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「昔、赤ちゃんポストがあった」 Kさんから、 「青島高女の思い出、十一号」 が送られてきました。 昔、青島にも 「赤ちゃんポスト」が・・・。 というお話です。 下の写真は、 Kさんのお宅があった、当時の館陶路です。 これは青島高女の卒業記念写真(1943年ごろ)。 <青島高女の思い出(十一)> 今日は、思い出11号をお送りします。 先日、新聞やテレビで話題になった 赤ちゃんポストをみて思い出しました。 小学校に通学途中、 慈善病院(中国系)の壁に引き出しがあったのです。 いたずら好きの私たち子供がその引き出しを見つけ、 引き出しを開けたら奥の方で鈴がなり、 人が出てくるのをみて逃げてきたのを思い出しました。 引き出しの中には 小さな枕が置いてあったのを記憶しています。 話によると、赤ちゃんを入れるのだと・・・・ 今考えると苦肉の策として 捨て子の赤ちゃん救済だったのでしょうね。 現在我が国で「赤ちゃんポスト」の問題が出ていますが、 同じ発想が戦前からあった話、 誰がこの発想を持ちだしたかわかりませんが、 小学生のころの 「赤ちゃんを入れる引き出し」 を思い出したので送ります。 (この項おわり) 当時の青島高女(黄台路)の写真です。 日本軍国主義を鼓舞する旧青島神社前(現貯水山公園)。 この右隣に青島高女がありました。 |
想い出の青島
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青島の冬、学校に行く道、何時もの角。そこに時々綿入れに包まれた捨て子が置かれておりました。その角は誰かが拾いに来る場所だったのだと思います。唐子の絵を見ると青島の捨て子のことを思い出します。引き出しがあったのですね。そこに置かれた子供は良かったですね。
2007/6/4(月) 午後 6:22 [ 相子 ]
相子さんへ、捨て子は貧しさの象徴だと思っていましたが、今や豊かなはずの日本で起こっている現象。心の貧しさの象徴でしょうか。
2007/6/4(月) 午後 11:30