タカオの雑食

とりとめのない映画レビューです。

は行

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1
なぜ、この作品を見ようと思ったのかはよく思い出せないが、上川隆也ファンの姉へのサービスが念頭にあって、結局一人で見たという感じではなかっただろうか。

あらすじは、変な人たちが集まる病院で「クソじじい」とよばれる大貫は嫌われ者。自分の名前を覚えられるのも嫌なくらい、他の人間を見下している。
そんな大貫がある日パコという少女に出会った。パコにもいじわるに接することしかできない大貫であったが、紛失した純金のライターをパコが持っていたために、彼女の頬をひっぱたいてしまった。
翌日、再びであった大貫とパコ。しかし、パコは昨日の事を覚えていない。
実はパコは交通事故で両親を失い、自分は奇跡的に助かったものの、記憶を一日しか保てない後遺症を持ってしまったのだった。
昨日の事を覚えられないはずのパコ。しかし、パコは昨日大貫が自分の頬に「触れた」ことを覚えていた。
そのことでパコに何か残せるのではないかと思い始めた大貫。彼女がいつも読んでいる絵本をお芝居にして、彼女にプレゼントしようと企画する。

わがままなじいさん役を役所広司が好演している。
極彩色でファンタジーのようであり、話は説得力があって最後は泣ける。その見た目と内容のギャップが素晴らしい。
なんでも、原作は舞台だということで、それをイメージしたような構図も多くみられる。その「わざわざ映画で舞台のような」演出が、この現実ともファンタジーともとれない世界観に妙な説得力を与える。

そして「名前を覚えられたくない男」と「今日を覚えられない少女」の交流と、それを取り巻く多種に広がる患者と病院の関係者。
変人な医者。凶暴な看護婦。人生経験豊富なおかま。優しいやくざ。元・天才子役。etc・・。
彼らが適材適所で上手に働いてくれて、生まれる物語の妙。
そのパズル的な話の構成も、舞台ならではである。物語の舞台は病院のみなので、その分キャラを動かさないと話は進まない。
「キャラを動かす」。まさに話作りの基本である。

僕は綺麗事が嫌いである。
フィクション意外に、性善説を唱えて、愛を語るような人が苦手である。そういう人は、大概暗黒の世界を知らないのだ。そういうどん底の精神世界を一度でも味わったら、言葉の一つ一つに説得力も生まれるのだが、上記の人は、大抵流行歌の受け売りのような文句しか言わない。
そういう言葉は、あくまで不特定多数に向けられた大雑把な言葉であり、コマーシャルである。
それでも、届く人には届くだろうが、それはたまたま感性が合致しただけのこと。その人が平均の中にいるというだけである。

この映画では大貫が、パコに一生懸命言葉を伝えている。
流行歌にはならないが、パコの心に届け届けと。
大貫のやっていることは、独善で、やはり綺麗事なのだが、それでも何かを残そうとする。

綺麗事が一番いいに決まっているが、綺麗なままではいられないのだ。
悲しいことは必ず起こる。

僕が荒んでいるのか、この作品が奇麗事なのか。

老若男女問わず見て欲しい佳作である。

イメージ 1

まずは「グラインドハウス」とは、B級映画などを2〜3本だてで上映していたアメリカの映画館のことで、そういう映画館で上映される映画は本数が少なく、20本くらいのフィルムがアメリカ全土をめぐっていたため、質が悪かったそうな。
そんな「グラインドハウス」を愛するロバート・ロドリゲスとクエンティン・タランティーノがそれぞれ、そういった作品を意識して監督した映画を2本立てにして上映されたのが「グラインドハウス」という作品だ。

この「プラネット・テラー」はロバート・ロドリゲス監督の作品に当たる。
まず、相当に遊びが多い。最初に架空の映画の予告編(これがまさにB級臭くて、見てみたいと思うのだ。)から始まって、本編が始まっても当時のフィルムの質感を再現するためにわざと映像を劣化させた演出がされている。

ストーリーはテキサスの田舎町で元恋人のレイと再会したダンサーのチェリー・ダーリンを軸に、彼らが基地から流出したガスによってゾンビ化した住民たちと戦うというもの。かなりグロテスクな絵が豊富なので、苦手な人は覚悟しなきゃいけないが、近年ここまでグロテスクな映画も少ないのではないか。」
彼らは結託して町からの脱出を図るものの、その登場人物のキャラクターが無駄に変態である。

前半はゾンビ騒動よりも、キャラクターたちが巻き込まれていく様子に重点が置かれている。
医師であるブロッグ夫妻は、夫がDVで、妻はレズ。夫はのちにゾンビ化してしまうのだが。
科学者のアビーはキ○タマを集めるのが趣味。
トロ保安官は面白いように拳銃を誤射する。それで保安官が死にそうになるのだから救われない。

だが、何より見どころは、片足を失ったチェリーがなくなった片足にマシンガンをはめてからだ。

その片足マシンガールが超人的な強さを発揮して、ゾンビたちをやっつけていく。

そして、涙。
掘り下げられたキャラクターの群像劇。なかでも保安官とグリルバーのオヤジの兄弟愛は感動ものだ。

完璧なまでのB級の精度。
面白い。

イメージ 1

「アニメが見たい」と思ったものの、いわゆる「ジャパニメーション」と呼ばれるSFものは説明が省かれてたりして苦手である。しかし、アニメが見たい。そこで目に入ったのが本作。制服を着た少女が、日本刀片手に怪物とドンチャン戦うのはツボかもしれないと思ってレンタル。

舞台は1966年の日本。ベトナム戦争真っ只中の横田基地内のアメリカンスクールにやってきた小夜と言う少女が、怪物と戦うというもの。
なんてったって、日本が舞台と言ってもアメリカンスクールだからセリフのほとんどが英語。まさか、国産の映画を字幕で見るとは思わなかった。
しかも、キャラクターデザインが寺田克也なので、外国人などはハマっているが、横田基地近辺のお水のママたちはもはやモンスターのような出で立ちだ。

しかし、48分という短さで、ストーリーがシンプルなのでわかりやすかった。でも、やはり「短い」と思ってしまう。
そして、今更ながら「なんでアメリカンスクールなん?」と思ってしまう。もう全部日本でやっちゃえばいいじゃん。それでいて、やっぱり説明が少ない!!

