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天津のN大学にいたときのことです。
この大学は名門校ですが学生食堂はまずくて、
校内にある別の食堂に、よくお昼を食べに行きました。
いつものように、2年生のS君とK君を連れて刀削麺を食べていると、
日本人留学生の女性が二人、入ってきました。
狭い食堂ですから、
「いつもここに来るの?」
「ええ、時々・・・」
などと話しが進んで、すぐ打ち解けました。
S君がそれを見て、
「先生、あの女性と友達になりたいです」
と、自分たちを紹介してくれるようせがみました。
「しょうがないなあ」
と言いながら席を移して、彼女たちに二人を紹介し、
友達になってくれるようお願いしました。
彼女たちも快く承知してくれましたので、
別れ際に、
「この二人はまだ日本語が下手ですけれど、よろしくお願いします」
と挨拶して食堂を出ました。
外に出た途端、S君が怒り出しました。
「先生、頭にきました!」
「?」
「どうして先生は、僕たちのことを『日本語が下手です』と言ったんですか」
もっと褒めてくれてもいいではないか、というわけです。
私にして見れば、相手の日本人留学生は初対面ですから、
たとえ私と同じ日本人であっても、「ソト」の人間に過ぎません。
私の学生はいわば身内ですから、当然謙遜の対象になるわけです。
怒りまくるS君を無理やり納得させましたが、
このとき初めて、
日本人の「ウチとソト」という考え方は、日本人だけのものなんだ、と、
実感的に理解しました。
この「ウチとソト」の関係は、時と場合によって変わりますから複雑です。
この考え方は、誰に教わったというわけではなく、
子供のときから、親や大人たちの人と接する接し方を見て、自然に身につけたものです。
これを「文化」というのでしょうか。
その後、このような場面に出くわしたことはありません。
でも、今度このような場面が訪れたとき、
私はどんな態度をとるでしょうか、考えてみました。
今度またこのような場面に出会ったとき、
私はきっと、私の学生を大いに褒め上げるでしょう。
そのほうが「自然」だと思いますから。
※写真は工事中のヨットハーバー。五・四広場から撮影。
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はじめまして。「ウチとソト」について大変興味深く拝読させていただきました。実は以前に「愚妻」「愚息」というコトバに興味を持った香港人の友人がいたのですが、こちらの記事でそのときのことについて、一層考えさせられました。。
2006/6/18(日) 午前 9:43 [ 九龍隊 ]
コダ小姐さん、ありがとうございます。「愚妻」「愚息」ですか。私も深く考えたことはありませんが、外国人にとっては不思議な言葉なんでしょうか。日本語についていろいろ考えることがたくさんありますね。
2006/6/18(日) 午後 9:50
次回は「とても熱心に日本語を勉強している生徒です」という紹介は如何でしょうか? 「熱心に」で褒めている感じを与え、上手か下手かには触れていないので、生徒さんも怒らないのでは? ウチとソトの間の「ナカ」的?
2006/6/19(月) 午後 6:11 [ はっさん ]
はっさんへ、なるほど、なるほど。その手はいいですね。プライドを傷つけないように「謙遜(?)」するんですね。「敬語の教科書」に載せましょう。
2006/6/19(月) 午後 10:16
どこまでも個人と個人って意識で
接したら良いんじゃないですか?
2012/12/16(日) 午後 7:57 [ ひろし ]