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関西 ぼやき川柳

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 毎日の大震災報道、第一原発関連ニュースはやはり気になりTVのチャンネルを合わせますが、出口のなかなか見えない将来予測や、この間の政治的無策のような状態にやや失望感や無力感を感じてしまう状態が続いていますね。

 煮つまり気味の毎日から、ときには一瞬気持ちを切り替え、気分転換を図るのは不謹慎とまでは言えないだろうと思います。

 関西の土曜日の午後、NHKラジオ大阪放送局には「かんさいほっとタイム」という元気枠な時間帯があり、楽しめます。

 なかでも全国ネットで大人気の「ぼやき川柳」コーナーは、関西のお笑い路線がうまく機能した投稿番組と月に一回の公開生放送もある超人気番組に成長し、その面白さはつとに知れ渡っております。

 面白さの中味は、関西人の突っ込みとボケがそのまま自然に川柳に表されていること、川柳自体のユニークさに、投稿者が自分で名乗るニックネーム自体が、これまた秀逸なのです。

 
「妻美人 料理は上手 ああしんど」 東京都   茶井万年

「しゃべる妻 耳を持たない メロンパン」 兵庫県   定年28号

「まばたきで コーヒー冷ます 付けまつ毛」 埼玉県   ダサい 治

「ありがとう かまやつひろしに 似た妻よ」 鹿児島県 むらさき敷布

「メタボなし 貧乏神よ ありがとう」 東京都 カリント・イーストウッド



「こっそりと 行った宿から お礼状」 福井県   半熟老人

「自打球を 当ててばかりの 人生よ」 宮城県   はったいこ


「ヒョウ柄に 低血圧は まずいない」 鹿児島県  むらさき敷きぶとん


「もういくつ 寝るとめいどか 正月か」 埼玉県   波風 静香



「怖いもの 見たさで開く 同窓会」 鹿児島県  むらさき敷きぶとん



いかがでしょうか?

私は、この中で 埼玉県の「ださい治」さん、「茶井万年」さんのファン。

「茶井万年」は「ちゃいまんねん!」(違いますがな)という大阪言葉、

クリントならぬ、カリント・イーストウッドさんは映画の名優を思わせ、

最初「紫敷布(むらさきしきふ)」と名乗っておられた方は、「紫敷きぶと

ん」(むらさきしきぶとん)さんにバージョンアップしたニックネームで

名川柳を炸裂させておられます。

ニックネームと連動した自虐や悲哀も垣間見えて、これこそ文化という言葉

がぴったりとは思われませんか?

 え、何ですと、今回の記事なんてみんな知ってる国民の常識やんか!!ですか!

 失礼しました、その通り! というわけで、毎週土曜日午後のNHKラジオ

「関西ホットタイム」ぜひみんなで楽しみましょう!

ヘルマン・ヘッセー蝶

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 ヘルマン・ヘッセ(1877−1962)は生涯、何にも増して蝶や草花を愛し続けたと言われる。
 この書物はヘッセの蝶と蛾を主題とした散文に詩、それに編者のあとがきで構成されているが、さらに大きな特徴としてたくさんの蛾や蝶の原色図版が入っている。
その大部分が手彩色の銅版画であり、アウクスブルグの画家、ヤーコプ・ヒュープナー(1761−1826)の制作によるもので、ヘッセが「どんな近代的カラー印刷よりはるかに美しく、ずっと精密だ」と語った絵の複写なのだ。

 この書物はもともと1984年に朝日出版社から刊行されたが、後になって岩波書店の「同時代ライブラリー」という新書版叢書のシリーズに加えられた一冊となり、『ヘッセ画文集 色彩の魔術』の姉妹編ということになった。

 最初三宮の古書店で見つけて購入し大切にしていたのだが、あるとき病気のお見舞い代わりに人に差し上げた(またいつでも入手できるだろうと軽く考えていた)。
 今はもう絶版になってしまった「同時代ライブラリー」は、数年前はけっこう古書店でそのシリーズが残っていたが、最近はまったく見かけなくなり寂しい思いをしている。

