タカオの雑食

とりとめのない映画レビューです。

ら行

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

イメージ 1

初のインド映画である。
ある日、唐突にインドに触れたくなり、中古のCDを買い、「ムトゥ 踊るマハラジャ」を観ようと思ったが、この映画はレンタルで出回っておらず、ネットでもなかなかの値段がついており、断念。
しかし、主演のラジニカーンとは外せず、探して見つけたのが本作。

アメリカ帰りの精神科医サラヴァナンが、親友が結婚祝いに購入した古い洋館にある不気味な謎を解いていく、ホラーなのか、アクションなのか、ミュージカルなのか、ラブストーリーなのか、ジャンル分けがとても難しい。
平たく言うと、何よりもエンターテイメントであり、ネタ抜きに見ても、なかなか面白い。

それは、おそらく文化の違いによるところが大きいのだが、信仰の強い国らしく、途中から出てくる祈祷師は、かなりの重要な役割を持っているし、全員が霊などの超常現象を信じている体で話は進んでいく。
話が進むにつれ、「この問題を解決するには、精神医学と、祈祷が必要」となり、西洋医学と、信仰が同列に扱われているところが非常に面白い。
少なくとも、僕が知っているうちでは「霊の正体は科学で解明できる」か、「科学で解明できない超現象はある」と言う風に、仲よく二つが同居する作品はないように思える。
「科学と、超存在の同居」であるならば、ウルトラマンが最も近い気もするが、あれは宇宙人なので、また趣が異なる。
インドならではの発想だと思う。
化学も受け入れつつ、古くからの信仰も大切にしているのだ。

さらにこの映画はやはり、主演のラジニカーントと、彼に対する演出である。
もう、「ここまでするか?」と言うくらい、彼が引き立つ演出をしている。
「こんな髭のオッサンが、なんでスターなのだ?」という疑問は、一本でも彼の主演の映画を観れば野暮である。
作品を観れば、その過剰なまでの演出で、「わかった!」と言わざるを得ない。
それだけの説得力を持っている。

さらにさらに、歌、踊り。
単純にストーリーだけを追っていれば、無駄な演出の多い映画である。が、やはりそう思う事も野暮なのだろう。
インドでは、映画は騒ぎながら、キャラクターと共に、踊り、歌い、笑いながら観るものだと聞く。
200日間も上映された作品なのだから、みんな映画館で、何度も踊ったのだろう。

シナリオを勉強している身としては、どういう立ち位置で観ればよいのか迷う存在だ。
インド映画はそれほど、カルチャーショックだった。
「こういう映画もある」という事だ。

仏教はとらわれてはいけないと教えているのだし、あまり難しく考えるなと言う意味でも、良い映画だと思う。
映画に寛容な人に、お薦めする。

イメージ 1

あらすじ。元FBI捜査官のグレアムはある殺人事件の捜査の依頼をされ、捜査官として復帰する。犯人は裕福な家庭を残忍な手口で崩壊させる異常者であると、その心理を探るため、刑務所に収監されている連続殺人犯のハンニバル・レクター博士を訪ねる。

と、言うように。これは「ハンニバル」シリーズの「レッド・ドラゴン」と同一の物語であるが、別の作品である。無論、アンソニー・ホプキンスのシリーズと一切関係はない。原作を一緒にしているだけである。後年の「レッド・ドラゴン」はこれのリメイクでもない。
その為、この映画は数奇な運命をたどっている。
原題は「Manhunter(マンハンター)」と言い、日本公開時の邦題は「刑事グラハム/凍りついた欲望」と言うものであった。1991年「羊たちの沈黙」の大ヒットにより、「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」と邦題を変えることになる。
そういった経緯により、「ハンニバル」シリーズのパチもん扱いもされがちだが、本作の制作年度は「羊たちの沈黙」よりも前である。要は、タイミングと資本の問題である。後、運がなかった。いや、運があるのか?

僕は有名なほうのシリーズは「羊たちの沈黙」しか見たことがない。無論、原作小説を読んだこともないので、この映画についてより素直に語れると思う。
主人公のウィル・グレアムはレクター博士に同質の狂気を見出され、自分の中の常識と異端のジレンマに悩まされる。事件の資料を見ながら、独り言を言いながら犯人の心境に近付き、プロファイリングする姿はどことなく狂気じみていて、レクター博士とリンクする。この作品のレクター博士は、アンソニー・ホプキンスのような如何にもな狂気とカリスマは持っていないが、飄々としている中に狡猾さを覗かせて、「ただものではない」感はある。実際、牢獄の中からグレアムを徐々に追い込んでいく。
殺人犯を追いながらも、レクター博士も絡んできて、物語は複雑に絡み合う。
犯人のパンストを顔半分かぶった姿は、いかにも異常犯罪者然としていてよい。
ただ、本作を見て、有名なほうも見ていて、なおかつ原作小説も読んでいる人は結構酷評しているようだ。主に、ラストシーンの犯人の描写についてだが、本作で描かれていないのなら言う文句もない。

