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待合室で
6個の椅子が並んだ端に高校生がひとり座っている
脇に置いた野球部のスポーツバッグに、3年生のNと書いてある
母校の40年後輩の生徒らしい
片方の端に座った私の場所から4つ分の席が空いている
英語の単語帳を一心に睨んでいる彼の姿は、そのまま40年前の私だ
隔てられた4個の椅子はそのまま40年という空間だ
その距離を見つめている私を気にも留めず
N君は赤いシートを単語帳に置いて集中している
ひとときの病院の待合室
そこには40年のタイムトンネルがあった
私にはそのトンネルが見えるが そこをくぐることはできない
彼にはそのトンネルをくぐれるが トンネルを見ることはできない
名前を呼ばれた彼は、やがて真っ白な包帯を左手に巻いて
治療室を出てきた
N君よ
君の未来が単語帳のシートの赤い色の中にあるのか
ひどい突き指の手に巻かれた真新しい包帯の白い色の中にあるのか
私は見届けることができないだろう
だが もし君が40年後にこの病院の椅子に座ることがあれば
君はきっと見つけるだろう
椅子の片方の端でちいさな単語帳を読みふけっている
ひとりのひたむきな高校生の姿を・・・・
そのとき初めてタイムトンネルが君の前に姿をあらわすのだ
人生はいつまでも解けない代数問題に似ている
短いようで長く、長いようで短く・・・・
そしてその問題の解がひとつでないことに気がつくのはまだ先のことだろう
そのときが来るまで
N君 頑張れ 元気でな
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