 その後は二度ほど、神田神保町で見かけたこともあるが、売値があまりにも高額で手が出なかったのでもう購入をあきらめていたところ、先日ひょっこり、ヤフーのオークションで出ているのに遭遇した。
 定価1300円なのだが、落札は競争相手無しで、800円+送料で入手できてしまった。
「果報は寝て待て」という古い諺はこういうことを言うのかと思わず納得する。

 こうしてふたたび巡り合ったこの美しい本を眺めたりぱらぱらとめくっていることは、以前よりも増してそれだけで大きななぐさめになっている。

 世の中や私の周囲には、飛び去っていって再び帰ってこないものが多すぎる。
 蝶の銅版画や世界中の蝶に関するヘッセの美しい文章を眺めたり味わったりすること、それははかないものと、永遠なるものが、同時に微妙なバランスの中で存在できることを味わえるという無上の喜びが与えられているということなのだと思うのである。
 
 長年、蝶を愛したヘッセがたどり着いた「蝶」という存在、それは、<死を超克する勝利の象徴であり、その微妙に変化する色彩は、はかなさを超克した優美の微笑であり、・・・いのちあるものが永続不変のものと化したように見える場合、永遠に流動するものの美が一定の形をとったように見える場合、ものの姿はすべてこのような微笑をもたらすものである・・・輝いている最中にすでに色あせはじめる・・・恍惚の瞬間・・・対立するものの永遠の死闘のさなかのかりそめの調和なのである。>

 ということなのだ、美しい本であり、深い思索の本であると思う。

田園交響曲

 歳と共に、交響曲「田園」が好きになってきました。
 若いときはベートーベンの絵画的楽曲かあ〜などと軽んじていましたが、
そのよさに心を奪われます。


ベートーベン交響曲第6番「田園」 
ベルリンフィル:フルトベングラー指揮で。
歴史上、まれに見る名演奏だと思います、たぶん。
音楽と画像で、しばし遊んでみました。




             
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春を感じる歌

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春を感じる歌は?

 なごり雪       イルカ
 春を待つ手紙     吉田拓郎
 ひとりぼっちの部屋  高木麻早
 星になれたら     Mr.Chirdren
春なのに       柏原よしえ(中島みゆき)
 手紙―15の君へ―    アンジェラ・アキ
 卒業         松山千春
 桜          コブクロ
空も飛べるはず    スピッツ

いくらでもありますが、上のラインアップで、歳がほぼばれてしまいます。

今日は、吉田拓郎で「春だったね」を聞きましょう。
私の世代の春の歌です。
ホントは[Winding road]を選びたいのですが、今日は遠慮します。

今年も春がやってきました!



チェット・アトキンス

雪景色の中を運転しての通勤の帰り道、チェット・アトキンスのカントリーなギターの音色がラジオから聞こえた。

 ヘッドライトに舞う粉雪のような音色が、夜の闇に消えてゆく。

 ギター歴でいうとかれこれ、○ん十年だが、時々慰めのために楽器を引き寄せる程度。

       
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 そういえば十年近く以前になるが、ウディ・アレンの監督30作品目として、『ギター弾きの恋』という映画があり、結構気に入った作品だった。
 伝説のギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトが戦前欧州で名声を博していた頃、アメリカでは、世界で二番目に上手いギタリスト、エメット・メイが活躍していた。

 
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 なぞに満ちた二番目の男、エメット・メイの生涯の軌跡をドキュメンタリータッチで追った小粋な作品だった。

 禁酒法時代前後のアメリカ社会が、映像とジャズギターによって見事に再現されていたのと、ストーリー展開が、かのフェリーニの「道」をそのままなぞるように展開するのがわかってくるので、その比較も面白いのだ。

 大人の味わいに酔わされ、苦笑いを余儀なくされる多重構造の作品で、ウディ・アレンにゃ、かなわんわ!と思わせられる柔らかな作品であった。

 そんなことを思い出しながら、アメリカ野郎のよさが光るチェット・アトキンスのギターを聞いてみましょう。 
 共演者は mark knopferというこれまた若手の名手らしい。

        
   
You can enjoy Videos by 『YouTube Seeker』

 

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