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合気道

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 今日は仕事始めでした。眠い目をこすりながら朝の電車に乗ると、4日の今日はまだ、乗客の数も普段の半分ほど。
 正月気分満載のまま、職場に着いてしまった。お正月の挨拶をひとしきりしてしまうと、心も身体も思いっきり、お正月酩酊のまんま。電池切れどころか、初めっから充電ができていない状態である。
 他の職員たちは、てきぱきして普段となんら変わりがない。正月ボケらしき上司に、まったく期待していない様子であるのは、たいへん賢明である。これまでの私の薫陶の賜物というべきであろう。
 てなわけで、ぼんやり間抜け顔を新聞で隠す。と、オヤ、毎日新聞にどっかで見たことのある人の記事が載っている。・・・今朝の「くらし豊かに」という17面にあるのは、しばしばブログで取り上げてきた神戸女学院大学教授、内田樹(たつる)さんの合気道の記事なのであった。
 
 内田樹ファンとしては嬉しくて、ついつい紹介記事を書いてしまう、何卒ご容赦いただきたいところである。
 合気道6段、合気道との出会いは25歳のとき、下宿近くの東京のある道場の門をたたいた。合気道の創始者植芝盛平に直接教えを受けた多田宏師範が教えていた。
 「生死の間に立ったときにどう適切に振舞うべきか。武道はこの究極の問いを投げかけてくれる」。
 「生死の境では身体能力を平常時以上に上げなければ生き延びることはできない。それには敵を作らない。他者と対立的な構図でとらえないということです」。
 「私と相手を、二つの顔と8本の手足がある複合体だと想定する。この怪物のような複合体の運動法則を知って、その動きを制御できるなら、相手と自分の手足をもう区別する必要がない」と語る。
 
 「『天下無敵』とは、敵を全滅させることではない。自分には敵というものがいない。つまり、自分と出会うすべての人たちと『私たち』という複合体を作ることができる、そんな能力だと思います」という考え方。内田さんはこうした視座こそ、表面的な個性重視をうたう今の社会、教育に欠けているものだと指摘する。

 子供たちに武道に親しんで欲しいと願っている。しかし、それは親が期待するような「礼儀正しくなる」「身体が丈夫になる」といった市場価値を付けるためではない。「武道の現代的意味は、弱肉強食の市場原理そのものを否定するところにあるのです」。
 合気道の特徴は「試合をしない」ところなのだそうである。

 内田樹教授は、フランス現代思想が専門で、教育論や靖国問題などにも切り込む気鋭の論客として知られている。
 しかし本人に言わせると「生活のために大学教師をしている武道家です」とのこと。
 ・・・ちょっと、かっこよすぎるなあ。
    ただ、普段の鋭い哲学談義、社会評論において、武道の基本的思考が色濃く影響していることが、このお話からうかがえることを、私(電池切れ)は発見したように思うのでありました。

隠喩との格闘ー辻原登

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 辻原登さんは、今年のいつだったかにNHKのBS2「週刊ブックレビュー」にゲストとして登場されていました。そのときの紹介本は、江戸時代貨幣経済を推進しようとした田沼意次を主人公とした新作「花はさくら木」の紹介をされていました。その話の中味は忘れてしまいましたが、作家になられた経緯についてはおぼろげながら記憶があります。
 たしか、学生の頃から「作家になる」ということ以外はあまり考えなかった方で、いっしんに作家の道を目指し、定職をあえて求めることなく、つまり生きることでの、世間並というものは一切求めず、迷うことなくこの世界を選んでこられたというお話がたいへん印象的だったと思います。
 
【辻原登さんのプロフィール】
 1945年和歌山県生。90年「村の名前」にて 第103回芥川賞、99年「翔べ麒麟」にて第50回読売文学賞、2000年「遊動亭円木」にて第36回谷崎潤一郎賞、05年「枯葉の中の青い炎」にて川端康成文学賞を受賞。

