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お互いを色の名前の付いたコードネームで呼び合い、素性の知らない6人の男たちが宝石強盗計画を行った。
しかし、計画はすでに警察に把握されており、ホワイトと重傷を負ったオレンジは命からがらアジトへと逃げ帰る。そこにピンクがアジトに到着し、自分たちの中に裏切り者がいる。と言いだす。
タランティーノの初監督作品。
タランティーノの自主製作盤を、ホワイト役のハーヴェイ・カイテルが気に入り、彼の協力でハリウッド映画として出来上がったのが本作。
ほぼ、ワンシチュエーションでの群像劇となっており、数回の回想シーンを除いてはそのほとんどがアジトとなるガレージでの物語となっている。お互い素性の知らない男たちが目の前の相手を疑い、庇い、誰も信じられなくなっていくという、タランティーノの才能の光る作品。
タランティーノと言えば「会話劇」と言うのが、僕個人の感想だが、オープニングのカフェで男たちがモーニングをとっている時も、その会話の中に「果たして、この映画に必要なのだろうか?」というだらだらとした会話が、各キャラクターを強くしている。「あの音楽は何だっけ?」とか「俺はチップを払う気がない。」とか、たぶん日本の監督はそういう直接物語に関与しないセリフはとっちゃうんじゃなかろうか。
だが、タランティーノは違う。
僕の正直、初見では「なんだ、このだらだらとした会話は?」と思ったが、いちどはまり込んでしまったら、あのだらだらとした感じが妙におかしくて、シリアスなドラマの中の清涼剤となるのだ。
僕はタランティーノの映画を見るたびに、彼がうらやましくなる。
ハリウッドの他作品と比べ、明らかに作風の違う彼の作品は彼の「趣味」で溢れている。一般的に監督よりもプロデューサーが権限を持っているといわれるアメリカ映画界において、彼の作品は彼でしかあり得ない独特の風をなびかせている。
日本でも、作家やクリエイターはクライアントのニーズに応えるために、自分を押し殺している人が大半である。
そう考えると、タランティーノの作品は恵まれている。彼なりの創作の苦しみはあるだろうが、彼の作品にはどれも独特の遊びがあって、子供の落書きのような自由ささえうかがわすのだ。
話を作品に戻そう。
この物語は、途中で誰が警察の人間か。中盤でその秘密を明かす。
それはちょっとしたトリックで、観客はちょっとびっくりするだろう。
そして、お互いの疑いと信頼をかけたクライマックスの数カットは目が離せない。
男の面子と、友情と、プライドがみせる、ホワイトの苦しみが涙を誘う。
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