青島満帆

戦争は、勝った側も負けた側もこんな馬鹿馬鹿しいことはない」黄瀛

武藤直大の「昭和ひとけた戦中記」

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第15章 満州の「悪い人」の正体



厦門の次の任地は満州の龍井(りゅうせい)だった。

その間に父は東京の外務省本省勤務が1、2年あったようだが私は覚えていない。

とにかく龍井には小学校入学前に2年位いて、

次に近くの延吉(えんきつ)に移って、そこで入学した。

両市とも現在の中国東北部吉林省にある。

当時は日本の行政区画で間島省となっていた。

龍井には総領事館があり、延吉にはその分館があった。

朝鮮との国境近くにあり、住民は朝鮮人が多かった。

緯度は北海道の札幌と同じぐらいで、それほど北ではないが気温はうんと寒かった。

なにしろ冬は北極の大陸性高気圧が発生して、

出来立ての寒気団に覆われる地域である。

外から帰って玄関の金属製のノブを掴むとき、

手袋がちょっとでも濡れていたらじゅっと凍りついた。

冷凍庫の金属に触れた感じで零下十数度になる。

そんな寒さなのに男の子は冬でも長ズボンは穿かせてもらえなかった。

半ズボンにひざ小僧までの靴下。

だからひざから上のズボンまでの肌が無防備のむき出しである。

外で寒いだけならまだ我慢できた。

寒風にさらされ、雪に濡れて油っけがなくなってかさかさになり、

やがてひび割れしてくる。

メンソレを塗りこむが、その程度ではとても追いつけない。

象の皮膚のように深いシワが出来てときには血がにじむ。

さわると痛いが、風呂に入るときがもっと大変だ。

お湯が奥まで染み込んで痛いこと痛いこと。

長い時間をかけてゆっくりとしゃがんだ。

どうしてこんな苦労をしなければならないのか、分からなかった。

中国人の子供たちは綿入りの長ズボンで見るからにぬくぬくしている。

日本人は我慢して耐え、強くならなければならない、

という教育方針があったのかもしれない。

後に青島の小学校でも「夏は日向を歩き、冬は日陰を歩け」と教えられた。

優秀な日本国民は、中国人と同じことをしていてはいけない、

というような優越感に基づく厳しさもしつけられていたような気がする。

イメージ 1

  ↑龍井か延吉:中央に立っているのが筆者




兄は龍井で小学校に入った。

私はいつも兄とその友達の遊びの群れに後からついて回った。

ある時、その群れの一人が血相を変えて走ってきた。

「人さらいだ。隠れろ!」。

皆がいちばん近い友達の家の玄関に飛び込んだ。

ガキ大将が勇気をみせて、ドアを少し開き、隙間から覗く。

「自転車に大きな籠を載せている。人をさらったら、あそこに入れるんだろう。

あ、向こうのうちに入っていく」

そこで一人が決死の覚悟で偵察に出た。

胸をどきどきさせて見守っていると、向こうの家から人さらいが出て来た。

白い物を抱えている。

斥候が帰ってきた。

「洗濯屋さんだった」

新しい洗濯屋が出来て、今まで見たこともない大きな籠を積んでいたのだった。


本当に「悪い人」と思われる人も見た。

領事館の官舎の近くに刑務所があった。

鉄条網に囲まれた中で毎日作業している。

赤い囚人服を着て二人ずつ鎖で腰をつながれていた。

「ひとさらいや泥棒したり、悪いことをしたらあんなになるんだ」

と実地教育のようなものだった。

しかし子供たちは平気で近寄っていく。

その近くに広場があって、野球をして球が鉄条網近くに転がっていくこともある。

兄が囚人たちの農作業をのんびり眺めていると、

そのうちの一人から話し掛けられた。

「坊や、何持っているの? あ、グリコの景品だね。いいなあ」

朝鮮人の発音だが、よく分かる日本語で、優しい顔だったという。

どういう囚人だったのだろうか。

イメージ 2

  ↑青島の街角




前述のように間島省は朝鮮との国境付近で朝鮮人住民が多い。

それでいながら朝鮮ではなく満州だったので、朝鮮の警察の管内ではない。

それだけの理由ではないだろうが朝鮮独立運動の拠点となっていた。

現在の北朝鮮首領・金正日の父、金日成も

ここで抵抗運動を指導していたとされている。

この地域には中国の八路軍(共産軍)もいて抵抗していた。


私は50歳を過ぎて再婚するが、相手の玲子は満州育ちである。

そのことは後述するが、

玲子の父親は撫順や吉林、奉天(瀋陽)等の法院(裁判所)で裁判官をしていた。

当時のことをエッセイで残している。

