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今日は朝から外出。国立国会図書館で9時半の開館と同時に閲覧を始め、12時すぎまでに11点の図書を閲覧した(午後は別の用事があって移動)。
国会図書館では、一人が一度に利用できるのは図書と雑誌とが各3点ずつまでである。
通常、館内OPACの端末から資料を請求し、中央カウンターから資料が出てくるまでに(出てこないこともある)大抵20分、中身を閲覧して複写箇所を決めて付箋を挟み、即日複写の書類を書いて請求し、複写カウンターから複写物と資料を受け取るまでに大抵20分かかる。複写物がきちんとしているかどうかチェックして、資料を返却して、ようやく次の資料を請求することができる。
書類を書いたり館員とのやりとり等の時間を含めると、この1サイクルが問題なくスムースにいって大抵1時間というところだ。
本が3点手元にあったり、3点複写中だったりするうちは、別の本を請求することができない。したがって、たくさんの本を閲覧するためには、途中でもたもたしないで、いかにさっさと次の段階へ進めるかが鍵になってくる。
*時間のかかる要素*その1
中央カウンターから出てきた資料が、図書ではなく、マイクロフィルムであることもよくある。
マイクロフィルムだと、マイクロリーダーという機械にかけて中身を読み、複写請求の書類もそうして書かなければならないので、通常図書よりもこれまた時間がかかる。ちなみに、(混雑具合にもよるが)マイクロのほうが、複写に要する時間も多めにかかるようだ。
*時間のかかる要素*その2
複写カウンターで、「資料劣化があるので」「著作権の問題があるので」等と引っかかると、あれこれ押し問答をしなくてはならないので、ここでプラス5分〜10分、余計に時間がかかる。
この点は、対応する館員によって反応がまちまちなので、今のところ運不運としか言えない。
国会図書館マニア度が上昇して、係員とその対応レベル(ウルサイ人・ノーチェックで大抵OKの人など)を記憶することができれば、複写カウンターに提出する際、クレームがつけられずにいく係員を選んで頼むことができるが、残念ながら私はまだそこまでの域には達していない(図書館人であり資料探索のプロ中のプロであるAさんは、これをやっていると聞いたことがある)。
*時間のかかる要素*その3
ものによって、請求後20分かかった末に「図書課別室で請求してください」となると、別室へ行って新たに請求し直さねばならないので、プラス15分〜20分、余分に時間がかかる。
私の怒りの一つ目はコレだ。請求した時すぐに、どうして別室での請求が必要だと判明しないのか。館内のあちこちで改善がなされた今でも、この点については旧態依然のママで、時間の無駄を強いられている。本来なら、別室請求資料は、OPAC端末で「資料選択」ボタンをクリックした時点で、画面にそのように表示されるべきである。
様々な改善を実行したのにもかかわらず、この点の整備が何故できていないのか、理解しがたい。館員に「マニュアルご挨拶」を徹底させることも大切だが、資料整備のほうこそ本来の業務ではないのか。
……さて、本日は私の館内滞在時間は3時間ほどであったが、閲覧点数は図書11点。通常コースだと1時間で3点なので、3時間滞在すれば単純計算で9点だ。閲覧点数が多くてよかったではないかと言われるかもしれないが、そうではない。
どうして閲覧できる点数が多かったのかというと、それは、決して閲覧作業がスピーディに進んだからではない。
理由は簡単、「禁複写」資料が含まれていたからだ。それも、カウンターに届いた時には複写OKの資料だったのに、私に手渡される直前に、目の前で「×禁複写」というシールを貼られてしまったのだ(計4点)。クソッ!(あら失礼)
そりゃあ、本文紙が劣化しているから(茶色く変色している)ダメ、というのはわかるが、それなら先にマイクロを撮れ、というのである。「禁複写」扱いにするのは、マイクロを撮ってからにするべきだ。
