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青島高女の思い出(五) |
想い出の青島
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青島高女の思い出(五) |
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大変でした。
2006/11/3(金) 午後 9:17 [ 相子 ]
相子さんへ、青島の女学生も大変だったんですね。手りゅう弾や地雷の火薬詰めとは驚きました。
2006/11/3(金) 午後 10:08
前のは孫が突然見えて失礼なコメントになっています。 青島の動員は予想外な話でした。日本より大変な位ですね。私は田植え、田の草取り、稲刈り、麦踏み、松根堀り等に動員されていました。
2006/11/4(土) 午後 2:23 [ 相子 ]
相子さんへ、やはり軍部は、いざというときは女学生も戦力として動員するつもりだったのでしょうね。その点では内地よりも青島のほうが最前線に近かったということでしょうか。昭和史の裏側を記録しましょう。
2006/11/4(土) 午後 7:12
女学校で、敵が上陸してきたら、爆弾を背負って戦車に飛び込みなさい。と先生から言われ「折角生まれて来たのに、死にたくない」と言ったばかりに修練(操行ですね)は可、級長にはさせません。とその後は先生の苛めに遭いました。負けなければ一生要注意の人間として扱われたと思います。進学なぞとんでもない事でしたでしょう。
2006/11/4(土) 午後 8:16 [ 相子 ]
相子さんへ、ひどい時代でしたね。最近また、核武装の論議をしようなどという大臣も現れて、きな臭くなってきました。国のために死ね、などという「愛国心」も復活させようという魂胆でしょうか。
2006/11/6(月) 午後 9:53