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![]() にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 道北情報へ(ランキング参加中です。ご協力お願いします。) 雨上がりのバスターミナル−街外れの光景−「秋雨」が降り続いた月曜日。夜になると雨は止み歩いて「家路」に向かうことにしました。しばらくすると「人通り」や「ネオン」も疎らになり、通りは「静けさ」に包まれていきます。「街の喧噪」が遠のいた頃、雨上がりの「アスファルト」が眩しい光を写し出しているのが見えました。坂本龍一♪水の中のバガテル♪ 見上げると「まばゆいライト」が目に入ってきました。ここは街外れの「バスターミナル」。「仕事を終えた」バスたちが次々と戻ってきて「休息の時間」を過ごしています。 ターミナルのバスたちはライトのシャワーを浴びて「疲れを癒して」いるようでした。明日の朝も早いです。今はゆっくりとお休みですね。 バス用の大きな「洗車機」と「スタンド」。きれいな車体と燃料は「バスの生命線」です。この時間帯は「休まず稼働」しているのでしょう。 このターミナルは明治末期につくられた「陸軍の施設」です。冬の積雪に耐えうるように「レンガ」で頑丈にできています。崩れたレンガの様子が「歴史」を伝えていますね。 そろそろ「最後のバス」も戻ってきたようです。アスファルトに写る「赤いライト」が切なく感じました。 営業時間が過ぎた「動かないバス」たち。「燃料」を補給して「洗車」して「1日が終わり」ます。 バスも私たちのように夜になると「寝て」朝を迎えるとまた「走り出す」。街外れのバスターミナルの光景と「自分自身」を重ね合わせてみました。 |
![]() にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 道北情報へ(ランキング参加中です。ご協力お願いします。) アンティークな秋の夜−真空管ラジオと共に−Glenn Miller♪Moonlight Serenade♪ 朝からずっと「雨の日曜日」。こんな日はどこにも出かけず「納戸の散策」。すると隅っこの暗がり「埃をかぶった木箱」を見つけました。なんと!「真空管ラジオ」が眠っていたのでした♪ かつて娯楽の中心だったラジオ 「いつの時代の製品なのか?」はわかりませんが「堂々とした大きさ」・「ずっしりとした重量感」・「家具のようなデザイン」は「ラジオがお茶の間の中心」だった頃のものに違いありません。 昭和中期までは、きっとこのラジオの周りに家族みんなが集まって、音楽で「感動したり」・落語で「笑ったり」・ドラマで「ハラハラ」したり・野球で「ワクワク」したりと団らんの時を過ごしていたのでしょう。 時を超えて今も聞こえるAM放送 伝統の「ビクターのロゴマーク」も金色の金属板に鮮明に刻まれています。ラジオが「娯楽の中心」であったことを見事に主張しているかのような「高級感」すら感じますよね♪ モノラル放送のラジオですが「Hi-Fi」の文字が見えます。これは「音質重視」ということなのでしょうか? 洗剤を含ませた布巾で「ゴシゴシ」汚れを取り除くこと1時間(疲)。きれいになったラジオの電源を入れると「ブーン」という振動音の後・・・しばらく経って「ガーガー」という音が聞こえてきました。「チューニング」を合わせると「AM放送」がちゃんと聞こえるのです! スイッチを入れてしばらく経ってから音が聞こえるのは「いかにも真空管」という感じです。でもスピーカーはとにかく「やわらかくていい音!」でした。部屋全体に響き渡るほどボリュームを大きくしても「耳障りにならない音」です。このようにして「音を奏でた」のは何十年ぶりなのでしょうね。 当時の主流は真空管
こそっと裏蓋を外すと「真空管」が姿を見せました。よく見ると「ナショナル」のマークが見えます。今でもちゃんと放送を受信して届けてくれるラジオ!この時代の製品は「丈夫」ですね。「ソニータイマー」なんてへっちゃらです(笑) 家庭への「テレビの普及」が始まる昭和30年代後半。真空管ラジオは終焉を迎え「小型・軽量化」の「トランジスタラジオ」が登場します。しかし、間もなくこのような「大型ラジオ」は家庭からも姿を消して娯楽の中心は「テレビ」に取って代わられることになるのです。あの頃、私たちの暮らしを支えていたラジオは実に堂々とした「存在感」を放っていました。「昭和の遺物」とともに過ごした日曜日でした。 |
