あずきの山登り♪

山いったり走ったりしてます…(・ω・)

大会レポ(ウルトラ)

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橘湾岸春(ボラ日誌)

ぐだぐだ長いです。

今年も橘湾岸春ステージに行ってきた。
今回はボラ経由S55kmの予定だったけど、
結局、フルボラした。

体が2つあれば、ボラもランも両方したかった(笑)
で、4日間の行動記録。

5月3日(木)
午後、受付会場へいく。

会場の設営は済んでいて、
前日受付のランナーの対応に追われていた。

その横には大量の資材や飲料水なども運びこまれていた。

ランナーは全部門で約500人。
L173km、E217kmで約300人、M88km、S55kmで約200人。

延べ走行距離は約6万km。
地球1周半だ(笑)

5km毎に0.1㍑の水分を摂るとしたら、
必要な総水分量は1200㍑、ペットボトル800本、133箱。
もの凄い量だ。

食材は別場所で準備されているが、
それらを10数人の少ないスタッフとボラで仕分け、
ジャストタイミングで、
これまた大量の保冷用氷と共に各エイドへ運搬し、片付ける。

当然、準備と仕分けは大会前からの話。
ゼッケンや案内状の仕分け発送、
エイドで使う食器や調理器具の準備、
その他必要機材の準備、
手作りの食材の準備、
コースのライン引きや案内板の設置…
頭が下がる。

18時半から決起集会(呑み会)。
やっぱウルトラランナーはあほが多いと改めて感じた(笑)


5月4日(金)
EとLのスタート時間は、5・7・10・11・13・14時。

4時前に会場へ行き、
お手伝いをしながら、ランナーを見送った。

昼過ぎには、
翌日スタートのMとSの受付けが始まる。

それが終わるとEとLの中間地点、茂木ぶらぶらへ移動して、
3時間ほど休憩出来た。

22時頃、
KIZENさんが預け荷物を運んできたので、
中間荷物の仕分けをする。

そうこうしてるとDNF者が続々と運ばれてくる。

今回初のEコース。
コース自体のえぐさ、
それと相反する関門時間の厳しさ、出場要件の緩和…
それらの余波だ。

預け荷物は中間行きとゴール行きの2つ。
それらが1台のトラックに満載されて運ばれてくる。

本来ゴールで渡す荷物をDNF者に
ここで渡してあげないといけない状況が朝まで続いた。

満載の荷物を全部広げるわけにもいかず、
狭い荷台に体をねじ込み続け腰が痛かった…(^_^;)

この時点でS55km走るのは諦めた(笑)

DNFした、はらさんが手伝ってくれてとても助かった。


5月5日(土)
朝、ここの荷物は一旦、スタート地点に戻り、
MとSランナーの手荷物と一緒に(大きなトラックに積み替える)
小浜へ向かう。

最終スタートのSランナーを8時に見送り、
スタート会場を撤収し、それらを大会資材倉庫へ片付けにいく。

ここでもDNFした、
あっちゃん、こっちゃんが手伝ってくれて助かった。

レース中、どんなにしんどいときでも笑顔の絶えない、あっちゃん。
荷物を運んでいる時、
その笑顔のかけらもなかったのが面白かった(笑)

その後ゴールの小浜へ移動して、
こまごましたことを手伝った。

ゴールエイドの近くにいたランナーから、
「ほんま、至れり尽くせりやなぁ〜」
という声が聞こえた時は嬉しかった。

19時から宴会、25時まで2次会…

5月6日(日)
…4時からの朝練と称した呑み会は寝坊して、
5時半から参加。
深酒しないといったのは誰だ!(笑)

走らなかったけど、楽しいGWだった。
でもやっぱ、ちょっとでも走りたかった…

ランナーもスタッフの方々も、みなさんほんと、お疲れさまでした。
また秋に会いましょう!