 冒頭の 画像は、先日の新聞に掲載された印象的な文学時評です。

迁原 登氏の文学季評

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 読売新聞にて、作家 迁原 登さんが11月28日の文学季評にて、「比喩との格闘、しんどい?」という評論を書かれていたことを、教えていただきました。
 さっそく調べてみました。

 迁原 登さんはこう書いておられます。「小説家はフィクションをもって隠喩を解体し、また別の隠喩をつくる。業である。」と。また『ドン・キホーテ』のエピソードも紹介されています。
 『ドン・キホーテ』に興味深いエピソードがある。騎士道物語を読みすぎて、冒険に出かけた遍歴の騎士キホーテは、出合った商人たちに向かって、自分の思い姫ドゥルシアーネを世界で一番美しい姫と認めよ、という。商人は、お姫様をみて、事実ならすすんで認めましょう、と答える。キホーテは、大事なのは見ずして認めることだ、と怒って槍で突きかかってゆく。
 ドンキホーテにとって、ドゥルシアーネは世界で最も美しいものの隠喩なのである、キホーテ自身もドゥルシアーネを見たことがない。彼の狂気はここにある・・・・と。

 また、亡くなったスーザン・ソンタグがかつて大江健三郎との往復書簡でこのようなことを書いていることも紹介されています。
 「・・・私は(略)現実を隠喩として語るほとんどの実例に対して、もっと懐疑的になるべきだと訴えてきました。ファシズムは現在、隠喩になったと思います。」と。「それ(隠喩)は複雑なものを単純化する傾向を必ず助長し、狂信的な態度はともかく、自分は絶対に正しいとする思い込みを誘い出してしまうものである」とヒトラーのユダヤ人攻撃演説の例なども示しながら彼女の思想の核となる部分に触れておられます。

 この評論で登場する、ソンタグ、ファシズム、ユダヤ人、隠喩、ドン・キホーテ、大江、綿矢りさ、伊藤たかみなどすべての対象が、私もブログで勝手なことを書いたり、引用したり、また今後書こうとしているものばかりであることに、まずたいへん興味を惹かれました。

 とりあえず大変批判的に書いてある、綿矢りさ「夢を与える」を考えて見たいところですが、もうすぐ出勤時間です。とりあえず「スクラップ・ブック」に記事を収納し、再度、考えてまいりたい所存です、よろしくお願いします。

 
 
 

移動祝祭日

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 先日取り上げた作家の保坂和志さんは、「書きあぐねている人のための小説入門」という本の中で、テクニックについて、「あなたがテクニックや技法について誰かに訊くたびに小説はあなたから離れていく」と述べています。テクニックのないものはまずひとつもない。文章もうまい。比喩の使い方も立派なものだ。しかし、それらがなぜ小説の中で使われるようになったのかという必然を考えていない。「テクニックを使わない」という書き方について考えていない・・・という趣旨のことを述べています。

 いっぽう、世界的な作家には卓抜な比喩の使い方をする例もあります。

 「一人の女がカフェに入ってきて、窓近くのテーブルにひとりで腰を下ろした。とてもきれいな女で、あたらしく鋳造した貨幣みたいに新鮮な顔をしていた。雨ですがすがしく洗われた皮膚で、なめらかな肌の貨幣を鋳造できればの話だが。それに彼女の髪は黒く、カラスのぬれ羽色で、ほおのところで鋭く、ななめにカットしてあった。」(「サンミシェル広場の良いカフェ」)。
 『移動祝祭日』はヘミングウエウィの若き日、パリでの修業時代を最晩年に書き留めた印象記である。それにしても「あたらしく鋳造した貨幣みたいに」という形容はすばらしい。顔の輪郭が金属質の音を立ててでもいるかのように、鮮明さと輝きを喚起します。造幣局で作られたばかりの、まだ誰も手も触れたことのない硬貨。このイメージは、硬貨がその使用と共にだんだんくすんでいくという潜在意識がありますから今、ひとときのかけがえのなさを、ある種の奇蹟のようなものとして、印象を刻みます。

