タカオの雑食

とりとめのない映画レビューです。

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言わずと知れた、黒沢明監督の名作である。

毎日書類の束にハンコを押すだけの、無気力な日々を送っていた役所の市民課長・渡辺勘治は、ある日、自分の体が胃がんで余命いくばくもない事を知り、残った人生を如何に生きるか。
まさにタイトル通り「生きる」というテーマに真っ向から挑んだ作品であり、同時に、社会風刺も多分に盛り込まれている。
それでいて、説教じみていない。
作家志望が見ると、嫉妬してしまう。きぃ〜。

前半は、病気を知った渡辺が、役所を無断欠勤し、貯金の半分を遊びに使うも心は満たされず、役所を辞めた女性職員の奔放な性格に惹かれ、その女性の一言で何をすべきか奮起し、役所に復帰するまでを描いている。
この間の心情の変化はドラマチックで素晴らしい。

後半は、五ヶ月後。渡辺の通夜で始まり、参列者の言葉から、その後の渡辺の変化を語りあい、その結果、住民の要望であった公園ができたのは渡辺の尽力によるものだと称え、自分達のこれまでの姿勢を反省する。

僕は、この後半の通夜のシーンで、やられた!と思わずにいられなかった。
渡辺自身のドラマは「死」である。
普通に考えたら、死は「起承転結」の「結」であると思いがちであるが、後半を通夜にすることで、渡辺が三人称になり、「なぜ渡辺は変わったのか?」「変わった渡辺は、なぜ、あんなにも精力的になりえたのか?」という作品のテーマに直接かかわる問いを、分かりやすく演出している。

そしてそれは、役所の渡辺の同僚、上司などを自然と登場させ、その体制への批判と、風刺の役割までも果たしている。

そして、主演の志村喬である。
志村喬の大きな目は、前半は生を訴える、飢えるような悲哀を込めたものであったものが、後半、死を自覚しつつ、それよりも「結果を残したい。」という強いものに変わる。
作品で、一貫して無口で口下手なキャラクターを演じている。
分かりやすい強いセリフはないが、志村喬の演技はキャラ毎、強い印象となる。

端的に感想を言うなら、僕は観賞後「はぁ〜…!」と唸った。

黒沢映画は多分にハリウッド的であるが、不特定多数に認められるメジャー作品は、やはり相当な苦労があると思う。
あまりメジャーだからと言って毛嫌いするものではない。
あまのじゃくでは損をする。


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