以下、ボラ備忘録。

帰る前、今回ボラだった、がっつさんが次につながるようにしたほうがいいよね…といっていたことや、自分が感じたよかったことや改善点を書いた。


○必須品のまとめ
 ガムテープ(養生テープ)、マジック、紐、はさみ、ごみ袋。
 これらは会場や各エイドでは必須品だと思う。
 探すのに時間がかかったり、なかったりしたので、
 常にまとめておくといい。

○機材などの仕分けについて
 スタート会場で飲料水や機材を仕分けて、運ぶんだけど、
 こういうの↓をラミネートしておくといいと思う。
イメージ 1
 
 今回、飲料水は表を見ながら仕分けて、
 その場で紙に行先を書き貼り付けていた。

 その他機材はボラの方の経験で仕分けているようだった。

 何事も経験はもちろん大事だけど、
 経験が乏しくてもやりやすい工夫は必要だ。

 これなら誰がやっても分かりやすいし、抜けもなくなる。

 飲料水の数量は参加人数や気候で変わるかも知れないので、
 数量のとこは修正できるよう空白にしておいて、
 マジックで記入するのも手だ。


 また掲示板や通過チェック表などの
 こまごました物も事前に仕分けておくといいと思った。

○手荷物の仕分けについて
 昨年まで手荷物はトラックの荷台に野積み状態だったけど、
 今回は棚を作っていて、荷台が有効に使えた。
 
 またゴール会場でもその棚を使って、
 スペースが有効に利用出来ていた。

 「中間地点の茂木ではゴール渡しの荷物も渡す前提とする。」

 kimiパパの意見で手荷物を積み込み時にある程度、
 番号順で積み替えたのがよかった。
 探す時間が短くできた。
 今回は特にDNF者続出だったから、本当によかった。

 しかし、雨天時を考えると、
 きた順に荷物を積み込みしないといけないし、
 そうした場合は茂木で荷物探す場合、非常に時間がかかる。

 また雨天だと荷物を広げる場所も限られる。
 単純にトラックを2台にするとかは、
 経費や人手の問題から無理だろう。
 ここら辺は課題かな。
 
 小さな中間荷物(着替えのシャツ、靴下程度)のものを
 段ボールに入れて積み込んだのはよかった。

 そのままだと積み上げられない。
 丁度、空の段ボールがあってよかった。
 10箱くらいは用意しておいた方がいい。
 
 わざわざ用意するというより、
 事前に袋詰めにした紙コップや紙皿等を段ボールに入れて、
 運搬し、それを使えばいい。
 袋が弱く破れかけのものがあったから。

 荷崩れ防止用のネットがあった方がいい。
 今回、土井さんのアイデアで、
 ポールと紐と段ボールで荷崩れ防止をした。

ついでにボラ以外のこと。

○ランネットについて
 申し込みのチェックが煩わしい。
 たこ姉とこっちゃんが2次会のとき、ぎんさんに絡んでいた(笑)
 同感、 改善を期待する。

○HPについて
 おしゃれになったけど見づらい、重い。
 特に参加者名簿は見づらい。
 またfbの「たち友」との住み分けというか、情報の共有というか、
 改善や整理が必要と思う。

○距離表示板について
 今回、きたさんが作成していたもの。

 次のエイドまでの距離、
 次のCPまでの距離と制限時間、
 ゴールまでの距離、
 次のトイレまでの距離。
 自分もエイドの度によく聞くことだ。
 とてもよかった。

○茂木ぶらぶらの案内について
 今回は初出場の方が多かった?せいか、
 茂木ぶらぶらで休憩場所やお風呂の場所をよく聞かれた。
 フロントの方もよく聞かれていた。

 分かりやすい案内表示などあるとよい。

○障碍者や外国人への対応について
 茂木とゴールで、たまたま、
 (多分)耳の不自由な方が困ったそうな感じでいたので声をかけ、
 手振りで対応した。


 申し込み時に、
 障碍の有無、サポートの必要性などの記入欄をもうけ、
 本人の了解を得てゼッケンに明示するなどすれば、
 周囲の対応も変わってきていいと思う。

 また今回は韓国の方も参加していた。
 言葉の不自由な方へ、
 多少なりの配慮が出来ればよいだろう。

 例えば、その国の言葉でウエルカムボードや応援ボードを作るとか、
 何よりの遠来賞だと思う。

○新設されたEコースについて
 個人的には出場要件の緩和はしない方がいいし、
 L’の救済はいらないと思う。



色々書きました。

これからも皆に愛される大会であり続けられますよう、
変わらず応援しますし、微力ながらお手伝いしたいです。

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だらだらと連載してすみません…
ラスト。


左足首は3週間前の四万十で、
足を滑らせたときに痛めた。
(一日中、雨だった)

その時は腫れてるとか、
そういうのはなかったので大したことないと思っていたし、
数日したら違和感なく走れたので、
やっぱり大したことなかった、
と思ってこの大会に臨んだ。

