じ取れた。
 目ではみえないからこそ、文子にとっては生々しい世界だった。
 そして艶(なま)めかしい世界だった。
 それだけではなかった。自由になった感覚は、文子の知らない心の奥深くに隠れているものを見せてくれていると思えてならなかった。目には見えない山桜の花に埋もれた世界とは、文子の心の奥深くにある世界なのかもしれなかった。
 目に見える肩から上の世界はよみがえった十七年前の記憶の世界だったが、山桜の花に埋もれた世界は十七年後の世界だったと、昨夜の繭玉での出来事を思い出して文子は改めて思った。山桜の花に埋もれた世界にいたのは、十七年前にめぐり逢った十二才の男の子ではなく、十七年後の二十九才の男だった。その二十九才の男は、文子の心の奥深くに秘めていた男への想いが作り出したものだったのだろう。
 深いため息をつくと、文子が昨夜のやりとりを呼び寄せた。

「もう、ここで独りぼっちで、いつ来るか知れない女を待ってなくていいのよ」
 文子が男の子をみると、真っ直ぐに見返してきた。
「ここから、わたしは十七年後のあなたを訪ね歩く旅に出るの」と言って目で微笑むと、なぜか男の子の瞳が寂しげに揺れた。
「わたしは、あなたが待っていてくれた繭玉の世界に帰ってこれた。帰ってこれたのは、あなたが約束を破ったわたしをずっと待っていてくれたから」
 黙って文子をみつめている男の子に、「そうでしょ」と聞いた。
「うん」と小さく頷いた男の子に、「あなたの役目は終わったの」と言うと、男の子は目を伏せてしまった。
 文子が、「ありがとう」と言うと、目を上げて突き刺すように見ている男の子の瞳の一途さが、文子の心に突き刺さった。
「俺も一緒に行く。文子と一緒に十七年後の俺を探す旅に出るよ」と、男の子が声を張り上げた。
 いじらしいまでの男の子の一途さと真っ直ぐさが、二十八才の文子のなかの女を激しく揺さぶった。
「ありがとう」と声にすると、文子の心がついたため息が熱く震えた。
「でもね、あなたは遠い日の記憶なのだから、この繭玉の世界からは抜け出せない」
「だったら俺、どうすればいい」
「そうね」と言って、文子が目を虚空に這わせた。そして、「わたしは何をしたいんだろう」と自分自身に訊いてみた。答えが返ってきたのは肩から上の目に見える世界からではなく、山桜の花に埋もれた目には見えない世界からだった。
「あなたの手で、わたしの髪を梳いて」
「すくって?」
「あなたの指を櫛の歯にして、わたしの髪を梳いてほしいの」
「いい、こうするのよ」と言ってから、文子が後ろで一つに結わえていた髪を解いて頭を左右に振った。そして、右手で耳の辺りから髪の中へ開いた指を櫛にして挿し入れると、黒髪を梳いてみせた。
「どう、できる」と訊くと、「うん」と答えた声が掠れていた。
「じゃあ、やって」
 男の子が山桜の花の海をかき分けて近づいてきた。
 文子へと近寄ってきたのは、肩から上の目に見える世界では十七年前の男の子だったが、山桜の花に埋もれた世界では二十九才の男だった。男がかき分けてくる山桜の花が波となって、裸の文子の身体(からだ)にひたひたと打ち寄せてきた。裸の文子の皮膚が、男の熱く燃え上がった男の心が起こした波の舌先で突かれ、撫でられ、そして吸い付かれ、舐め回されて、うすくれないに濡れていく感覚が尖っていくのを感じていた。波が連れてきたのだろう、山桜の花の匂いが文子の心をうすくれない色にしびれさせた。
 波が砕けた。砕け散った波の感触の直後にやってきたのは、裸の文子の皮膚と触れ合い、擦(こす)れ合う、裸の男の皮膚の感触だった。皮膚の感触だけではなかった。時折、文子の太股に触れる固くて熱いものがあった。勃起した男のペニスだった。山桜の花に埋もれた世界で文子の太股に男のペニスが触れると、肩から上の世界の男の子の慌てる顔がおかしかった。そして、たまらなく愛しかった。山桜の花に埋もれた世界では大胆に勃起させているのに、肩から上の世界では臆病になっているちぐはぐさが、文子の中の女を熱く燃え上がらせて濡らしていった。
「指を入れるよ。いいか」
「いいよ」
 文子の声も掠れていた。
 男の子の掌が文子の頬に触れた。耳へと這い上がり、黒髪をめくり上げて中へと侵入した指が、文子の長い黒髪をまさぐった。
「あなたの指の感触を、わたしのこの黒髪が忘れずに覚えている。だから、わたしの旅は一人じゃない。あなたと一緒よ」
 文子が身体をぴったりと男の子の身体に押しつけた。山桜の花に埋もれた世界で男のペニスを文子の皮膚が感じていた。男の子は逃げなかった。逃げようにも、二十八才の女が放った糸から逃げられるはずはなかった。
 山桜の花で埋もれた水面に、文子が手折ってきた山桜の花の枝が浮かんでいた。右手を伸ばしてつかむと、山桜の花に埋もれた世界へと沈めた。
 文子の目が吐き出した蜘蛛の糸が、男の子の視線をがんじがらめにした。男の子が顔と目を逸らすことをできなくした。
 文子の太股にぴったりとくっついているペニスに山桜の花で触れた。そして、ゆっくりと撫で上げた。
 男の子の反応を目で確かめた。文子になされるままに、すべてを投げ出してしまった恍惚とした目と顔だった。
 山桜の花に埋もれた世界の男がほしかった。が、男を奪ってしまえば、肩の上の目に見える世界と、山桜の花に埋もれて見えない世界との間で揺れ動く、男の子のちぐはぐさを汚(けが)してしまうと思えた。真っ直ぐなちぐはぐさが、文子には何よりも尊く思えた。そして、これからの文子の旅を支えてくれるかけがえのない道しるべに思えた。
「でも、このままじゃいや」と、文子の中の女が駄々をこねていた。もうびしょ濡れだった。
 薮椿の花の枝を水面に上げると、鼻に近づけて匂いを嗅いだ。男の子の視線は、まだ蜘蛛の糸でがんじがらめにされたままだった。
「あなたの匂いがする」
 男の子が口で呼吸をしていた。熱い吐息が文子の顔をくすぐった。
 文子が左手の指で髪を左耳に挟んだ。
「十七年前にしてくれたように、薮椿の花をここに挿して」
 右手に持った薮椿の花の枝を差し出すと、男の子が受け取った。
「ねえ、文子」
 声が掠れていた。
「この薮椿の花に乗り移って、俺も一緒に行くよ」
「薮椿の花は萎れてしまう」
 男の子の哀しげな顔が痛々しかった。
「ねえ、早く挿して」
「……」
「どうしたの」
 震える指で薮椿の花の枝を挿してくれた。
「きれいだ……」と、ため息のような声がした。
「薮椿の花が……」と訊くと、男の子が首を左右に振った。
「じゃあ、何がきれいなの」
 男の子の口から言わせたかった。
 唾を飲み込んだ男の子が、「文子が……」とあえぐようにして声を発した。
 もっとはっきりと言わせたかったが、「ありがとう」と言って許してやった。
 消え入りそうな声でしか恋心を吐露できないくせに、山桜の花に埋もれた世界では、熱く滾ったペニスが文子の太股に押しつけられていた。山桜の花に埋もれた世界は、文子の心が作り出した世界だった。肩から上の世界にいる男の子の純粋で真っ直ぐな臆病さがたまらなく愛しくて、そしてまぶしかったから、それに反発するようにして、文子の心が作り出した山桜の花に埋もれた世界が大胆で情熱的になったのだろう。肩から上の世界と、山桜の花に埋もれた世界は背中合わせの関係にあるのかもしれなかった。そして、文子にとっては山桜の花に埋もれた世界にいるのは十七年後の二十九才の男だった。
 文子が太股にぴったりと押しつけられていた男のペニスに指で触れた。そして包み込むようにすると、徐々に指に力を加えながら握っていった。文子のなかの女が乗り移った指に力を加えるごとに、掌がびしょ濡れになっていった。びしょ濡れになって吐き出した文子という女の恋心にまみれて、掌の中の生き物がより固くなり、押し広げるように膨らんでいく感触は、紛れもなく男の滾る恋心だった。
 文子が山桜の花に埋もれた世界で握ったのは、十七年後の二十九才の男のペニスに違いなかった。文子の心が求めた男そのものだった。
「あっ」と声がした。確かに、十七年後の男の声だった。
「驚いた」
「……」
「ごめんね。でも、わたしの掌が感じているのは十七年前のあなたのペニスではないの。十七年後に二十九才になったあなたのペニスよ。十七年後のあなたを求める旅で、この掌の感覚が羅針盤になってくれる気がするの。わたしの旅は一人じゃない。わたしの黒髪とこの掌に刻まれた生々しい感覚はあなたのものよ。だから、あなたとの旅なのよ」
 昨夜の回想から現実へと引き戻された文子が、右手の掌を見た。
 繭玉の世界は現実ではない。だから昨夜の出来事も現実ではないことになる。が、現実よりも生々しい世界だった。そして、今の文子にとっては現実よりも本質的な世界に思えてならなかった。現実に引きずられていくだけの生と性ではなく、現実を超えて、現実をあるべき姿へと変えていく、羅針盤としての本質の世界に思えてならなかった。
 本質の世界の扉を開けてその世界へと入っていく旅こそが、愛する男を求める旅に思えてならなかった。
 文子が右手の掌を青空にかざした。昨夜の生々しい感触が消えずに残っていた。鼻に近づけて愛しい男の匂いがしないか嗅いでみた。するはずのない栗の花の匂いを連れてきた。
 文子が髪をまた後ろで結わえると、帽子を被った。
 逢生(あおい)の里を目指して歩き出した。