 卓抜な比喩、という言葉は何げなく使われますが、比喩一つをとっても書き手によって使い方も違えば、目指すものも違います。
 比喩を連発することで、読者のイメージをふくらませ、広い世界に読者を導いていくタイプの作家もいます。プルーストはその典型でしょう。
 ヘミングウエイはその対極にいます。彼にとって比喩はイメージを膨らませるものでなくむしろ限定するものです。
 作家が持っているイメージを、狙撃の名手が撃ち込むように正確無比に読者の感性に届ける。
 比喩はヘミングウエイにとって、ナイフと同様の武器、一閃するときには必ず骨を断つものです。

 (『贅沢な読書』福田和也著 より)。

 

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保坂和志さん

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 新聞記事など、ちょっと気になった文章などを入れておく「スクラップ・ブック」という書庫を新設。メモ代わりというわけです。ひとつの懸念は、私の記事はみんなそこに入っちゃうんじゃないのという解釈・・・(う〜む)?

■写真は「草の上の朝食」という野間文藝新人賞を受けた保坂さんの小説の表紙。
 保坂和志:1956年山梨県生まれ。早大政経卒。「この人の閾」で芥川賞、「季節の記憶」で平林たい子賞と谷崎賞など。

<苦しみから抜け出すのが小説>2006・11・22日経新聞夕刊

 人間の苦しみや世間体などは、本人には深刻であろうと、宇宙や地球の生命体からみれば、ほんの部分にすぎない。保坂和志は個人の内面を描くのではなく、広く遠くを見つめた小説を書き続ける。

■小説はいかにも形のないように見えますが、実際には形があります。ストーリーの起承転結、事件、筋らしい筋、テーマ、意味などが求められる。人が考えつかないことや、まだ茫洋としたアイデアを思いついても、書き出すうちに形にはまってしまう。
 僕は形には、はまりたくなかったんです。『プレーンソング』や『草の上の朝食』は登場人物がそれぞれ日常とも違う穏かな生活をこんなふうに生きてますとそれだけを描いた小説です。風景も登場人物の内面を説明するのではなく、遠くの宇宙、身近な風景、人、猫と同じ距離感で書きました。事件やドラマは起きません。「なにも描いていないじゃないか」という批判がありましたが、やったと思いましたね。あえてそう描いたわけですから。
 『季節の記憶』あたりからは、そこから踏み出して風景も人の生死も猫もひっくるめて描いたらどうなるか、人の心にある記憶は土地や建物やものにあるのではないかという発想で描いています。

■ここ5,6年『世界を肯定する哲学』『言葉の外へ』『小説の自由』『小説の誕生』など、自身の世界観や小説観を書いた著書を出版してきた。

■小説家にはふたつのタイプがあって、絶えず小説を書こうとしている人と無理に書かずに小説について考えている人がいる。僕は後者です。
 分子生物学や宇宙論、ハイデガーなどの哲学、カフカ、ベケット、ドストエフスキーなどの文学を読みながら考えてきました。従来の方法では、世間や社会の向こうにある遠くの世界や宇宙、外に出て行く視点が得られないと思ったからです。
 これはいじめによる子供の自殺とも同じことですね。これを解決するには思い切って与えられた枠から出る必要がある。学校や親はいま、いじめられている子供に「学校なんていかなくともいいじゃないか。一年くらい遅れたって大したことはない」とはいわない。与えられた枠の中でどう失敗しないかという狭い発想しかしていない。
 文学も同じです。世界から見ればプライドや世間体などはちいさなもの。個人の苦しみもたしかにたいへんなことですが、苦しみを書いていっても苦しみが絶対的であるかのようになってしまう。苦しみから抜け出すことはできない。

■91歳で死去した小島信夫さんと親しく交際してきた。
 知り合った当時の僕は作家ではなかった。小島さんの熱心な読者であり、小説が好きな勤め人にすぎなかった。勤めていた西武百貨店のカルチャーセンターの創作コースの校長になってもらおうと思い、長い手紙を書いたのことから交流が始まったんです。小島さんの一番の魅力は、人を社会的な地位とか肩書きではなくて、その人が小説をどれだけ愛し、考えているかで判断したということですね。その点で僕は小島さんと似ています。・・・・
 

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