閲覧に手間のかかる国会図書館にわざわざ足を運んでいるのは、国会図書館にある本が特別な本であり(これを説明すると長くなるので省くが)、それも「ただ見ておしまい」なのではなく、ほぼ100パーセント書誌学的調査のためである。複写物がないと、分析の裏付けとなる証拠が手元に残らない(もちろん、できる限りのノートは取っているが、転記ではミスも起こるし、なにより、刷りムラの状況や活字の磨滅具合などは忠実に転記することなど不可能である)。
数か月前には原本複写ができたのに、今日はダメになってしまっていた……というケースが増えている。ただ単に禁複写資料というだけでなく、まだマイクロがないというやつが増加しているものだから、怒りがおさまらないのだ。
大正期や昭和初期の資料なんかより、戦時中や戦後すぐの資料の方が劣化が激しいのだから(劣悪な材料しかなかった時代に作った本なんだから当然だ)、マイクロ化の作業はそちらの時代のものを先にするべきだ。
どうしてそういう「当たり前の判断」ができないのか、理解に苦しむ。これが怒りの二つ目である。
……そういうわけで、時間のかかる「複写コース」が省略されたために、今日は閲覧時間が短縮されただけのことだ。短い時間で済んだからといっても、ちっとも嬉しくない。
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これでも良くなったんだから 前は本当に恐ろしい所でした
時に雑誌は、請求して1時間待って出てくるかと思えば、今製本中・・・・これが一番怖い
大正昭和初期の資料からマイクロ化 というのも著作権問題で相当時間がかかったみたいだけど、国会図書館が所蔵資料をマイクロ化するのに著作権問題が本当に絡むのか 疑問。
2007/7/28(土) 午前 6:54 [ ykom ]
ところで 以前ちょっと問題になったが その後不問になっている(のではないかと思う)図書館前の女性のブロンズ像って見れば見るほど大変な代物だと思うんだが。シャツしかきていなくてそれが「はだけて」いる裸像なんです。(作者は確か女性。
2007/7/28(土) 午前 6:57 [ ykom ]
著作権の問題は実に微妙。そもそも雑誌などに図版を掲載するのだって、「1冊全部複製」というのでなく、たとえば随筆や論文に「数点」、「参考図版」として掲載するなら著作権者の了解をもらう必要などなかったはず。ましてや、個人の資料としてコピーするのに、作家本人の了解をもらえなどと言われたって、一般人ができるはずがない。こう言われればしかたなく諦める、という成り行きを期待しているとしか思えない。
昭和十年代の本も、マイクロ化されているものがあります。アオイ書房の版画本はつい最近、マイクロ化されて、原則として原本複写はできなくなりました。
「怖い」事例といえば、「製本中」もありますが、もっと困るのは「紛失」というのであります。データ上は存在しているけれど、実際は行方不明。これまでに2点ありました。
2007/7/29(日) 午前 0:29 [ 田中栞 ]
補足しますが、個人のコピーについても、枚数制限など以前に、1枚たりともコピーできない、という場合があるのです。
それは、1ページ全体が作品と見なされる場合。だから、版画や絵が1ページ大で掲載されているものの場合、そのページは「著作権者の了解」がないとコピーできない、ということになっています。
もっとも、これについても、複写カウンターの係員の判断によるので、その時その時によって微妙に違いが出てきます。
以前、本の「あとがき」のコピーを請求したら(確か見開き2ページくらいの短いものだった)、「全文はではきません」と言われて唖然としたことがある(押し問答の末、OKとなったが)。文章も、論文全文はコピーできないとかいう規定があった気がします(半分以下まで、だったか、半分より少なく、だったか)。
2007/7/29(日) 午前 0:38 [ 田中栞 ]
ブロンズ像、言われてみればあったような……。ひょっとして椅子に座っている像でしょうか。あの手の芸術作品はどうも苦手で、そばへ寄らないものだから……。
昨日行った時は、そういえば隣に座って記念撮影をしてもらっている女性がいたっけ。私はそういう発想を起こしたことがないので、びっくりしてしまいました。
そうですか、モンダイになったことがあったんですか。知りませんでした。
2007/7/29(日) 午前 0:42 [ 田中栞 ]