Clip-Clopの新しい発見

訪問ありがとうです。北海道から「駅・自然」そして「廃線・廃校」など心に残る風景をお届けしています♪ よろしくお願いします♪

僕の好きな駅

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]


いちご(ピンク)の駅舎と喫茶店−比布町の町並み−


知らない町を歩いてみよう

窓から差し込む朝陽で目が覚めた日曜日。今日はまだ見ぬ町へ向かうことにしました。北海道を車で走ると山々と草原が延々と続くように感じますが、その中にポツリポツリと点在する小さな集落に出会います。

梅雨の影響でちょっと蒸し暑い中、自然に囲まれた道を走って行きました。

イメージ 1


比布町に到着

ここは人口の約4000人の小さな町。「ぴっぷ」町と言います。その名前から・・・「ピップエレキバン」のコマーシャルのロケ地になったこともあり、一時は観光客で賑わったこともあるようです。

駅舎はなんと「ピンク色」です。「ピンク色」で塗られた木造の駅舎は特産品の「いちご」をイメージしているのだそうです。

イメージ 2


ここは無人駅かな・・・と思い、駅構内に入ると「喫茶店」が営業していました。「駅は町の顔」と言われますが、このようにふらっと立ち寄った人を歓迎しているようでうれしくなりました。

イメージ 3


店内に入ると「昔ながらサイフォン」がありました。カウンターにガラスのフラスコが並んでいる光景は今ではあまり見かけなくなりましたよね。サイフォンはインテリアにもなりそうな器具だと思います。

イメージ 4


朝のコーヒーをいただきましょう♪「目が覚めます(>_<;)美味しいですよ(^_-)」

イメージ 5


コーヒーを飲んで「ふぅ・・・」と休憩した後、線路の向こう側を見渡すと、青空の下で山々の緑がどこまでも続き、北海道らしい景色が広がっていました。

イメージ 6


町並みを歩く

駅周辺には「赤レンガ」造りの農業倉庫がありました。北海道では赤レンガの倉庫をよく見かけますが、これは開拓が進んだ明治時代にレンガが急速に広まったからでしょう。

イメージ 7


イメージ 8


こちらは「みどりハイヤー」さんです。側面と後部がレンガ造りで、なかなか古い建物です。

イメージ 9


さらに歩くと「石蔵」が見えてきました。赤で塗られた重厚な扉が印象的でした。関東で暮らしていたときは、よく見かけた蔵も、道北の地ではほとんど見かけることがありません。歴史ある建物が少ない中、とても貴重に感じました。

イメージ 10


日曜日の午前中は町を歩く人の姿もほとんどなく、とても静かに時が流れています。国道から離れているので、少し寂しい商店街でした。

こぢんまりとした懐かしい雰囲気の商店がいくつも連なっていました。その中をトボトボ歩いていると、そろそろ日曜日の午前中も終わりに近づいてきました。

イメージ 11




さて、今日の駅探訪は道北「比布町」でした。意外だったのは駅舎で喫茶店が営業していることです。いつも訪れるのは静かな無人駅が多かったので「立ち寄った人をもてなす場所と時間」に出会えて「安心感」に似たうれしさを感じました。また来たいと思うような駅が一つ増えました(^_^;)

いよいよ連休を迎えて

楽しみにしていた連休はあいにくの雨で始まりました。僕の新しい生活の拠点「道北」でしか経験できないことを探していたところ「秘境駅巡り」が頭に浮かびました。今日の目的地は留萌本線『峠下駅』です。留萌本線は10年以上前に全車ワンマン運転化され、周辺に集落のない無人駅がいくつかあります。

イメージ 1


今回訪れた『峠下駅』もその名が示すように山深い所にあります。都市部の幹線道路からも遠く離れているため雪解けは遅く、一面に残雪が広がる光景に出くわします。うっすらと霧に包まれる中道道549号線を走りました。