でも、保健室のおばちゃん先生はよかった。物語のキーパーソンにもかかわらず、不格好なおばちゃんと言うのは新鮮だった。でも、もっとかわいい女の子が見たかったぞい。

イメージ 1

大槻ケンヂ率いる「特撮」の曲だったと思う。それで「バーバレラ」という曲があるのだが、内容はある事件の事後処理に当たる警官が、深夜にテレビ放送されるこの映画が見たくて仕事に身が入らないというもので、「こんなつまらない世界を飛び出してバーバレラと宇宙に飛びたい」というものである。
この曲のおかげで映画のタイトルだけは知っていたので、レンタル店で見つけた時に思わず手に取ってしまった。歌詞の中にあるジェーン・フォンダ主演なので、曲で歌っているのは間違いなくこの作品だろうと思わず借りてしまった。

内容はと言うと。宇宙を破壊する発明をした悪党デュラン=デュランを追って、とある惑星にやってきたバーバレラが、あらゆる危機を乗り越えて宇宙を救うというのが大体の大筋だが、なにぶん、エロティックな要素が多分に入っている。
まず、オープニングが無重力ストリップ。バーバレラが宇宙船の中で宇宙服を脱いでいるのをバックに、オープニングスクロールが流れる。(ちなみに宇宙船の内装は毛皮である。なんだ、このSF)そして、全裸になったところで通信が入り、任務を受けるのだが、モニターに移る上司を前に「すいません。服を着てきます」と言うバーバレラに、「構わん。公用だ。」と答える上司。
意味がわからない。
まぁ、こんな感じでストーリーが続くのだから大体の作品の雰囲気は察していただけると思う。

行く先で、バーバレラが様々な危機に陥る。そのたびに不自然なくらいに男が助けに入るのだが、バーバレラはそのたびに何らかの理由をつけられてセックスをして、最初は渋々だったのが、行為の後では鼻歌を歌って満足しているというシーンが随所にある。
悪党デュラン=デュランの責め方などは秀逸で、ピアノのような機械にバーバレラを寝かせ、鍵盤を引くたびにバーバレラに快感が伝わるらしい。さすが未来だと言わざるを得ない。

この無理やり感が、作品のポップな感じと相まって、妙な魅力を引き出している。さすが歌になるだけある。なにしろ、ジェーン・フォンダがかわいいし、きれいだ。

エロチックと言っても、あくまでエロチックでエロくはない。直接的な描写はないし、その点も安心だ。妙にムラムラすることもない。

ちなみにイギリスのロックバンド。デュラン・デュランはこの映画のキャラから取ってるそうな。
さらに、ドリュー・バリモアがこの映画の権利を取得していてリメイクを計画しているという。
リメイクをするなら、しっかりとこのいい加減さを引き継いでいただきたいと思う。

イメージ 1

好きだなぁ。
初めてみたときは衝撃を受けたものだ。
軽快な会話劇。残酷な描写。なにより、その演出。
一つのストーリーの主人公を時間軸で分けて、そのうえでシャッフルしてある。そのおかげで、キャラクターの魅力はアップし、ストーリーも刺激が増す。

何よりキャラの一人ひとりがいかしすぎる。
中でも、トラボルタ演じるヴィンセントが好きなのだが、その理由は髪型が金八先生みたい。たぶん、似合っていないと思うんだが、皆さんはどう思われるだろうか。
そんな彼が様々なトラブルに巻き込まれるさまはホントに面白い。
サミュエル・L・ジャクソンの役柄もいい。仕事中に起こった偶然を奇跡と信じ、マフィアをやめると言い出し、「奇跡とは何ぞや」という、実があるのかないのかわからない会話をトラボルタと延々とやっている。車の中で、レストランの中で。
懸賞金ボクサーを演じる、ブルース・ウィリスの役柄もいい。八百長を頼まれて、大金を受け取るも裏切り、逃亡しようとしたところに大切な時計を自宅に忘れたことに気付き、仕方なく鳥に戻ったところを偶然にも八百長を依頼したマフィアのボスと鉢合わせし、その後お互い血まみれになるまでもめた後、なぜか二人で拉致されてしまうという、なんでこんな話思いつくんだタランティーノ。

しかも、小道具がこだわっていて面白い。
後ろ姿の印象的なボスは首に絆創膏がある。ブルース・ウィリスの大切な時計は、敵にとられないように尻の穴で守られてきたというもの。トラボルタとジャクソンが途中で着ることになるTシャツのダサさ。
どれもこれもがかっこいい。

タランティーノは好きものだ。
自分の好きな映画がとれている監督だと思う。「キル・ビル」とかその最たるものだったと思う。
羨ましい人だよなぁ。と、表現で食いたい人間の一人として思う。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事