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アメリカから65年ぶりの故郷訪問 初夏の香り漂う5月13日、14日、 アメリカ在住40数年という二組のご夫婦をご案内しました。 案内人は例によって、 由君、M田さん、それに私の3人グループです。 由君は、「青島満帆トラベルサービス」を立ち上げ、 本格的な旅行サービスの初仕事です。
↑初夏の香り漂う青島。小青島の新緑。
今回のお客さんは奥さん同士がご姉妹で、共に青島生まれです。長女・妙子さん(旧姓増満)は周村路生まれ、 次女・忠子さんは莒県路生まれ、 三女・恵美子さんは湖南路生まれです。
↑増満姉妹の住んでいた湖南路のアパート。
妙子さんは終戦の年の昭和20年(1945年)に青島高女入学、三女の恵美子さんはまだ幼かったそうです。 お父さんは日本人引揚げ業務の責任者として、 中国、アメリカ側との折衝に力を尽くしました。 青島最後の住居は陽信路で、 門衛も付いた安全な生活だったそうです。 引揚げ業務も終わった昭和21年7月の最終船で帰国しました。
↑増満姉妹が住んでいた湖南路のアパートの前で。
例によって私たち案内グループは増満姉妹の旧居、 湖南路26号のアパートを突撃訪問しました。 観光シーズンとあって湖南路は大型観光バスがずらりと停車中です。 そして、アパートは観光客のための有料トイレとして開放され、 一人のおじさんが入り口にがんばっています。 例によってM田さんがアパートの中に突撃を試みますが、 このおじさんが頑として中に入れてくれません。 「昔このアパートの2階に住んでいた日本人が、 65年ぶりに我が家を見に来たのだから何とかお願い」 と頭を下げますが聞き入れてくれません。 しかし、ここで引き下がるM田さんではありません。 M田さんは最後の一計を案じます。 「じゃ、2階の住人に聞いて来ますから、 2階の住人が入ってもいいと言えばだめとは言わないでしょうね」 さしも頑固なおじさんもこれには抵抗できません。 M田さんと由君が2階に駆け上がります。 そして住人のおばさんにお願いすると、 おばさんは快く招じ入れてくれました。 妙子さん、美恵子さん姉妹は65年ぶりの我が家に入って大感激。 M田さんも住人のおばさんの優しさに涙を溢れさせていました。
↑アパートの2階の部屋の内部。大事に使われている。
↑アパートの部屋の前で、住人のおばさんと。
私たち案内グループは、このほか青島日本人学校をはじめ、迎賓館、小魚山、青島山砲台跡、 小青島、忠の海、中山路(旧山東路)、館陶路などを案内し、 65年ぶりの懐かしい青島の街を堪能していただきました。
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青島満帆トラベルサービスを打ち立てたとの事、本式な旅行公司ですか?・・・・ところで今回青島を訪ねられた旧姓増満妙子さん昭和20ねん青島高女入学されたという事は我々羊会の会員より一つ年下の方ですよね。また私も周村路で生まれているのでもしも親同士は知り合いだったかもしれませんよ。また増満と云う名前は鹿児島に大変多い名前です。ひょっとすると増満さんのご両親は私同様鹿児島県出身の人かも・・・・といろいろと想像が走ります。お父上は最後まで青島に残り在留日本人の引揚げにつくされたご様子、領事館か民団の職員だったのでしょうかね。最後に住んでおられた湖南路と云えば民団、領事館にも近いのでどちらかにお勤めだったのかと想像しております。
2010/5/15(土) 午後 2:11 [ ターチャン ]
tadaoさんの推察どおり、増満さんは鹿児島出身です。我々より1級下ですね。直接、民団、領事館の職員ではなかったようですがそれに近い仕事をされていて、引揚げの業務を委嘱されたようです。済南などの奥地からの引揚者の住宅斡旋などにも骨を折ったそうです。何しろ65年ぶりですから記憶も薄れていますが、このような方を案内して記憶を呼び起こすことができるのはうれしいものです。
青島満帆トラベルサービスはまだ名前だけですが、近い将来M田さんと組んで本格的な事業を開始するそうです。ご期待ください。
2010/5/15(土) 午後 3:38