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大魔神は有名な特撮キャラだけど、見たことはなかった。
「大魔神ごっこ」もやったことはあるだろうが、見たことはなかった。
むしろ1966年の作品と聞いて、「俺の世代がなぜ知っているのだ?」と不思議になる。
物語は戦国時代。クーデターにより丹波の国の花房家は、幼い兄妹を残して滅んでしまった。
花房の兄弟は御家再興を機をうかがうために、領民でも滅多に近寄ることのない「魔神の山」に身を寄せる。この山に祭られている巨大な武神像は領民の信仰の的でもあった。
クーデターにより領主となった佐馬の助は、圧政で民を苦しめ、信仰の的である武神像をも嘲笑し、「神罰があるなら見せてみよ」と破壊を命じる。部下が山に入り、美しく成長した妹の子笹がつかまり、武神像の額にくさびが打ち込まれたとき、像から血が滴り落ち、地震が起こり佐馬の助の部下を葬ってしまった。
魔神はその顔を怒りの形相に変え、山を下りていく。
町では同じくつかまった兄・忠文が処刑されようとしていた。そこに魔神が現れ、すべてを破壊していく。
「ゴジラ」や「ガメラ」。テレビでも「ウルトラマン」などが活躍し、特撮が元気だったころだ。
大映の打ちだしたものは「時代劇」であった。しかも、そのスタッフも「座頭市シリーズ」や「眠り狂四郎シリーズ」などを制作した本格的な布陣である。なので、時代劇としても成立している。
注目なのは、大魔神シリーズは全部で3つあるが、すべてがこの1966年に作られている。最盛期の「男はつらいよ」ならいざ知らず、このハイペースは当時の映画産業の元気さをそのまま表す。
そもそも、特撮ヒーローと時代劇は舞台が違うだけで基本フォーマットは一緒である。「悪者が現れて、ヒーローが出現し、それを倒す。」最近のテレビヒーローはストーリーが複雑なものもあるが、大体において、現在でもこのフォーマットは特撮にも時代劇にも共通している。
ヒーローは古くは「鞍馬天狗」などサムライもいることだし、そのまま大人になって未だ時代劇を見ているのである。ただ、見どころがチャンバラ以外に「人情物語」なども絡んできたりするのが好みになったくらいだろうか。
撮影技術的な面で見ても、特撮と時代劇はもはや同じと言ってよい。なので、時代劇が好きな大人は日曜の朝の東映ヒーロータイムを邪魔してはいけない。
この「大魔神」に限ると、他の特撮怪獣などに比べて背が低い。おそらく10メートルあるだろうか?くらいの大きさで、もしこの大魔神が現実にいるとして、この身長はリアルに怖い。その上、怒り顔の目は役者の目であり、表情が生々しくてその恐ろしさを強調している。目があったら泣いてしまうかもしれない。
彼はひとたび怒るとすべてを破壊する。
しかし、注目してみてみると彼の破壊対象は主に建物などで、これは業の深い人間への制裁である。文明を破壊することで、粛清をしている。そのうえで、その業の中心たる人物=佐馬ノ介にとどめを刺し、なおも破壊を続けようとするところを小笹の涙で怒りを納めた。
その徹底した破壊。静と動。大魔神は主役であり、やはり象徴である。そこにカリスマが生まれ、なので僕も「ごっこ」をするほど知っていたのである。
ちなみに大魔神は今年、深夜枠のテレビドラマとして復活を果たすが、観念的な基本フォーマットを踏まえたうえでの別物になりそうなので、ここでは深く触れない。
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