|
四方路と維県路の昔と今 ようやく青空が広がる天気になり、気温も上昇。 街行く人たちの装いも夏らしさに逆戻りです。 9月16日(木曜日)、M田さんの車で旧市街に繰り出しました。 先ずは、ドイツ占領時代の風景を集めた絵葉書の中から、 四方路の一枚を選んで現在の風景と比べてみることにしました。 絵葉書では二階建ての建物が、今は三階建てになっていますし、 絵葉書では道路の先が坂道になっていて山が見えますが、 現在は坂道の周りに建物がたくさん建って山が隠れてしまっています。 でも、当時の四方路の雰囲気はそのまま残っています。 ↑昔の四方路。ドイツ占領時代の青島風景から、 ↑現在の四方路。 道路前方の坂道は見えますが、建物に隠れて山は見えません。 次は四方路と交差する維県路の絵葉書です。 ここはまだ出来たばかりの素朴な商店街の感じがします。 維県路の一角に古い建物が残っていましたので 車を近くに寄せてよく見ると、 やはり建物は昔のままで 少し手を入れたものだということがわかります。 剥がれた壁の下から石を積んだものが見えますし、 屋根の上にある三角の屋根は、 屋根裏を改造して部屋を造り、小窓にしたもので、 粗末な材料から見てもあとから付け足したものとわかります。 また、壊れた看板の下から曲線の窓の上部が見えますが、 これも絵葉書の通りです。 ↑絵葉書の維県路。素朴な商店街という感じ。 ↑現在の維県路。 屋根裏を利用して小部屋を造り、三角屋根を付けた。 ↑壊れた看板の下に窓の上部の曲線が見える。 一人ではつい見落としてしまい勝ちな細かいことも、 M田さんのおかげで的確に比較が出来ます。 大きな収穫を得て次の目的地へと向かいました。
|
全体表示
[ リスト ]




絵葉書に残る昔の町並みや建物のほうが良いと思うのですが、そんな悠長なことを言っている暇はないのかもしれません。
しかし、何らかの意味で、美意識を持たない経済一辺倒の無残は日本人は戦後たっぷりと経験しました。
青島の日本人ゆかりの建物が、何らかの形で保存や活用の方向に話が進めばよいのですが、理解をする人は少ないです。
海江田万里サンも大臣になったから忙しいことを口実ににするでしょうし、今の財界にもそんな教養人はいないのが現状です。
考えないことは起こらないし、言わないことは誰も知らないわけですから、地道に続けるつもりです。
この、少し無秩序に乱雑になった通りを中国人のエネルギーと見る事だってできるわけですから、ものは考えようです。
2010/9/18(土) 午後 3:16 [ ぜぜぜのぜ ]
四方路は中山路から観象山公園方向に伸びている道ですよね。したがって昔見えていた小高い山と云うのは観象山のことでしょうか?地図からみるとそう見えますが・・・・ドイツ時代の建物を利用して色々手を加えて今だに使用されているとは驚きですね。いずれ古い商店街も開発され新しくなるのではと思っています。古い写真と現在の写真と比べて見る方法は街の歴史が良く分かりいいですねぇー。
2010/9/18(土) 午後 4:35 [ ターチャン ]
ぜぜぜさん、青島の日本人ゆかりの建物の保存について、地道な運動を続けてください。ありがたいことです。お願いします。
中国もただの動力(エネルギー)から調和へと転換を考えているようです。実ればよいですね。
2010/9/18(土) 午後 5:34
tadaoさん、その通り、観象山です。四方路界隈は里院という長屋建築様式が残っている地域ですから保存の対象になっているようです。
維県路に残っている古い建物と絵葉書を表面だけ比べてみると、まったく違う場所のように見えますが、仔細に調べてみますと、建造した当時のままだと言うことがわかります。
これが旧市街探訪の醍醐味です。
2010/9/18(土) 午後 5:45