青島満帆

戦争は、勝った側も負けた側もこんな馬鹿馬鹿しいことはない」黄瀛

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青島人は勉学意欲旺盛

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8月の話に戻る。
このブログはリアルタイムの日記ではないから、ご了承ください。

今年の青島の8月は霧ばっかりだった。
日曜日のたびに雨が降った。
折角はるばる遠くからやってきた観光客を見ると気の毒だった。

8月のビール祭りも霧の中だ。
写真がなかなか撮れない。

そんな中、天津で日本語教師をやっているO氏とG氏がやってきた。
早速、匯泉広場で催されている青島ビール祭りへ案内した。

―O氏から送られた旅行記の中から一部を紹介する―

「ようやく闇に包まれた海岸線の遊歩道から、「ビール祭り」の会場へと移動した。
『ドイツビール』『朝日ビール』『青島ビール』などの大きなテントがあって、
そこの一角で、生ビールを飲んだ。もちろん人はわんさといた。

テントの中には臨時のステージが作られ、若い歌手の卵が大声でがなりたてて、今流の歌を歌っている。

“夢中でセロを引いている床下で、子狸が病気を治している。
ゴーシュがセロを弾くのを止めると、親狸が抗議に出てきた”

と、宮沢賢治の小説にあったが、私がその子狸のようである。
病気ではないがビールを飲みながら聞いていると、血液の循環が良くなっていくようである。

そこを出て、タクシーで市内へ出た。
やや腹も空いていたので海鮮料理屋へ入って、新鮮な海産物を食べた。

チンタオの海鮮料理は新鮮である。そして安い。店屋も多い。食事時になるとどこも満員である。
品数としては特別目新しいものは並んでいないが、しいて言えば貝類が豊富であった。
チンタオビールと海鮮は、似合いの食べ物である。」

O氏たちのツアー二日目は労山に登り、夜は二人で海鮮料理屋に入ったそうだ。
そのときの様子はこう書いてある。

「私たち二人は一軒の海鮮料理屋へ入って、注文をして、ビールを飲んでいた。
このときは二人の話が弾み、議論となり、やっと合意点にたどりついて、長い話を終えた。
この間、約4時間かかっていた。
もっとも『話が弾み、議論となり』といっても、会議のようにそのことばかりを話していたのではない。ちらちら隣の席の人の会話にも注意を払っていた。

ここで面白いことに気づいた。

私たちが4時間ほど座っていた間に、隣の客は3組入れ替わった。
最初の組は中国人同士のカップル、二組目が女の子を連れた夫婦もの、
3番目の組が中国人と日本人の若いカップルである。

一番目の組は、純粋な中国人で、話している言葉は中国語だけである。

二番目の組は、中国人で、中国語で話していたが、
可愛い女の子が帰り際に我々に向かって
「さようなら」
と綺麗な日本語で挨拶してきた。

驚いて日本語で

「日本語が上手ですね」

と返事を返したら、女の子は何を言われたか分らずポカーンとした表情をしていた。
すると母親が

「あなたの日本語がおじょうずで、ほめてくださったのよ」

という内容のことを、すかさず中国語で言って聞かせた。

母親は、私たちの返した日本語の言葉を聞き取る力があると判断して、
私たちが「すばらしい」といってほめると、

「私よりも、私の夫の方が、日本語が上手です」

と、はっきりした日本語で言って、夫を立ててきた。

夫はニコニコ笑っていた。いい感じの夫婦であった。

三番目の組は、若い男女のカップルである。
女の方が初めから終わりまで日本語を使って話していた。
初めは変な感じの言い方であったが、
だんだん話が進んでくると日本語であることがわかった。

女の方が男の人に向かって、30分ほど連続して日本語ばかりで話を続けていた。
男の方は、日本人のようで、時折相槌を入れるだけである。

彼らも私たちよりも先に席を立った。帰り際に

「日本語だけで、それだけ長く話せるのは素晴らしい。勉強しているんですね」

とほめると、女のほうは喜んでいた。

互助教授のカップルであるか、恋人同士であるか知らないが、
ここにも日本語を勉強する若者がいることを知った。

考えてみると、たまたま隣に座った三組中、
ふた組までが日本語を話しているか、日本語を勉強している組であった。

偶然とはいえ、チンタオの日本語の需要は多いということを、
身をもって感じたひと時であった。」

天津に比べたら青島はローカルな街だ。
飛び込みで入ったレストランで、二組もの日本語を話す中国人に出会ったとは。
Oさんの印象も当然だろう。

青島で日本語を教えている私にとって、それは励みになる。

今日(12月17日)午後、私の部屋で日本語サロンを開いた。

狭い部屋だから限定5名の予定だったが、6人の若い男女が来てくれた。

私の部屋は、勉学意欲旺盛な若者たちでしばし華やいだ。

O氏たちの青島ツアー三日目は雨にたたられ、桟橋や八大関は素通りしたそうである。
残念。
(2005年12月)

閉じる コメント(7)

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若さにあふれた先生の部屋! よろしいな。 時には「泊まっていく」なんていう妙齢の女性も押し掛けたりして・・・・・

2005/12/19(月) 午後 11:36 [ KJ ]

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足立先生へ 初めまして、私は青島出身のものですが。今、日本で留学しています。偶然日本語に興味があるチャット友から「青島満帆」のアドレスを教えてくれました。突然ですが、ちょっと伺いたいことがあります。先生は子供のごろ青島に住んでいるとき、今の匯泉広場付近にはたくさんの日本人がすんでいますか?

2005/12/22(木) 午前 1:16 [ qin**aokob* ]

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KJさんへ、ありがとうございます。若者とおしゃべりすること、それが若返りの秘訣。日本へ帰ったらとたんに老け込んでしまうでしょうね。

2005/12/22(木) 午前 9:04 bad**uan1*3

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qingdaokobeさんへ、匯泉広場付近というのは高級住宅街ですから、あまりたくさんは住んでいませんでしたよ。もっと大港寄り、今の貯水山周辺とか市場通りのあたりに大勢住んでいました。

2005/12/22(木) 午前 9:11 bad**uan1*3

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ありがどうございました。お祖母さんによってそのときお爺さんがあの辺にはある日本人の畳屋さんでパイとをしているそうです。お祖母さんも行ったことがありますので日本の女の子が優しいよと何回も言ってました。

2005/12/22(木) 午後 3:06 [ qingdaokobe ]

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qingdaokobeさん、いいお話ありがとう。日本でがんばってくださいね。おばあさんによろしくお伝えください。日本の女の子にもね。

2005/12/22(木) 午後 6:29 bad**uan1*3

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はい、分かりました。ありがどうがざいます。先生、次に青島のどこに遊びに行く予定ですか。それを楽しみにしてます。

2005/12/23(金) 午前 0:27 [ qingdaokobe ]


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