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教科書を読んで泣いた ↑私が使っている日本語教材5(上級用)。 私の日本語教室の上級教科書は、 『(新編)日語教程』の5、6を使っています。 この教科書のよいところは、 読解文の教材に使われている読み物がどれもすばらしいことで、 よくぞこれだけのものを選んだものだと教えるほうもうれしくなります。 勿論、中国人の先生だけで編纂された教科書の欠点として、 ときどき、単語の説明が内容に沿っていなかったり、 文法の解説に使う例文が不適切だったりすることがありますが、 これはご愛嬌で、その都度生徒に、 「これは間違っていますね」とか、 「これは変な日本語ですね」とか言って指摘する楽しみもあります。 私の日本語教室の上級クラスの生徒は今のところ一人だけで、 一対一の個人教授になります。 生徒は張さんという23歳のまじめな女性です。 その日は第5課の「無医村の優しい人々」(渡辺啓子著)を読みました。 看護婦の筆者が青年海外協力隊に参加して 南米パラグアイのエデリラという農村に赴任します。 医者のいない診療所で、午前中は住民の健康相談や診察、 午後は動けない患者の家まで往診に行きます。 3校ある小学校まで身体検査や予防注射にも行きます。 医療器具などありませんから、傷口を木綿糸で縫い合わせたり、 メスの代わりにカミソリを使ったり、 古くなったシャツやブラウスをよく洗って包帯やガーゼの代用にしたりしました。 彼女は村の住民の家に下宿して家族と一緒に暮らしました。 電気も水道もなく、お風呂もありません。 こうして2年間の任期を終え、エデリラを離れる日が来ました。 私の授業も、この読み物の最後のくだりになりました。 □ □ □ □ エデリラを出る時、 「ケイコは私の自慢の娘だよ」と言ってくれたママ。 走り出そうとする車につかまり、 「ここはおまえの家だからいつでも帰っておいで」 と大きな声で泣きながら言ってくれたパパ。 あふれそうなほどの星たちとともに、 決して忘れてはいけない、私の歴史である。 □ □ □ □ 張さんがまず読み終わりました。 もう何も付け加えて説明することはありませんが、 私ももう一度読み始めました。 でもすぐ言葉が詰まり、涙声になり、絶句しました。 「あー駄目だ。もう読めない」 私は教科書を置き、心の高ぶりが静まるのを待ちました。 張さんがかばんからティッシュを取り出し、差し出しました。 私は黙って受け取り、ティッシュで目頭を押さえ、鼻水を拭きました。 なんというすばらしい日本の若者の物語でしょうか。 そしてこの作品を教材として選んでくれた中国の先生方の見識の高さ。 日本人の私も、中国人の張さんも、感動を共有することができたのです。
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良い話を教材に使用しましたね。日本から貧しい各国に出かけている国際ボランテアの方々の何も無い中での涙ぐましい活躍の話はよく耳にします。期間が来て帰国時の別れ・・・・テレビで見ていても話で聞いていても、つい自然に涙が出てくる場面もあります。(年を取って涙もろくなった所為かな・・・)また満帆さんにとっても、自分の身をふと置き換え、感ずる所があったかも知れませんねぇー。
2010/8/7(土) 午前 8:04 [ ターチャン ]
中国人の日本観は確実に変わってきていますね。今朝のテレビでも北京大学院の卒業生の加藤君(26)が中国のマスコミの人気になっていることが紹介されていました。辛口で中国人を批判していることが、モテているのだそうです。加藤君は言論が許されるぎりぎりの範囲で本を書いたり、ブログを発信しているようです。
経済発展した中国人は自信が出来て「外国人は自国をどう思っているか」に関心を持ち始めたとのこと。
一方で政府は「国家の核心的事実」つまり絶対に譲れない原則があることを強調しています。それらが共に進行しているところが中国なんでしょうね。
2010/8/7(土) 午前 10:24 [ 直大 ]
tadaoさん、年をとると涙もろくなりますね。特に若者が海外で活躍する姿、別れのシーンはもうこらえ切れません。生徒の前でも泣きます。無理に我慢することもないと思っています。
引き篭りの激しい日本の中で、海外で活躍している若者、これから活躍しようと思っている若者たちにエールを送りましょう。
2010/8/7(土) 午前 11:07
直大さん、もう毛批判は当たり前、一般人を前に中国の辛口批判をしても受け入れてくれます。加藤君という人が人気者になるというのもわかります。自分の国の欠点を知ろうという機運が生まれているのですね。国民の間で変わりつつあるのですから、政府も少しずつ、国民の後を追いながら変わらざるを得なくなるでしょう。日本人も一昔前の中国人観を早く払拭しないと笑われます。
2010/8/7(土) 午前 11:24