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櫻井圭記
アニメ脚本家
学生の頃、長期の休みに入るたびに、バックパックを背負って世界各地に一人旅に出かけるのが常だった。あるアメリカの片田舎の村に立ち寄ったときのことである。僕は、ネイティヴ・アメリカンの老人に、彼の部族に伝わる天地創造の神話を聞かせてもらった。その内容があまりに「バベルの塔」の物語とそっくりなことに驚いたのを今でもよく覚えている。僕がそのことを指摘すると、老人は笑って言った。「なぜ世界の別々の場所に、同じような神話が伝わっていると思うか?」と。僕は答えられなかった。そして何度聞いても、老人は自分が考える答えを教えてはくれなかった。
無論、古都バビロンに実在していた聖塔ジッグラトをベースに創られた神話であることを思えば、世界各地に「バベルの塔」を彷彿とさせる伝承が見出せるのも、実はそれほど不思議なことではないのかもしれない。だが、老人の質問の意図は、もっと別のところにあったはずだ。
かつて人々は、互いを心の底から理解しあっていたのではないか、という過去に馳せる夢。なのに、いつからか心がバラバラに離れてしまった、という現状への嘆き。それでもなお、互いを信じあいたいと望む、未来への切なる願い。そうした想いが、世界各地に同じような神話を産んだのではないか…。
今の僕だったら、おそらくそう答えるだろう。
あの老人にいつか再会することがあれば、もう一度だけ、あのときの答えを聞いてみたい。
【映画バベルについて】
メキシコ、モロッコ、日本を舞台にした別個の物語が、次第に一つに収斂していく妙。悪意がある行為ではないのに、なぜか次々にボタンがかけ違えられていく悲哀。そして、随所に散りばめられた旧約聖書の暗喩…。
全てのシーンがクールな「理性」によって、綿密にたてよこ計算されていながら、一方で作品の核となるべき「感性」もまた、最後の最後までホットな新鮮さを失うことがない。ダイナミックにうねるドラマのエンタメ性と、首尾一貫した強靭なテーマ性が、高次元でバランスを保っている怪物的な作品だと思う。
洋画部門のマイベスト10を、久しぶりに書きかえなければならなくなった。
【プロフィール】
1977年6月9日生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院在学時に脚本家としてのキャリアをスタート。2002年にアニメーション制作会社のプロダクションI.Gに入社。主な脚本担当作品は「攻殻機動隊Stand Alone Complex」「お伽草子」「劇場版xxxHOLiC 真夏ノ夜ノ夢」「精霊の守り人」など。
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