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今、アクション映画の波は明らかにタイに向いている。
「マッハ!!!!!」以来、ガチンコの超絶アクションで、かつての香港映画のような盛り上がりを見せているのではないかと個人的には思っている。
この作品もそうした作品の一本。
物語は日本のヤクザ・マサシが抗争相手のタイの地元マフィアのボスの女・ジンと恋に落ち、密会を重ねていたところボスの知るところになり、危険を感じたジンはマサシを日本に返す。
その後ジンはマサシとの娘を身ごもるが、生まれたその子・ゼンは脳に発達障害を持っていた。しかし、ゼンには一目見た体術をで会得できる能力が備わっており、近所のムエタイジムやテレビのカンフー映画を見て、知らずのうちにそれらを会得していった。
後に母親のジンが大病を患い、治療費に大金が必要となる。幼馴染のムンがジンが昔お金を貸していた人を綴った帳簿を見つけ、借金を取り立てに行く。最初は渋る相手も、ゼンの強さにひれ伏していく。
そうやって、借金を回収していく二人を町を仕切っていたボスの耳に入ることになる。
主演のジャージャー・ヤーニーは別の映画のオーディションで監督に見初められ、本作品の撮影に至るまでの4年間に基礎トレーニングを。さらに撮影には2年の月日を要している。
90分の映画に、一人の新人女優がこれだけの月日を費やしている。そのアクションは本物だ。
物語は、序盤はジンとマサシとのロマンスを絡めたプロローグでいささかテンポが悪く、ダレた感じがする。中盤で、借金の取り立てを始めたあたりから、「相手のところに行く」→「断られる」→「手下が出てくる」→「戦う」→「本人をやっつけてお金を取り返す」というのが2〜3回続く。
この辺りはファミコンの横スクロールアクションを傍目に見ているようである。えらく、ゲームのうまい友達のプレイを見ているような感じだ。
ここで、アクション映画というものを少し考えてみようと思う。
この作品におけるアクションは、ムエタイやカンフーを主体としたもので、一部ワイヤーアクションを使用しているものの、CGの類は一切ない。そのうえで、日本の時代劇の殺陣のようなカメラの構図を利用したトリックのようなものも使わず、本気で当てに行っているようなガチンコのアクションである。
こんだけのものであるから、それだけで宣伝効果はあるし、客は酔ってくるかもしれない。
だからと言って、ストーリーを邪険にしてはいけないのは当たり前で、この作品の場合、発達障害を持った主人公の母親への思いやりが原動力となって、訴えるものはちゃんとある。
単調なわかりやすいストーリーではあるが、それは批判の対象にはならない。
例えば、「アクションをしたい」と思う。
その時に、「アクションにする理由」をキャラクターに与えねばならない。これは「ドラマ」ではなく、あくまで「キャラクター」に与えなければいけない。これはアクションだけではなく、すべての物語の登場人物の行動原理に基づく。そうじゃないと、話が予定調和になり、都合のいい登場人物とストーリーになってしまう。これが吉本新喜劇や、長期のシリーズものならいいが、短髪の映画にはやってはいけないこととなっている。
それは、観客の多くは映画に限らず、物語に刺激を求めているのであって、それは「意外性」と「説得力」だからである。
この作品では主人公の戦う理由を説得力をつけているうえに、「一度見たものを会得する」という能力で意外性も演出している。
では、なぜ4年の基礎トレーニングを積んで、2年に及ぶ撮影をせねばならなかったのか。
これは監督により違いがあるだろう。映画と言うジャンルへの哲学かもしれない。
CGを使えば、もっと楽に作れた映画だと思う。タイにおける文化への拘りと、誇りかもしれない。そのあたりは日本人の僕にはわからない。日本人の誇りを強く持っている藤岡弘などに聞けば何か分かるかもしれない。
しかし、一つ言えることは「本物の肉体を使ったアクションにこそ、説得力が一番ある。」という思いではなかろうか。
映画と言うフィクションの世界で、本物の肉弾アクションがどれだけの意味を持つのか果たして僕にはまだ測りかねる。エンドロールで流れる流血沙汰のNGシーンは普通に事故に見えるし、それをエンドロールで流すことで「私たちはこんなに大変な思いをして映画を作りましたよ。すごいでしょ?」という匂いもしなくもない。
映画は完成品の身で評価されるべきだ。その裏側を知りたいというのはファン心理であればよい。
そういうことを踏まえ、アクションは映画の中の一要素に過ぎず、それを生身でやろうが、CGでやろうが、見るほうは1800円を払い、同じように評価は下る。つまり、一要素に過ぎない。そう言ってしまえば、「当たり前だ」と罵られそうだが、僕の足りない頭ではここまでしか答えが出ない。ごめんなさい。
とにもかくにも、生身のアクションは一見の価値がある。映像がややくどい気がするが、それもタイ映画ならではの風情だろう。
なんだかんだ言ったが、僕は好きだ。
「女の子が戦う」ってだけで好きなのだ。
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