ここから本文です
ブログ始めました!
 とうとう我々の演奏旅行も最終日。ワルシャワのホテルに別れを告げて空港へと向かう。
 この Polonia Palace Hotel は1913年築の由緒あるホテル。1階のレストラン「Strauss」での朝食はおいしかったぁ。いつかまた訪れてみたいもの。
イメージ 1

 ワルシャワ空港では、各自ランチ。
 私はもちろん旅の終わりを惜しみポーランドビール ZYWIEC で乾杯。
 合唱と旅とビールとを楽しめることに感謝しつつ。
(了)
イメージ 2


この記事に

 ポーランドの旅も残すところ僅か。今日はワルシャワ周辺を観光。
 
 音楽関係団体としては外しちゃならない、ショパンの生家があったジェラゾヴァ・ヴォラへ。
 ショパンの父は、この地に住んでいたスカルベク伯爵家の家庭教師、母は伯爵の遠縁にあたるそうだ。我々が訪ねたその日、生家でのピアノコンサートイベントがあり、ショパンのピアノ曲を聴きながら公園を散策するという幸運に恵まれた。きっと当時も庭を歩くと、彼が弾くピアノがこんな風に聞こえてきたに違いない。
これぞ、神の思し召しか。

 午後はワルシャワに戻り、旧市街へ。
 第二次世界大戦で徹底的に破壊された旧市街は、市民の力で「レンガのヒビに至るまで」復元され、14〜15世紀の街並みを取り戻し1980年に世界遺産になった。

 そんな街をのんびり散策。
 そこに突然のにわか雨。一角にある郵便局で雨宿り。
 同じような人たちと視線を交わすと無言で微笑んでくれた(止むといいですね)
 雲はめまぐるしく動き流れていく。と、20分ほどで雨が止み陽がさした。
 濡れた石だたみが呼吸するようにきらめいた。

イメージ 3

最後の夕食は・・・ショパンも通ったという1826年開業「Honoratka」。
 地下倉庫のような趣のあるレストラン。
イメージ 4

   夕食後、歩いてホテルまで帰る人も。
 夕暮れのワルシャワは、なぜか我々をとても暖かく見守ってくれているような気がして、どこか懐かしさを感じるほど。
 各自、最後の夜を満喫したに違いないよね。

      (ショパンの心臓が眠る 夕暮れの聖十字架教会)
イメージ 1

この記事に

 バスがひた走ること約260km。近づいてきたワルシャワの街は、さすがに首都だけあって近代的な街並み。

まず立ち寄ったのは、ワジェンキ公園。
ポーランドはショパンを生んだ国。ワルシャワ周辺には多くのショパン関連の見所があり、公園内にもショパンの銅像が。早速記念撮影。
ちなみにショパンの横に立っているのは、彼が好きだった柳の木だそうで。
イメージ 1

 ホテルへ向かうと市の中心部の、それもど真ん中に、やや煤けた石造りでクラシックな高層ビル。「文化科学宮殿」。社会主義だった1950年代にスターリンが建てた遺物だ。
 また、第二次世界大戦中のワルシャワ蜂起(20万人前後の市民が犠牲になった)で、最後まで市民が立てこもったビルなどが、今は何も語らずに建っていたりする。今はオフィスビルらしい。

 ガイドのそんな案内を聞いていると、日本は過去、他国に征服されて国名が変わったり、分割されたり、国の主体が変わったりしたことがない世界でも稀有な国であることに改めて感謝すべきと思えてくる。

 夕闇が迫れば、そんな古きものと新しきものが溶け合っていく。
 (右側のとんがったビルが文化科学宮殿)
イメージ 2

この記事に

 昨日、演奏会を終えた一行はバスで一路、これも世界遺産であるザモシチの街へ移動。打ち上げで「今夜からは気兼ねなく飲めるぞ!」と息巻いていたのは誰だったか。
確か、その後、中央広場のテラスでポーランド名物 ウォッカの口当たりの良さにおかわりしていましたよね。

 さて、一夜が明けてザモシチの観光へと散策開始。16世紀の貴族ヤン・ザモイスキが作り上げた城塞都市でイタリア・ルネッサンスの美しさを今に残す街。
市庁舎をバックに、アイドルグループ風にパチリ。
イメージ 1

城壁に上がるとザモシチの街が一望。
星形に似た要塞構造は、函館の五稜郭を思い出す? 調べてみたら星形の築城様式は15世紀にイタリアで生まれたというから、起源はつながるのかもしれない。
イメージ 2

さて、ここからはポーランドの首都ワルシャワを目指してひた走る!




この記事に

 さあ、待ちに待った演奏会当日。ヤノフルベルスキは快晴。

 Kosciol sw Jana Chrzicielaでのミサは、我々のためにか特別な格式で行われるそう。冒頭、神父様による我々の紹介に、あふれんばかりに集まった町の人々の熱い視線と高まる期待、こちらの気持ちも自然に熱くなっていく。

  下の写真、歌っている我々の目の前には、真っ白な礼拝用の服に身を包んだ子供たちが大勢座っていて、ミサの間中、ともかく興味深げに見つめられて照れ臭かったっけ。
イメージ 3

 この教会で2回のミサで歌った後、演奏会会場となるParafia Rzymskokatolicka p.w. sw.Jadwigi KroloweJへ。控室で開演の15:00を待つ。
 ところが・・・・開演10分前になっても教会内の聴衆はチラホラ・・・あ、これはマズイぞ・・・・実は演奏会の告知を忘れてましたなんてオチじゃ無いだろうなぁ。

 実はこの日、ヤノフの街では昼過ぎから消防隊のイベントがあり、町民はまずそちらに出払っているらしく、15:00までにイベント終了のはずが遅れているとの知らせ。おやまあ、やっぱりハプニングは続くもの。

 遅れること30分。だいぶ席が埋まった段階で演奏会は開演。
 歌い進むにつれ次から次へと町の皆さんが入場してきて、教会内が埋まっていく様子に我々もお互いに目と目で「よかったぁ」

 演奏会のアンコールは「あかとんぼ」と恒例「O Sactissima」を会場の方々と歌う。
イメージ 2


 夢中で歌い通した約1時間半。熱い拍手の中、教会を出るとポーランドの爽やかな風が耳元で褒めてくれたような気がした。

 真ん中で片山先生の右側に並ぶ青いドレスの方がソプラノの広瀬先生。ミサでの聖体拝領の際にソロで歌われたのがグノーのAve Maria。参列した人たちが天井から降ってくるその声を見上げるように喜びの表情を浮かべていたことが忘れられない。
イメージ 1




この記事に

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事