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皇太子さま 全国障害者スポーツ大会を視察
http://www.news24.jp/articles/2009/10/12/07145594.html
>新潟県を訪れている皇太子さまは11日、全国障害者スポーツ大会の競技を視察された。
このような地道なご公務により、国民がどれ程支えられていることか・・・。
さて、最近「障害者」を「障がい者」と表記したり「子供」を「子ども」と表記したりしていることを見かける機会が増えてきていますね。と思っていたら秀逸な記事を発見いたしましたのでご紹介させていただきます。
「子ども」「障がい者」 漢字が悪いわけじゃない
10月12日11時5分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091012-00000515-san-soci
> 「子ども」表記にこだわる人に、「供」はお供の供で、子供を供え物のように扱う人権無視の書き方だという人がいるが、事実は右のように「子ども」の方がよほど子供の人権をないがしろにした書き方なのだ。
皆さんは普段の生活でこのような表記が増えてきていることにお気づきですか?
この一文を読んでいただければ「え!?そうなの??」と問題喚起するには十分だと思います。
「子ども」という表記には
>なるほど「子ども」と書いても、この「ども」に複数を表すという意識はもうほとんど薄れている。だからといって、この接尾語「ども」が完全に滅んだかといえばそうではない。野郎ども、アホども、子供どもといえば複数概念がちゃんと生きていることが分かろう。この「ども」には、相手を見下すニュアンスがある。だから、「子供」よりもよほど子供を侮った書き方なのである。
そうなんです。私が抱いていた違和感は正にこのことです。
>国語表記の基本は漢字仮名交じりだ。青空、恋人、場合、芝生のような純粋和語をもあたかも漢語のように漢字2字で表す工夫をしたのは、それが最も読みやすく理解しやすいからだ。それは長い時間をかけて出来上がった先人の知恵の集積であって、おかげで現代人はその恩恵に浴しているのである。妙な理屈をこねて、国語表記を毀損(きそん)する交ぜ書きを広めることに強烈な異議を申し立てたい。
私も同意です。諸手を挙げて賛成します。
日本語を様々な観点から蔑ろにし、日本語が持つ歴史を否定するためにこじつけの理論を展開する左側通行に流されてはいけません。
普段利用される企業や施設でこのような表記を見かけたら「どのような指針に基づいて、そのような表記をされているのか」を是非質問してみてください。
>文字はもとより、人の世を映して、それを表す手立てにすぎない。人の世には善があれば悪もある。美があれば醜もある。光があれば闇もある。「供」であれ「害」であれ、決して漢字が悪いわけでない。「子ども」「障がい者」と漢字隠しをしても、問題は一つも解決しない。けしからんのは漢字ではなく人間の方なのだから。新政権はそこをよくよく考え、国語表記の襟を正すべきだ。
本来の"害"の意味するところを教育の中で理解させることをせずに、漢字自体を悪者にして問題を解決したかのようにみせかけることこそが"害"なのです。
この記事のとおり"問題は一つも解決しない"まったくそのとおりですね。
皆さんも是非街を見渡してみてください。
このような小さな変化が"日本語""日本文化"の崩壊の道具にされていることを意識しましょう。
自国を信頼するということは、自国を構成する価値観を信頼することだ。価値観を一言で言うなら、歴史・伝統である。何百年何千年の間に磨かれ、残ってきたもの、男女問わず幾多の世代の人の審査を経て残ってきたもの、それが歴史の価値であり、その蓄積によって生まれてきたのが国柄というものだ。
−?]/0fよしこ SA?PIO?200?9年9/9?号より引用−
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