鈴木 裕史
放送作家
僕が何度もその歌に心を揺さぶられた、ある女性ミュージシャンがこんなことを言ったことがある。
「私が作った歌は、世に出た瞬間に私のものではなくなる」
自分が作詞・作曲し自分で歌った「想い」が必ずしもそのまま聴き手に届かないことを彼女は痛切に感じていたのだ。聴き手の僕が共有したと思い込んでいた彼女の「想い」は単なる幻想かもしれないことがショックだった。
それから十数年後、僕は放送作家という仕事についた。意外にもテレビやラジオの番組の作り手として視聴者が番組をどう受け止めたのかを知る術は驚くほど限られていた。確かに視聴率の数字さえ上がればビジネスとしてはOKかもしれない。しかし、それはコミュニケーションとして成功と言えるのだろうか?
「想い」を誰かに伝えて共有するのが思ったより難しいことを今さらながら実感する日々。迷ったとき、僕はいつも冒頭のミュージシャンの言葉を思い出す。それでもできるだけ多くの人に「想い」を伝えるために、知恵を絞り出すのが僕らの仕事。映像で、ナレーションで、音楽で、テロップで…。あきらめたらコミュニケーションは始まらないのだ。
【映画バベルについて】
争いの絶えない世界。人類は我々が想像する以上にバラバラだ。
『バベル』に描かれた、我々が分かり合うために必要不可欠なヒントから目をそらしてはいけない。
たとえそれが深い悲しみに包まれていたとしても。
【プロフィール】
報道からバラエティーまでなんでも屋のエンタテイメント職人。
現在「Future Tracks→R」(テレビ朝日)「Growing Reed」(J-wave)「TOKYO CONCIERGE」(J-wave)などを手がける。
「インターネット的エンタテイメント屋の日々」 ウェブサイト:
http://www.suzukinet.com/
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