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自室にある「唯一のメディア」 引き出しの奥にずっと眠っていた「懐かしいアイテム」発見!ラジオです♪小学生の頃お年玉を貯めて購入したSONY ICF-E10。当時はちょっと「かっこいい」ポータブルラジオでした。あの頃テレビは「家族で1台」の時代。自室にある「唯一のメディア」がこのラジオです。 毎晩寝る前に本当によく聞きました。当時の流行の「歌謡曲」♪まだJ-POPという言葉はありませんでした。どんなのだったかなぁ・・・チェッカーズ・小泉今日子・中森明菜・アルフィー・村下孝蔵などなど80年代前半のヒット曲です♪「新曲情報」や「最新ランキング」も100%ラジオからでした。 欠かせない「エアチェック」 小学生のお小遣いでは高価な「LPレコード」(30年前でも\2800したはず!)はなかなか買えず「シングル」をたまに買うくらいでした。この記事を読んでいる方もきっとFMラジオのの「エアチェック」を楽しんだことありますよね。Duran Duran・Culture Club・NENAがひっきりなしにかかっていました♪ 「秋の夜長」のおともに 確か外出先で「ヘッドフォン」をかけて聴きながら歩くのが「ファッション」になっていました。僕も「かっこつけ」ようとして真似をしたことがあります。 まだラジオが若い人の文化に貢献していた時代の製品なので、けっこう「性能」もちゃんとしています。「音質」も「感度」もよく使いやすいです。 秋の夜長の「ひととき」。たまには「アナログメディア」を楽しんでみるのもいいかもしれませんね。ダイヤルを回すと「ピ〜ピ〜」というAM放送特有の雑音と共に「楽しそうなDJ」が聞こえてきます。この雑音に紛れた「放送」もざらついた「音声」も意外に「新鮮」かも!
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![]() にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 道北情報へ(ランキング参加中です。ご協力お願いします。) 今も聞こえる町の息づかい−炭鉱街の足跡を辿って−シューマン「トロイメライ」が今回のBGMです。ごいっしょにどうぞ♪かつては「石炭産業」で栄えた「芦別市」。「往時の人口」は「7万人」を超えるほどでしたが「炭鉱の閉山」に伴い人口も激減し、現在では「1万6千人」に止まっています。その芦別市の市街地から山間部に少し入ると、今でも「炭鉱の足跡」を見ることができるのです。ここは芦別市の郊外「西芦別」。「三井鉱山」が、石炭を輸送するために作った鉄道の沿線にある町でした。 駅名は「三井芦別駅」。閉山と同時に廃線を迎え「ホーム跡」には草木が生い茂っています。閉山から20年以上が経過した「駅前の町並み」もひっそりと静まりかえっていました。 いつの頃からか「人通り」もなくなり商店街の「シャッター」も閉まったままです。赤く塗装された壁もくすみ「時間の流れ」も止まっているかのようでした。 通りには「当時の賑わい」を偲ばせる看板も見受けられます。「懐かしい」色合いとデザインです。 「三井鉱山」の本社の社員が暮らしたこの町には「電気店」や「書店」など「洋服店」など町に必要なものは全て揃っていました。今は閉店してしまいましたが、この「喫茶店」や「新聞店」も多くの人が集い、頼りにしていたはずです。 閉山によって商店街からも活気が失われ次第に「人の流れ」が消えていったのでしょう。「店じまい」を迎えてもうずいぶんと「長い年月」が経とうとしています。 商店街の奥にあった「幼稚園」。炭鉱街で暮らす人たちのお子さんが通っていました。雑草に覆われた「水飲み場」も既に役割を終えてもうどれくらいになるのでしょうか。 それでも商店街の裏通りには「住宅」があり、町に残った人々が生活を続けていることがわかります。人々の「生活の臭い」は絶えることはありません。
人気のないシャッター通りで現役で営業をしている「理髪店」。駅前通りの「移り変わり」をずっと見てきました。わずかな町の「ともしび」を支えています。この町は「生きている」のです。 道北の芦別市の郊外に見かける「炭鉱の足跡」。山間部に突然現れる「商店街」は「石炭産業の栄華」の面影を伝えています。閉山と共に、町は住人を失いましたが、今でも静かに生き続けています。緑の山々に囲まれた大地の中で、耳を澄ますとこの町の「生活の息づかい」が聞こえてきます。 |