問題は、僕がこの先「レッド・ドラゴン」を見たときに、この作品を先に見てしまっているがために色眼鏡で見てしまわないかと言うことだ。有名なほうのシリーズのグレアムは、エドワード・ノートンが演じている。この作品はウィリアム・L・ピーターセンと言う俳優で、少し南米な顔つきをしている。

不遇な作品は誰かが拾ってあげなきゃいけない。
僕は自分のアンテナがいろんな方向に向いていて良かったと思う。

イメージ 1

お互いを色の名前の付いたコードネームで呼び合い、素性の知らない6人の男たちが宝石強盗計画を行った。
しかし、計画はすでに警察に把握されており、ホワイトと重傷を負ったオレンジは命からがらアジトへと逃げ帰る。そこにピンクがアジトに到着し、自分たちの中に裏切り者がいる。と言いだす。

タランティーノの初監督作品。
タランティーノの自主製作盤を、ホワイト役のハーヴェイ・カイテルが気に入り、彼の協力でハリウッド映画として出来上がったのが本作。
ほぼ、ワンシチュエーションでの群像劇となっており、数回の回想シーンを除いてはそのほとんどがアジトとなるガレージでの物語となっている。お互い素性の知らない男たちが目の前の相手を疑い、庇い、誰も信じられなくなっていくという、タランティーノの才能の光る作品。

タランティーノと言えば「会話劇」と言うのが、僕個人の感想だが、オープニングのカフェで男たちがモーニングをとっている時も、その会話の中に「果たして、この映画に必要なのだろうか?」というだらだらとした会話が、各キャラクターを強くしている。「あの音楽は何だっけ?」とか「俺はチップを払う気がない。」とか、たぶん日本の監督はそういう直接物語に関与しないセリフはとっちゃうんじゃなかろうか。
だが、タランティーノは違う。
僕の正直、初見では「なんだ、このだらだらとした会話は?」と思ったが、いちどはまり込んでしまったら、あのだらだらとした感じが妙におかしくて、シリアスなドラマの中の清涼剤となるのだ。

僕はタランティーノの映画を見るたびに、彼がうらやましくなる。
ハリウッドの他作品と比べ、明らかに作風の違う彼の作品は彼の「趣味」で溢れている。一般的に監督よりもプロデューサーが権限を持っているといわれるアメリカ映画界において、彼の作品は彼でしかあり得ない独特の風をなびかせている。
日本でも、作家やクリエイターはクライアントのニーズに応えるために、自分を押し殺している人が大半である。
そう考えると、タランティーノの作品は恵まれている。彼なりの創作の苦しみはあるだろうが、彼の作品にはどれも独特の遊びがあって、子供の落書きのような自由ささえうかがわすのだ。

話を作品に戻そう。
この物語は、途中で誰が警察の人間か。中盤でその秘密を明かす。
それはちょっとしたトリックで、観客はちょっとびっくりするだろう。
そして、お互いの疑いと信頼をかけたクライマックスの数カットは目が離せない。
男の面子と、友情と、プライドがみせる、ホワイトの苦しみが涙を誘う。

イメージ 1

懐かしい。
ロボコップは全部で三部作作られているが、どれも作風が変わる。
一作目である本作は、マフィアに殺された警官がロボコップとして復活し、自分を殺したマフィアとその黒幕をやっつけるという、シンプルな勧善懲悪ものである。

このシリーズの面白いところは、警察が巨大企業のオムニ社の子会社であるということであり、民営化された警察に配備されるのが「ロボコップ」という「商品」であるということ。
なので、作中では警察に卸すロボットのプレゼンの様子が描かれている。そこで、商品としてのライバルであり、後に敵対するロボットが登場するが、CGもない時代。懐かしのストップモーション・アニメで動くそいつがあまりにも素敵である。

ロボコップは、自分が人間であった時の記憶と機械である現実とのジレンマの間で苦悩する悲しいヒーローである。そこに、巨大企業で全体の見えないオムニ社の思惑がロボコップ自身にも隠されている。
その辺は仮面ライダーと重なるところがあるが、ロボコップはオムニ社という縛りがあり、これがシリーズを通してドラマを起こしている。

僕が小学生の頃、近所に当時珍しかったレンタルビデオ店がオープンし、そのセレモニーで「ロボコップがやってくる」と言うイベントがあり、ロボコップが大好きだった僕は意気揚々と出かけた。
まだ家にビデオデッキもなかった僕は、レンタルもできないビデオの棚を見ながらロボコップを待った。
そしてロボコップは正面のエントランスから入ってきて、子供たちと握手したりしていた。
僕も列に並び、ロボコップと握手をしたが、気ぐるみの巨売れるなゴムの匂いを覚えている。

ちなみにロボコップのデザインは「宇宙刑事ギャバン」から来てるらしい。制作の前にデザインの流用の許可を求める手紙が送られたという。

リメイクの計画があるそうだが、本当だろうか?

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事