でも完治してなかったようで、
距離が距離だけにちょっと弱いとこがあると、
とんでもないダメージにつながるということを
改めて感じた。


島原城について、
明るくなってきたので、その足を見ると、
めっちゃ腫れていた。

やばくね…

一瞬思ったが、
気のせいだと思うようにした。笑

こりゃ、ここから大変。
時間を無駄に出来ないので、
そそくさとエイドを出た。

武家屋敷通りは通らなくて、
そのまま左折したら数100mカットできるようだけど、
(前の人はカットしてた)
僕はここが好きなので正規ルートを通った。


さてここから眉山の激坂上り。
下りはまともに走れないので、上りを休まず頑張って上る。

一心不乱に足元だけを見て、
頑張って上っていた。

…でも、
なんか下ってる?

ふと顔を上げると、
いつもは右手に見える平成新山が左手に見えた。


あれ??? 

おれ、また間違えた?


うん、間違えた…(・ω・)


バカなんじゃない…
がちで凹んだ…

休む時間を削って、
朦朧としながら進んできたツケだな。

結果的には、
ちょっと休んで頭をスッキリさせた方が、
無駄な体力を使わずに済んだんだろうな。

気持ちに余裕がないと、
こんなことにもなってしまう。

前向きに考えればいい経験だ。

なんてことは、今だから書けるけど、
その時はそれどころではなかった。

とにかく慌てて戻ったが、
ここでも10数分はロスした。

きっと完走者の中で、
最長距離を走ってるのは僕だろう…(^o^)丿


前を見ると、トップランナーの
OBSさんや20時スタートの2人が見えたので、
必死に追った。

上りではついて行けるが、
下りになると、あっという間に見えなくなった。

平成新山エイドでおでんを頂き、
本格的に眉山を下る。

足痛い…

まともに走れん。
下りなのに7〜8分ペースで、よちよち下った。

なんとか下りきったとこで、
足を見るとさっきより、変な形と色になっていたので、
また見ないようにした。笑


さて最後の大物、雲仙超え。
ぐだぐだ考えずに、とにかく前に進んだ。

途中、P103kmのY中さん、O川さんに励まされ、
なんとか仁田峠まで辿りついたが、
ここからが本当に大変だった。

雲仙エイドを出てからのトレイルは、
走るどころか、一歩一歩踏みしめながらでしか進めなかった。

こんな状態じゃ、
下り切るまで一体どれくらい時間かかるか…

そりゃ最終関門の小浜木場へは、
よちよち歩きでも余裕で間に合うし、
そこを過ぎればゴールは確定、
あとはいくら時間かかっても問題ない。

だから、よちよち行けばいいんだけど、
そういう問題ではない。


走りたいんだよ!


ふと、
ストックいいんじゃね!?

と思いつき、
ストック替わりになる枝を下りながら物色した。

笹竹あった!

枝ぶりのいいのを2本へし折って、長さ調整して、
ついてみる。

おおぉーー めっちゃ楽!

ゆっくりでも走れる!



おれ、天才♪

生涯初ストックが、
お手製の竹ストックってのもおつだ。

ゆっくりでも走れると、
気力も沸いてくる。

最終関門の小浜木場で、
kimiさんと、ろみっちから心配されるが、
もう痛みより気力の方が勝ってるので
心配ご無用!

ささっとゴールへ向かった。



やっとみれたこの景色。
これを見る為にここまできた。

写真ないけど。笑


ゴール手前3kmくらいのとこ。
橘湾の対面に野母半島が見渡せる。

長崎から野母半島の西側を通り突端へ。
そこから今見えてる湾岸沿いをここまできて、
さらに島原半島を半周して、山越え…


自分の足でここまで、よーきたばい!

4年前、K重さんとここで、
しみじみ話したのを思い出す。



ゴールはすぐそこ!

竹ストックは最後まで一緒!笑


4年前は、
嬉しさが爆発したようなゴールだったが、
今回は、
ただただ、ほっとした。ゴール出来てよかった。
それだけだった。


276.0km 46時間54分44秒


3日間、お世話して頂いたボラ、スタッフのみなさん、
本当にありがとうございました!

また多くのランナーさん、お疲れさまでした。

しんどいしんどいレースでしたが、
本当に楽しい時間を過ごさせてもらいました。

また春に会いましょう!



