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作家吉村昭のエッセイを読んでいたらうれしくなった。なぜなら彼は大変なお酒好きだと知ったから。
「まずビールの小瓶を一本、次に冷酒二合、そば焼酎に同量の氷水を加えたものを二、三杯、仕上げにウイスキーの薄目の水割り三、四杯というところで、稀にはそれにワインまたは紹興酒が加わることもある。午後六時頃から五時間ほどかけて飲むのである。」 と書いている。
まさか毎晩ではないだろうが結構な酒量ですね。酒の取り合わせや飲み方は酒好きにはそれぞれ言い分があるでしょうが、その人が元気に酒を楽しんでいれば言うことなしです。
「酒は天からさずけられたこの上ない恵みで、楽しい気分で飲まなければ罰があたる。」 とも書いています。
まったくその通りですね。
今日は穏やかな冬の日、バラの手入れをしてからちょっと出かけて、晩酌が楽しみです。
(吉村昭 『私の引出し』 文藝春秋 より。 写真は益子の濱田窯の作)
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自然・旅・酒
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暦の上ではもう冬ですが
寒くなるとなぜか日本酒が飲みたくなります。
樽酒(4斗) を置いている店に出かけました。
上野駅の近くですが昔はもっと種類が多かったとか。
それでも灘・秋田・広島の酒が飲めるのはうれしいです。
どの酒蔵も 「ひやおろし」 「あらばしり」 といった酒を売る時季ですが
東京の地酒 「多満自慢」 の石川酒造(福生市) でも
明治13年の本蔵にさがる酒林には杉の緑が残っていました。
ビール小屋でこの酒蔵で醸造したビールを楽しんだのちに
売店で 「あらばしり生酒純米原酒」 と
ここでしか買えない 「しぼりたて純米生原酒」 を買ってご機嫌でした。
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小田急線の秦野(はだの)駅は丹沢山塊の登山口として親しまれています。
私も若い頃には山登りや沢登りでよく利用しました。
この山塊の伏流水が湧き出るのが秦野の街ですが
これまで訪ねたことがなかったので先日歩いてみました。
駅の近くにある弘法の清水。
例によって弘法大師が杖で突いたら水が湧いたという伝説ですが
さすが名水100選といったところです。
これは今泉湧水池、豊富な湧き水で大きな池ができています。
道を歩いていると畑にこんな湧き水と注意書きがありました。
出雲大社相模分祠には千年の杜の水があり
今頃はホタルが舞っていることでしょう。
ちょっと一休みは白笹稲荷の近くの白笹うどんにしました。
屋根は変えましたが昔の建物を利用したお店で
ちょっと固めでしたがおいしいうどんでした。
ここにも泉が湧いていました。
この日は駅の近くを巡っただけですが
足を延ばせばもっとたくさんの名水に巡り会えそうです。
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4月に夏日という異常気象でも
自然は順番を間違えずにすてきな花を見せてくれます。
裏高尾の沢ではニリンソウが花盛りでした。
林道の脇にはスミレがいろいろと咲き競いまさに春本番です。
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信楽といえば福をもたらすという狸のやきものが有名で、大きな店では驚くほどたくさんの狸が出迎えてくれる。戦後、天皇が当地に来られたときに狸も日の丸を持ってお迎えしたのが報道されてから有名になったとのことだ。近くには奈良時代に聖武天皇が造営に着手した紫香楽(しがらき)宮跡がある。
信楽は日本六古窯の一つで、やきものの歴史は古く、今もずいぶんと広い地域に多くの窯元があるが、信楽駅の近くには窯元と販売する店が集中している。まず伝統産業会館で昔から現在までの信楽焼について勉強してから街の散策に出かけた。 道路にはめ込まれた陶板に沿って街を見下ろす高台の上まで続く窯元散策路を歩いてみた。次々と大小の窯元が現われたが、たまたま道路からよく見えたので高橋春斎さんのところによってお話を伺った。春斎さんは信楽の名工のお一人で、80歳を超えてなお元気に大きな皿や壷・水差を作っておられた(県指定無形文化財)。また、部屋には立派な作品がいくつも飾ってあったが、足をもった台で裏返しに支えて焼いた大皿は炎の勢いがそのまま皿に乗り移っているようですばらしかった(写真)。 お仕事の手を休んで相手をして下さったが、年に3〜4回穴窯で焼くそうだ。昔は70位は登り窯があったそうだが、今も現役なのはいくつもないとのこと。散策路の途中に数少ない現役の登り窯があった(写真)。あいにく火は入っていなかったが、焚口付近の雑然としたようすがいかにも生きている雰囲気だった。また、すでに放棄された窯もあった(写真)。土が落ちて草が生え、崩壊を始めている姿がいかにも寂しかった。 これは今から10年前に訪れた時のことだが、信楽の風景はどのように変わったろうか、それとも変わらないだろうか。春斎さんはお会いしてから3年後に亡くなったが、この時に信楽で出会った酒器の作者小島良栄さんとはその後東京での作品展で何回もお会いし、手に入れた作品も増えた。いずれも伝統的な焼き締めである。
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