イメージ 2


峠下駅に辿りつく

しばらくすると木造の駅舎が見えてきました。昭和の姿をそのまま残しており、おそらく築50年以上は経過しているはずです。左奥にあるのは荷物倉庫です。

イメージ 3


イメージ 4


駅構内は利用者も少ないため大変きれいに維持されています。天井を横切る暖房の煙突が北国の生活を感じますね。

イメージ 5


時刻表を見る限り「上り・下りとも1時間に1本」は停車しており、北海道の地方にしては「けっこう多い」はずです。

イメージ 6


ホームから撮影した駅舎です。雪残る山を背景に厳しい自然に耐えてきた風格を感じました。

イメージ 7


線路の向こうにも山々が続き、その先は霧に包まれています。

イメージ 8


駅周辺にあるのはどこまでも続く白樺の樹林とわずかな民家と倉庫そして廃屋です。

イメージ 9


イメージ 10


イメージ 11


その中を雪解け水を運ぶ小川が静かに流れていました。通行する車もほとんどなく耳に届くのは「風の音」と「川の水が流れる音」です。

イメージ 12


かつてここには小学校もあって多くの人が住んでいたと聞きます。時がゆっくりと流れる静寂が覆う駅とその周辺を訪ね、この「峠下」の地の往時をしのぶひとときを過ごしました。ご覧のように「春のたより」は連休明けになりそうです。もう少しお待ちくださいね(^^♪

廃線跡を歩く−名寄本線「沼の上駅」そして「小向駅」にて−


注目される廃線跡

最近廃線跡廃駅が一部の間で注目されているようです。でも「そこに惹かれるのはどうしてでしょうか?」それは・・・今はひっそりと佇む地域も、かつては多くの人で賑わっていたという「時の移り変わり」を感じることができるから・・・だと思います。松尾芭蕉の句にある「夏草や つはものどもが 夢の跡」のような気分をかき立てるものがそこにはあります。

1980年代は国鉄再建法そして民営化に伴い、多くの路線が惜しまれながらも廃線を迎えることになりました。今回紹介する『名寄本線』跡もその一つです。

イメージ 4


明治29年の「北海道鉄道敷設法」によってオホーツク沿岸の鉄道計画がスタートしました。『名寄本線』が開業したのは大正8年のことです。その後、昭和7年に遠軽町を始発とする湧別線を編入して、路線距離は廃止路線の中では最も長い部類に入る「全長143.0km」にまで及びました。

昭和37年に「急行・紋別」が遠軽−札幌間を走り、名寄本線は全盛期を迎えます。遠軽−紋別−名寄−札幌間の380kmを6時間半で結んだのです。今考えると、札幌まで「6時間半」とは途方もない時間と距離に思えますが、広大な北海道を結ぶ貴重な路線でした。

名寄本線はおよそ70年の間、厳しい寒さと風雪を克服する道北・道東の交通手段として活躍しましたが、1989年(平成元年)には全線が廃止され、その使命に終わりを告げることになりました。この時期、北海道では1400km路線も廃止してしまったため、鉄道網はほとんど幹線道路ばかりになってしまいました。

あれから20年が経ちました

廃線から20年が経過し、地元では駅跡を見直す動きも出てきており、駅跡もかなり整備されたと聞きました。そこで、実際に訪れてみることにしました。

ここは『沼の上駅』跡です。

大正10年の開業でした。現在は、ホームの一部と駅名標が残っており、この地に駅があったことを伝えています。昭和53年には既に無人駅になっていたようです。
イメージ 1

線路跡は森林に覆われ近寄ることができませんが、この駅周辺は草刈もされてはっきりと確認できます。駅名標はずいぶん新しいので、最近になって設置し直したんですね。

さらに進むと『小向駅』跡を見つけました。

「こむかい」と読みます。由来はアイヌ語「コムケ・ト(曲がった沼)」です。確か近くに「コムケ湖」という湖があったはずです。
イメージ 2

今は農業公園として整備され、駅名標の後ろには線路のレバーが設置してあります。

こちらは現役で活躍していた『小向駅』の姿です(wikipediaより)。1989年の撮影とありましたので、廃線の直前です。しっかりとした木造の駅舎だったんですね。
イメージ 3