 17日に肝臓と腎臓と心臓のエコー検査があり、20日にその結果が判るのだが、また肉体労働をするかどうかは、結果次第になる。21日には前立腺癌手術後の6ヶ月検診があり、そちらの結果も関係してくるのだろう。
 5月で65才になったので、当たり前として年金受給を申請したが、その後の通知はない。安倍晋三とその一味は何をするか分からないので不安ではある(笑)。
 年金を受給できるといっても、とても20万円に遠く及ばない。何度となく転職したりしていたからなのだろうが、人としての暮らしをするためにはこれからも働かなくてはならないことになる。しかし、国民年金しか受給できない人に比べればまだ増しなのだろう。日本人が置かれている現実は、ほんの一握りの富裕層以外は、死ぬまで馬車馬のごとく働けということなのだろう。
 こんな日本に誰がした。自民党であり、それを更に加速して、日本破壊に嬉々として勤しんでいる安倍晋三と安倍政権と、そして自民党と公明党である。
 公明党の支持者の大半は、私と同じく貧乏人なのだが、いわゆる宗教とは罪なものだ。自分の首を喜んで自分で絞めさせるのだから、洗脳とは恐ろしいものである。
 NHKは最早、安倍真理教の布教活動の先兵であり、広報宣伝機関であり、洗脳機関である。岩田明子の顔をみていると狂信的であり、岩田明子が今のNHKの本質を見事なまでに暴露してくれている。フェイクニュースを超えて、洗脳のためのニュースにまで成り下がっている。

 病院での検査があり、その結果がでるまでは自由な時間ができたので、精力的に小説を書こうと思っていたのだが、思うようにはいかないものだ。
 思想性と物語性の両方をもたせるために、以前に書いたものを破棄して、新たにプロットを綿密に立てて書こうとしたのだが、どうもプロットはわたしの性分には合わないようだ。『風よ、安曇野に吹け』と『僕の夏よ、さようなら』はプロットを作っての小説だったのだが、破棄した目的から逸脱して『三月十一日の心』はプロットなしになってしまった。
 思想性と物語性の両立は難しい。今回アップしたものも、書いている内に思想性が暴走してしまい、これでは誰もよんでくれないと、何度となく書き換えたのである。
 
 講談社のファッション誌のVIVIが、自民党とコラボして、目にはみえない社会的な
空気を安倍晋三とその一味が想い描くおぞましい世界へと導いていくものにするその片棒を担ぐ暴挙に出たのには、正直絶望した。
 出版社が置かれている状況は危機的なものなのだろうが、わたしからいわせてもらえば、こうした危機的な状況を生み出した責任の大半は出版社自身にあると思っている。文学の衰退は、目先の金を追った結果だろう。綿矢りさを絶賛し、その方向へと舵を切った時点で終わりだったのだ。
 出版社の掲げる文学は、最早文学の名に値しない。文学を貶めるものでしかないだろう。
 日本文学は死んだ。
 しかし、一度死んだ方がいいのだ。そうでないと新しい文学の再生はあり得ない。
 その新しい文学は、もう出版社の手になるものではなく、それでも文学に可能性を認め、文学なくして自分の生はないという個人の手によってしか蘇らないのではないだろうか。
 当然に金にはならない(笑)。読まれる保証もない。その絶望を背負う覚悟がなければ、文学の再生はないのだろう。傲慢かもしれないが、わたしはそう信じて、その「絶望」を背負っていくつもりだ。「絶望」の先にしか「希望」はない。
 日本の政治が置かれた現状も文学と同じだろう。
 日本の政治の再生は日本共産党によってしかない。わたしの文学的直観はそう教えてくれている。

 自由な時間があったので、これまでKindleで出版していた小説の表紙を新しく作り替えて更新した。興味がある方は読んでください。
 わたしの小説とはどんなものか、それを知ろうとするなら『風よ、安曇野に吹け』を読むことでしょう。

