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「劈柴院」の復元と中山路の活性化 ↑復元が完成した劈柴院入り口 中山路はその昔、「山東路」と呼ばれ、 東京でいえば「銀座」。 言わば青島の繁華街の老舗です。 それが、前回紹介しましたように、 市場一帯の再開発の後は見る影もなく廃れ、 青島の盛り場といえば「台東」、 市街の中心はジャスコのある「香港中路」一帯に移りました。 市北区政府としては何とか中山路に活気を呼び戻そうと、 いろいろ取り組んでいますが、 その一つ、「劈柴院」の復元がこのほど完成しました。 劈柴院というのは80年代大いに賑わった小路で、 狭い道に食べ物屋やよろず屋が軒を連ねていたところだったそうです。 ↑劈柴院の中の狭い道路。路地裏の食べ物横丁という感じ。 新しく復元された劈柴院の写真を、 先日、徐君が撮ってきてくれました。 出入り口は中山路と北京路と河北路の三方にあります。 1902年とありますから、かなり古くからあった食べ物横丁です。 この写真は開業前のものですからどんな店ができるのかよく分かりませんが、 1月15日に開業し、現在賑わっているそうです。 ↑開店を待つ食べ物屋。 ↑開店を待つお店。 ↑開店を待つワンタンの店。 中心には青空舞台があって、 漫才や歌や曲芸などが上演され、人気が高まっているとのこと。 何はともあれ、めでたいことです。 ↑青空舞台。 ↑観客席にもなる。 劈柴院という横丁が戦前はどのように賑わっていたのか、 青島の諸先輩にこれから聞いてみたいと思いますが、 当時の情報をご存知の方は提供をお願いします。 私も近いうちに徐君と一緒に何か食べに行こうと相談しています。 そのときまた開業後の様子を詳しくご報告したいと思います。 ↑歴史博物館も出来るそうだ。 |
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中山路(旧山東路)を海岸に向って真直ぐ行くと海軍桟橋(回瀾閣)に出る道ですよね。あの通りは昔、シャレタ店が多かったように思います。高級?喫茶店、レストラン、銀丁百貨店などがあっと思いますが・・・思い違いだったでしょうか?現在、山東路,河北路、北京路に囲まれた地域が昔のようにレトロな食堂街に改装されていくとの事、足立さんにとっては楽しみな事ですね。また青島に行きたくなりましたよ・・・・・。
2009/2/12(木) 午後 1:39 [ tadao678 ]
tadaoさん、そのとおりです。子供ながらにちょっと高級な通りだったような気がして、あまり行きませんでした。
映画館があって「ハワイ・マレー沖海戦」など、学校で連れて行ってくれました。
活性化対策がうまく行くといいのですが・・・。
九州から青島に来るのは簡単でしょう。東京に行くより安上がりだと思いますよ。気軽にちょっとお出かけください。
2009/2/12(木) 午後 7:24
ベニス商会なんて洒落た名前の店があり、コヒーの香りもどこからともなく漂って来ました。三間さんのお父様の骨董屋さんもあったような気がします。昼間はどの店も休憩になりましたね。
2009/2/13(金) 午後 7:29 [ 相子 ]
相子さんは行動範囲が広く、いろいろなものに興味があったのですね。私はこちらのほうまでは滅多に行きませんでした。桟橋か忠の海に行く時に通るだけで街の様子に関心がなかったのですね。
フロッセルというレストランの跡にできたのが今の「百盛」というデパートだそうです。
2009/2/13(金) 午後 9:05
青島満帆さん フロッセルなんて懐かしい名前ですね。あの角の店でケーキの美味しいところでした。青島病院の看護婦さんにつれられて良く食べに行きました。改装されてデパートになったとの事 其の前に見たかったです。
2010/10/19(火) 午前 7:45 [ 小松 ]
小松さんもフロッセルをご存知なのですね。私はあのあたりに何があったのか全く覚えていません。旧山東路には縁のない子供でした。改築される前の写真があればよいのですが・・・。
2010/10/19(火) 午前 8:47
青島満帆さん 本当に昔の写真があればみたいものと思います。山東路の中の骨董屋の二階に上がると面白いものが沢山あり其のなかに 毛皮の敷物があり熊猫表皮(今の言葉でいえばパンダの毛皮でしょうね)などを見せられたことが有りました。謎にみちた青島でした。
2010/10/19(火) 午前 10:21 [ 小松 ]
珍しいお話をありがとうございます。そういうお話はもうなかなか聞けません。じっくりとお聞きしたいものです。青島へのおいでをお待ちしています。
2010/10/19(火) 午後 9:19