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ケセラセラてなんやねん?

京都・大阪時代

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大阪の思い出(8)

若い頃、JR大阪駅前の丸ビルでデートの待ち合わせをした。
彼女は、小柄でコケティシュな雰囲気の子。
初めてのデートで彼女の知っている店に付き合わせられた。
アングラ風で店内は暗い。絨毯やカーペットが敷き詰められ、靴を脱いで店に上がる。
客は寝転びながら珈琲を飲み談笑する。
良いも悪いも私にとって違和感のある場所。
結局、デートはその一回きりになってしまった。

シャンクレール

昔、京都府立医大近くの「シャンクレール」というジャズ喫茶に行ったことがある。
家屋の二階側。狭い階段を上がった小スペースの喫茶だった。
コーヒー一杯を前にして、頭を垂れ腕組みをし、沈思黙考の姿勢で1時間も2時間もひたすらジャズを聞き続ける。
それがカッコいいと思われてた時代だった。
でも暗い。

昔、大学浪人時代2年間神戸に住んでいた。そして生田神社近くの予備校に通った。
神戸の街の文化の高さを実感したことがある。建物などの建築や芸術に対してではない。
それは下水道・水洗トイレの普及率にである。当時はまだ、かなり大きな都市でも汲み取りが多かった。
しかし神戸は、ほぼ100%の普及率。斜面の街という地形が、下水道の敷設に都合が良かったのだろうか。
例えばアジア、アフリカ、中南米などの開発途上国の文化の高さは、上下水道や水洗トイレの普及の度合いで、はかれるんじゃないかと思う。

人生三分法

若い時分、京都の私大学長の講演で印象に残った話がある。
「人生60年として、三分に分けなさい。最初の20年は、自分の成長のために使いなさい。次の20年は、自分の人生を謳歌しなさい。残りの20年は、社会に恩返ししなさい」。
わたしの人生も、社会への恩返しの年齢。今までやってこれたのも、周りの人たちの助けが大いにある。
少しづつでも、お返しをしなければいけないのに、まだまだ自分だけのことに汲々としてる。
私の場合、人生90年として社会への恩返しは60才からにして(虫が良すぎる)。

京大西部講堂

昔々、京大構内にあまり大きくない木造の講堂があった。ボロボロの建物。時々、ゲリラ的にミニライブが催された。私は当学生ではなく部外者だが、ライブを時々見に行った。
今でも覚えているのが、憂歌団とシーナ&ザ・ロケッツ。両グループ共、メジャーになる前の演奏だった。メジャーになれるほどの個性があったから覚えているのか、メジャーになったから覚えているのかが
もうはっきりしない。(今日も働いて2000円!一日働いて2000円!)
その後、京大西部講堂は焼失したと聞いている。

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