※Kindle版電子書籍は、スマホとPCでも無料アプリで読めます

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  第二章 初恋
 
     2

 逢生山(あおいやま)の麓に開けた集落のすべてを逢生の里と呼ぶのは、どうやら間違いのようだ。
 山桜の花の季節に逢生山を訪れた花見客や登山者が、逢生山の麓に点在する集落を総称して山桜の里と呼んだり、逢生の里と呼んだりするようになり、いつしかその呼び名が定着してしまったらしい。地元では逢生(あおい)地区だけを指して逢生の里と呼んでいる。十七年前にめぐり逢った男の子の消息をつかもうと立ち寄った農家の老婆から、文子はそう教えられた。
 男の子を探す唯一の手がかりは、思わず男の子が口を滑らせた、「逢生の里のお婆ちゃんの家で暮らしている」という言葉だけだった。
 朝早く下山してきた文子は集落で目にした人に声をかけ、十七年前の神隠し騒動を知っているか尋ねて歩いたのだった。
 逢生山の麓といっても広い。山裾に沿って曲がりくねった道路が走り、その道路は舗装されていたり、砂利道だったりした。そして、道路に沿って集落が点在していた。大きな集落だったり、数軒しかない集落だったりしたが、文子は三つ目の大きな集落で、十七年前の神隠し騒動を覚えていた老婆にたどり着いた。
 母の環(たまき)が助けを求めて下山してきたのがこの集落だったようだ。日が暮れかかる時刻だったという。直ぐに消防団を中心とした集落の若い衆が集められ、集落を挙げて夜通し捜索したということだった。
 幸いにも明け方に、山桜の木の根元でうずくまっていた裸の文子が発見されたので、テレビで騒がれることもなく、一日遅れで新聞の地方版の片隅に小さく取り上げられただけだったようだ。
 娘の文子が裸だったこともあったのだろうか、環(たまき)が大袈裟にしないようにと警察と集落の人たちと新聞記者に必死に頼み込んだとのことだが、大騒ぎにならなかったのは、集落の老人たちのなかに子供の頃に神隠しに遭った者がいたりしたからだ、と老婆は話してくれた。
 集落で生きる人たちが暮らしのなかで、神隠しを自然なものとして受け入れていたのだろうか。まだ神隠しが素朴に信じられていた集落の世界に息づいていたものへと文子の心が吸い寄せられていった。
 十七年の時が経ち、そうした老人たちが他界して、神隠しという言葉もまた朽ち果てていったのだろう。そして、集落から神隠しという言葉が消えていったのだろう。
 老婆は男の子については何も知らなかった。
「山桜の木の根元にうずくまってたのはよ、女っ子一人きりだったんだ。男っ子なんかいねかった」と話してくれた老婆に向かって、「十七年前に、逢生の里でお婆さんと二人で暮らしていた十二才の男の子がいたはずです」と文子が詰め寄ると、「逢生はおらとこの部落じゃねえ」と言った老婆が、「逢生の部落はよ、山を越えたあっちだっぺな」と声を出して笑った後で、「あんたが言ってなさる逢生の里ちゅうのは、逢生の部落のことだっぺ」と教えてくれ、逢生の里の呼称についてひとしきり話してくれたのだった。そして、逢生地区への生き方を教えてくれたのだった。
「お茶でも飲んでけば良(い)かっぺな」と引き留めた老婆に、「今日中に男の子の消息をつかみたいのです。先を急ぎますので」と辞退して、「ありがとうございました」と深々と頭を下げたのだった。初対面の文子にお茶を飲んでいけと勧める老婆の人懐っこさが、なぜか胸にしみた。
 逢生地区へ行くには逢生山を越えて行くか、逢生山と雨撒山とを隔てる峠へと伸びる道を通って逢生山の裏側へと出る二通りだった。文子は、「前の道を行けば直ぐに峠道に出るから、峠道を行ったら良(い)かっぺ」と教えてくれた老婆の指示に従うことにした。
 歩きながら文子は、今朝の光景を思い起こした。
 黒い夜の闇が崩れ始め、闇が底に押しやっていた青が表面へとにじみ出して広がっていった。やがて、黒を抱きかかえた青の濁りが透き通っていくと、空がうっすらと白んできて、山桜の大樹を影絵にして浮かび上がらせた。逢生山の夜明けであり、文子の目覚めだった。
 目を覚ました文子は十七年前と同じように、裸で一人きりだった。男の子の姿はなかった。男の子と一夜を明かした繭玉も消えていた。
 十七年前と違っていたのは、文子が男を知っている二十八才の女であり、時空を超えた繭玉の世界の不可思議と、無意識の世界を垣間見たことで自分にも分からない心の闇に触れた女であり、その心の闇と向き合うことを素直に受け入れられた女であることだった。そして、十七年前にめぐり逢った男の子への恋心は、ひとときの気紛れなどではなく、揺るぎない本質のようなものだったと思い知らされた女であることだった。
 いや、今の文子にとっての男の子への想いは恋心などではあり得なかった。恋の領域を超えていた。男の子への想いを愛と呼ぶのにためらいはなかった。文子は十七年後の大人になった男の子を知らない。未(ま)だ見ぬ男への想いが愛だと信じられる自分が不思議であり、愛おしくもあった。
 どうして男への想いが恋ではなく愛なのか。男への想いが文子の生き方に深く関わっているからだった。文子にとってのあの日、二〇一一年三月十一日と同じだった。どちらもどうして生きるのか、どう生きたいのか、文子にとって生きるとは何か、と突きつけてくるのだった。今の文子にとってその問いは、生きることの本質であり、新しい生と性とを生きる源流でもあった。その問いからもう文子は逃げられなくなっていた。だから、男を探す旅に出たのだ。なぜか男へと向かう心の旅路で、自ずと問いへの答えを見つけ出せるような予感があった。同時にその答えは、あの日が持つ意味にもつながっているという予感がした。男を探し出す旅を決意した文子は既に、会社に辞表を出していた。
 文子の肌は、昨夜の繭玉の世界に生きていた裸の男の子の肌の感触と温もりとを覚えていた。
 髪に手をやった。薮椿の花に触れた。繭玉の世界で文子が手折ってきた薮椿の花の枝を、男の子が髪に挿してくれたものだ。
 頬を赤らめて、はにかみながら薮椿の花を髪に挿す、男の子のぎこちない仕草がよみがえってきた。文子がため息をついた。
 指が震えていた。
 臆病からではないと、男の子の眼差しが語ってくれていた。
 一途さが指を震わせていたに違いなかった。その一途さがまぶしかった。そしてたまらなくいじらしかった。二十八になった文子のなかの女を撫で上げ、しっとりと濡らしていった。
 文子の顔に男の子の息がかかった。ぎこちない一途さが乗り移った息が、文子のなかの女を怖いほど燃え上がらせて揺さぶっていた。その誘惑を、文子は必死になってこらえたのだった。
 十七年前に少女だった文子の髪に挿してくれた薮椿の花の枝は、男の子が繭玉の世界へとたどり着く途中で手折ってきたものだった。
 繭玉の世界での十一才の少女だった文子と、十二才の少年だった男の子とのやりとりを思い起こしてみた。
 大人の女と男とが恋で演じるやりとりと比べ、あまりにもぎこちなく幼いものだった……。一端はそう思った文子だったが、首を傾げると足を止めた。
 そうだろうか、と心の奥深くから泡となって立ち上ってきた疑問が声となって、意識の水面で弾(はじ)けたからだ。
 改めて考えると、昨夜の繭玉の世界でのやりとりからして、大人の女と男とが演じる恋のやりとりとは違っていたような気がした。相手が十二才の少年だったからとは思えなかった。そもそもが昨夜の繭玉の世界に恋の駆け引きが入り込める余地があったのだろうか。男の子の真っ直ぐな一途さが阻んでいたと思い当たった。だから文子も生娘のように純にされたのだろう。
 路傍に腰掛けるのに丁度よい岩があった。
 腰を下ろすと文子は、十七年前の繭玉の世界でのやりとりを呼び戻した。
「お婆ちゃんが、途中で薮椿の花の枝を手折っていって、繭玉の世界に行ったら女の子の髪にさしてあげなさいって言われた」と話した男の子の声が、十七年の時を超えてよみがえってきた。
「お婆さん、どうしてそんなこと言ったんだろ」と十一才の文子が訊くと、男の子はためらようにして山桜の花の水面近くまで顔を伏せてしまった。
 山桜の花の色が映えたのだろうか、男の子の頬がうすくれないに染まっていた。
 いっこうに答えようとしないので、「ねえ、どうしてなの」と文子が詰め寄った。すると、「お爺ちゃんに髪にさしてもらったんだって」とやっと聞き取れるくらいの声が返ってきた。
 十七年前の繭玉の世界で、心の主導権を握っていたのは一つ年上の男の子ではなく、明らかに一つ年下の文子だった。
 最初は道に迷ってたった一人きりになってしまった孤独感と、雨に打たれてびしょ濡れになった心細さと寒さと疲れと、そしてぼんやりとした死というものへの恐怖とが文子のなかで渦を巻き、自分を見失っていたから、無防備のままで、男の子の存在に崩れるようにして心ごともたれかかっていったのだろう。が、繭玉の世界で心が落ち着いてくると、二人の立場が逆転した。一つ年下だったが文子は女だ。男の子よりはるかにませていた。文子は初潮を終えていた。
「お爺さんがお婆さんにしたように、あなたもわたしの髪に薮椿の花をさしたいの」と訊いたが、男の子はうつむいたままで黙っていた。さっきよりも頬のくれないが濃くなっていた。山桜の花の色が映えたのではなく、男の子の文子への恋心が染め上げた色だと気づいた。
「お爺さんとお婆さんは、それから結婚したんでしょ?」
 返答がないので、「ねっ、そうでしょ」と声を張り上げると、男の子がぶっきらぼうに頷いた。
 男の子が来てくれてどんなに文子は心強くなり、救われた思いがしたことか。そんな思いが恋と勘違いさせているんだ、と文子は否定してみた。が、男の子の何気ない仕草や言葉に、文子の胸は甘く揺すぶられてはときめき、そしてなぜか、切なくなるほど胸を締めつけられた。文子の心の振り子が、ときめきと切なさの狭間で忙しなくあっちへ行ったり、こっちに来たりしていた。それだけではなかった。白く濁ってしまった心が見えなくなっていた。何をしたいのか、何をしてほしいのか分からなくなっていた。文子の心を白く濁らせたのは、男の子でしかありえなかった。心の振り子の振幅の激しさが恋だと告げていた。初めての恋だった。
