タカオの雑食

とりとめのない映画レビューです。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1
なぜ、この作品を見ようと思ったのかはよく思い出せないが、上川隆也ファンの姉へのサービスが念頭にあって、結局一人で見たという感じではなかっただろうか。

あらすじは、変な人たちが集まる病院で「クソじじい」とよばれる大貫は嫌われ者。自分の名前を覚えられるのも嫌なくらい、他の人間を見下している。
そんな大貫がある日パコという少女に出会った。パコにもいじわるに接することしかできない大貫であったが、紛失した純金のライターをパコが持っていたために、彼女の頬をひっぱたいてしまった。
翌日、再びであった大貫とパコ。しかし、パコは昨日の事を覚えていない。
実はパコは交通事故で両親を失い、自分は奇跡的に助かったものの、記憶を一日しか保てない後遺症を持ってしまったのだった。
昨日の事を覚えられないはずのパコ。しかし、パコは昨日大貫が自分の頬に「触れた」ことを覚えていた。
そのことでパコに何か残せるのではないかと思い始めた大貫。彼女がいつも読んでいる絵本をお芝居にして、彼女にプレゼントしようと企画する。

わがままなじいさん役を役所広司が好演している。
極彩色でファンタジーのようであり、話は説得力があって最後は泣ける。その見た目と内容のギャップが素晴らしい。
なんでも、原作は舞台だということで、それをイメージしたような構図も多くみられる。その「わざわざ映画で舞台のような」演出が、この現実ともファンタジーともとれない世界観に妙な説得力を与える。

そして「名前を覚えられたくない男」と「今日を覚えられない少女」の交流と、それを取り巻く多種に広がる患者と病院の関係者。
変人な医者。凶暴な看護婦。人生経験豊富なおかま。優しいやくざ。元・天才子役。etc・・。
彼らが適材適所で上手に働いてくれて、生まれる物語の妙。
そのパズル的な話の構成も、舞台ならではである。物語の舞台は病院のみなので、その分キャラを動かさないと話は進まない。
「キャラを動かす」。まさに話作りの基本である。

僕は綺麗事が嫌いである。
フィクション意外に、性善説を唱えて、愛を語るような人が苦手である。そういう人は、大概暗黒の世界を知らないのだ。そういうどん底の精神世界を一度でも味わったら、言葉の一つ一つに説得力も生まれるのだが、上記の人は、大抵流行歌の受け売りのような文句しか言わない。
そういう言葉は、あくまで不特定多数に向けられた大雑把な言葉であり、コマーシャルである。
それでも、届く人には届くだろうが、それはたまたま感性が合致しただけのこと。その人が平均の中にいるというだけである。

この映画では大貫が、パコに一生懸命言葉を伝えている。
流行歌にはならないが、パコの心に届け届けと。
大貫のやっていることは、独善で、やはり綺麗事なのだが、それでも何かを残そうとする。

綺麗事が一番いいに決まっているが、綺麗なままではいられないのだ。
悲しいことは必ず起こる。

僕が荒んでいるのか、この作品が奇麗事なのか。

老若男女問わず見て欲しい佳作である。

「は行」書庫の記事一覧


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事