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知らない町を歩いてみよう 窓から差し込む朝陽で目が覚めた日曜日。今日はまだ見ぬ町へ向かうことにしました。北海道を車で走ると山々と草原が延々と続くように感じますが、その中にポツリポツリと点在する小さな集落に出会います。 梅雨の影響でちょっと蒸し暑い中、自然に囲まれた道を走って行きました。 比布町に到着 ここは人口の約4000人の小さな町。「ぴっぷ」町と言います。その名前から・・・「ピップエレキバン」のコマーシャルのロケ地になったこともあり、一時は観光客で賑わったこともあるようです。 駅舎はなんと「ピンク色」です。「ピンク色」で塗られた木造の駅舎は特産品の「いちご」をイメージしているのだそうです。 ここは無人駅かな・・・と思い、駅構内に入ると「喫茶店」が営業していました。「駅は町の顔」と言われますが、このようにふらっと立ち寄った人を歓迎しているようでうれしくなりました。 店内に入ると「昔ながらサイフォン」がありました。カウンターにガラスのフラスコが並んでいる光景は今ではあまり見かけなくなりましたよね。サイフォンはインテリアにもなりそうな器具だと思います。 朝のコーヒーをいただきましょう♪「目が覚めます(>_< 美味しいですよ(^_-)」コーヒーを飲んで「ふぅ・・・」と休憩した後、線路の向こう側を見渡すと、青空の下で山々の緑がどこまでも続き、北海道らしい景色が広がっていました。 町並みを歩く 駅周辺には「赤レンガ」造りの農業倉庫がありました。北海道では赤レンガの倉庫をよく見かけますが、これは開拓が進んだ明治時代にレンガが急速に広まったからでしょう。 こちらは「みどりハイヤー」さんです。側面と後部がレンガ造りで、なかなか古い建物です。 さらに歩くと「石蔵」が見えてきました。赤で塗られた重厚な扉が印象的でした。関東で暮らしていたときは、よく見かけた蔵も、道北の地ではほとんど見かけることがありません。歴史ある建物が少ない中、とても貴重に感じました。 日曜日の午前中は町を歩く人の姿もほとんどなく、とても静かに時が流れています。国道から離れているので、少し寂しい商店街でした。 こぢんまりとした懐かしい雰囲気の商店がいくつも連なっていました。その中をトボトボ歩いていると、そろそろ日曜日の午前中も終わりに近づいてきました。 さて、今日の駅探訪は道北「比布町」でした。意外だったのは駅舎で喫茶店が営業していることです。いつも訪れるのは静かな無人駅が多かったので「立ち寄った人をもてなす場所と時間」に出会えて「安心感」に似たうれしさを感じました。また来たいと思うような駅が一つ増えました(^_^
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僕の好きな駅
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いよいよ連休を迎えて 楽しみにしていた連休はあいにくの雨で始まりました。僕の新しい生活の拠点「道北」でしか経験できないことを探していたところ「秘境駅巡り」が頭に浮かびました。今日の目的地は留萌本線『峠下駅』です。留萌本線は10年以上前に全車ワンマン運転化され、周辺に集落のない無人駅がいくつかあります。 今回訪れた『峠下駅』もその名が示すように山深い所にあります。都市部の幹線道路からも遠く離れているため雪解けは遅く、一面に残雪が広がる光景に出くわします。うっすらと霧に包まれる中道道549号線を走りました。 峠下駅に辿りつく しばらくすると木造の駅舎が見えてきました。昭和の姿をそのまま残しており、おそらく築50年以上は経過しているはずです。左奥にあるのは荷物倉庫です。 駅構内は利用者も少ないため大変きれいに維持されています。天井を横切る暖房の煙突が北国の生活を感じますね。 時刻表を見る限り「上り・下りとも1時間に1本」は停車しており、北海道の地方にしては「けっこう多い」はずです。 