 濁った心が渦を巻き出して、男の子の心を試せとそそのかしていた。渦が、「お婆さんに言われたから、わたしの髪に薮椿の花を挿したいの」と文子に言わせた。
 男の子がうつむいたままで首を左右に振った。
「じゃあ、どうして」
「好きだから……」
 風に紛れ込んだ花の匂いのような淡い声だった。が、文子の耳ははっきりと聞き取っていた。嬉しさの衝撃で痛いほど胸が不規則に飛び跳ねていた。深呼吸して、声に出さずに「落ち着きなさい」と胸の鼓動に命じてから、「何て言ったの」と訊いた文子の声が、熱に爛(ただ)れてかすれていた。もう一度、はっきりと男の子に言わせたかったからだ。
「君が好きだから」と濁りない声が返ってきた。
 泣きたくなるほど嬉しいはずなのに、拍子抜けするほどあっけなく、そして真っ直ぐに恋心を打ち明けられて、なぜか文子はがっかりした。
「挿していいか」と男の子が訊いた。不意を突かれた格好だった。
 意思に逆らって、文子は首を左右に振っていた。
「俺のこと、嫌いか」
 また首を左右に振りながら「ううん」と答えた。
「嫌いじゃないけど、好きじゃないってことか」
 文子が黙っていると、「好きじゃないから、俺に薮椿の花の枝を髪に挿してもらいたくないんだろ」と訊いてきた。
「知らない」と言って横を向くと、男の子の悲しげな目に射貫かれた胸が、しっとりと濡れてときめき出したのが不思議だった。どうして真っ直ぐに告白された恋心を素直に受け入れようとしないのか、自分の心なのに分からなかった。
「はっきりと、好きじゃないと言ってくれよ」
 文子が「好きじゃない」と言うのと同時だった。男の子の身体が上下に飛び跳ねた。落胆したのだろう、うなだれている男の子の姿に目を潤ませて、「そう、言ったらどうする気なの」と文子が訊いた。
 深いため息をついた男の子が、「諦める」と答えた。今度は文子が落胆して、おろおろした。
「そんなに簡単に諦めてしまうの」
「だって君が嫌だって言うんだから、どうしようもない」
「なあんだ」と声を荒げた文子が、「君が好きだっていうのは、そんないい加減なものなのね」と詰め寄った。
「違うよ」
「何が違うの」
「俺が諦めるのは薮椿の花の枝を君の髪に挿してやることだよ。だけど、君を好きだっていう俺の気持ちは変わらない」
 真っ直ぐと刺すようにして見つめる男の子の視線がまぶしかった。逃げるようにして視線を逸らすと、「嘘よ」と言った。
「嘘じゃない」
「ううん、嘘」と言った文子の目から涙があふれ出した。
「嘘じゃないって言っているだろ」
「嘘に決まってる」と言った声が涙声になっていた。
「ごめん」と男の子が言った。
「どうして謝るの」
「だって、君を泣かしてしまったから」
「もう、ほっといて」
 どうして泣いているのか、文子自身が分からなかった。嬉しいのか、哀しいのか、それすらも分からなかった。泣いているのが本心からなのか、それとも演技なのか、突き放して眺めているもう一人の自分の目に気づいた。初めての経験だった。
 しばらくして、泣き止んだ文子が、「わたしの髪に薮椿の花の枝、挿してもいいよ」と言った。
「いいよ」
「よくないよ」
「もう、いいんだよ」
「だから、よくないっていってるじゃない」と、文子は叫んでいた。あまりの声の大きさに文子自身が驚いていた。男の子も驚いた顔をしている。
「あなたがいけないんだから」と、思ってもみなかった言葉が口から滑り落ちていた。文子がはっとするほど、しな垂れかかるような甘ったるい声の響きだった。
「何がいけないんだよ」
「だって……」
「だって何だよ」
 言葉にはしてみたものの男の子の何がいけないのか、分かるようで分からなかった。
「ねえ、挿して」
 男の子が首を左右に振った。
「好きなんだもん……」と、文子はつぶやいていた。心の奥深くに立ちこめた霧の中からやってきた言葉としか思えなかった。
「えっ?」
「だから」と文子は声を荒げた。演技で怒ってみせたつもりだったのだろうか。それとも、意思に逆らって好きと言わせた霧に向かって腹を立てたからだろうか。文子には分からなかった。その分からない気持ちを引きずったまま、一呼吸置いて口から飛び出した言葉の素直な響きとしおらしさに、文子自身がびっくりした。「好きなの」と発したのだった。
 慌てて文子は、真っ直ぐに告白してしまった自分を詰(なじ)った。そして、真っ直ぐに告白させた男の子をにらんだ。それでいて、真っ直ぐに告白した自分が誇らしくもあり、真っ直ぐに告白させた男の子がたまらなく愛しかった。
 にらんでいたのに、涙が頬を伝って山桜の花の海に落ちていった。
「お願いだから、挿して」と、偽りのない涙が言葉を発した。
 十七年前の繭玉の世界での男の子とのやりとりを咀嚼していた文子が苦笑した。
 それにしてもませていたと思わずにはいられなかった。ため息をつくと、「十一才だったけれど、わたしは間違いなく女だった」とつぶやいていた。
 初恋の男の子に「好きだ」と真っ直ぐに告白されたのに、何が気にくわなかったのか、何に苛立っていたのか、二十八才の女になった今だから分かる気がした。
 初潮を終えたばかりの十一才の文子は、恋というものに恋していたのだろうか。恋というものはどうあるべきか、恋愛小説に触れたり、恋愛ドラマや映画を観たり、恋愛漫画を読んだりして、漠然とではあるが、恋という物語のなかで繰り広げられるとろけるような甘い駆け引きと、騙し合いに憧れていたのかもしれなかった。恋の物語のなかでは、拒絶こそが強力な誘惑になり得るのだ。ませていた文子は、いっぱしに恋の駆け引きと騙し合いをしたかったのだろう。
 が、文子がヒロインになって演じるはずの恋の物語を、男の子が台無しにしてしまった。
 男の子が幼かったからではないと文子は思った。男の子の心があまりにも真っ直ぐで一途だったからだ。
 しかし、十七年前の文子の苛立ちは恋の物語を台無しにされたからだけではない。それが分かったのは、昨夜の繭玉の世界で十七年前と同じように男の子の手で薮椿の花の枝を髪に挿してもらったから気づけたのだった。
 薮椿の花の枝を髪に挿してもらうとは、男の子の文子への告白を受け入れることでもあった。それだけではない。お爺さんに薮椿の花の枝を髪に挿してもらった男の子のお婆さんは、お爺さんと結婚をしている。その上で、お婆さんは男の子に神隠しに遭った文子の髪に、お爺さんがしてくれたように薮椿の花を挿してあげるように男の子に言っているのだ。薮椿の花の枝を髪に挿してもらうのを受け入れる行為は、単に男の子の文子への恋心を受け入れるという意味だけではなかった。お婆さんとお爺さんが歩んだ道を受け入れることでもあった。いくら心を奪われた男の子であっても、十一才の文子にそんな道を素直に受け入れられるはずはなかった。だから苛立っていたのだろう。
 苛立ちの理由はもう一つあった。
 初潮を終えていた文子は、薮椿の花の枝を挿すという行為にセックスを重ね合わせていたのだった。裸になった二人が山桜の海の中でおにぎりを探していたときに、文子の指が触れたのは男の子の勃起したペニスだった。初めて触れた感触だった。熱くて堅かった。その感触が、薮椿の花の枝を挿す行為とセックスとを重ね合わせてみせたのだろうか。十七年前の文子にとって、男の子が薮椿の花の枝を挿すのを受け入れるとは、男の子を受け入れて処女を失うということでもあった。だから、文子が持て余すほど苛立ち、そして不可解に揺れ動く心を持て余したのだろう。
 十七年前の文子は、男の子が髪に薮椿の花の枝を挿す瞬間に、「ああっ、入ってくる」と心の中で声を上げたのだった。その声と、男の子のペニスが文子の太股を突いた感触とが、生々しくよみがえってきた。
 十七年前に文子は処女を失ったのだ、と今になって文子は思った。肉体的にではない。心で処女を失ったのだった。初めて男に抱かれたときの失望にも似た崩落感は、十七年前の心の処女喪失のめくるめくときめきと愉楽と引き比べて、あまりにも貧弱にみえたからかもしれなかった。
 十七年前に男の子によって処女を喪失したとしたら、昨夜の繭玉の世界で文子は男の子の心の童貞を奪ったのだと思えた。
 男の子が震える手で文子の髪に薮椿の花の枝を挿しているときに、文子の太股に触れたペニスに手を伸ばし指を這わせたのだった。そして、包み込むようにして握ったのだ。熱くたぎり、堅く勃起したペニスだった。十七年前の記憶を鮮やかによみがえらせようと、十七年前と同じように繭玉の世界で文子は裸になっていた。
 腰掛けていた岩から立ち上がった。
 あれから十七年の時が経った。男は文子以外の女を抱いたのだろうか、と思った。真っ直ぐで一途な男だから、十七年前の繭玉の世界での文子への恋心を貫き通し、文子の髪に薮椿の花の枝を挿した心を温め続けていたとしたら、肉体的にも童貞なのかもしれないと思えた。が、そんなはずはない。文子が二十歳になったら、同じこの日に、満開のこの山桜の花の下で再び逢おうと約束したのだが、文子は約束を破ったのだった。いや、意識的に逢生山で神隠しに遭ったことを忘れようとし、実際に忘れてしまったのだから、約束を覚えているはずがなかった。
 どうして忘れることができたのだろう。
 文子は文子だ。お婆さんではない。文子がどう生きようと文子の自由だ。文子がどう生きるか。それは文子が決めることだ。そう頑なに思って生きてきたことに、文子は思い当たった。お婆さんと同じように生きるのを拒絶することが、文子にとっての自由だったのかもしれなかった。今になって分かった気がした。
 文子が左手の薬指をみた。十七年前に約束を忘れないようにと男の子が結わえてくれた、水色のスミレの花はなかった。
「お婆さんが二十歳になったときにまたここで逢おうと約束して、お爺さんがお婆さんの薬指にスミレの花を結わえたんだって」と、十七年前の男の子が話してくれたのを思い出した。お婆さんは約束を守ったのだろうか。約束を破ったなら、結ばれてはいないはずだった。
 文子が髪の薮椿の花をとった。指で肉厚の花びらに触れて、撫で上げた。十七年前に文子の心の中にはいってきて処女を奪った花だった。顔に近づけて匂いを嗅いだ。唇で触れ、舌先でめくり上げた。文子の掌のなかで滾(たぎ)っていた、昨夜の男のペニスの感触が生々しく息づいていた。
 文子が逢生の里を目指して歩き出した。