それによると、

満州事変、支那事変が始まってからは、八路軍があちこちで村に潜入し、

住民を強制して道路や鉄道線路破壊等の反日闘争をさせた。

捕らえた犯人は裁判官が職務として裁かなければならない。

犯人の住民は、「強制されてやったので、自分の意思ではない」という。

「しかし、そういうことをすれば罰せられることは知っているはずだ」、と糾すと、

「命令に背くとその場で八路軍に生き埋めにされるので、拒否出来なかった」

と弁解する。

それは本当だろう。

現に自分で使っている道路や橋や電柱等を爆破したら、

困るのは自分達だから進んでやるわけはないのである。

彼らの行為は法律的には緊急避難に該当する。

誠に同情されるのだが、かといってもし無罪放免すると、

八路軍はつけ込んでますます破壊活動を強め、

満州国全体の治安の維持が困難になるのは目に見えている。

玲子の父は悩んだが涙を飲んで有罪と判決した。

そういう事件を審理する中である時、

容姿が老いた実父にそっくりの被告人がいてびっくりした。

ひと目見た瞬間から「どうか情状が軽くあってほしい」と願った。

実父かと思われるような被告人を極刑にすることは耐えられなかった。

ところが皮肉にもその被告人は頭領的な立場で情状は極めて悪く、

最重刑を課さなければならなかった。

兄が話をした優しい囚人もこういう人だったに違いない。

もちろんその時は、子供には何も分かってはいなかった。

当時の子供の世界で「悪い人」というのは、

人さらいであり、泥棒、放火犯であり、キョウサントーだった。

それが別々にいるのではなくて、

同一人物あるいは同一人格として頭の中に描かれていた。

実際は見たことはないが、親が怖いとか悪いとか言うから、

そういう怖くて悪い人の像が漫然と頭の中にあった。

つまり人さらいは共産党員でもあった。

放火、泥棒がわるいのは当然として、

共産党は日本内地でも昭和の初めから警察に弾圧され、検挙されていた。

中国他大陸にも共産党員はいたし、そういうことが食卓の話題にもなって、

イメージが作られていったようだ。

人さらいというのは、なぜかサーカスの曲芸の子役とも関係していた。

内地でもそういう話はあったようで、

さらわれてきて親方に厳しい練習をさせられて、

あそこまで芸が上手に出来るようになった可哀相な子供たちという物語だ。

内地でも外地でも、子供たちがあまり夕方遅くまで外で遊んでいないようにと

親が考え出した作り話が、大きく普遍的な物語になったようだ。

イメージ 3

  ↑青島の街角




年に一、二回、家族連れでいくところがあった。

慰安列車である。

満鉄(南満州鉄道株式会社)がサービスで商品を車内いっぱいに陳列した列車を、

満州の地方都市に運行する。

車内でも食事が出来て、映画も観られた。

小さくてよく覚えていないが、

見たこともないきれいな商品を驚いて眺めていた気がする。

龍井では私達子供には何事も起こらない平和な生活だった。

閉じる コメント(3)

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やはり青島と東北では温度差がありますね。

2008/4/20(日) 午前 10:15 [ kor*k*ro*chi*001 ]

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暖かいアモイから冬極めて寒い東北満州の吉林省、北朝鮮に近い延吉へ転勤されたお父上も環境の変化に慣れるのに大変でしたでしょう。小学校に通う貴兄の冬の姿が目に浮かびます。半ズボンに膝ぐいまでの長靴下だけでよく耐えられましたね。精神力の強さを感じました。
あの辺あたりは日本の朝鮮支配に反対する朝鮮の人々が国から逃れていろいろと反日本的なレジスタントが地下運動していた所なんですね。

2008/4/20(日) 午後 7:34 [ tadao678 ]

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korokoroさん、東北の寒さは聞いただけで震えがきますね。青島は春の訪れが遅くて、東北から旅行に来た人が「なんだ、青島は東北より寒いじゃないか」とこぼしたという話があります。まだまだ冷え込んでいる青島です。

2008/4/20(日) 午後 9:24 bad**uan1*3


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