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1970年代のスコットランドを舞台に描かれる。 主人公のベスは純粋無垢で、信仰の厚い女性である。映画は彼女の結婚から始まる。 夫のベスは、油田の採掘基地で働き、留守が多い。ベスは、毎日教会にお祈りし、やんが早く帰って来るようにと願う。 果たしてその願いは通じ、ヤンは帰ってくるが、採掘基地で事故が起こり、重体となっていた。命は取り留めたものの、半身不随となってしまう。ベスは、自分の祈りが災いをもたらしたのだと責める。 ヤンは、セックスのできない自分の代わりに、ベスに愛人を作るように言う。そしてその様子を伝えてほしいと。そうすることで、ヤンは、間接的にベスと愛し合う事ができると。 ベスはそうして、少しづつ男たちと関係を持ち始め、その様子をヤンに報告する。 ヤンの様態が悪化すると、彼女は男と関係を持ち、それを報告する。すると、ヤンはその度に回復するのであった。 ベスは、それを神の力が働いているのだと信じるが、次第に服装が派手になり、娼婦となったベスを、家族も、教会も見放した。 ヤンは危篤状態になり、ベスは、より強い神の加護を受けようと荒くれ者と関係を持とうとする。 しかし、ベスは、船員たちの性的暴行を受け、重体となって病院に運ばれた。混濁した意識の中で、母に「悪い子でごめんね」と告げ、息を引き取る。 数日後、奇跡的に回復したヤンが、海上にいた。教会の追放者となったベスは、葬儀をさせてもらえないため、ベスの遺体を持ち出し、水葬にした。その時、曇天の空から、鐘の音が鳴った。 これは、愛と親交の話である。 監督は、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー。 主人公のベスは、純粋無垢で、信仰心の厚い人物だが、ヤンへの愛情は、異常である。 前半、ベスがものすごい善人で、愛にあふれる人物だと解ってはいるものの、その愛への渇望は、見ていてアンバランスな感じで、鬼気迫るものがある。 そうして、夫に言われるまま、夫以外の男性と関係を持ち続けるベス。 最初こそ戸惑う様子を見せるものの、その後は、しっかり都心のある描写である。 「ほかの男に抱かれることで、ヤンを救える」と本気で信じている。 よくよく考えなくても、この愛情は異常である。しかし、見て行くうちに、これは彼女にとっての純愛であると気づく。 愛とはなんだろう。 僕はそんなことを考えた。 ベスは、他の男に抱かれながら、間接的にヤンを感じていたのである。 彼女にとって、その行為は、自己犠牲でもなんでもない。 愛する人に抱かれているのと、感情的には変わらないのである。 そのベスが死ぬというラストは、僕の知っている愛の理解を超えている。 僕は、これを書きながら、愛について考えている。 |

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