 三メートルほどの高さのネットを張って草刈りの作業をしていたのだが、二車線の道路の外側を走っていたトラックの運転席の窓硝子を破損させる事故を起こしてしまった。円盤形の刈払機による飛び石によるものだが、想定外の事故だった。私の刈払機によるものではないのだが、班長としての責任をとって辞めた。
 65才になり今年から年金をもらえるのだが、年金だけでは登山になど行っていられない。妻が働いているからいいが、年金だけではとても憲法が保証している生活はできない(笑)。
 だから、飛び石など気にせずにすむ広大な土地の草刈りの募集をみつけて応募したのだが、しっかりした募集先だから健康診断があり、嫌な予感はあったのだが、血圧が190もあって見事に撃沈し、速攻で病院へ行って再検査を受けると、血圧だけではなく肝臓の異常を指摘されて、二週間後に肝臓と腎臓と心臓のエコー検査をやることになった。
 とりあえず血圧の薬とコレステロールの薬を処方されたのだが、副作用で顔がむくみ、吐き気がし、頭痛に襲われたので飲むのを止めた。
 前立腺癌を摘出手術した経過は良好なのだが、世の中は上手くいかないものだ(笑)。妻は不幸中の幸いで、むしろよかったと言ってくれている。
 そういうわけで、当分は治療に専念することになり、小説を書く時間がとれたのは、正しく不幸中の幸いだった。
 きっと小説の神様が、私に「三月十一日の心」を書き上げさせたかったのだろう。願わくば世に問いたい小説なのだが、小説の神様はそこまで面倒をみてはくれないだろう。小説の神様のいけず!
「第二章 旅立ち」ですが、第二章の題名を「初恋」に変更いたします。「旅立ち」は第三章にします。
 それと文子の年齢ですが、男の子と出逢った年齢を十才から十一才に引き上げ、合わせて男の子の年齢を十一才から十二才に変更します。書き進むうちに、わたしの妄想が暴走を始め、文子があまりにもおませになってしまったからです(笑)。どうもわたしの性的妄想は暴走をし易くていけない。
 これまでアップした分も遡って直します。それと気が向いたら表現も直したいと思います。表現に満足はしていません。
 私淑している川端康成の表現の真似ではなく、わたし独自の表現に拘っているのですが、川端の表現の高みを目指すことには変わりがないので、厳しいものがあります。
 土台、川端の域に達しようと思うなど傲慢であり、川端への冒涜だと怒る方がおられることでしょうが、その無謀を敢えてやってしまうのがわたしの性癖なのです(笑)。
 それに、わたしには川端康成を超えているものがあります。「明確」な思想性と哲学です。そして、自覚的にその思想性と哲学とを小説に反映させております。どうして「日本的な感覚」であり、どういう可能性が「日本的な感覚」にあるのか。単なる表現技法としての「感覚」ではなく、思想的、哲学的な意味での「日本的な感覚」を問題にしているのです。
 したがって、表現技法としての感覚のレベルでしかなかった新感覚派の騎手であった横光利一はお呼びではありません。それに横光の「感覚」は、感覚的認識としての「日本的な感覚」ではなく、優れて西欧近代主義的な「感覚」でしかありません。だから横光が行き着いた日本主義は、西欧近代主義の檻の中における「国家主義」でしかあり得ません。
 明治以降に洋行した知識人は、西欧万歳になるか、日本万歳になるかのどちらかだと指摘されたりしましたが、西欧万歳と日本万歳は背中合わせの関係でしかありません。そして、西欧近代主義の檻の中での背中合わせなのです。
 因みに、安倍晋三の日本万歳もこの類いのもので、更に劣悪なのは「にぽんばんちゃい」の幼児的レベルのもので、その「にぽん」はほとんど「ぽくちゃん」と同義だということです(嗤)。
 安倍晋三と比べるのは申し訳ありませんが、横光の日本主義は幼稚な日本万歳でしかありません(笑)。
 横光と並び称される感覚派の騎手であった川端の感覚は、「感覚的認識」の土台となる「日本的な感覚」のことです。根本的に感覚の捉え方が横光と川端とでは違うのです。だから、川端の感覚は単なる表現技法にとどまることがない。小説を貫く柱に、「感覚的認識」があるのです。
 わたしは若いときに横光の表現に憧れ(「春は馬車に乗って」は特にかぶれました)、今でも横光は好きですが(笑)、まあ横光の限界は、川端と自分の「感覚」のもつ本質的違いに気づけず、無自覚であり、だから平面描写(客観描写)を金科玉条とする私小説に対抗するための単なる表現技法でしかなく、「どうして感覚なのか」という本質的な問いが欠落してしまっているのです。
 思想音痴の川端は当然のように無自覚なのですが、しかし川端の小説は「日本的な感覚=感覚的認識」によって出来ています。
 わわたは川端と違って「自覚的」です(笑)。だから「どうして日本的な感覚なのか」の問いに拘り、小説の思想的な背景として浮かび上がらせます。そして、「どうして日本的な感覚なのか」という問いが、2011年3月11日のもつ人類史的な意味と密接に関わっていることを追求するつもりです。更にいうと、「大浦湾には龍神様がすんでいる」という沖縄の心に通底する多神教的な「宗教的なるもの」の可能性に肉迫するつもりです。
 大風呂敷を思い切り広げてみました(大笑)。
 それでは皆様、精力的に続きを書きますのでご期待ください。
 ごきげんよう。


