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ついに第一国民学校の中に入る ↑ついにわが母校の玄関のドアも開け放たれました。 待ちに待った65年間。 ついにわが母校、 青島第一日本国民学校が軍の管理から開放されました。 先日、M田さんの車で武定路を通っていると、 第一小学校の門が開け放たれ、 門衛のおじさんが一人、玄関に所在なげに座っていました。 M田さんが早速、得意の話術で交渉。 5分だけ、という条件で入室を許可してくれました。 ↑1階の教室。ここだけ開き戸が残っている。 1階から3階までくまなく歩きたかったのですが、 私たちがなかなか帰って来ないので、 門衛のおじさんが「まだか、まだか」と矢の催促。 内緒で入れてもらった手前もあり、 ゆっくり見て回るのは次回にして、 6年2組の教室があった辺りを中心に探索し、 おじさんにお礼を言って外に出ました。 ↑3階東側廊下と教室。 6年女子(4,5,6組)の教室は確かここにあった。 ↑6年男子(1,2,3組)の教室は確かここにあった。 建築当初は講堂だったところ。 生徒数増加でいくつかに区切って教室にした。 ↑6年2組の教室があっところ。教室はかなり広かった。 おじさんの話では、 今後は正規のルートを通して申し込めば、 内部の見学はオーケーとのことです。 もと青島在住の皆さん、 1小出身の皆さん、 どうぞ見学においでください。 お待ちしています。
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いいじゃないですか。まるでヨーロッパの趣ですね。高い天井の家で育てることの意味をおしえられた記憶がありますが、ひょとしたら石畳ではありませんか。
どういう経緯で解放されたのかはわかりませんが、まさしく改革開放の時代ですよ。どんどんと、皆んな開いていく、公にかかわる事柄はことごとく開放して衆目の目の中で運ぶ。
本当に、良かったですね。
2010/8/21(土) 午前 11:46 [ ぜん ]
ぜんさん、これぞ日本人自慢の第一小学校です。ドイツ建築に負けるな、という自信にあふれています。やっと軍の施設が移転して中に入れるようになりました。多くの日本人の見学をお待ちしています。
2010/8/21(土) 午後 0:16
今、「歴史は裁くことではなく理解することだ)との一文をかみしめています。
和つぃの母親は韓国慶尚南道で二十歳までいましたが、一切の戦争のことを話しません、そして、旧日本軍をこころから軽蔑しているような気配です。
ドイツに負けるな。そういう気概の時代でしょうねぇ。
私も今度行ったら、必ず訪れてみましょう;。
2010/8/21(土) 午後 0:49 [ ぜん ]
ぜんさん、旧日本軍は中国で何かいいこともしたのではないかという幻想を持つ世代があるような気がします。軽蔑に値する人種でしかないということは理解して欲しいですね。
2010/8/21(土) 午後 3:47