タカオの雑食

とりとめのない映画レビューです。

雑記

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頑張るという事

パソコンに向かい、プロットを描く。
うまく進まない。
主題を置いて、それから離れないように。
起承転結を意識し、読みやすいように。
何より、面白いように。

長い長いマラソンのようだ。
先は見えない。

僕の目指している業界は、あまりきれいなイメージを持たれていない。
しかし、僕は綺麗に収まるつもりもないから問題ない。

綺麗でいようとすると、気に入らない事が沢山出てくる。
しかし、そういうことを放棄すると、たいていのことは気にならなくなり、集中できる。

最近、「頑張る」とは、そういうことなんだなぁ。と思う。

4時48分 サイコシス

脚本塾の先生の舞台。
「4時48分 サイコシス」初日。
行ってきました。

作品はサラ・ケインという英国の劇作家の戯曲。
「4時48分」とは、午前4時48分を指す。うつ病に苦しむ彼女が、毎朝この時間に起床し、薬の影響の抜けたクリアな状態で執筆していたことによるものです。
サラ・ケインはその後、作品の上映を待たずして自殺します。
作品は、ストーリーを持たず、断片的なイメージで構成され、役者の人数も、登場人物も明確でなく、とても難解な脚本だそうです。
しかし、難解である半面、その詩的な世界に魅入られ、世界中の演出家が舞台化し続けています。

なので、今回は主演・演出を手掛けた「花野編」と申しましょうか。
主人公のうつ病を患う女性作家が、精神科医と恋に落ち、苦悩と葛藤の末、魂が浄化され、解脱されるまでを描く。
そのような内容になっております。

実は、僕はこれは一度朗読劇で見てまして。
拝見するのは二回目になります。
前述したとおり、原作な難解な戯曲なため、その解釈も様々となるわけです。
実際、今回の芝居と前回の朗読劇では全く違う印象を受けました。
朗読劇も先生が演出をされてまして、出演者も少しかぶっています。プロトタイプのようなものだったのかもしれません。

今回、舞台には引力のようなものがあると感じられました。
生で見る迫力。会場が一体になり、感情を共有する快感。
プロの仕事を感じると同時に、そのプロを相手取り、僕も、これだけ人を魅了する作品を描きたいと強く願いました。

舞台は今年一年やっています。
1000円で安いよ。
詳しくはこちら
http://www.hananojtheater.com/index.html

創作とマンガの話

仕事中に「海馬を失くした人は、死んだ人をいつまでも憶えている」とメモに書いていた。

交通事故で母を亡くした少年は、海馬に重篤な損傷を受け、新しいことを覚えることができなくなる。
彼の記憶は事故以前まで。それ以降の彼の記憶が更新されることは無い。
なので彼は毎日「母さんは?」と訊く。
教えても憶えることは無い。
しかし、そういうやり取りの中、家族は亡くなった母親が彼の中では永遠に生き続けていることを知る。それは、家族が立ち直るきっかけになる。

という物語を漠然と考えていた。
記憶障害のお話は「メメント」ととか「博士の愛した数式」とか結構あるので、今更、ちょっとなぁ……。と、思ったり思わなかったり。

昨夜、久しぶりに望月峯太郎のマンガ「鮫肌男と桃尻女」を読んだ。浅井忠信主演でヒットした映画の原作である。
しばらくぶりだったが、何度読んでも面白い。やっぱり、望月峯太郎は凄い。
俺はこの人みたいになりたかった…。
作家としての俺の骨子に明らかに影響を与えていて、僕の処女作はこの作家の「バタアシ金魚」へのオマージュのような作品であった。
脚本書くようになっても、たまに読んでは刺激を受けてしまう。

そして、帰りにブックオフにて「続・紺野さんの日常」「封神演義」を買ってきた。

なんか、マンガが恋しいこの頃…。

青い

仕事中、ふと浮かんだ言葉をメモしといた。

「孤独は人を殺すが、孤独は決して厳しくはない。むしろ優しい。」
「もし、あの時代、ツイッターがあったら、三島由紀夫は自決の前に呟いただろうか。」
「もし、あの時代、ツイッターがあれば、日航機に乗っていた人たちは遺書を残せたかもしれない」
「作家は本質的にクズなのか?」
「もしあの時、アイツを殴ることでできたら俺の人生は、変わっていたと思う。」

相変わらず根暗なタカオでした。
でも、こういう問いを自分の力にするか、無駄にするかはさじ加減だよね。
今日は、もう、難しいこと言わな〜い。
終わり!

フグタサザエという女

日曜にサザエさんを見ていたんだが、サザエが赤字の家計に色々と節約をするような話で、途中にマスオと波平の「愚痴をこぼしても給料は上がらんしなぁ」というセリフが泣かせるのだ。
サザエとフネは、節約に節約を重ね、育ち盛りのカツオたちのおやつも少なくなってしまった。

サザエ。パートをすればいい。

あのアニメの世界は、男尊女卑で女を働かせないのか。あるいは、女が働こうとしない世界なのか定かではないが、女性が当たり前に社会進出する現代社会で、サザエの生きがいとはなんだろうかと疑問を抱いてしまう。
タラちゃんは、まだ幼いので働かないかもしれないし、家族が生きがいのひとつであることは間違いないが、サザエ自身の個人的なアイデンティティは、どこに存在するのだろうか。
マスオの背広に入っていた、「スナック」と解りやすく書かれたマッチに異様なほど怒り狂う女である。
束縛の強い女なのであろう。
そのうえ、カツオのような狡猾さと、コツ鬼はない経験をもってして、たまに怒られるものの、したたかな面を持つ。

寺山修二をして、「娼婦になるほか、生きる資格のない」とまで言わしめた女。フグタサザエ。
マスオが婿養子同然で同居している理由もその辺にあるに違いない。

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