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遠くにいるお友達へ−いつもの通学路から−
−夏休みはお別れの時期− 小学生の頃「夏休み」は仲良くなった友だちと「お別れする時期」でもありました。僕のいた町には「自衛隊の基地」があって、遠い「九州」や「中国地方」から多くの人が転勤で来ていました。クラスの生徒にも自衛官の「お子さん」がたくさんいました。自衛隊の転勤は「全国規模」です。北海道にいるのも長くて「5〜6年」。ですから、友だちの口からよく「あと何年で帰らないといけないんだ・・・」と聞いたことがあります。でも、どうして「夏休み」が「お別れ」なのか?というと・・・自衛官の転勤はなぜか「7月」が多かったからです。遠くへ行ってしまう友だちの「お見送り」をしていたのがいつも夏休みでした。
それが!最近になってお別れした友だちの一人と「連絡」を取り合うことができたのです。転校してからもう「20年以上の時」が流れています。でも、その人は「北海道での生活」のことも「僕のこと」も本当によく覚えていました。フェリーで出発するとき「友人と離ればなれになる」のが辛くて「どんどん小さくなる」北海道を見て涙を流したと・・・それを聞いてとても「切ない」気持ちになりました。「見送る方」も「見送られる方」も両方にとって別れは「寂しい」ものなのですね。
−ささやかな贈り物−
そこで今回はその遠くにいる友だちに「懐かしい風景」を見てもらおうと思い記事を更新しました。もう北海道に来ることもなかなかないかもしれませんが、この風景を見て少しでも昔を思い出してくれたらうれしいです。今日の朝「小学校の通学路」を歩いて撮った写真たち。あの時からそんなに大きくは変わっていないはず。思い当たる場所はありますか♪
BGMは坂本龍一♪ambiguous lucidity♪
6年間通った小学校。新しく作りかえられた「校門」。
校舎は「高台」にあったのでいつもこの「坂道」を登って学校へ行きましたね。通り道の「赤い実」のなる「ナナカマド」の木が今も健在です。校舎はすっかり「新しく」建て直されています。
通学路には「コンクリート」の塀がありました。昔はもっと「低かった」ので登って遊べたんだけどなぁ。
「市街地」までは遠かったから「バス」を使うこともあったはず。バス停の名前は見覚えあるかな?
市内バスの本数はかなり減ってしまい今では「1時間に1本」が平均なんだそうです。
あの頃みんなが暮らしていた「官舎」は新しくなっていました。今も遠い「西日本」から来た人がたくさんいるのでしょうね。この官舎の前の通りで「手つなぎ鬼・缶けり・影踏み」などの遊びをしたような・・・。当時は「第二次ベビーブーム世代」!子どもがたくさんいました。幼い頃は「無邪気」で「男女」を意識しないで遊べました。
この官舎にはたくさん「友人」がいてよく「遊び」に来ました。今は「空き屋」になっていてもう誰も住んでいないようです。
ここは「駄菓子屋」さん。同級生の「おばあちゃん」が一人で切り盛りしていたお店。「うまい棒」や「粉ジュース」など10円でたくさん買い物をしましたね。でもあのおばあちゃんはもういないのかな・・・。
「通学路」が「基地」と隣り合わせだったから自衛隊の「車両」も毎日の光景でした。
そして「今の僕」。カメラを持って静かな「住宅街」を歩いていました。
今はお互いに遠く離れていますが「同じ時間・場所」を共有していたのですからきっと「何か」を思い出したり・感じ取ってくれたと思います。ではでは♪これからもよろしくです(^_^)v |
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2012年08月14日
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