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原題「Hard Time」。つまり、日本の格闘ゲーム「ストリートファイター」とは何ら関係がない。
以前紹介した「ストリートファイター レジェンド・オブ・チュンリー」と合わせて、自分で勝手に「ストリートファイター祭り」と題して借りた一本。主演はチャールズ・ブロンソン。
賭け喧嘩で子飼いのファイターを再起不能にされたマネージャー・スピードの前に現れた、汚らしいなりの中年の男チャーニー。スピードはチャーニーの年齢や実力に不審を抱きながらも、一応手を組むことにした。ところがこの中年の男がデビュー戦で相手をワンパンチKOする。
以後、快進撃を続ける二人の前に町のボスが雇った最強のファイターが現れるが、この強敵も倒してしまう。あまりの強さを見せつけられたボスは、チャーニーをスピードから買い取ろうとするが、チャーニーはそれを断る。断られたボスはスピードを人質にとり、シカゴから呼び寄せたファイターとチャーニーを戦わせようとする。
僕にとっての初ブロンソンとなる。図らずもストリートファイターが僕とブロンソンを出会わせてくれた。
ブロンソンと言えば、「ん〜、マンダム」でおなじみ。非常に男くさい、いぶし銀の男の世界の渋い俳優である。僕の敬愛するみうらじゅん氏も大ファンであり、彼の著作にもよく名前が出てくるあまり、僕の中ではブロンソンとは俳優である以前に「ジャンル」としてすでに確立されようとしていた。
この作品では当時54歳のブロンソンが、寡黙なストリートファイターをやはりいぶし銀の魅力で好演している。
借金まみれで、金儲けばかりの騒がしい男スピードに対し、語らず、戦うチャーニー。
ファイトになると、圧倒的強さで相手をねじ伏せる。その緩急が素晴らしい。より、ダンディズムを強調する。
男。あまりにも男である。平成の世で忘れられた男がそこにはいた。
草食系男子なんて言ってられない。
女に目をつけたら、迷わず口説きに行くチャーニー。
振られても、動揺せず素晴らしい引き際を見せるチャーニー。
女々しさのかけらもない。
こう見えて、僕にだって理想の男像がある。
語らず、行動で示す。背中で語るような男だ。
残念ながら僕の猫背は「にゃあ」としか語っていないのが現状であるが、ゆくゆくはダスティン・ホフマンやブロンソンや北野武みたいな年の取り方をして、藤村俊二のようなおじいちゃんになるのが夢である。その際、問題となるのは北野武のような危なっかしい魅力の中年から、藤村俊二のような安心インテリのおじいちゃんになるまでの過程で、一体どういった経験を経れば陽のかであるが、それはおいおい考えるとしよう。
話がそれた。
ブロンソンである。
みうらじゅん氏が語っていたブロンソンはあまりにも男くさく、僕は彼の文章からあこがれた。そう。僕は出会う前から「ブロンソン」と言うジャンルにあこがれていたのだ。ようやくであえた彼は、想像に違わず魅力にあふれ、彼以外でこの映画はあり得るのか?と思うほど、ブロンソンの男汁が染み出るほどの良い作品であった。
映画のラスト。強敵に打ち勝ち、彼は手に入れた大金のほとんどをスピードに渡し、猫の世話を頼んで町を去っていく。
「仕事はただのつなぎだ」と言って。
う〜ん。僕には到底たどり着けそうにない境地だ。
マンダム。
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