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大同2年(807)・・・生野銀山発見の年(1203年前)
時代・・・ 平安時代 平城天皇即位の時代
歴史的事件・・・謀反発覚として平城天皇の弟伊予親王が母親と自殺。
又藤原宗成らが流罪になる。
****生野町誕生の追記****
応神天皇はどの時代か気になったので 調べてみました(PCで
応神天皇即位時期・・・・333年〜373年
つまり「生野」の名が誕生したのは 1667〜1637年くらい前(約1700年前)
天文学的な数字が出てきました
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銀とともに歩んだ歴史
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こちらの書庫では 簡単に生野の歴史をUPしていこうと思います。
生野には数々の歴史書(生野史・銀山昔日・銀山町物語・生野銀山・いくの等々)があります。
その中から 抜粋してUPしていけたらと思いますが・・・知識不足で間違っていた場合はお知らせくださいね!
生野には数々の歴史書(生野史・銀山昔日・銀山町物語・生野銀山・いくの等々)があります。
その中から 抜粋してUPしていけたらと思いますが・・・知識不足で間違っていた場合はお知らせくださいね!
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和銅6年(713)・・・播磨国風土記記載より
昔ここに荒神がおり、道行く人々の半数を殺害したため この地は「死野」とよばれていた。
しかし応神天皇(品太天皇 ぼんたすめらのみこと)が 悪名なりと言われ「生野」に改名された。
*荒神について
本当に神がいて殺戮を繰り返したのではなく、市川などの河川が荒れ 殺伐とした土地で 又古代の道は
川沿いの難路であったため水害などで往来の人が苦しめられたと考えられる。
追記
昭和56年川尻地区で行われた発掘調査で 中世の土器に交じり縄文時代の土器「押形文」が
発掘されている。この土器の発見により、この地に約8000年前の太古の時代から人が住んでいた事が
わかった。
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