|
いつか来た道−思い出の駅跡−
BGMは大貫妙子さん「この道」♪いっしょにどうぞ♪
まぶしい「春の日差し」。廃線からもう「どれくらい経ったのだろう」。懐かしさが漂う「木造駅舎」。
「モダン」な感じがする白く縁取られた「入り口」。昭和から平成へ「数え切れないほど」多くの人がこの駅を通って「街へ」と向かった。
「ホーム」の眺め。線路跡は「更地」になっている。その先には「原野」が広がる。
駅前の「電信柱」。電線は「切断」されていた。
「レンガの倉庫」は駅前の「名残り」。「農作物」の集積所だったのだろう。「空の色」が澄んでいる♪ 駅前通りの商店は「閉店」。錆びた「コカコーラの看板」が残る。
「日用品」・「食料品」・「駄菓子」。何でも揃っていて地域の人たちが「集った場所」。
小学校は10年も前に「閉校」。レンガ造りの「校門」は崩れ始めていた。5月の晴れた「日曜日」。北海道では「運動会」の季節。かつては「賑やかな声」が響き渡っていたはず。
駅跡を離れると「農村地帯」が広がる。畑に「キタキツネ」が遊びに来た。「野生動物」が溶け込んでいる町。
柴田トヨさんの「くじけないで」にあった詩が思い浮かんだ。「思い出」(p.80)より
廃線の後、町は寂しくなったけど「懐かしさ」や「温かさ」は変わらずそこにある。ここに「思い出」がある人が「戻ってくる」のを待っている。 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
忘れ去られた駅−峠の遅い春とともに−
「標高800m以上」もある「北見峠」を貫く「石北本線」。その峠の頂上付近にはかつて「上越(かみこし)」という「駅」がありました。現在は「廃駅」となり「信号場」扱いですが「駅舎」はまだ健在です。誰も近寄らない山中にまるで「身を隠すように」して佇む「上越信号場」。ここは「鬱そうとした自然」に囲まれた「秘境」のような場所です。
「誰もいない山中」を歩いたときのBGM♪
空を覆う「枯れた木々」。「峠の春」はまだ遅い。その中を駆け抜ける「高速道路」。「頭上高く」車が通り過ぎていく。開発の影で「置き去りにされた場所」。「上越信号場」はそんな「峠の奥深い所」にある。
突如現れる「つり橋」。「旧駅舎」はこの向こうだ。「大きな川と山」に挟まれている。
「駅舎の風景から」
「上越信号場」が見えた。その前には「灯油タンク」が並んでいる。「保線職員」がこの駅舎を使用するため「暖をとる」のに使っている。
駅舎の壁は「ねずみ色の板」で補強され、手前の「旧入り口」は「窓」に変わっていた。「アルミサッシ」だけが新しくて「違和感」がある。
駅の標高は「634m」。北海道では「最も高い」ところにある駅だった。
「進路確認」。信号場としての「大切な任務」のはず。
「安全第一」。看板の上には「傾いた人形」。
内部を覗くと「黒い電話器」が置かれていた。
今も残る「駅本屋」の表札。文字もかすれている。
旧国鉄時代の「駅標」。「枠のみ」が残されている。
駅舎横の「さび付いた」箱。いつからここに「放置」されたままなのだろう。
「ホーム跡」も荒れている。ここで「列車を待つ人」の光景を想像してみる。しかしここに「人の生活」があったこと自体が考えにくい。
「線路沿いの風景から」
「山深い地」では自然の音以外は何も聞こえない。「沈黙」のまま時は流れていく・・・。
次の列車が通過するまでじっと「無表情」な「信号機」。
「薄暗いトンネル」。差し込む「光」が「静けさ」と相まって「不気味」に感じた。
遠くから聞こえた「踏切の音」。「特急オホーツク」が走る抜けていく。 「険しい山々」を通り抜け「札幌−網走間」を「5時間30分」で運行する。
「駅周辺を歩く」
この上越駅が「廃止」されたのは「昭和50年」。周辺が「無人地帯」になったためだった。「峠の頂上付近」に「集落」があったことなど信じがたいが、確かに「人が暮らしていた時代」があった。だとすれば「生活の痕跡」はきっとどこかに残されているはず。そう思い、まだ「雪の残る」山中を歩き始めた。
「建物の跡」などはまるでなく「錆びた缶」が散乱しているだけであった。
横たわる「ドラム缶」。年数は経過しているが「不法投棄」されたゴミに過ぎない。
「お地蔵さん」が姿を見せた。付近のダム工事の「殉職者」を弔うために建てられたのだろう。きれいに「手入れ」されている様子がわかる。思わず「手を合わせた」。
「轟音」を響かせて流れ落ちる「ダムの水」。この先は「行き止まり」だった。駅周辺に「集落の形跡」は何も残されていなかった。それでも「昭和50年」までは間違いなく「ここに人が暮らしていた」。ただ「その証」は今はもうどこにもない。