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 大阪12区から衆議院補選の総括について思ったことをブログに書いたが、その際に「Yahooニュース」の 『【衆院補選】大阪12区、自民敗北の衝撃〜現代ニッポンの縮図地域から起こった改革への渇望〜』と題された古谷経衡の記事を取り上げて批判した。言い足りなかったこともあり、またこの論調に重要な問題点が隠されていると思うので、戦前の日本ファシズムのあり方と、安倍晋三と安倍を神輿に担ぐ勢力の目指す目的地である戦前回帰について述べたいと思う。戦前回帰が純粋な戦前の日本ファシズムになるのかどうかは不明だが、それに近いものになることは間違いないだろう。
 ナチス型ファシズムと日本型ファシズムとの明確な違いは、下からのファシズム「革命」がなかった点だ。上からのなし崩し的なファシズムへの移行であったのであり、丸山真男が『現実主義の陥穽』で指摘したようにずるずるべったりとした無批判な現実追認によって、軍部の暴走に引きずられていった点を忘れてはならないだろう。
 因みに、わたしの恩師である橋川文三は、師である丸山真男を批判して、国家主義が「超」国家主義になるには、そこに乗り越えがあったはずでありそのメルクマールをはっきりとさせて問題視することを主張し、その乗り越え方に拘ったのであるが、ここでは深入りしない(笑)。
 橋川文三の指摘は正しいが、しかし日本型ファシズムの上からのなし崩し的なずるずるべったりとした移行という丸山の重要な視点は色あせることはない。そして、現実を上手く利用していった現実追随型であった点も優れて示唆的だ。
 安倍政権と安倍晋三を神輿に担ぐ勢力の「これから」と、このおぞましい体制の打倒を考える上で、またその戦略を練る上で、丸山真男の視点は避けては通れないと確信している。
 何故ならば、2014年が暮れようとする京都において、日本共産党の不破哲三が歴史的演説の中で、安倍政権と自民党は極右勢力に乗っ取られた極右政党(=ネオナチ政党)であり、従来の自民党の看板を掲げて素顔を偽っていると、本質をずばりと言い当てたのだが、このおぞましい事実と現実と危機感から出発しなければ、安倍政権と自民党の打倒はあり得ないだろう。
 極右勢力が権力を掌握してしまったのだから、戦前回帰を行うとしたら、丸山真男が指摘したように、上からなし崩し的に行われ、既成事実を作り上げて、その既成事実(=現実)に引きずられるようにして(=現実追随)行われるだろうことは容易に想像ができる。

 この前提で、古谷経衡の記事を読むとどうなるか。そのあまりの脳天気さに驚くことだろう。もう一度、古谷の言いたい核心部分を引用しておこう。
 
先の見えない停滞と緩慢な衰退が、全国に先駆けて進む大阪12区は、日本の未来でありかつ縮図だ。今回の補選で、非自民、非既存野党の第三極が選ばれた意義は、今後、この国の政治や社会情勢を占う上で単なる「自民敗北」以上の大きな意味を持つと筆者は考える。「緩やかな衰退」の先にあるのは、自民党への期待でも、既存野党への期待でもない、全く新しい政治勢力への希求、渇望なのである、という重大な示唆を私たちは厳粛に受け止めなければならない。
 今後、大阪12区のような、「自民にも、既存野党にもNO」を突き付ける選挙区は、この国の「緩やかな衰退」の延長の末に、必ずや続々と出現するだろう」

 先が見えず、出口の見えない閉塞した時代の空気を石川啄木は『時代閉塞の現状』と『硝子窓』という評論で書いたが、日本のおかれた現実は啄木が指摘した空気を彷彿とさせる。古谷の指摘はそうした時代の空気の危険性を言っているのだろうが、「非自民、非既存野党の第三極」という視点は、あまりにも日本の政治的現実のもつ「本質」から遊離したものであり、2014年に不破哲三が見抜いた本質を無視したものだ。また、丸山真男の現実追随によるなし崩し的な上からのずるずるべったりとしたファシズム化という視点がごっそりと落ちている。
 もう既に権力が極右勢力に乗っ取られているのだから、如何なる第三極が現れてこようとこの第三極によって「下から」のファシズムが推し進められることはないだろう。
 戦前においては、在野の右翼による要人暗殺と、2・26事件の青年将校による軍事クーデター未遂(反乱)、そして関東軍による作為的暴走といった「現実」が巧妙に利用される形で、閉塞した時代の空気を偏狭で排他的なナショナリズムへと導いていき、またそうした現実に引きずられていく形で軍部の発言力が増し、国家権力のファシズム化へと雪崩れていったのだが、古谷のいう第三極は、戦前でいえば国家権力がファシズム化へと雪崩れていく露払い的な存在になることだろう。もっと極端な言い方をすれば、安倍晋三と安倍晋三を担ぐ勢力にとっての「フロント組織」ということになる。
 大阪維新の党とは正しくそうした存在であり、安倍政権・自民公明vs野党共闘という構図を不鮮明にして、見えなくしている。野党共闘へと入るべき票が大阪維新の党へと流れれば、誰が得をするか言うまでもない。「NHKから国民を守る党」などといった醜悪な政党の存在意義も分かろうというものだ。

 安倍晋三と安倍晋三を担ぐ勢力はしたたかだ。
 情報戦というものの重要性を知り尽くしている。
 NHKを筆頭としてテレビ局は完全に掌握されてしまったといえる。この現実から逃避すべきではない。逃避していては戦略を誤るだろう。
 立憲民主党の山尾志桜里(いい名だ。惚れ惚れする)議員は、自民党と憲法9条の議論を徹底的にすべきだと持論を展開しているが、頭脳明晰で論理的な人間ほどこうした過ちを平気で起こす。情報戦というものがまったく見えていない。テレビ局を掌握されているのに、既成事実としていいように利用されるだけだ。戦前の歴史と真摯に対峙し、対話したことがあるのだろうか。時代の空気とはどんなに頭脳明晰であっても論理ではどうにもならないのだ。敵はテレビとマスコミをフル動員して社会的空気を悪しき方向へと導いているときに、脳天気も甚だしい。
 憲法記念日の6万5千人の集会の風景は、テレビから抹殺されたに等しいではないか。それにひきか千人余りの日本会議による憲法改悪の集会が安倍晋三の談話とセットで大々的に報道された事実と、真摯に向き合うべきだ。
 野党共闘と市民連合の最大の弱点は、理性と論理に頼っていることだ。
 敵が電通をつかって情報戦に全力を挙げ、マスコミを操っておぞましい社会的空気をせっせと作り出しているときに、理性と論理万歳といって対抗しているそのお目出度さに唖然とする。
 理性と論理だけで大衆が動くと思ったら大間違いだ。
 その上で、敵はマスコミを掌握し、情報操作を行い、大衆のエネルギーをあらぬ方向へと導こうとしているのだ。
 マスコミを掌握されてどうやったら敵の情報戦略を打ち破り、安倍政権を打倒できるか。それが問われているのだ。
 それでも理性と論理で立ち向かいますというなら、もう言うべき言葉はない。
 敵は改元を利用して、新しい時代の幕開けを口にし、その時代の扉を開き、舵取りをするのは安倍晋三をおいていないという宣伝を行い、社会的空気を作り出しているのだから、改元を逆手にとって、改元世直し運動(「令和の世直し運動」)を唱える位の戦略性がないのかといいたい。
 大阪12区から無所属で立候補した宮本たけしは何を唱えたか。
 『祭り』だ。
 この発想は優れて戦略的だ。令和という新しい時代を告げる「令和の世直し祭り」。この本気の「祭り」なくして勝利はないだろう。宮本たけしが捨て身で教えてくれたことだ。
 理性と論理を看板にしている日本共産党だ。その日本共産党の宮本たけしが「祭り」を前面に掲げた意味をかみしめるべきだ。
 本気で「祭り」に没入するとは、本気で「馬鹿」になることだ。そうでないと大衆の心は動かないだろう。誤解を恐れずにいえば、「大衆」の心は根無し草のようなものだ。何処へでも漂っていく。
 自覚して立ち上がった市民は、理性的であり、知性的であり、論理的だろう。が、そこにとどまっているだけでは、活路は開けないし、安倍政権は打倒できないだろう。清水の舞台から飛び降りる覚悟で「馬鹿」になって令和の世直し「祭り」の空気を作り出すことだ。
 そうしないと日本は取り返しがつかないことになる。それほどまでに安倍晋三と安倍晋三を神輿に担ぐ勢力が危険だからだ。
 電通と安倍晋三の取り巻きは、理性的であり、知性的であり、論理的だ。それを見誤らないことだ。奴らは、理性と知性と論理と科学をフルに使い、マスコミを操っておぞましい社会的「空気」を作りだし、戦前回帰へと雪崩れていこうとしているのだ。そこに破滅が待っていようが奴らはお構いなしなのだ。奴らの心に巣くっているのが黒々としたニヒリズムだからだ。
 ニヒリズムだからといって情緒的であって支離滅裂なのではない。
 ニヒリズムとは本来は、理性と知性と論理の突き当たりまで行った先に待ち構えているものだ。現代の科学こそ正しくニヒリズムそのものだ。科学の意味する「真理」とはニヒリズムそのものだろう。科学的「真理」が、地球を破滅させたとしても、それは科学的「真理」であり、その「真理」は善悪を超越したものだとすると、地球に生きる生きとし生けるものにとって科学的「真理」とは何なのだろうか。原発とは科学的「真理」の応用である。
 敵が理性と知性と論理と科学をつかって、意図的に「馬鹿」になって、大衆の心を煽動しようとしているのに、こちらが理性と知性と論理と科学にしがみついていて、大衆の心を馬鹿だとあざ笑っていることに、どれほどの価値があるのだろうか。そんなことが許される状況ではない。
 小泉純一郎の郵政民営化の是非を問う選挙の時の「自民党をぶっ壊す」というキャッチコピーは「祭り」のエネルギーになっていたはずだ。
 小沢一郎が民主党政権を作ったときも社会的空気を作り出す「祭り」の要素は否定できない。
 要は、「祭り」が終わった後にどうするか、その展望は必須だということだろう。「祭り」の熱狂が失望へと変われば、新たなファシズムの萌芽となる。安倍政権を打倒し、野党共闘が政権を握ったなら、真っ先に安倍晋三のような幼児性分裂症の詐欺師が二度と独裁的な権力を掌握できないように、小選挙区制を廃止すべきだろう。そして、これでもかというほど、安倍晋三と安倍晋三を神輿に担いだ勢力がしてきた国家的な犯罪を暴き出して、国民に知らしめることだろう。
 株価操作の一つとっただけでも国を破滅させる大罪であり、修復するにはどれほどの国民的な痛みと、困難を極めるか、そして一朝一夕では無理なほどの経済的なダメージがあるか分かりやすく説明すべきだ。
 ともあれ、安倍政権を倒すことを何よりも優先すべきだ。
 理性だ知性だ論理だ科学だ、などと大上段に振りかざすものほど、その理性と知性と論理が大したものではないと、断言してもいい(笑)。
 日本共産党の小池晃書記局長は凄い男だ。
 意図的に「馬鹿」になっている。今このときに何をすべきであり、何が必要か、よーく分かっている。最早、日本共産党のイメージと殻を打ち破り、国民的な政治家の階段を駆け上がったといえる。
 日本共産党候補が漁村で大漁旗を振って演説し、農村でむしろ旗を掲げて演説する光景がみたいものだ。冗談ではなく、本気である(笑)。

