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米国大統領選挙 何でこんな男が大統領になったのか??????
選挙日が終わってやっと静かになってホッとしている・・笑
今朝 新聞を読んでいてやっぱりと思ったのは
彼の強烈後押しの1人が Sara Palinだそうで類は友を呼ぶ???
↑
何と後味の悪い米国大統領選挙でした。
そしてドイツの新聞に
{Nun Also doch---という見出しで
「恐れていた結果どおり 米国は伝統的な多くを軽蔑しているガサツでそして公然と人種差別的な憤りを喚いている悪名高き男が大統領になった。
とトップ記事になっていた。
又ね
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独り言
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詳細
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1980年代の主人 TV コンサート
主人亡き後独りで迎えたクリスマスと新年でした。
子供や親戚がいれば賑やかで楽しかったでしょうが
子無し夫婦ですので独りで静かに主人と迎えた年末を
思い出して過ごしました。
それに主人が亡くなった時から慣れない異国での
お葬式や書類の整理 4カ国の役所と連絡
4人のブカレストの弁護氏との連絡
大変な月日を過ごしていました。
良く独りで生き延びたと思います・・笑
クリスマスと新年の
ご招待はとても疲れるのでお断りでした。
自分に無理をせず自分で本当にやりたい事が
出来る生活をしたいと思ってます。
彼のCDやテレビ録画があるので其れを
観たり聴いたり
食べたり TV観たり
静かに彼を思い出し
クリスマス料理を作り
静かに自分に合った自分の為の時を過ごしました。
悲しいというより主人への感謝の気持ちが多く
本当に音楽舞台芸術に共に生きてきた
主人の理解と愛情に感謝です。
独りぼっちと言うより
何時も主人が一緒という気持ちが強く
淋しいというより
主人の為に頭を上げ喜びと感謝の気持ちを忘れず
前進して行くつもりです。
何ヶ月もブカレスト ウィーン ニューヨーク
チュリッヒ ミュンヘン ベルリン等
主人が契約していた国の年金の為の書類集めが
大変でした。
それも現在は全て終了し
後はもう少し休養したら
ブカレストに飛ぶ予定です。
ブカレストとウィーンに主人名義の不動産があり
それはルーマニアドイツ大使館が紹介してくれた
弁護氏たちが不在の私の為にマンションの経理をやって
くれます。Euro払いですが大使館を通している
ので安心です。
でも何も持っていない方が気楽で良いですね。
まあ 年末から新年は無理をせず
のんびりドイツで静養状態
写真はブカレストのマンション6階から見下した光景
懐かしい眺めです。
主人が亡くなった寂しさに落ち込まないように
主人の為に元気に音楽と共に生きて行きましょう。
暖かくなったらブカレストに飛ぶ予定です。
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毎日自宅で整体師に教わった体操をしています。
こんにちは
主人が今年の2月に他界してからあっと言う間に9ヶ月が
過ぎました。月日の経つのは早いものですね。
無我夢中で過ぎた9ヶ月でした。
ドイツに戻ってからも主人の契約していた多くの
国の書類整理が大変でした。
それも今はある程度終了して一ヶ月ぐらいボーと
してましたが嘆いてばかりはいられないので
1月から中断していた整体師さんの治療を再開する事に
しました。
ドイツに戻ってからあっという間に月日が過ぎました。
これからは私の病気 多発性硬化症Multiple Sklerose
のテラピーを再開して
自分の足で立って歩かなければなりませんが
自分で選んだ道ですから全ては自分の責任だと思っています。
多くの方から「Kakoさんは強い」と言われますが
20代でドイツに留学し自分で判断して
ドイツで仕事をし経済的に独立して生活してきた事が
甘えん坊からの一変かも知れません。
可愛い子には旅させよですね・・笑
何時か東京の家族を訪問したいですが
彼らがドイツに来る事の方が私には楽です・・笑
家族が海外生活なので
姉は米国ボストン 私ドイツ 姪ブラジルサンパウロ
東京(荻窪)の実家には弟夫婦が一階に住んで
2階は姉と私が何時日本に戻っても良いように
2室洗面所トイレ付きがあります。
家族全員が揃う事は中々難しいけど
体力つけて何時か東京を訪問したいわ。
現在の東京は殆ど知りません
又ね
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(写真はブカレスト)
早いもので2月に主人が他界してから
約6ヶ月が過ぎてしまいした。役所廻りや
多種の書類など2−3ヶ月はかなり忙しく
メソメソしている暇もなく独りで駆け回って
いました。忙しかったのでそれがかえって
落ち込まないで立ち上がりの力となっていましたが
全てが無事終了した現在 急に主人のいない
寂しさに胸が痛みます。そんな時
「KOPF Hoch 頭を上げて」
と主人が上から言っているような気がします。
本当に坂本九さんの(上を向いて歩こう)
↑
この歌両親が亡くなった時も聴いていました。
本当ですね悲しくても寂しくても上を向いて歩いて行かなければね。
又ね
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