廃線跡を歩くと、駅がなくなった町は、同時に活気も失っていく印象を受けました。駅跡周辺がバスターミナルに代わっている地域もありますが、やはり衰退の様子は隠せません。駅は「町の顔」だったのかもしれませんね。
 
夏休み中に訪れた「秘境駅」「廃線跡」「駅跡」はこれで最後になります。いつも見ていただいた方そしてコメントをしていただいた方ありがとうございました。北海道でも特に道東はあまり知られていない地域ですので、少しも興味を持ってくれる方がいると嬉しいです。そんな思いで始めた「駅・廃線跡紹介」です。また気になる駅や路線があれば紹介したいと思います。

廃線跡「湧網線」を歩く−「計呂地駅」と「芭露駅」そしてサロマ湖−


「湧網線(ゆうもうせん)」とは北海道網走管内の「上湧別町」「網走市」を結んでいた鉄道のことです。地図で赤くペイントされた部分がその路線になります。全線で89.8kmにも及び中湧別駅からサロマ湖・オホーツク海・能取湖沿岸を通って網走駅に至ります。
イメージ 7


『湧網線』は悪路や降雪地帯における安定した交通機関として昭和11年に開通しました。その後51年間に渡り、通学・通院などの地域と足として活躍し、農水産物の大量輸送を可能にするなど、地域の発展を支えてきました。しかし、自動車の普及や過疎化に伴い昭和62年には多くの人に惜しまれながら全線廃止を迎えます。

廃線から22年が経った今『湧網線』が辿った跡がどのような姿になっているのか知りたくなり、訪ねてみることにしました。

始発「中湧別駅」から3つ目にある『芭露駅』跡です。
「ばろう」と読みます。北海道の地名は教えてもらわないとなかなか分からないですよね。残念ながら駅舎は既に解体され、現在は駅跡を示す石碑撤去された枕木を残すのみとなっています。

イメージ 1


イメージ 2


ここは国道から少し奥へ入った所にあり、気づかない人も多いはずです。この記念碑がなければ、かつて駅があったことさえも記憶から薄れてしまうほど、森林に囲まれた静かな場所でした。

その隣駅の『計呂地駅』跡です。
「けろち」と読みます。ここは国道沿いにあるため立ち寄る人も多く「交通公園」として保存されていました。この公園の人気者はC58のSL(蒸気機関車)でしょう。客車や駅に宿泊できるようになっています。

イメージ 3


イメージ 4


旧駅舎は公園の管理棟として使われており、きれいに整備されています。入り口に見える「さようなら湧網線」のメッセージが廃線当時の面影を色濃く残しています。

イメージ 5


かつて『湧網線』は湖や海沿いを走るため車窓の美しい路線として知られていました。ここは旧路線から見えた「サロマ湖」です。空が曇り始めたため普段の澄んだ色ではありませんが車窓から見える景色としてはなかなかのものです。

イメージ 6


更に、この地域をドライブして気づいたことがあります。それは「福島(湧別町)」「栃木(佐呂間町)「岐阜(常呂町)」と本州の地名が大変多いことです。開拓団として入植した人たちが故郷を懐かしんで付けたんでしょうね。このような地名にも明治以降の北海道の開拓史をかいま見ることができます。

鉄道の廃線の跡は閑散とした地域が続いており、やはり「地方の衰退」の様子を目の当たりにします。しかし、生活・買い物・通学・通勤の拠点は都市部へ移動したため、地方は昔から姿を変えずそのままでいることが多いです。この辺りも特に懐かしい商店街を多く見かけました。過疎化・車社会・廃線を迎えても、その地域のよさはこれからも大事に残っていて欲しいものです。そこに人々が辿った生活の跡が素直に残されている気がするからです。