※いつものように推敲はしません。誤字脱字はご容赦ください。

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  第二章 初恋
 
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 昨日の春雷に洗われたからだろうか、萌え立つ木々の若葉で逢生(あおい)の里は瑞々しく匂っていた。
 淡い色と色とが互いににじみ合って、色の境のあいまいな水彩画の世界から、山の麓へと下ってくるにつれ、色の濃さが増してゆき、色と色との境がはっきりとしてきた。透き通ってにじみ合い、混ざり合いながら生きていた色たちが自己主張を始めたのだろう。ものの形をくっきりと浮かび上がらせていた。
 麓の山桜は花の終わりを過ぎていた。
 ついさっきまで淡い水彩画の世界を生きていたからだろうか、集落を縫っていく道を辿っていく文子の目に、道端に植えられた芝桜やチューリップの花の色がどぎつく映った。
 一年前のあの日を生きてから、文子は、移りゆく季節とともに安曇野の里山を歩くようになった。安曇野に遅い春がめぐってきて、まだ雪が残る常念岳をバックにして桜の花が咲き出す。そして、後を追うようにして木々がいっせいに芽吹きはじめると、やがて安曇野に新緑の季節がやってくる。文子は早春から若葉が芽吹き始める頃の安曇野の風景をとりわけ愛していた。
 若葉の季節はあっという間に過ぎ去ってゆく。季節が夏に向かって駆け出すと、安曇野の風景ががらりと趣を変える。キャンバスに描かれる風景がそれまでの淡い水彩画の色彩から、油絵の色彩へと変わるのだった。
 自らの色を濃くして形をはっきりさせようと、木々たちが自己主張をし始めたはずが、遠くから里山の風景を眺めた文子は、不思議な想いにとらわれたことがあった。里山の木々がいっせいに芽吹き始め、そのなかに花を盛りと咲き匂う山桜が点在する水彩画の世界に息づいていた、豊穣な色の多様性がすっかりと失われて、濃いみどり色に塗りつぶされてしまっていたからだった。色にほとんど変化がなく単調だった。
 水をたっぷりと含ませた筆で描かれた水彩画の世界だから、一つの色のなかに多様な変化が生まれ、また色と色との境があいまいににじみ合っているから、その境に二つの色が生み出す新たな多様性が生まれるのだろう。自己主張を強めることで逆に、色の多様性が失われ、単色で塗りつぶされてしまう不思議を、文子はあれこれと想ったのだった。
 あの日を生きるまでの文子は、移りゆく季節に想いを巡らすこともなかったし、移りゆく季節とともに変化する風景に深く心を寄せることもなかった。移りゆく季節を当たり前として生きてきたのだった。が、あの日は移りゆく季節が当たり前にやってくるのではないことを教えてくれたのだった。そして、移りゆく季節それぞれが、たった一つきりの季節であることを教えてくれたのだった。それぞれの季節が文子にとって二度とない季節なのだ。
 色の多様性が息づく水彩画の風景と、単一の色で塗りつぶされた油絵の風景という想いがあったからだろうか、里山の稲田が黄金色に色づき、安曇野の青く澄み切った空にアキアカネが群れる頃に、文子は松本の書店で和辻哲郎の『風土』と吉岡幸雄の『日本人の愛した色』を手にした。
 あの日を生きていなかったなら、手にすることがなかった書物だっただろう。文子はこの二つの書物との出逢いに感謝した。二つの書物によって、色の多様性を生み出す水彩画の風景の意味と、その風景に文子の心が引き寄せられる訳が何となく分かったからだ。
 赤、青、黄、白、紫などの濁りのない鮮やかな色彩の花々で幾何学模様を描き出した広大な庭園や、一面のチューリップ畑の風景は綺麗ではある。が、文子の心を引き寄せるものではなかった。その風景のなかに文子の心が溶け出していって、風景と一体となれる安らぎを感じられないからだ。どうして安らぎを感じられないのか、その訳も二つの書物から教えられた気がした。
 文子が立ち止まると、逢生山を振り返ってみた。
 逢生山の麓から山頂へと目で辿っていった。濃くなって色の多様性を失いかけた麓から山頂へといくにしたがい、水彩画の色調が徐々に淡くなって透き通っていった。多様な色が浮かび上がっていく様が心に響き美しかった。山頂付近の山腹をまだらに、ふんわりとしたうすべに色に織り上げているのは山桜の花に違いなかった。
 昨夜文子は、男の子と匂いの繭玉の世界で一夜を明かした。
 十七年前と同じ体験だった。
 春雷のなかを、満開の山桜の花の下までたどり着いた十七年前の文子はびしょ濡れだった。びしょ濡れのままで繭玉の世界へと入っていったのだった。後からやってきた男の子もびしょ濡れだった。
 夕闇がすぐそこまで迫っていた。そして、春雷が襲いかかってきた。雨に打たれながら逢生山をさまよい歩いた文子に、男の子は何者で、どうして繭玉の世界へとやってきたのか疑う余裕などなかった。一人の心細さから逃(のが)れられた安堵が、すべての疑いを消し去ってしまっていた。十一才の文子の心はあけすけのままで、まったくの無防備だった。
 繭玉に腰を下ろした男の子が、ザックを開けている。なかから取り出したのはビニール袋に入ったバスタオルだった。
 横目でみていた文子にバスタオルを差し出すと、「これでふきなよ。かぜひくぞ」と言って、文子をみた男の子の視線とぶつかった。見つめ合ったままで「あのさ」とつぶやくようにして言った男の子の口が、それっきり閉じてしまった。そして、顔を膝の間に隠してしまった。
 一人の不安から解放されたからだろうか、こらえきれないほどの寒さを覚えた。びしょ濡れの文子の身体が震えだした。
 膝の間から顔を上げた男の子が、「服、脱いだ方がいいよ」と言った。男の子が何かを言おうとしたけれど、口に出せなかった理由が分かった。
 狭い繭玉の世界に男の子と二人きりだ。男の子の目の前で裸になれるはずはなかった。「だって」と文子が頬を膨らませた。男の子を怒っているのではなかった。何に怒っているのか分からなかった。もしかしたら、頬を膨らませたのは、怒っているふりをしたかったのかもしれなかった。初めて味わう不思議な感情の濁りだった。
「身体が震えているじゃないか。そのままじゃ、凍死しちゃうぞ」
「凍死?」と訊いた声が寒さで震えていた。脅しではないことを文子の身体が教えてくれていた。
 男の子が「俺、後ろ向いてるから」とぼそっとつぶやくと、身体をくるりと反転させて後ろ向きになった。。
 迷ってなどいられなかった。男の子に背中を向けると雨のしずくが垂れている服を脱いで、下着も脱いだ。そして、バスタオルで全身を拭いた。恥じらいの熱で寒さが蒸発していくのを感じた。
 気づかれないように上半身だけで振り返ると、言葉通り男の子の背中がみえた。背中はびしょ濡れだった。男の子もまた文子と同じように冷たい雨に打たれながら、ここにたどり着いたのだろう。男の子が繭玉の世界へ入って来たときにびしょ濡れの姿をみていたはずだった。が、自分のことが精一杯で忘れてしまっていたのだった。
「あなたもびしょ濡れ」
「俺は平気だ」
「うそつき。震えているじゃないの」
 文子が「はい」と言ってバスタオルを差し出すと、振り返った男の子の顔と鉢合わせした。視線がぶつかり合うと、反射的に男の子が顔を戻した。
「バスタオル」と文子が言うと、「いいよ」と言って受け取らなかった。
「凍死してもしらないから」
 返事がなかった。
「ずるいよ」と文子が言うと、男の子が「どうして」と背中を向けたままで訊いた。
「わたしは服を脱いだ」
 後ろ向きのままで、「分かったよ、脱ぐよ」と手だけを伸ばしてきた。その手にバスタオルを握らせてやった。
「後ろを向いていろよ」
 命令口調の男の子の言い方がくすぐったかった。文子が前に向き直って、「もういいよ」と言った。
 男の子が服を脱ぐ気配がする。
 文子の濡れた身体を拭いたばかりのバスタオルで、裸になった男の子が身体を拭っている姿を、文子は背中で想像していた。なぜか、文子の感覚がバスタオルに乗り移り、男の子の濡れた皮膚に触れているかのような、生々しい想像だった。
 これで二人とも裸……、と文子が心のなかでつぶやくと同時だった。身体がうねりとなって火照っていくのを覚えた。息苦しいほど胸が騒いでいる。ちぐはぐに鼓動が飛び跳ね出した。どこに飛び跳ねていくか分からない心が怖かった。初めての経験だった。文子は男の子に悟られないように、黙るほかなかった。男の子も黙ったままだった。
 どうやら雨は上がったようだ。
 風も凪いでいる。
 時折遠くの雷鳴が響くばかりだった。
 もうすっかり日は沈んだはずなのに、山桜の花びらの色に映えているからだろうか、なぜか繭玉の世界は薄暮のような明るさだった。
 匂いの糸で編まれた繭玉の世界だから外気と遮断されてはいた。が、四月の夜は冷える。標高が五百メートルほどであっても山であれば尚更だ。それに二人とも裸だった。火照っていた文子の身体も冷たくなっていた。あんなにせわしなく飛び跳ねていたのに、心は穏やかだった。
「寒くない?」と文子が訊くと、「少しだけ」と男の声がした。
「背中、くっつけようか」
 返事がなかった。「いや?」と訊くと、「くっつけてもいいよ」と声がした。
 どちらともなくにじり寄り、お互いの背中をぴったりとくっつけた。
 男の子の温もりを文子は背中で受け取った。
 男の子の温もりであって、文子の温もりでもあった。男の子が生きている証であり、文子が生きている証でもある温もりだった。
「温ったかいね」
「そうだな」
 文子が背中の皮膚をこすりつけるようにして動かした。すると、敏感に反応した温もりが濃くなっていくのが分かった。温もりを濃くしたのが男の子なのか文子なのか分からなかった。こすりつけ方によって、温もりの濃さが微妙に変わるのが不思議だった。
「どうしてここに来たの」と、文子が訊いた。
「君が俺を呼んだから」
「わたし、呼んでないよ」
「呼んでなくても、君の呼ぶ声が聞こえた」
「そうなんだ」
 男の子と逢ったのはこれが初めてだった。名前を知らない男の子を呼ぶはずがなかった。が、嘘を言っているとは思えなかった。宙に浮いた繭玉の世界にこうして二人でいること自体があり得ないのだから、信じるしかなかった。
「俺がいなくなるとお婆ちゃんが心配するといけないと思って、逢生山で道に迷った女の子が呼んでいるから、これからその女の子に逢いにいくって言ったんだ」
「お婆さんにしかられたでしょ」
 男の子が首を横に振ったのを、文子の背中が教えてくれている。
「お婆ちゃんも、君と同じ体験をしたって話してくれた」
「わたしと同じ体験」と訊くと、「十一才のときに、逢生山で神隠しにあったんだって」と驚くべき答えが返ってきた。
「うそでしょ」
「うそじゃないよ」
 振り返って男の子の表情を確かめようとして、文子は思いとどまった。二人とも裸だった。仕方なく、「それでお婆さんはどうなったの」と訊いた。
「お婆ちゃんの呼ぶ声を聞いたお爺ちゃんが、逢いにきてくれたんだって」
「そのお爺さんのこと、お婆さんは知っていたんでしょ」
「ううん、知らない。そのとき初めて逢ったんだって」
 歩いていたら突然に地面が消えて、深い落とし穴に落とされたかのようだった。自分に何が起こったのか、自分がどこにいるのか、今まで自分は何をしていたのか、何もかもが消え失せた空白の時間のなかで、文子は途方に暮れていた。が、それはほんの一瞬だった。
 男の子のお婆さんと文子とが、まったく同じ体験をしているなどあり得ないことだった。が、確かめずにはいられなかった。
「わたしがあなたのお婆さんで、あなたがお爺さんてこと?」
「そうなるのかな」
「うそよ」と文子は声を張り上げていた。
「うそみたいな話だけど、俺のお婆ちゃんはうそはつかない」
 また文子の心が騒ぎ出した。胸が飛び跳ねている。訊こうかどうか迷った。背中の温もりが連れてきた甘酸っぱい誘惑が文子に訊くようにそそのかし、文子のなかに住んでいるもう一人の冷めた文子が訊くなと押しとどめていた。どうして訊いたらいけないの、と心のなかに住んでいるもう一人の文子に尋ねたら、損するからと答えた。何が損なんだろう、と訊こうとしたら、「あっ」と男の子の声がした。
 驚いた文子が「どうしたの」と訊くと、「お腹すいてないか」と言った。「うん」と頷くと、「お婆ちゃんがおにぎり握ってくれたんだ。俺と君の分。夜になってお腹がすいたら、繭玉のなかで食べなさいって」と言った。男の子はおにぎりのことをすっかり忘れていたのだろう。
 お婆さんとお爺さんは繭玉のなかで一夜を過ごしたのだろうか。そして、お爺さんが持ってきたおにぎりを二人で食べたのだろうか。そんなことに想いをめぐらしていると、「食べるだろ」と男の子の声がした。
 空腹だった。素直に文子が「食べる」と答えた。
 くっついていた背中が離れた。ザックのなかからおにぎりを取り出しているのだろう。少しして、「繭玉の天井、さっきよりも低くなってないか」と声がした。見上げると確かに天井が低くなっていた。何かの重みで垂れ下がっているようにもみえた。
「垂れ下がっているみたい」
「つついてみようか」
「天井がなくなったりしない?」
「このままにしていたら、天井が落ちてくるよ」
「そうかな」と文子が言うよりも早く、男の子が立ち上がる気配がした。
 すぐに山桜の花が落ちてきた。
 文子が振り返ると、立ち上がった男の子が繭玉の天井を両手で突いていた。山桜の花が文子の顔に落ちてきた。天井を向いていた顔を戻すと、男の子のペニスがみえた。こちら向きで天井を突いていたのだった。声を上げそうになったが、気づかれぬようにして前に向き直った。胸が不規則にバウンドしている。全身が熱を帯びていた。
 天井を突くたびに、無数の山桜の花が降ってきた。花びらではなく花の姿のままだった。雨に濡れたはずなのに、山桜の花は濡れてはいなかった。しっとりとした花の感触が、熱く燃え上がった裸の文子には心地よかった。繭玉の床は山桜の花でみえなくなり、やがて膝を抱えて座っている文子の肩の辺りまで達した。しっとりとしていた山桜の花は、文子の身体の熱を吸ったからだろうか、毛布のように温かかった。
「もう花は落ちてこないみたいだな」とつぶやく声がした。
「毛布みたいに温ったかいよ」
「ほんとか」
 男の子が座ったのを見計らって、「もう、向き合っても山桜の花に隠れてみえないよ」と文子が言うと、「おにぎりが入った袋、どこにあるか分からなくなちゃった」と声がした。身体ごと声の方に向くと、男の子が山桜の花のなかを手探りで探していた。男の子の肩から上が山桜の花のなかに浮かんでいた。
「わたしも探してあげる」
「うん」
 山桜の花が降り積もったなかを、文子は手と足を使って探し始めた。
 何かに触れた。
 男の子の手だった。
 男の子と目が合った。慌てたようにして顔を逸らしてしまった。
 また何かに触れた。と同時だった。男の子が「あった」と声を上げて、振り返った。文子の指に触れていたものが消えた。熱くたぎるものの余韻が、文子の指先に生々しく残っていた。


※いよいよ明日から、草刈りの肉体労働が本格的に始まる。
 小説を今年中に書き上げられるか、体力との勝負だ。
 小説で変更がある。文子が8才で、男の子が9才という設定だったのだが、文子が10才で男の子が11才に変更したい。書き進むうちに、文子が8才にしてはおませ過ぎるからだ(笑)。大人の文子の年齢も2才増えることになる。まだ遡っては修正していないが、そのうち修正します。いつものように、小説が更新されるのを楽しみに待っている読者は数えるほどもいないので、焦って前の部分を直す必要があまりないのではないか、などとほとんど諦めに近い心境だ(涙)。
 日曜日(4月28日)に、水戸線の岩瀬駅から筑波山神社までの筑波山全山縦走を妻とやり遂げた。途中、道を間違えたので歩いた距離は38キロになった。さすがに、今日も筋肉痛が治まらない。明日が思いやられる。燕山から筑波山神社までは山の趣が嫌いだ。二度とやるつもりはない(笑)。やはり、逢生山のモデルである高峰山と雨巻山がいい。今年は、若い頃にやった南アルプスの南部に妻といこうと思っている。聖岳と赤石岳、荒川三山だが、テント泊だから一度には無理だろう。
 肉体労働がなければ、小説と登山三昧なのだが、貧乏人故それは無理だろう。年金ではとても暮らせない。おそらく、70才を過ぎても肉体労働をしていることだろう。真夏の炎天下で安倍晋三に肉体労働をさせたいものだ。
 