どうして「峠の奥深く」に「駅」が作られたのか。どうして人々がここに「暮らし始めた」のか。そこに「どんな生活」があったのか。それは今もわからないまま。「上越駅(かみこし)」については「資料」も乏しく「当時の生活の様子」を知る由もない。
「連休」も終わりに近づいた「土曜日」。「日常の喧噪」から離れて地域の「埋もれた歴史」を「掘り起こす」旅に出かけました。「誰もいない山中」にひとり。帰り道、山中に響く自分の車の「エンジン音」がなぜだかとても「新鮮」に聞こえました。 |
|
ベルベットイースター♪荒井由美の世界−雪と氷の美術館にて−
この季節になると聴きたくなる曲「ベルベットイースター」(荒井由実)♪イースターはキリスト教の「復活祭」。「ミッション系高校」(立教女学院)出身のユーミンは「教会」や「礼拝堂」などの「キリスト教文化」に親しみながらこの曲を書いたのかも知れません。早く目覚めた日曜日の朝。「ベルベットイースター」に合う風景を探しに出かけることにしました。そして辿り着いたのは小高い丘の上にある「美術館」でした。
「中世のヨーロッパ」を思わせる純白の「洋館」。
ようやく迎えた「春らしい天気」。「青空」が高く澄んでいる。 「窓からの光」と「シャンデリア」で眩しい「エントランス」。
「螺旋(らせん)階段」が地下へと続いている。 「白い壁」と「青の天井と壁画」の「コントラスト」がきれいだった。 「雪の結晶」に囲まれた空間。
窓の向こうの透き通った「青い景色」。 天井のキャンバスに描かれた広大な「北の空」。 ここは「音楽ホール」♪ここで「奏でる音楽」はどのように「響き渡る」のだろうか。 「豪華な輝き」を放つ。思わず立ち止まってしまった。 「地下の喫茶店」で飲むコーヒー。日曜の朝。他に誰もいない「自分だけの時間」。 雪も解けて「気持ちも澄んでくる」この時期は「いちばん好きな季節」「いつもと違う日曜日」♪
礼拝堂で「パイプオルガン」の音色を聴いて「多感な10代」を過ごしたユーミン。「ベルベットイースター」もこのような「西洋の情緒」を感じる空間で作られた曲なのでしょうか。「東京」と「北海道」では「環境」がまるで違うけど、ユーミンの「曲の背景」を少しでも「共有できたかな」・・・そう思いながら「丘の上」を後にしました。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 邦楽
|
アラフォー世代のメディア
−カセットテープを聴いてみよう♪−
いつまで「お世話」になっていたかな?今では「カセットテープ」もすっかり「懐かしいメディア」になってしまいました。最近では「店頭」でも見かけなくなりましたね。でも「なぜ今頃?」カセットテープを話題にするのかというと・・・職場の「倉庫の隅」でカセットテープを見つけてしまったのです。
使う予定もなくいずれ「処分される」と聞いて「もらって」きちゃいました。あの人・・・カセットテープなんて「何に使うの?」と不思議な顔をされましたが、アラフォー世代はたまにカセットで「音楽を聴きたくなる」ものなのです。 カセットテープと言えば「TDK」♪こちらは「ノーマルテープ」。パッケージに「CD」の文字があるので「平成」になってからの製品でしょう。
そして「AXIA」♪手前のPS-Ⅱsは「ハイポジ」。「クロームテープ」です。「斉藤由貴」さんのCMは今でも覚えています。
そもそもカセットテープを聴く機器が・・・「そうだあった!」もう10年以上も前に「中古」で買ったカセットデッキ。「激安」だったせいか、すぐに「故障」して、そのまま「押し入れ」で眠っていました。これを機会に「いつもの電気店」で修理をお願いすることにしたのです。そして本日届きました♪
A&D カセットデッキ GX-Z7100 (1988年製)「A&D」は「AKAI(赤井電機)」と「DIATONE(三菱電機)」が提携して作った「ブランド」です。「カセットデッキ」が主力製品だった「AKAI」はCDの普及によって売り上げが急速に「低迷」。そこで「三菱の支援」を受けてこのブランドを立ち上げました。
当時は「ミニコンポ」が人気だった時代。「高級オーディオ」では経営が成り立たず、この「A&D」ブランドも「わずか3年」で消滅してしまいました。「短命」に終わったブランドですが、その分だけ「希少価値」があります。
この頃流行っていた「ブラックパネル」。重量は「9kg以上」。この重さが「高音質」を支えているのです。 「AKA」ならではの「スーパーGXヘッド」。とにかく丈夫で「耐久性」に優れています。製造後20年以上経過しても今も健在の「高音質」♪中高生の頃は「3ヘッド」なんて「高嶺の花」でした。