ホームから撮影した駅舎です。雪残る山を背景に厳しい自然に耐えてきた風格を感じました。 線路の向こうにも山々が続き、その先は霧に包まれています。 駅周辺にあるのはどこまでも続く白樺の樹林とわずかな民家と倉庫そして廃屋です。 その中を雪解け水を運ぶ小川が静かに流れていました。通行する車もほとんどなく耳に届くのは「風の音」と「川の水が流れる音」です。 かつてここには小学校もあって多くの人が住んでいたと聞きます。時がゆっくりと流れる静寂が覆う駅とその周辺を訪ね、この「峠下」の地の往時をしのぶひとときを過ごしました。ご覧のように「春のたより」は連休明けになりそうです。もう少しお待ちくださいね(^^♪
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注目される廃線跡 最近廃線跡や廃駅が一部の間で注目されているようです。でも「そこに惹かれるのはどうしてでしょうか?」それは・・・今はひっそりと佇む地域も、かつては多くの人で賑わっていたという「時の移り変わり」を感じることができるから・・・だと思います。松尾芭蕉の句にある「夏草や つはものどもが 夢の跡」のような気分をかき立てるものがそこにはあります。 1980年代は国鉄再建法そして民営化に伴い、多くの路線が惜しまれながらも廃線を迎えることになりました。今回紹介する『名寄本線』跡もその一つです。 明治29年の「北海道鉄道敷設法」によってオホーツク沿岸の鉄道計画がスタートしました。『名寄本線』が開業したのは大正8年のことです。その後、昭和7年に遠軽町を始発とする湧別線を編入して、路線距離は廃止路線の中では最も長い部類に入る「全長143.0km」にまで及びました。 昭和37年に「急行・紋別」が遠軽−札幌間を走り、名寄本線は全盛期を迎えます。遠軽−紋別−名寄−札幌間の380kmを6時間半で結んだのです。今考えると、札幌まで「6時間半」とは途方もない時間と距離に思えますが、広大な北海道を結ぶ貴重な路線でした。 名寄本線はおよそ70年の間、厳しい寒さと風雪を克服する道北・道東の交通手段として活躍しましたが、1989年(平成元年)には全線が廃止され、その使命に終わりを告げることになりました。この時期、北海道では1400km路線も廃止してしまったため、鉄道網はほとんど幹線道路ばかりになってしまいました。 あれから20年が経ちました 廃線から20年が経過し、地元では駅跡を見直す動きも出てきており、駅跡もかなり整備されたと聞きました。そこで、実際に訪れてみることにしました。 大正10年の開業でした。現在は、ホームの一部と駅名標が残っており、この地に駅があったことを伝えています。昭和53年には既に無人駅になっていたようです。 線路跡は森林に覆われ近寄ることができませんが、この駅周辺は草刈もされてはっきりと確認できます。駅名標はずいぶん新しいので、最近になって設置し直したんですね。 「こむかい」と読みます。由来はアイヌ語の「コムケ・ト(曲がった沼)」です。確か近くに「コムケ湖」という湖があったはずです。 今は農業公園として整備され、駅名標の後ろには線路のレバーが設置してあります。 こちらは現役で活躍していた『小向駅』の姿です(wikipediaより)。1989年の撮影とありましたので、廃線の直前です。しっかりとした木造の駅舎だったんですね。 廃線跡を歩くと、駅がなくなった町は、同時に活気も失っていく印象を受けました。駅跡周辺がバスターミナルに代わっている地域もありますが、やはり衰退の様子は隠せません。駅は「町の顔」だったのかもしれませんね。
夏休み中に訪れた「秘境駅」「廃線跡」「駅跡」はこれで最後になります。いつも見ていただいた方そしてコメントをしていただいた方ありがとうございました。北海道でも特に道東はあまり知られていない地域ですので、少しも興味を持ってくれる方がいると嬉しいです。そんな思いで始めた「駅・廃線跡紹介」です。また気になる駅や路線があれば紹介したいと思います。 |

美味しいですよ(^_-)」