スタート前に今回故障でDNSだったこっちゃんから、
もらったお守り。
帰ってきて、これを見つけた妻がけげんそうな顔をしていた…(^_^;)
この場をかりて…
個人的にもらったものではない!配っていたのだ!笑
イメージ 1


なにはともあれ2回目完走!
次はハイパー(320km)!?
の前に春のエクストラ(217km)ね。笑


イメージ 2



大会の3日前、
父親が15時間にわたる大手術を受けた。

走りに行けないとか、
途中で戻ることも覚悟していた。

走り終わった翌日、北九州へ帰る途中、
無事に集中治療室から出れたと、病院から連絡があった。

病院へ直行すると父親は、
疲労困憊、くたばりながらも元気そうだった。

別に走りに行くことを話してたわけでもないし、
話したわけでもないけど、
無様な姿を見せなくてよかったと、心底ほっとした。

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足首に不安を抱えながら、
リスタートまで約2時間半を公民館で過ごす。

着替えをし、補給をとり、
荷物の上に足をおいて(少しでも足の疲れを抜く)
横になる。

左足首にはアイスパックを圧迫して、
アイシングするがジンジンした感じが収まらない。

やむなく痛み止め(ロキソニン)を服用した。

ウルトラ走る時は、
お守り代わりに痛み止めを持って走るが、
服用したのは初めての阿蘇100kmの時だけだ。

基本、痛み止めは使わない。

使わないといけないような状況なら、
春の173kmの時のように止める。

こういう状況はこのとき、1度っきりだ。


でも今回は期待を込めて使った。

さて終盤、試練の夜間走2日目。
小浜(173.3km)〜島原(230,8km)
イメージ 2


イメージ 1

超だるい体で走り出す。
足首の痛みは、ほぼ感じない。

すごいぞ、ロキソニン!
ちょっと感動。笑


体は重いが、
痛みがない間に少しでも前に進む。

リスタートしてから、
約21km先の口之津まで3時間弱。

その時点で通過順位が、
6〜7番手と聞いてビックリした。

えっ、そんな動けとると?

ちょっと気持ちに余裕が出たが、
その余裕もすぐ冷めた。


痛み止めの効き目はここまでだった。

2回目を飲むが、今度は30分も持たない。
3回目は、全く効かない。

もう痛み止めには頼れない。

この状態じゃ、下りは走れないし、
平たんを走るのも楽じゃない。

眉山と雲仙の下りを思うと絶望的な気持ちになるが、
やれることをやるしかない!

と気持ちを切替える。

とにかく休まない、寝ない!
走れないけど歩けるから、少しでも速く歩く!
10歩でも走れそうなときは走る!

そんな感じでタイムを削り出していくしかない。

リスタートして約30km、原城(203.5km)には、
4時間半後の0時半くらいについた。

ここから約27km先の島原城に6時まで着けば、
残りは約45kmを13時間でいけばいい。

時速3.5km弱だ。笑

歩ける限り、ゴールはできるだろう。

27kmを約5時間半なんて、
普通に考えると屁みたいなもんだが、
どのランナーもそうはいかないところが、
超ウルトラの恐ろしいとこだ。

4年前もそうだったが、
原城〜島原城の間が一番きつかった。

案の定、
半端ない睡魔が襲ってくる。

ほんとなら、
20〜30分でもベンチで横になりたいが、
時間的には余裕がある位置にいるのに、
足の状態を考えると全く余裕がないので、
とにかく少しでも前に進んだ。

歩道と車道の切れ目がないとこでは、
気づいたら車道の真ん中を歩いてた。

1度だけ耐え切れずに、
その辺の道端で5分か10分か寝た。

まぶたの裏で幾何学模様がうにゃうにゃ動いていて
意識が飛びそうな時は、笑えた。

その後もヘロヘロ状態だったが、
なんとか島原には目標の6時前にはついた。

…と思ったら、
左折するとこ通り過ぎて、またもやコースアウトした。

10数分のロス。

もう自分が嫌になってきたが、
痛みを抱えつつも先が見えてきたし、
いつもの僕らしくて笑えるやん、
と、思える余裕が出てきた。


そんな余裕、
すぐなくなるけどね…(・ω・)



つづく。

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さて無事?
序盤戦を終えて、
ここから湾岸沿いをひたすら進む中盤戦へ。

