Long Goodbye 1981

日々思ったことをひっそりと

引っ越します

いろいろ思うことあって、
チャラくいきたんでアメブロに引越します。

http://ameblo.jp/longgoodbye1981/

以後は上のアドレスにて更新します。
引越し機能を使ったところ、エントリーした記事のいくつかが消えてしまったので、
YAHOO!ブログのほうも残しておきます。

お世話になりましたー♪





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タルホ

最近、稲垣足穂の短編を読み返している。
数日前、まさか京都スタートの公開も始まった映画『弥勒』も気になるところだし、
やはり偉大な作家ですよ本当。
荒俣宏監修の著書『知識人99人の死に方』を読むと、晩年になっても温厚にならず、
痛快なくらい嫌なジジイで惚れる(笑)

足穂はデビュー作『一千一秒物語』を発表すると、瞬く間に芥川龍之介等に絶賛され、当時のモダン派文学の
筆頭のよう存在になったが、やがて低迷。一説によると当時の文壇のトップに居た川端康成と仲が悪かったため
文壇から干されていたともいわれている。
足穂も川端の文学を『千代紙細工』とばっさり斬って捨てている。

そんな足穂だが、後に三島由紀夫の猛烈なプッシュもあり、昭和44年に『少年愛の美学』で第一回日本文学大賞を受賞、一気にメジャーな存在になる。
しかしそんな三島を足穂は「ケンランたる作品が多いけど、ドキッとするものがないや」とまさかの低評価を下すという徹底したわが道の行きっぷり。

中央公論社の日本の文学シリーズの34が内田百痢∨厂鄂一、稲垣足穂の三人の作品集である。
当シリーズの編者でもある三島由紀夫が、同書の付録の中で澁澤龍彦とタルホの世界について対談をしており、これがかなり興味深い。少し長いが一部抜粋しておく
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三島:「ファヴァリット」(足穂傑作短編)にも、少年期というものの、もろい、すぐ過ぎてしまうものへの愛情があります。稲垣さんに言わせれば「地上とは思い出ならずや」というんですからね。
われわれの存在自体が影で、思い出なんです。思い出というものは、だれかが未来でわれわれのことを思い出してくれているんですね。そのためにわれわれは生きているんであって、
われわれはなにもお互い同士で言葉を話すこともなければ、結びつく必要もないんです。影ですからね。稲垣さんは、それをちゃんと知っている人で、すごいんです。
澁澤:ああいう人はどうなんでしょうかね。僕がふしぎに思うのは、スタイルというものはあるんだけれども、スタイルを練ったという形跡は一つもないでしょう。
三島:一つもないんだけれども、それをしょっちゅう改訂版を出したり、古いものをいじくっちゃ、やれこれが決定版だとか…
澁澤:だけれども、あれは材料をつけ加えるんであって、文章はぜんぜん…ちょっと考えられないですね。
三島:その文章に、たとえばおとなの作家は普通なら菓子というでしょう。それをお菓子というふうに「お」をつけたりするところが、またとてもかわいいんだ。
澁澤:「なになにでない」というでしょう。「ではない」ではなくて「でない」という、なんかちょっと舌足らずみたいな、非常に面白い子どもの用語ですね。それに、てにをはが
ちょっと間違えるかなと思うんだけれども、間違えないんですよ。不安定の安定。柔構造みたいに。
三島:皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」みたいに、音がどっちへいくのかわからないようなところに危機感があって、それがとてもかわいいの。声がもう一つかすれちゃう、
かすれちゃうんだけれども、なんとか歌い込んじゃう、ああいうかわいさなんだな。いちばんラストのタンゴ、タンゴ、タンゴというところの、あの一生懸命な息せききった、
ああいうものが稲垣さんのスタイルの中にあるんです。そうかと思うと、がたんと今度は非常におとなしいところが出てきたり。
澁澤:ノンシャランでシンセリティのある。
三島:それでユーモアがあるでしょう。なんかで僕、いまだに思い出しておかしいのは、お能のお師匠さんが、飛行機のことをヒギョーキというんですよね。お能の師匠というのが面白い。
それから作品中の天才少年がたいてい気違いみたいな子で、ものすごい秀才みたいなんですけど、学校がぜんぜんできなくて、未来派だのキュービズムに凝っていて、
いろいろ変なことをやるんですけれども、おしまいに、たいてい道徳的に堕落して、めちゃくちゃになって、この世から消えていってしまう。そういうのが原イメージで出てくるんですよね、絶えず。
なんかそういう子どもたちが、みんな育ちがいい感じがする、不思議に。下品な子じゃない。だいたい青いランタンのついた西洋館に住んでいるんです。
澁澤:普通の人がやったら、あんなに西洋館が出てきたりなんかしたら、見ちゃいられないでしょうね。
三島:ところが稲垣さんのを見ると、ホテルが二十階建になろうが、三十回建になろうが、ハイカラなものに対して、そう時代おくれにならないんだよ。その時点においてすでに思い出であり、
ノスタルジアだからですね。
澁澤:つねに先んじているわけですね。そうなんだな。
三島:現実が思い出なんですからね。
澁澤:そうすると、未来とか何とかいっても、結局みんな過去なんですね。時間概念としては仏教的だな。
三島:過去なんですよ。それはお能とぴたり合うんです。お能はドラマがみんな終わっちゃったところからはじまるでしょう。現実に進行していることは、みんな過去なんですからね。
いま僕が美しいとお能の舞台を見たものは、とっくに死んだ昔の恋物語ですから、そこに存在するはずがないんですよね。お能にはそういうトリックがあるんですね。
普通の西洋の芝居は現在目の前で美しいと思うものは、現在進行しているという、そういう約束のうえに成り立ってるでしょう。
澁澤:そうすると、そういうところに稲垣さんの文学も生きているわけですね。
三島:「A感覚とV感覚」なんかでも、ずいぶん思いきった理論ですね。ワギナの感覚というのはもとではなくて、アニュスとの感覚が原型だということをいうでしょう。
そこから派生したものだというんでしょう。Pなんていうものは問題じゃないんだというんだから、人類史ひっくり返しちゃうんだ。これはびっくりしたね、ほんとに。
澁澤:僕はこれはたいへんのものだと思うんだ。オットー・ヴァイニンガーだとか、いろんな人がいましたね。あんなものはひっくり返っちゃうわけだ。セックスの文明論にとどめを刺すようなものだ。だって一元論だもの。
三島:完全に一元論ですね。これは不思議な考えですよね。
澁澤:不思議な考えですよね。ヨーロッパ人にも考えつかないでしょう。この徹底した一元論は。
三島:だって、人類の生殖とかそういうものを全部否定しちゃうんですからね。そして個人個人は完全にばらばらで、個体は空虚へと、宇宙へと、虚無に直面して、そのなかへ流星のように消えていくんでしょう。
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また、この対談の出だしのほうで三島は
「僕はこれからの人生でなにか愚行を演ずるかもしれない。そして日本じゅうの人がばかにして、もの笑いの種にするかもしれない。…ただ、もしそういうようなことをして、日本じゅうが笑った場合に、たった一人だけわかってくれる人が稲垣さんだという確信が、僕はあるんだ」
とも語っている。この対談は昭和45年5月に行われている。およそ半年後の11月25日、ご存知のように三島は市谷駐屯地にて割腹自殺を行っている。