かつての白滝村の秘境駅と廃駅を訪ねて−JR北海道石北線「上白滝駅」と「奥白滝駅」−


今回紹介するのは北海道紋別郡遠軽町白滝にある「上白滝駅」です。8月の帰省で、かつて暮らしていた道東を訪れた際に撮影しました。

かつての白滝村へ
「白滝」は2005年に市町村合併で遠軽町になる前は「白滝村」という独立した自治体でした。最近では珍しくコンビニがない地域です。人口は1,152人に対して面積は342.96km²ですから、人口密度は1km²の土地に住んでいる人はわずか4人になるのです。

参考までに比較すると分かりやすいのですが、現在近隣にある「土浦市」の面積は旧白滝村の約3分の1ですが、人口密度は300倍近い[人口144,455人・面積122.99km²・人口密度1,170人/km²]です。


静かな村にあった5つの駅
白滝村は、広い地域に人口が点在していたせいか、JRの駅が

「上白滝駅」⇒「白滝駅」⇒「旧白滝駅」⇒「下白滝駅」

の4つもあります。今では「白滝シリーズ」とも呼ばれており、秘境駅として人気があります。以前は「奥白滝駅」(廃駅)も加えて、5つの駅が村内にありました。

秘境駅「上白滝駅」へ
古い木造の駅舎は、開業の昭和7年よりずっと変わらずこの地にあります。内外部とも地元の方の協力でとてもきれいなまま維持されています。
イメージ 2

イメージ 3


この「上白滝駅」は数年前、携帯電話ゲームのCMに登場したことがあります。1日1往復しか停車しない駅を雪が降る日に訪れた男が、7時間後の列車を待つ間に「はっきり言って暇です」と言い、「人生の待ち時間に」というキャッチコピーの後に、携帯電話のゲーム画面を紹介する内容でした。

そのCMでも取り上げられた『上白滝駅』の時刻表です

イメージ 1

確かに電車が来るのは朝夕の1本です。実際には他にも「特急オホーツク(網走⇔札幌)」・「特快北見(北見⇔旭川)」が通過しますが、停車するのは「白滝駅」のみです。

網走方面へ向かう線路です。遠く山に囲まれている景色が確認できます。
イメージ 4


上り方面の隣駅は上川駅ですが、1時間6分もかかります。実は、鉄道一区間の所要時間としては日本最長なんです。
イメージ 5


そして駅前の光景です。酪農家と数軒の民家が立ち並んでいます。周辺には商店なども見あたらずとても静かです。
イメージ 6

イメージ 7


「この路線を走る電車がホームに入ってきました」と思いきや・・・実は、さらに下った「丸瀬布駅」で撮影しました。気分だけ「上白滝駅」だと思ってください。いつもこの駅に停車するのと同じ電車です。
イメージ 8


廃駅「奥白滝駅」へ
この日は時間があったので廃駅となっていた「奥白滝駅」へ向かいました。場所は「上白滝駅」よりもさらに上川方面に向かって山奥へと進みます。開業は昭和7年2001年に70年余り続いた駅業務を廃止して、現在では「奥白滝信号場」として使用されています。信号場らしく鉄道電話があります。
イメージ 9

イメージ 10


この「奥白滝駅」周辺は無人地帯です。それでも、最盛期の昭和20年頃には駅周辺に、小さな街が形成され、旅館もあり、駅前広場で盛大な盆踊りも開催されたほどであったと聞きます。しかし、林業の衰退そして離農が進み、昭和50年代末には誰もいなくなったのだそうです。今では人々の生活の面影もなく、ただ静かに時が流れ、駅舎がなければ「奥白滝」という名前も場所も忘れ去られてしまいそうなほどです。

僕が秘境駅が惹きつけられるのは、普段の生活とは、まるで違う空間がそこにあるからかもしれませんね。時間の流れもゆっくりしていて、なぜかほっと安心できるのです。秘境駅で最近有名な「白滝シリーズ」の他の駅も訪ねてみたいですね。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
検索 検索
Clip-Clop
Clip-Clop
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事