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墨絵画家白水さん、「阿修羅像」を寄贈
↑青島歴史資料室で戦艦「日向」の写真を発見した白水さんのお兄さんは、
5月23日から26日まで、
感慨深げに見入っていました。
お兄さんは、戦艦「日向」が呉沖で撃沈されたとき、 レーダー室で指揮をとっていました。 戦艦「日向」の最後を見届けた数少ない生き残りの一人です。 墨絵画家の白水貫魚さんとそのお兄さんが来青されました。 24日の朝から私と由君、 それに総領事夫人も同乗して旧市街を案内しました。 青島駅、カトリック教堂、中山路、館陶路などを回り、 お昼は総領事の接待で飲茶をいただきました。 体調を崩していた私は、その頃から歩くことが困難になり、 日本出張から帰ってきたばかりのM田さんにバトンタッチ。 そのあと、白水さんが住んでいた周村路近辺を探訪し、 第一小学校へ向かったそうです。 その日は幸運にも第一小学校の内部に入ることができ、 しかも校舎の中にまで入ることができたそうです。 小学校3年まで在学していたお兄さんのほうは、 80年ぶりの教室を目の当たりにして感慨ひとしおでした。 しかもお兄さんは 弟(白水画伯)を連れて小学校や青島神社を遊び回っていましたので、 コの字形の校舎や三つあった運動場までよく覚えていました。 ↑日本人学校の廊下で中学生に話しかける白水ご兄弟。 今回の白水さんご兄弟の来青の目的の一つは、 白水画伯が丹念に描き上げた「阿修羅像」を 青島日本人学校に寄贈されることです。 ↑日本人学校応接室で「阿修羅像」を初公開。 翌25日、私の体調もようやく回復しましたので、 午後からの白水さんの記念講義を聴きに行きました。 午後2時半から日本人学校の多目的教室で、 総領事ご夫妻をはじめ多数の方のご出席のもと、 白水さんの作品「阿修羅像」が贈呈されました。 そのあと、小学校高学年と中学生のための「墨絵と仏像」の講義があり、 すばらしい「阿修羅像」を目にした生徒たちから、 おー! という驚きの喚声が上がりました ↑多目的教室に集まった生徒にも「阿修羅像」を公開。 思わず感嘆の声が上がりました。 ↑小学校高学年と中学生に「墨絵と仏像」について特別講義。 白水さんご兄弟をお迎えした今回のご案内は、 私のアクシデントのためたいへんご迷惑をおかけしましたが、 私たち青島在住日本人にとっては たいへん有意義なものでした。 白水さん、ありがとうございました。
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仏像にはあまり関心のない私ですが「阿修羅像」だけは何故かずっと気に掛かっていました。先ず近代的な美人であること、あの憂いと怒りと慈悲の表情を、1300年も前になぜつくることが出来たのか。それで奈良の興福寺まで会いに行きました。
お堂で本人に会って、話をすることが出来ました。「阿修羅像」に寄せる思いは人さまざまでしょうが、白水画伯のお気持ちも分かるような気がします。
2010/5/26(水) 午前 10:16 [ 直大 ]
直大さん、阿修羅さんとお話できたとは一念が通じたのですね。長い間阿修羅像はお寺の裏側に置かれていたそうですが、それを見出した人はまさに慧眼でしたね。あの表情は現代人にぴったり来るものがあります。奈良県出身でなければ描けない「阿修羅像」です。見事な阿修羅像が青島日本人学校の校長室に飾られ、多くの人に見ていただけるというのも青島在住日本人は幸せです。
2010/5/26(水) 午後 5:08