およそ二年後、「ラテン系日本人とサクソン系日本人」という題された、批評家・ジャーナリスト草柳 大蔵との対談において、足穂は三島に評して「悪人と悪党は違う。悪党は野望に燃えているが、悪人は悪に絶望している。三島は悪党だったが、川端は悪人だった。その点において、川端のほうが上やね。どのみち、「かなしさ」とか「ものの尊さ」とかいうものを知らなかったという点においては同じといえるな。」とどことなく哀愁を漂わせつつもいつものように一刀両断している。
足穂は作家の自殺を単に物質的な人間の自殺としか評価せず、作家の死などとは全く関係なく完成された一世界として作品が存在するというようなテクスト至上主義とも云えるような立場に立つ。
先の対談で草柳の「自殺した文士というのはたくさんおりますね、北村透谷から三島由紀夫にいたるまで。あのなかではどれがほんとうの文士の自殺とよべますか。」という問いに対して、
「まあ、自殺は自殺なんだから、ほんとうもウソもないんじゃないですか。文士だけが自殺するんじゃありませんからね。それを文士の自殺にかぎって、なにやかやと持ちあげるのは世相への迎合ですね。」
と冷静に批判している。続けて
「ぼくは牧野信一をよく知っていたけれど、あれなんか放蕩の果ての破滅ですね。アルコール中毒ですよ。ぼくだって放蕩も中毒も経験あるけど、それに辛抱できる訓練をしていたら、自殺なんかすることないんだ。太宰だってそうなんですよ。なにも文士として自殺しているんやないんやから、持ちあげることはないんだな。」「三島というのは希代のヤマ師なんですよ。深刻ぶって自殺するんだったら、その顛末を克明に文学で書いたらいいんですよ。」と続けている。それは、先に挙げられた作家たちとある種共通した詩的世界を共有しつつ、愛憎なかば入り乱れた形で作家の死の美学を批判し、此岸的居直りを強調した同時代の作家・坂口安吾とは決定的に違い、物質の物質性にとことんこだわり、そこに“美のはかなさ”を見出す足穂の一貫した哲学を考えてみればもっと本質的な作家の死の美学への批判といえるだろう。
そして、現代においても、タルホの「宇宙的郷愁」、物質の物質性の極限に眼差しをあてて、そこから彼岸的光明=美を見出す哲学はとても重要ではなかろうかと思われる。

