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今でも時々10代の頃の「つまずき」や「あやまち」を思い返すことがあります。多感な時期に経験したからなのでしょうか?なぜか確かな「記憶の感触」が残っているようです。あれからずいぶんと経つのに不思議ですね。 今から考えると「あんなことで悩んでいたんだ・・・」と述懐することが多いのですが、あの時、当事者は真剣で、脳と心の全てが「いっぱい」になってしまうほど切実な問題だったんですね。 本来なら10代後半で読むべきでしたが、「思い煩うこと」を避けることのできなかったあの頃の自分にそっと伝えたい本を先日見つけました。今回はとりわけ共感を覚えた内容のいくつかを紹介します。 第1章 友達づきあい 失恋や片思いを大事に 今は中学生でも「彼」や「彼女」がいる人はめずらしくありません。異性を好きになったら、すぐにその気持ちを相手に告白し、ノーと言われれば、さっさと別の人をさがせばいい。好きな人がいても、相手から拒否されるのがこわくて、その思いをなかなか相手に打ち明けられないなんて、かっこ悪いこと。そう思う人は多いかもしれません。 確か・・・僕にもこのように考えていた時期があったはずです。その気持ちはわかります。でも次のような考え方ってあの頃はできなかったもしれません。 恋は思いを打ち明ける前の、片思いのあいだのほうが心がときめき、喜びも大きいものです。相手と目が合った、話しかられたなど、ほんのささいなことがあっただけでも、幸せな気持ちでいっぱいになります。 相手は自分をどう思っているのだろうかと思いをめぐらせる時間は、不安ばかりでなく、甘いときめきをもたらします。相手にふさわしい人間になろうと努力するエネルギーにもなります。 江戸時代や戦前は、恋愛の自由はほとんどありませんでした。自由でないなかで、かえって激しい恋愛が生まれました。それよりずっと前の平安時代は、比較的恋愛が自由で、人々はたくさんの恋の歌(和歌)を残しています。なかでも千年経った今も心をゆさぶるのは、悲恋や片思いなど、思うようにならなかった恋の歌です。 思いを伝えるだけの勇気がないから行動力がないからと自分を卑下することもありましたが、片思いも立派な恋の姿だったんですね。 自分が好きなのに相手が自分を好きになってくれない、つきあっていても相手が自分ほどには好きになってくれないのは、つらいものです。でも相手の気持ちと自分の心は同じではないのです。努力すればうまくいくとは限りません。 これだけ思っていても振り向かない相手に対して時には「腹立たしさ」を感じることがありましたが、それだって相手の気持ちを考えていない「独りよがり」の現れともとれます。 無理に相手に合わせたり、何度も電話をしてもうまくいかないことが多いです。他のことで気を紛らわしてその人のことを考える時間を短くなるようにしてみましょう。仕事や勉強に打ち込んで忙しくしてましょう。いつのまにかひりひりしていた心がおだやかになっているはずです。 こう思えたらよかったのだけれど、かつての自分に教えてあげたいくらいですよ。 上手くいかなくても、「イエス」と「ノー」をハッキリさせられなくても「それでよかったんだ」という考えを当時は受け付けようとしませんでしたが、同じ思いを持った10代の子に読んで欲しい1冊です。
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2010年11月23日
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