樺島灯台CP(80.7km)〜小浜中継所(173.3km)
イメージ 1

イメージ 2

予定より早いペースで来てるし、
体調も悪くない。

体力的にも気持ち的にも余裕があった。

懸念は日が昇ってからの暑さ。

今日は最高気温21℃の予報。
日陰のないとこが長く続くとこでは、かなりしんどいだろう。


ところでこの大会独自のルールは、
走力に応じたスタート時間ともう一つ、
小浜中継所からのリスタート制限がある。

どのランナーも3日の20時以降しゃないと、
小浜を出発できないというもの。

これも少人数のボラでエイドをまわす、
おっかけエイドシステムからくるルールだ。

つまり僕の場合だと、
スタートから28時間以降でないと小浜を出れない。

これを踏まえて中盤の目標は、
小浜に25時間〜25時間半で着くこと。

そうすれば着替え、補給等をしても、
1時間半〜2時間くらいは横になれるだろう。

それくらいの休憩が長すぎず、短すぎず、
適度と考えた。

幸い予定より早く進んでいるし、
今までの経験から、
それくらいは楽勝だと思っていた。

楽勝=きつくない、
ってわけではない。笑

自分の力が出せれば、
それくらいは問題ないってこと。

話は変わるが、
僕のウルトラの走り方は基本、
上りは歩き、
下りは走る、
平たんは走れるだけ走る(歩き走り)

だから一番困るのは、
下りが走れなくなることだ。

全くペースの計算が出来なくなる。


川原、茂木、日見、飯森峠…

海岸丘のアップダウンの連続を淡々と進むが、
日見あたりから左足首に痛みが出てきた。

走れなくはないが、
飯森峠の下りでかなり痛みが増してきた。

まだ139km…
やっと半分超えたとこ。

ちょっと不安になってきたが、
幸いここからは、
こっぴどいアップダウンはなくなるし、
序盤の貯金もある。

あまり先のことを考えないようにした。

予報通り、
じゃがいも畑以降は日差しがきつかったので、
自販機で水を買っては頭からかぶった。

金を使って疲労を最小限に抑えた。笑


で、予定通り、
小浜(173km)25時間1?分で着いた。


予定通りじゃなかったのは、左足首の痛みだけだが、
終盤、こいつに苦しめられることになる。



つづく。

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11月2日(木)
橘湾岸は走力(実績)に応じたスタート時間を割り当てられる。

2日の10時、13時、僕のスタート16時、
18時、20時、22時、0時!

18時以降に割り当てられるランナーは、
こういう世界ではトップクラスの強者だ。

もちろん、途中の関門やゴールの制限時間は、
皆一緒なので速い人は楽にゴール、なんてことはない。
(速い人は制限時間が短い)

これは追っかけエイドシステムの
タイムスケジュールからくるルールだが、
なかなか嫌なルールだ。笑


前置きはこれくらいで、さて序盤戦のスタート。

僕の中の整理としては、
長崎市内をスタートして樺島(80.7km)までが序盤戦。
イメージ 2


イメージ 1



天候は3日間とも晴れだったが、
初日、2日目は日中、日差しが強く暑かった。
一転して3日目は風が冷たく、
かなり寒く感じる時間が長かった。

とはいえ、
天候には恵まれたといっていいだろう。

序盤はとにかく抑えていくことに集中して進んだ。

抑える=汗をかかないペース、
ということ。

汗をかくと水分をとらざろうえないが、
水分をとると、胃をやられる。

樺島灯台CP(80.7km)までに
とった水分は、
エイド食の汁物やうどんのおつゆを入れても
1.0リットル程度だった。

こういう状況だと懸念の胃の不調もさほど出なかったし、
加えて権現山CPでボラのはらさんから頂いた
胃薬がてきめんに効いたようで、
今回は今までほど、
補給に苦しむことはなかった。

いつも泣きながら食べている、
樺島のカレーを初めておかわりしたら、
ボラのあいあい♀さんがビックリしていた。


ここまで予定時間より1時間ほど早い、
10時間30分(80,7km)くらいできた。

体調もペースも順調順調!

…そうに見えるが、
実は2回コースアウトして、30分ほど損していた…(^_^;)

1つは長崎市内。
左折するとこを右折した。

もう1つは樺島。
道なりに行くだけなのにずっと前後に人がいなくて、
不安になり戻ったり進んだりを繰り返した。


何回、走っとるん?

情けなかったし、変な汗かいた。笑




つづく。

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