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例によって更新が滞っているのだが、何を言葉にしてここに残すべきなのか。
あるいはこう言っても良い。「僕には何を語ることができるのだろう。」
考えれば考えるほど、僕に書けることなんかあるのかと迷路に入っていく。
思えば、僕には好きな音楽(しかも極端に偏った)をちまちま語るぐらいしかひとに伝えるべき言葉を
持っていないのかもしれない。
そして、音楽の方では僕の言葉なんて必要としていないだろう。

しかし書くのである。
なぜなら僕が言葉が好きだからである。それ以上の理由はない。

言葉で音楽を辿っていくとぎりぎりのところでとらえることのできないあの「地点」。
しかし、あの領域の周辺をぎりぎりさ迷いつつも決定的に捉え逃す網目のような言葉だとしても
そこからしか音楽は語ることはできないし、そこからしか共感可能性は生まれない。
そしてその共感可能性こそが世界である。
早速のっけから言い訳じみてきたが、それでは今回は好きな音楽について少しばかり書いてみよう。
そして書くならば、ふとした何かの手違いでここに
辿りついてしまった人(そんな人が今後現れたとして)に何かしら引っかかるものを与えることが
いつかできたらと思う。

で、ハードコアパンクである。
僕は80年代の中南米のハードコアパンクが好きで、その原始的で粗野なエネルギーの塊のような
音の洪水に過去、幾度となくこころを踊らされたものだが、こういった物言いもひょっとしたらヨーロッパ中心主義的な文脈に毒された一種のオリエンタリズムなのかもしれない。
たしかに、ここ、僕たちPUNK周辺の人間にとってラテンハードコアのある種紋切り型の受容の仕方というのは
ポストコロニアリズムが問題としたようなオリエンタリズムといえなくもないかもしれない。
しかし、これから下に挙げる幾つかの音源の魅力はそんな問題より、
更に言えばパンクなんて言葉よりもっと本源的な、我々が途方もない爆音の前に立ち会ったときに陥ってしまわざるを得ない思考停止的状態のような、魂のふるさとのようなものに我々を限りなく近づかせる<何か>のような気がしないだろうか。




























そうでもねえかーー!!






Ulster - M-19 (EP 1995)
ブラジルの覆面ノイズコア。82年のデモ音源。音の洪水かっこいい。ジャケのTシャツ欲しい。



Restos de Tragedia - Ser y no ser EP ( 1989 )
コロンビアの超極悪ロウスラッシュ!!若干のメタル要素が悪さに拍車をかける。
まさしく治安と比例するような極悪な音。


Solucion Mortal - No Tengo Amigos
メキシコ最古のハードコアパンクバンド。"WORLD CLASS PUNK"や"NETWORK OF FRIENDS"など
数々のワールドワイドなパンクコンピに参加しており、パンクを世界的な視座で捉えたときでも重要なバンドであることは間違いない。スタジオ音源は一切残さずという徹底ぶり。この曲も当時の熱気がダイレクトに伝わってくるようなアツいライブテイク。



Atack Epileptico - Cemit辿rio, seu futuro lar
亜熱帯地区でのみ生息する針葉植物のようなスパイキーヘアのメンバー写真がナイスな
ブラジルのクロスオーバースラッシュ。全てがコントロール不能の衝動でのみ構成されているかの如く
圧巻な熱量を誇る名曲!!


BRIGADA DO ODIO.wmv

「崩壊」という言葉にピリオドを与えるかの様な混沌とした音。かのOLHO SECOとのスプリット音源である。
85年の狂気!フランスのRAPT(こちらも85年)に思わず整合性を見出してしまうような正にNOISE NOT MUSICな存在。

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