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  第一章 神隠し
 
     7

 十七年前、名前を訊かれた文子は素直に名前を教えていた。が、文子が訊いても男の子は名前を教えてはくれなかった。
 どうして男の子は名前を教えてくれなかったのか、よみがえってきたその訳が抱えた謎の森を、文子はさまよっていた。
 あまりにも不可思議な理由だった。そして、あまりにも奥深い謎を秘めていた。
 が、不可思議というのなら、この繭玉の世界こそが不可思議そのものだろう。繭玉の世界にあっては、男の子が名前を教えなかった訳にひそむ謎など、怪しむべきものではないのかもしれなかった。
 風と雨が激しさを増してきた。
 繭玉の世界が揺れている。
 繭玉を編んでいる匂いの糸は白く透き通っていた。繭玉の空間には山桜の花の匂いが立ちこめていた。
 繭玉の壁を透かして外の世界がみえた。
 昼(ひる)時(どき)なのに夕暮れのような暗さだった。
 満開の山桜の花がうねるようにして揺れていた。夕暮れと見紛ううすぼんやりとした闇に、雨に濡れた白い肢体を浮かび上がらせながら、妖しげに身体をくねらせていた。そして、風に絡みついた無数の花びらが闇を舞っていた。
 閃光が闇を切り裂いた。
 闇に紛れて流れていた時間がむき出しにされた。そして、むき出しになった時間が切り取られて、文子の網膜に映像として焼き付けられた。
 閃光はカメラのフラッシュだったのだろうか。
 むき出しにされた一瞬の時間だからこそ、隠しようのない本質が写し出されてしまうのかもしれなかった。
 文子の網膜には、山桜の花びらの舌の上を玉となって転がる雨のしずくが、はっきりと焼き付けられていた。そして、赤い葉の唇を撫でていった雨のしずくが、白い光の糸を引いて垂れていく姿が写っていた。
 閃光が切り取ったのは、うすぼんやりとした闇が隠していた外の世界の光景であり、文子の心を覆っているうすぼんやりとした無意識の闇に隠れていた光景なのかもしれなかった。十七年前に巡り逢った男へのむき出しの恋心だと、文子には思えた。
 曼荼羅の森の入り口で聞いた、「文子、お前は意識と無意識の境に立っておるのじゃ。そして、意識と無意識との間で会話をしていたのじゃよ」という不思議な声を、文子は思いだしていた。何を言っているのか分からなかったが、あの声の主が何を文子に言いたかったのか、そのほんの一部に触れられた気がした。
 むき出しになった恋心がたまらなく愛しくなった。大人になった男の子に逢いたかった。逢って抱かれたかった。無意識の闇が十七年ものあいだ抱きかかえてきた恋心だった。そして熟成された恋心が愛へと姿を変えたのだと思えた。。
 外の世界をみていた文子が顔を男の子に向けた。十七年後の愛しい男の姿を想像してみた。
 深いため息をついた文子が、「あなたはお婆ちゃんに、名前を教えては駄目だって言われたのよね」と訊いた。
「そうだよ」
「その訳をもう一度話してくれない」
「忘れてしまったの、文子は……。何もかも」
「そうね。わたしは忘れてしまっていたの、何もかも……」と、男の子の言葉を独り言のように繰り返した。
 眉を八の字にした男の子の悲しげな顔が文子の心を抉(えぐ)った。真っ直ぐに見れずに目を伏せると、「でも、思い出せた。だからこうしてここにいるの」と言って伏せた目を上げた。。
「何もかも、思い出せたの、文子」と男の子が訊いた。
「ううん、そうじゃない」と言って頭を左右に振った後で、「何もかも思い出したいの。何もかも思い出したいから、ここに来たの。そしてまた、あのときのあなたと再会できた。それがうれしいの。だって、あなたとの再会は、あのときの記憶との再会なのだから」と言った。が、すぐに「あのときの記憶との再会ではないのよね」と否定して、「あのときの感覚の世界を再び生きているの。その感覚の世界にあなたは今も生きているから、こうして再会できた」と言い直した。
 先ほどの男の子の瞳を染め上げていた悲しげな憂いはなかった。大きく目を見開いて文子を見つめている男の子の瞳に、吸い込まれてしまいそうな青く澄んだ空をみつけられた。
「わたしが言っていることが分かるの」と男の子に訊こうとして、開きかけた口を文子が閉じた。十二才の男の子に意味が分かるとは思えなかった。が、男の子の瞳は文子の心と通じていることを告げてくれていた。感覚の世界だから、意味を超えて分かるのだろうか。
 文子がはっとした。また稲光か、と思ったが違った。何気なく意識に浮かんだ、「意味を超えた感覚の世界」という言葉が発した閃光だった。確かに、心の闇を切り裂く閃光に間違いなかった。「意味を超えた感覚の世界」と心で唱えてみた。不思議な声の主が言っていた、意識と無意識との境という言葉がまた浮かび上がってきた。意味を超えた感覚の世界だから、意識と無意識の世界をつなぐ架け橋になっているのだろうか、と思えてならなかった。
 こんな思いを連れてきてくれたのはこの子だ、と文子は包み込むようにして男の子をみた。そして目で微笑むと、「どうしてあなたが名前を教えてくれなかったのか、ついさっき思い出せたの。でも、それが間違いないか確かめたいの。これからのわたしにとって、重要な意味があることに気づいたから」と言った。
「これからの文子にとって、重要な意味」と、男の子が訊いた。
「わたしは大人になったあなたを探し出す旅に出るって言ったでしょ」
「うん」
「わたしがあなたを探す旅に出ようとする気持ちにどうしてなったのか、それを解く手がかりが隠されていると分かったの。その手がかりをつかめれば、大人になったあなたを追い求めるわたしの心をしっかりしたものにできる」
 人の心の頼りなさとあやふやさを、文子は思い知った気がした。自分の心なのに何も分かってはいなかった。それだけではない。自分の心なのに自分を欺いて生きていても、欺いて生きているということすら隠して生きていけるのを気づかされた。法律という檻の中で、理性で欲望と衝動を抑えて生きているという意味と次元のことではない。もっと本質的なことだった。十七年前に巡り逢った男の子への恋心を欺いて生きてきたのだ。そして、忘れてしまったことにして素知らぬ顔で生きてきたのだ。あの日、二〇一一年三月十一日を生きなかったら、男の子への恋心は文子のなかで、なかったものとして消し去られてしまっていたはずだった。
 あの日が文子を変えてしまったからだろうか。
 あの日を境にして文子が変ったのは間違いなかった。だから男の子への恋心へと帰ってくることができたのだろうが、ほんとうにそうなのだろうか、と文子は疑い始めていた。人の心の頼りなさとあやふやさと、そしてあざとさに気づかされたからだった。
 文子のなかにはたった一人の文子がいるのではなく、たくさんの文子がいるような気がしてならなくなった。あの日は文子を変えたのではなく、あの日を生きる前の文子から、あの日を生きてから後の文子へと乗り移ったのではないのか。あの日を境にして、前の文子と後の文子とは別人に思えてならなかった。
 が、雷の閃光がフラッシュとなって、文子が心の闇に隠してきたものを丸裸にしたのだ。それは十七年前の男へのむき出しの恋心だった。不思議な声の主の言葉を借りれば、それは無意識の世界で呼吸していた恋心だったように思えた。そうだとすれば、その恋心をみえなくしていたのは意識の世界に住んでた文子だったといえなくもなかった。その意識の世界には複数の文子がいるのだろうか。
「どうしたの」と声がした。
 男の子が怪訝そうな顔で文子をみていた。
 話しても男の子に分かるとは思えなかった。それに、文子自身でさえ考えがはっきりとみえてはいなかった。どう答えようか迷っていた文子のなかに、ある疑問が浮かんできた。疑問というよりは不安だった。不安だけに、訊きたくもあり、訊きたくもなかった。が、訊かずにはいられなかった。
「あなたは、わたしがいつかここに戻ってくると信じられたのよね」
「そうだよ」
「大人になったあなたは、約束を守らなかったわたしのことなんか、もう忘れてしまっているんじゃないかしら」
 男の子は黙っていた。
「そうでしょ」と返事を催促すると、「俺には、分からない」と言った。
 文子が大きなため息をつくと、「文子は、信じられないのか」と訊いた。男の子の視線をそれとなく避けた自分がみすぼらしく思えた。視線を戻すと真っ直ぐに男の子を見据えて、「信じられる」ときっぱりと言い切った。
 痛いほどに一途な男の子の視線がまぶしい。
 その視線に女心を揺すぶられたからだろうか、文子が視線を濡らして絡ませた。そして、なで上げるようにして甘く締めつけた。男の子の頬が赤く染め上げられていくのがいじらしかった。男の子の視線はもう逃げられない。さあ、どうしてほしいの、と目で訊いた自分が文子はおかしかった。
 十七年前に文子の心を奪った男の子にその罪を償わせたかった。恋の炎でいじめたくなった。が、相手は十二才の男の子だ。この男の子に恋心を奪われた十一才の自分が、たまらなく愛しくなった。そして、十七年前の少女の文子を愛しがる自分が、文子はたまらなくうれしかった。
 男の子を解放してやると、名前を教えてくれなかった訳を確かめることにした。
 文子の視線は濡れた蛇の鱗となっていたのだろう。鱗を妖しげに濡らした蛇に絡みつかれ、呼吸をするのも忘れていたに違いなかった。男の子が肩で息をしていた。その胸に耳を押し当てたなら、「文子をずっと待っている」と大人になった男の声が聞こえるだろうか、と文子は想像した。愛しい男の心を確かめたい誘惑を押し殺して、「お婆ちゃんに、教えては駄目といわれたのよね」と訊いた。
 唾を飲み込んでから、男の子が頷いた。まだ顔が紅潮したままだった。
「お婆ちゃんがどうして名前を教えては駄目といったのか、お婆ちゃんから聞いたことを十七年前と同じように、わたしにすべて話してくれない」
 男の子が二度三度と深呼吸をした。
 呼吸が平常に戻ったのだろう、男の子がゆっくりと話し出した。
 男の子の一語一語が、文子の記憶を一つ一つはっきりとよみがえらせていった。


※手違いで、数日前にアップしたものを削除してしまいましたので、再度アップします。ついでなので、少し表現を変えたりしております。

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