なにやら色々な「ボタンがたくさん」付いています。「多機能」はオーディオメーカーの「誇り」です。
カセットテープは「工夫」することで「音質が向上」する楽しさがありました。これは「ドルビー」のマークです。
ドルビーはテープの「シャー」という特有の「ノイズ」を抑える機能で「Bタイプ」・「Cタイプ」そして「HX PRO」もありました。90年代に入ってからは「Sタイプ」も開発されましたが、あまり普及しなかったようです。さらに「メタルテープ」を使うと音質は「格段に向上」しましたよね♪
音が割れないように「録音レベル」を調整しなきゃ!これがけっこう難しい。
このダイヤルを回すと「音に厚み」が増します。音質をできるだけ「CDに近づける」ことができるかも。
リズムに合わせて踊っているような「ボリュームメーター」。これを見ながら音楽を聴くのも楽しい♪
今はもうないけど、中高生の頃は「カセットテープコレクション」がたくさんありました。自転車で「レンタルレコード店」によく行ったものです。ダビング後にテープの「ラベル」に「アーティスト名」や「曲名」を書き込むのも「大切な作業」でした。
レンタルレコードで最初に借りたのはこの曲でした。EPOのDOWN TOWN♪「土曜日の夜は〜賑やか〜」。「俺たちひょうきん族」のエンディングテーマでしたね。
さて、そろそろ「土曜日の夜」♪この曲の歌詞のように「街へ繰り出すことにしますか」(^^)/アラフォー世代の「青春」はカセットテープと共にあったような気がします♪ではではみなさん良い週末を!
|
|
ゴールドラッシュが歩んだ盛衰−森林の中に現れる廃墟たち−
【BGM】 Ryuichi Sakamoto Acceptance (1993)
雪深く積もる北海道の「森林地帯」。鬱そうとした「自然」に覆われ「人の気配」は全く感じられません。しかし、道路沿いに点在する「廃墟」はここに「人の生活」があったことを伝えています。ここは「金鉱山」で栄えた町「鴻之舞」(こうのまい)。かつては「東洋一」と言われるほど「金の採掘」で賑わい「最盛期」の昭和20年代は「1万3000人」が暮らしていました。
頭上を横切るのは住民へ「生活物資」を運んでいた「線路跡」。この「鉄橋」が見えたらそこは「鴻之舞」の「入り口」。
森林の中に突如現れる「鉱山住宅」。「住む人」を失い「自然と一体化」しようとしている。
「コンクリートの住宅」を飲み込む勢いで「生い茂る木々」。 「冬枯れの木々」を背景に「物悲しさ」が募る。
今も残る「表札」そして「電力メーター」。表札の「文字」はかすれて消えかかっていた。
カバーが破損して「吹きさらし」になったメーター。
抜け落ちた「屋根」。「広がる空」がただ虚しい。
金山の経営権を得た「住友」のマークが残る蔵。ここは住友の「企業城下町」だった。
重くのし掛かる雪に耐えながら「町の盛衰」を伝えるコンクリートたち。
「ガソリンスタンド」であったことが建物の外観からわかる。
傾きかけた「レンガの煙突」。かろうじて「その形」を留めている。
積雪に負けずに何度も冬を乗り越えた「木造住宅」。
玄関先の「新聞受け」。遠い過去の「生活の臭い」がする。
一時は「31学級」もあった「鴻之舞小学校」。「1,500人以上」もの児童が通った校舎も、今では「柱」と「壁」だけになってしまった。
「住友」の支援を受けて形成された「一大鉱山街」。「病院」も「耐火壁」だけを残して自然に還ろうとしている。
高台に立つ巨大な「変電所」。「アーチ型」の窓や入り口。「洋風の造り」が自然の中で「異質な存在感」を放っていた。
「ひび割れた」外壁は閉山後、置き去りにされた「嘆き」のようだ。
既に「壁」は崩れ落ち、「内と外の境界線」も失われつつあった。
誰もいない山中で僕を包む「白い雪景色」そして「白い壁」。怖いほどの「静寂」。
当時、ここで暮らしていた人たちも「同じように」この窓から「空を見上げた」はず。でも「窓」から見える景色は「昔と同じ」なのか?
そびえ立つ「精錬所」の煙突。鴻之舞で生まれ育った人からは「望郷の大煙突」として親しまれている。「故郷を偲ぶ」大切な「ランドマーク」。
「昭和48年」住友金属は「資源枯渇」・「金銀価格の低迷」を理由に鴻之舞金山の閉山を決定。「56年間」続いた栄光に「ピリオド」を打ちました。閉山と同時に「全ての住民」は去り、町は瞬く間に「廃墟の町」と化してしまいました。閉山から40年、今も「コンクリートの人工物」が自然界に残され「ゴールドラッシュの盛衰」を静かに伝えています。
|



